「私、こういう者です」
美神令子 イン 美神除霊事務所。
美神は事務所を訪れた客から名刺を受け取っていた。
「私立城南女子高等学校理事長、本郷留美?」
美神は名刺に書かれた肩書きと、それを手渡した本郷とを見比べる。
城南大女子といえば毎年東都大に多数の合格者を輩出していることで有名な、超進学校―――らしい。
らしい、というのは美神はこの手のことにはあまり拘らないからだ。
頭でっかちでも筋肉馬鹿でも困る。
この業界では使えなければ意味がないのだ。
それに、こう言っては失礼だろうが、その伝統ある名門校の理事長にしてはいやに若すぎる。
美神の見立てでは、三十代前半といったとところだろうか。
もっとも、若すぎるという点では美神も人のことは言えないが。
「ええ。以後、お見知りおきを。早速ですが、依頼をお願いしたいのですが」
酷く事務的に本郷は口を開いた。
キツイ印象を与える黒いフレームのメガネからは、レンズを通して理知的な瞳が美神を見つめているのがわかる。
おそらく品定めといったところだろう。
本郷も超一流と謳われているGSが自分よりも年下であることに少々疑念を抱いたようだ。
「天下の城南女子の理事長に仕事を任せていただけるなんて、光栄ですわね」
もちろんリップサービス、言うのはタダ、お世辞、よいしょである。
別にそんなことはこれっぽっちも思っていないが、パイプを作っておくことに越したことはない。
「お世辞は結構です。こちらが、依頼書になるんですが…」
あっさりばっさり切り捨て御免。
聞く耳持たんと言わんばかりに、高そうな革製のハンドバッグから用紙を取り出した。
お世辞なんてものは聞き慣れているようである。
美神は手渡された依頼書の要項をざっと読み上げた。
「他言無用、ですか」
要項にはそのように書かれてある。
「えぇ。貴女はただ以来を完遂していただければ、それでいいのです。余計な詮索などは無用ですから」
「ま、構いませんけどね。この手の依頼は飽きるほどありましたし」
美神自身ではなく、自身の持つ能力『だけ』を必要としていることに少々イラつかないこともなかったが。
美神は話を聞きだすことにした。
「それで、御宅の生徒さんが一体何をやらかしたんですか?」
「……そういった物言いは止めていただけませんか?」
「あ〜ら、ごめんあそばせ」
前言撤回、かなり頭にきていたようだ。
だって顔がものすごい笑顔だもん。
ここじゃ表記してないけど、語尾に『♪』とか『w』ついてるもん。
「なんでも当事者が言うには、『百物語』とかいうことをやったようで……」
「まあ毎日毎日勉強ばっかりじゃ、娯楽が欲しくなるのも無理ないですわねー」
ぷるぷる。
膝の上に置かれている、本郷の手が握り拳になっていた。
「それで、引き受けていただけるんですか?いただけないんですか?」
業を煮やした本郷は少し強い口調で問い詰めた。
かなり頭にきているのだろうか、頬の筋肉が少々引きつっている。
「うちの事務所はネギを背負った鴨を逃がすようなことはしないんですよ」
対する美神は余裕綽々。
笑いをこらえるのに必死である。
こんな接客態度で、よく超一流とか言われるよな。
明日を目指して!!〜その10〜
青鬼さん、こんにちは
「さーて、まずは事情聴取からいきましょうか」
「美神さんの場合、『聞き込み』っていうより、『尋問』って気がしないでもないっすけどね」
美神は横島、シロを引き連れて城南女子高校へと足を運んでいた。
「何?文句あるんなら帰ってもいいわよ」
「ハッハッハー、イヤダナミカミサン。ミカミサンノヤリカタニモンクナンテアルワケナイジャナイッスカ」
物凄い棒読みで横島は答えた。
せっかく土下座までして女子高に引っ付いてきたというのに、女子高生の姿を見ずして帰るなど横島にできようか?
