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GS物語 〜除霊の代償〜 前編

 

 横島忠夫。二十二歳、独身。
 高校卒業後、二年のヨーロッパ研修、一年のアメリカ研修を経て独立。
 日本GS協会が期待する次世代ゴーストスィーパー……のはずだった……











 東京都、新宿歌舞伎町。
 副都心区画整理でかなり小奇麗になった街並みのはずの歌舞伎町だが、そこは不夜城新宿。
 都知事の意思に反して、黒社会などの闇に生きるものをそう簡単に排除などはできない。
 腐敗臭にも似た酸えた臭いが漂う通りにそのビルはあった。
 歌舞伎町によく似合う、そんな雰囲気を漂わせた雑居ビル。横島の現住所はそこであった。

 酸えた通りよりも腐敗臭が漂ってくるような雑然とした部屋。
 その隅に、パイプベットが置かれ十年近く愛用している煎餅布団の上で男が寝ている。
 星を携えた可憐な瞳……を描いたアイマスクを着用し、惰眠を貪る男の名は横島忠夫。
 日本GS協会の期待を完膚なきままに裏切り、自堕落な生活を送っている。
 可憐な瞳のアイマスク、涎を湛えた口元と伸びきった鼻の下が妙なミスマッチを演出している。
 両手がわきわきと、何かを揉みしだくような動きをみせる。口元はだらしなく開き、舌先が別の生き物のように変質的に蠢く。
 彼は夢の中では絶好調なのであろう。両足まで動かし、何かにとり憑かれたように跳ねだした。
 無粋な電話の音が鳴り響いた。デジタル式でなく今どき黒電話というのはご愛嬌だ。
 横島は空中を踊るようにして、ベッドから転落した。
 アル中のように、震える手を伸ばし受話器に手をかけた。

「イク寸前に邪魔されたら男はどうすると思う?」

 可憐な瞳のアイマスクを額の方にずらすと、彼の悪友も真っ青な三白眼が表れた。

『はぁ〜?』

「はい、こちら横島除霊事務所。現在横島は、出掛けております。御用の方は別の作品の乳の大きな女性に頼んで超能力でお伝えください。生乳が好みに合えばこちらからお電話するはずです……たぶん」

『なにバカな事いってるのよ。いるんでしょ?』

 耳に当てていた受話器を外し、じっとそれを見る。

「それは気のせいです。横島はビルマに竪琴を探しにいきました」

『かなり未来式な留守電ですこと。受け答えできるなんて』

「カオス式ですから」

『黒電話にどうやってつけたのよ』

 枕下に置いてあるソフトケースのマルボロを手に取ると、口に咥えた。
 【タマモン】と描かれた使い捨てライターで火をつける。

『スゴい留守電ね。タバコまで吸うなんて』

「ニコチン電池で動いてます」

『不毛な会話だこと……だいたいあなた、私の生乳くらい見たことあるでしょ?話くらい聞きなさい』

 大きくニコチンを吸い込み、体内に染みこませるとようやく頭が冴えだした。

「なんだ美智恵さんっスか。見たことって……授乳のときじゃないっスか、だいたい何年前の話だと」

『ようやく起きたようね。いるんでしょ?』

「居ますよ。華麗なる色男でよければ」







 美智恵が横島の自宅兼事務所に現れたのは、それから三十分ほど経ってからのことであった。
 横島は霊視ゴーグルを片手に持ち、背中には酸素ボンベを背負いクサヤを焼いていた。換気扇は全開で回っていたがそれでも事務所内は煙と臭いに包まれている。

