さて、俺はどうすればいいんだろな。
とりあえず目の前の状況をどうにか打破するように行動すべきか。
では、まずは遠まわしに攻めてみることにしよう。
「なあ初音よ。お前はダイエットって言葉を知ってるか?」
「ダイエット?聞いたことはあるけど」
効果無し。
敵はどうやら一筋縄ではいかないようだ。
ていうか…。
「…いろんな意味でお前には無縁な言葉だよな」
良くもまあ考えれば、こいつがダイエットなぞするはずが無い。
今までどれだけ食っても増えることの無い体重。
いや、正確には知らないけど。
見た目の問題だ。
「で、まだ食うのか?」
「当たり前じゃない。まだ半分も食べないんだから」
半分、というのは腹の問題ではない。
この店に置いてある物のことである。
…どれだけ食う気なんだ。
「…程々にしとけよ。晩飯食えなくなるぞ」
と、言っても無駄だろうが、一応止めてみる。
しかし初音は、
「それ、本気で言ってる?」
などと呆れたように言ってくれやがった。
ああ、わかってたさ。
お前にとってこれくらいは夕食の前のデザートくらいのもんだということくらい。
言っておくが、前のデザートというところがポイントだ。
つまり、後も存在するということである。
ふいに、後ろから視線を感じた。
何かと思って振り返ると、厨房の奥からこちらを青ざめた顔でみるパティシエたちがこちらを力無い目で見ていた。
俺がいるここは最近駅前に出来たケーキの店。
開店記念セールで二千円で食べ放題と書いたチラシがポストに入っていたので初音が俺を誘ってきたのだ。
俺を誘う前に友達も誘っていたのだけど、友達は用事があるっといって断ったらしい。
まあ、今目の前にある惨状を知ってるというなら断ったというのもわかる。
こんなのと一緒に来たら次から出入り禁止くらうだろう。
実際俺はいくつかの店からブラックリストの手配を受けてるらしい。
(初音のことを知らずにこの町で店を開いたのが運の尽きだったな。ご愁傷様)
とりあえず心の中だけでこの店に同情しておいた。
これで許してくれればいいのだが、そうはいかないんだろうなぁ。
しばらくこの人間ブラックホールを見ている。
つうか、こんなもん見てたら食う気おきねぇし。
と、唐突にブラックホールがこちらを向いた。
「明、食べないの」
「あ?いや、俺は見てるだけで満足だ」
ある意味こいつの食べっぷりは見てて気持ちいいものがある。
ただその被害がこちらまで来るのはいただけないが。
なぜか初音はまだこちらを見ていた。
しかも何故か不満げな顔。
これだけ食ってまだ不満があるというのかお前は。
「どうした?食べないのか」
すると、初音はその手に持ったフォークでケーキを串刺しにしてこちらに向けてきた。
なんだこれは。
お前もこれからこれと同じ運命を辿ることになると警告でもしてるのか。
「明も食べて」
へ?
こいつ、今何て言った?
「いや、だから俺は見てるだけで良いって」
瞬間、
「駄目」
間一秒無かった。
ずいっと、フォークをこちらに押し出してくる。
文句は言わせない、と顔が言っていた。
「早く。食べて」
…仕方ない、ここは素直に従ったほうが良さそうだ。
「わかった、食うからそのフォークを退けてくれ」
「駄目」
…なんだって?
「いや、初音?」
「…………」
「初音さーん」
「………………」
じーっと、その瞳からは固い決意の色。
こういう目をもっといい場面で出せないのか、と現実逃避しながら思った。
「………………………」
「はあ…」
ぱくり、そんな擬音が聞こえたような気がした。
味を確かめる余裕なんて無く、ただ口の中にあるものを噛んで、飲み下した。
「おいしい?」
「…ああ、うまいな」
味なんてわからなかったが。
でも、初音はそんなことを知らずに表情を笑顔に変えた。
「うん、おいしいね」
何となくその顔を直視できずに後ろを振り向く
と、さっきまで青ざめた顔した人たちがニヤニヤしながらこっちを見ている。
だからこんなことしたくなかったんだ。
なんだ、『アーン』なんていまどきどこのカップルがやってる?
ちょっとむかついたので、初音に解禁させようかと思ったが、そこまで向きになると意識しているようだがやっぱりやめる。
俺が食ったことで満足したのか、初音はまた吸引を開始していた。
あ、また顔が青くなってら。
俺は置かれていた自分のフォークを手に取ると、目の前にあったケーキを一口大に切り取り、突き刺す。
今度はちゃんと味を噛み締めるように、舌の上におとす。
「…あま」
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