いや、できない。
そんなわけで、横島は波風立てないようにしないとなー、とか思ってたりする。
「今回の除霊はいったいどんなことをするんでござるか?」
シロが美神に尋ねる。
「横島くん、説明してやんなさい」
「らじゃ」
普段なら自分の背丈ほどの荷物を背負っている横島だったが、今回に限ってその荷物はやけに少なかった。
背負っているのは標準的な大きさのリュックサック。
「今回の敵はな、鬼だ」
「おに?」
聞きなれない単語に、シロは頭に?マークを浮かべる。
シロが今まで除霊で目にしてきたものは悪霊や妖怪といった類のものばかりだった。
『鬼』という単語は初めて聞いた。
「そ。青行燈っていう鬼だ」
「あおあんこう?」
「違う。あおあんどん」
あおあんこう―――なんともしまらない名前の鬼である。
もちろん横島が訂正したとおり、正式名称は『あおあんどん』である。
「鬼の中でも結構しょぼい奴でな、悪戯ぐらいしかできない鬼なんだ……普通ならな」
「?」
横島の意味ありげな言葉が、シロにはやけに引っかかった。
ガラリ
空き教室を借りて、立花桜から話を聞き終えた美神が出てくる。
横島は軽く声をかけた。
「どうでした?」
「え?」
「いや、『え?』じゃなくて、あの桜って子のことっすよ。だいぶ顔色悪かったみたいっすけど」
「あぁ、あの悪ガキね」
事も無げに美神は言った。
その表情には苛立ちとも、哀れみともいえない表情が浮かんでいる。
横島には、美神があえて無関心を装っているように思えた。
「毎晩悪夢は見るし、幻聴まで聞こえ始めてたんですって。おまけに自殺未遂までしたらしいわ。相当参ってるわね、あの子」
「大丈夫なんすかね?なんか気の毒やな」
「なに言ってるの、自業自得よ。面白半分でオカルトに手を出すから、こんな目にあうのよ」
横島に言い聞かせるように美神は言った。
「結局人は人でしかないわ。どれだけ遠くへ行けるようになっても、どれだけ高いところまで飛べるようになってもね。分不相応なことをすれば、必ず手痛いしっぺ返しを食うのよ。私たち、GSもね。よく覚えときなさい」
「……へーい」
横島は一瞬、暗にルシオラのことを諦めるように言っているのかと思った。
が、自分の思い過ごしかと思い、美神の言葉は単なる教訓として受け止めることにした。
「にしても、まさかアンタが人の身を気遣うなんてねー。ホント、アンタを雇ったときにはそんなこと思いもしなかったわ」
「ひどっ!」
「だっていつもなら『美しいお嬢さん、貴女にそんなくらい表情は似合いません。この横島忠夫が慰めて差し上げましょーッ!』とか言って飛び掛るじゃない」
反論のしようもない。
横島はどことなく虚しさを感じた。
「いやね?いくら俺でもあんな悲壮な顔つきした人に飛び掛るほど無謀じゃないっすよ。芸人にとって一番恐ろしいのは、相手が何の反応も示さないときですもん」
「アンタ芸人だったの?」
「…いちいち揚げ足を取らんでください」
言葉のあや、というやつではないか。
「美神さんこそ、なんだかんだ言っていいとこあるじゃないすか」
「……なにがよ?」
「聞こえてましたよー?教室の中から。『せっかく拾った命みすみす捨てようだなんて、二度と言うんじゃないわよっ!!』って」
とたんに美神はそっぽを向いて顔を隠した。
「いやぁ、いいトコあるじゃないっすか」
「うっさい、だまれ、しゃべるな」
ドカッ、バキッ、グシャ
ぎゃーっ、という断末魔が廊下に響き渡った。
「どう、シロ。大体の位置は掴めた?」
科学室に入るなり、美神はシロに尋ねた。
科学室は当時のまま放置されており、蝋燭があちこちに散らばっている。
一ヶ月もたっていると、流石に匂いがきつい。
シロはヒクヒクと動かしていた鼻を止め、立ち上がって答えた。
「この辺りが一番匂いがきつかったでござるな」
そういって指差す。
そこは丁度、散らばった蝋燭の真ん中に位置していた。
「そう。じゃ、今から結界張るからね。アンタたちも手伝いなさい」
美神はそう言って墨の塊を横島とシロに手渡す。
それは少々強度に欠けるようで、強く握ると音も立てずに折れそうだった。
「十二時までに書き上げなきゃならないんだから、きりきり働きなさいよ!」
「へーい」
「りょーかいでござる」
横島とシロを叱咤激励し、美神は作業に取り掛かる。
そんな彼らをドアの隙間から見つめる怪しい影があった。
それは球体状の式神で、真ん中に大きな瞳が一つ、ふわふわと浮かんでいた。
「……少々厄介なことになりましたねぇ」
式神が送ってくる念写を受け止めて、東条は一人呟いた。