「今ごろお食事ですか?豪勢だこと」

 霊視ゴーグルをつけたまま声の方を振り向く。

「もごもごもごごごごごご」

「その口のもの外しなさい。なんて言ってるか分からないわよ」





 トーストにたっぷりのマヨネーズを塗り、レタスとトマトを置き、その上にクサヤをのせた。
 三口ほどでクサヤサンドを平らげ、コーヒーに口をつける。

「クサヤのサンドイッチって……どういうセンスしてんのよ」

「なにを言われますか、このサンドは由緒正しき一品なんスよ」

「それって、職業が探偵の話でしょ」

「まぁ似たようなことじゃないっスか」

「職業が違う、なにより魚が違う」

 来客用のカップにコーヒーを注ごうとしていたが、手を止めた。

「コーヒーいらないんですね」

「いただくわ」

 ジト目になりならがもコーヒーを注ぎ、美智恵に渡した。

「事務所は汚いけど、コーヒーだけは美味しいわね」

「いい男が目の前にいるからじゃないですか」

「まぁ確かに、ある意味【いい男】よね」

「どーでも(いい男)っていいたいんでしょ」

 言葉は返ってこなかった。お互いのコーヒーをすする音だけが事務所に響いた。
 沈黙に耐え切れなくなった横島は、タバコを咥えた。タマモンで火をつけると、美智恵がカップに口をつけたままこちらを覗きみている。

「仕事の話、しましょうか。ひのめちゃん迎えに行く時間、そろそろじゃないんスか」

「仕事の話で来たなんていってないわよ、私は」

「ボランティアなんて言いっこ無しですよ。そういうのは唐巣のおっさんだけで十分です」

「……そうね。そういう物好きは神父だけで十分ね。よっぽどの聖職者でもない限り、無料奉仕なんて胡散臭いだけだわ」

「有料奉仕も、限度超せば十分胡散臭いっスよ」

 誰のことだかもろ分かりなのだがあえて聞かないフリをして、コーヒーをすする。生憎とカップの中にはすでに入っていなかった。

「見なかったフリしましょうか?」

「そうしてもらえるかしら」

 サーバーで美智恵のカップにコーヒーを足した。

「本題に入りましょう。ページの無駄遣い……いやいや仲良しコンビが押し寄せる時間が近いっスから、ヘタすると仕事に出られません」

 美智恵は時計に目をやると、三時少し前であった。

「そうね。あの娘らに首突っ込まられると、なんのためにここに来たんだかわかりゃしないわ」

 ハンドバックの中から写真を取り出し、書類と一緒にテーブルの上に置いた。

「おおおお!中々の美人じゃないっスか!!んでこの娘のスリーサイズは?」

「自分で聞きなさい」

 微笑みながら答えた美智恵を、上目で覗き見る。その表情を確認すると、ゆっくりと紫煙を吐き出した。

「めんどくさそうですね……ギャラ高いっスよ、ちゃんと出るんでしょうね」

「まともに出るんだったら、あなたに頼まないわよ」

 もう一度紫煙を吸い込むと、山盛の灰皿でタバコを揉消した。

「ギャラ、通常しか出ないんだったら“俺流”でやらせてもらいますよ」

「もちろんよ。それでお願いね」

 右手の人差し指と中指に唇をつけると、その指を横島の唇に触れさせた。

「よろしくね」

 ひらひらと手を振りながら、美智恵は部屋を後にした。

「クサヤサンド食うんじゃなかったなぁ……よろしくやりづらいや」

 写真を手にとると、そう呟いた。






 依頼者との待ち合わせ場所に向かう。
 イギリス研修の名残りなのだろうか。三つ揃いではないがダークグレーのシングルスーツの下には白、いやライトグレーのダブルベストを着込んでいる。そして渋めの赤いネクタイ……これだけだと、それなりの身なりである。
 だがそこは横島忠夫、“それなり”で済ませるワケがない。ひと昔前の中年サラリーマンが愛用するようなハット(通称シャッポ)を被り、シャッポに学生時代の名残りの赤いバンダナを巻きつけている。そして溶接メガネのようなサングラスをかけ、騒音規制を無視したかのようなトレイク(三輪バイク)に乗っているのだ。怪しいことこの上ない。
 周囲の好奇な目を気にする様子もなく、横島はトレイクを路駐させると、御札を二枚、タンクとシートに貼った。
 待ち合わせのホテルの喫茶店へと向かう。約束の時間より五分ほど早くついた。依頼者はまだ来ていないようだ。
 窓際の席に座ると、タバコを咥えた。すぐに店員が水とメニューを持ってくる。さすがホテルの喫茶店だと関心しつつ、連れがくるまで待つように伝えた。
 タバコを五本ほど灰皿で消すと、依頼者が現れた。待ち合わせの時間をすでに三十分ほどまわっていた。

「宮崎早紀さんですね。私、こういうものです」

 宮崎は手渡された名刺に目を通すと、すぐにバックの中にしまった。片眉をわずかに動かし、サングラスをはずすと席に座った。胸ポケットにサングラスをさし、テーブルの上の資料を手にとった。申し合わせたように店員が注文を取りに来た。横島はコーヒーを、宮崎はレモンティーを注文した。

「え〜資料によりますと、霊症は自宅マンションのベッドルーム、時間はだいたい夜中一時ごろ。霊は男で、ポルターガイストの類では無し……と、これに間違いありませんね」

 そういって顔をあげると、宮崎は携帯電話を開きメールをチェックしていた。

「間違いありませんか?」

「間違いないわよ。自分で書いたんだから」

 その言葉を聞き、一度帽子を上げると深く被り直した。

「伺いますが、霊に心当たりは?」

 宮崎のメールをうつ手が止まった。

「まるで警察の取り調べみたいね」

 顔は資料に向け、目だけを宮崎の方へ向ける。

「まぁ霊にも種類っちゅーもんがありますからね。そう強くもない霊に数百万の御札使ったようなフリをして、不正経費を計上して問題起きたことありますからね。最近は協会とか税務署とか何かと五月蝿いんスよ」

「ふーん、そういうものなの?害虫駆除みたいに、パパーっと済むものだと思ってたわ」

「形を持たない低級霊を払うんだったら、それでもいけるんスけどね。金縛りができるクラスだとそう簡単にはいかないんですよ」

 再び書類に目を落し、資料に不備がないか確かめる。その度に宮崎は、だるそうに言葉を返す。とりあえず携帯をうつのだけは、止めたようである。







 宮崎と別れ、予定の時間までヒマを潰すことにする。
 とりあえず晩飯でも食おうと思いレストランに移動しようとするが、どうせ今回の稼ぎはまともな額であるはずもない―――ホテルのレストランでの食事は避け、いつもの店へいくことにする。
 トレイクを停めた場所に戻ると、元気なお兄さんたちが涎を垂らしながらパフォーマンスをしていた。
 まったく気にかける様子を見せず、トレイクにキーを差し込みイグニッションスイッチを回す。ドロドロという排気音が辺りに響くと、タバコを咥えトレイクに貼っていた御札を二枚とも剥がす。一枚はトレイクの小物入れに入れた。そしてもう一枚はタマモンで火をつけ、燃える御札でタバコにも火をつけた。
 パフォーマンスに興じるお兄さんたちの真ん中に燃えている御札を放り、ギアをローに入れトレイクを走らせる。
 爆音が薄らいでいくと御札は燃え尽き、パフォーマンスをしていたお兄さんたちは我に返り辺りを見回していた。

 「防犯装置一枚につき、お揚げ一枚か。高いんだか安いんだか」

 紫煙とともに言葉を吐き出すが、紫煙とともに風に流されてた。



 三十分ほどトレイクを走らせると、いつもの魔鈴の店に到着した。
 左手のシルバーのローレックスデイトナに目をやると、九時前であった。木製の扉の前に立つと、扉が勝手に開く。店の中に足を踏み入れると、いきなりコケた。