いつもの飄々とした口調はすっかり成りを潜め、顔つきは真剣そのものである。
もっとも式神からの念写を受信しているので瞼を下ろしているが。
「今更調査をされたところで、何もわかるはずはないですが……このまま放置しておくというのも、ねぇ……?」
東条は椅子に深く腰掛け考える。
「それに、このバンダナの少年は…」
東条の脳裏に浮かぶのは、バンダナのアホ面こと横島忠夫。
東条自身は面識もないが、頭の中でこのアホに警鐘を鳴らす。
それは東条自身の意思ではない。
「はてさて、一体どうしたものか?」
そう言ってしばし一考した後、東条は電話を手にした。
ポチポチとぎこちなくボタンを押していく。
『もしもし?』
「あぁ、榊原さん。私です、東条ですよ」
極めて軽い調子で東条は話し出した。
『何の用だ?』
「いや、実は計画の障害になりそうな人がいましてねぇ。その人に関する現代の情報をできうる限り集めていただきたいんですよ」
『……どれぐらいで済ませればいいんだ?』
「三日以内に済ませていただければ、私としては助かりますねぇ」
はぁぁ、と電話の向こうからため息が漏れた。
榊原はここ最近GS狩りばかりしていて、それなりにストレスも溜まっているのだろう。
それに引き換え自分は椅子に座って指示を出すばかり。
少し同情した東条だが、変わってやろうとは絶対に思わない。
永い時を待ったのだから。
『三日だな。期待せずに待ってろ』
「あぁ、それとその人の周辺もよく調べてくださいね。家族構成から知人、友人関係まで」
『……有給貰っていいか?』
「却下です。じゃ、後でメールしますから」
そう言って東条は電話を切った。
ポチポチと再びボタンを押し、メールを送信する。
「髪は亜麻色、目つきはやや吊り目気味。派手なボディコン服を着用っと」
だらけた白衣を正しながら、東条は黙々とメールを打つ。
「あぁ、ややこしい。現代人はなぜこのような非効率的なものを好んで使うんでしょうかねぇ?ま、確かに便利といえば便利ですが……」
「これで被害者は総勢33人か……」
西条は一人呟いた。
今までのところ彼らは何の成果も得ていない。
通報があってから駆けつけ、それが一連の犯行と一致するかどうか検証しながら別の可能性も常に考えておく。
そんなことの繰り返しだった。
「西条さん、コーヒーお持ちしましたけど」
「あぁ、すまないね。そのあたりに適当に置いておいてくれないかい」
後輩が気を利かせて入れてくれたコーヒーも西条の緊張の糸を断ち切るまでには行かないようだ。
無精ひげをこれでもか!と言わんばかりに生やし、頬は痩せこけ、目の下にはクマがくっきりと。
いつぞやの切り裂き魔事件のときよりも、疲労が見て取れる。
「また例の事件の捜査ですか?」
「まあね。これといった手がかりも今のところ見つかっていないし、まるで目的は見えてこないし。目の上のたんこぶだよ、本当に」
これじゃデートに誘えやしないと、どこぞのアホ面バンダナ少年が聞いたらぷっつんしそうな台詞をのたまう。
表情は笑ってはいるが、目は笑っていない。
つまり言っていることはマジなのだ。
そういう点では横島さえ凌駕しているといってもいいのかもしれない。
本人は絶対嫌がるだろうが。
「あ、どうだい?今度の日曜日、デートにでも…………いないよ……」
身の危険を察したのか、職員はいつの間にか雲隠れしていた。
一人取り残された西条は哀愁漂う背中でコーヒーを飲む。
「……苦い。これ、ただのブラックじゃないな」
めちゃくちゃ苦いそのコーヒー、それはもしかしたら横島が恨みの念を飛ばしているのかもしれない。
「こうなったら残っているGSを虱潰しに洗いなおすしかないか……ハァ……こういう仕事は神経すり減らすから疲れるんだけどな」
ぶちぶちと愚痴を言いながら、都内のGS名簿とGS協会に登録されている名前を確認、近況などを聞きだしていく。
犯人はオカルトに深く関わっている可能性が非常に高い。
ならまずは専門といえるGSを調べつくすのは当たり前のことである。
一ヶ月前にも同じことをしたが、あれから何か進展があるかもしれない。
もっとも、西条はあまり期待していなかったが。
「境公彦……営業中…酒井清…営業中……榊原純……ん?廃業、か……坂田敏夫…失踪届けあり…」
営業をしっかりこなしているものはアリバイが取りやすい。
したがって西条は廃業したり、失踪したりしているものをリストアップしていく。
……案外、事実には近づいていっているのかもしれない。
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