「さすがに夜にサングラスかけると、なんも見えんな」

「当たり前じゃない。バッカじゃないの?」

 サングラスを外し声の方を向くと、赤いライダースジャケットを羽織りレザーのタイトミニに身を包んだ女性がこちらを呆れた目で見ている。金髪を“ナインテール”にまとめていて、こちらに向けられたブルーの瞳はあくまで冷めていた。

「高校生がこんな時間になにやってんだよ、タマモ」

「こんな時間っていう時間じゃないわよ」

 タマモは鼻で笑うと、カウンターの上に置かれたアイスティーを啜った。

「こんばんわ、横島さん。ご注文は?」

 タマモの隣に座ると、魔女の正装ともいうべき黒装束に身を包んだ魔鈴が横島の前に水を差し出した。

「お〜!魔鈴さん!!今日も昨日にも増してお美しい。日毎に美しくなるあなたを拝見できるだけで、この横島、感激至極でございます」

「ありがとうございます……でも、ツケはダメですよ」

「しっかりしてますね」

「そりゃあ、来るたびに同じこと言われればね♪お食事です?」

「忠ちゃんスペシャルお願いします」

「かしこまりました」

 魔鈴はにっこりと微笑むと、キッチンへと向かっていく。つられるように微笑んで右手を振った。

「そういえば、タマモよ」

「なによ」

「幻術の札一枚くれ。盗難防止用一枚減った」

 溜息を一つつくと、タマモはバックの中から和紙を取り出し念を込めた。念は文字となり和紙にしたためられ、それを数回折りたたんだ。

「これ、アンタのおごりね」

 御札となった和紙を渡し、氷だけになったグラスを鳴らした。 

「レモンティはやめとけよ。ロクな女になりそうにないぞ」

 タバコを咥え、タマモンを取り出す。

「それも充填しといてあげるわ」

 タマモン印のライターを横島の手から奪うと、神通力を込めた。

「狐火ライターなんて使ってるの俺くらいだろうなぁ」




 忠ちゃんスペシャルという名の、残り物処分料理超大盛りが目の前に置かれると、シャッポを脱ぎ一心不乱に食いまくる。その品の悪さは、丁稚時代となんら変わることはない。ほとんど一気食いすると、グラスの水も一気に飲み干した。

「食った食った〜」

「品性の欠片もないわね」

「食える時に食う。自営業の鉄則だ」

 食後のコーヒーに口をつけると、タバコを咥えた。

「タマモさんや」

「なによ」

「明後日の夜、事務所の方は仕事入ってないか?」

「仕事は明日。明後日は仕事ないみたいよ」

「そうか。んじゃお前、明後日の夜俺に付き合え」

 タバコに火をつけ、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

「デートのお誘い……ではなさそうね。お揚げくらいじゃ済まないわよ」

「食事付きでどうだ?」

「のった!」

「了解。んじゃクサヤサンド用意しとくな」

「いるかー!んなもん!!!」

 後頭部を拳骨で殴りつけると、横島の頭はカウンターにめりこんだ。

「そんなものシロでも食べないわよ!和食よ、和食!!精進懐石料理!!!」

「駅前の立ち食いソバじゃダメか?」

「ダメに決まってるでしょ!」

「んじゃ、長野直営の豆腐専門店」

「もう一声」

「新宿の豆腐懐石」

 その言葉に一瞬考えたが、横島の顔をみるとコクリと頷いた。









 宮崎のマンションに着いたのは、日付が変わろうかという時間であった。
 2DKのマンションの寝室にしている部屋に案内される。手に持っていた大きめのバックを放り、周りを見渡した。
 シャッポを被り直し、眉を僅かに歪ませる。バックを開き、人形がついた箱と霊視ゴーグルを取り出した。

「金縛りにあうのは、ベットの上?」

「そうね。ほとんど寝てるときよ」

 シャッポをバックの上に放り霊視ゴーグルを手にすると、ベットに寝転がった。

「ちょ、ちょっと!あんたなにやってんのよ!!」

「現場検証」

 霊視ゴーグルをかけ、宮崎の方をみた。

「そこの変な人形のついた箱、足元に置いてくれるかな」

 言葉に従い言われた通りにするが、やや乱暴に放るようにベットの足元に置いた。

「あんまり乱暴に扱わない方がいいよ。壊れて弁償するとなるとシャレにならんから」

「シャレにならないって、いくらくらいなのよ」

 宮崎が呆れるような口調で答えるが、横島は天井を向いたまま身じろぎしない。

「それ一つで、フェラーリの新車が余裕で買えるよ」

 その一言で、急にベットから飛ぶように離れた。

「じょ、冗談でしょ?」

「いや大マジ。精霊石ってダイヤより高い石が入ってますから」

 そう言い終わると急に体を起こし、首を上下左右に振って辺りを見回した。

「な、なに?いるの??」

「なんか臭うな……生臭いような、それでいてコゲ臭いような」

 宮崎の背中に冷たいものが走った。
 そういえば昔、聞いたことがある。人魂がでるときは何か異臭がするという事を―――

「最近、このベッドでヤりました?」

 突然のセクハラ発言。宮崎は顔を開いた口が塞がらないでいる。

「いや、ベッドからじゃないなぁ」

 霊視ゴーグルを外し、鼻をひくひくさせながら辺りを見回す。

「あれ?しないや……あ、そうか。クサヤ焼くときにこれつかったんだった」

 霊視ゴーグルを鼻に近づけると、眉間に皺をよせてみせた。

「あなたねぇ……」

 コメカミに井桁が浮かび、かなり怒り心頭の様子である。横島はまったく気にもとめずに、ベットから降り隣の部屋に移動した。

「部屋に居ついている痕跡は無いようっスね。今は見えないけど、アンタに憑いてる可能性もあるな。とりあえず、予定通り二時間ほど出掛けてもらえますか?」

 タバコを咥え、充填してもらったばかりのタマモンで火をつけた。宮崎は横島に何か言おうと口を動かしたが、怒りと呆れで言葉にでてこなかった。

「ん?失礼。ここ禁煙でしたか?」

 何事もなかったかのように言うと、宮崎がテーブルの上の灰皿を叩きつけるように目の前に置いた。

「私がいないからって、サボるんじゃないわよ」

 バックをひったくるように手にすると、いかにも不機嫌そうな足取りで目の前を歩いていく。

「調査終わりましたら、携帯の方に連絡入れますんでヨロシク」

 咥えタバコのままそういうと、返事の代わりに睨みつけるような視線が返ってきた。
 ドアを叩きつけ宮崎が出て行くと、部屋の中にもヒールの音が響いている。

「近所迷惑な女だな。男咥えてねぇで、さっさと戻ってこいよ」

 ドアの方に向けて、紫煙を吐き出した。






 バックの中から漫画を取り出し、ヒマを潰した。灰皿の中の吸殻は、十本ほどになっていた。
 漫画をバックの中に戻し、咥えていたタバコを灰皿に押し付けシャッポを被った。

「さてと、そろそろ仕事するかな」

 隣の寝室に移動し、電気をつけないままタンスの前に立つ。
 白い布製の手袋をはめると、おもむろにタンスを開けた。

「ビンゴ」

 拍手を二度打ち、手を合わせ頭を下げる。
 タンスの中を物色し、三角形の布を両手で広げた。

「う〜む。予想通り、節操ないパンツ履いてやがるな」

 左右に広げ、ゴムの収縮を確かめ吟味するかのように目を細めて凝視する。
 そしてゆっくりと、後ろを振り向いた。その顔には、笑みが浮かんでいた。






 午前二時丁度に、宮崎の携帯に電話を入れた。
 三十分後、ベランダから外を眺めていると一台の車がマンションの駐車場に入ってきた。助手席から宮崎が降りてくるが、車はその場に待機したままだ。
 苦笑して部屋の中に戻ると、インタホーンが鳴り宮崎が戻ってきた。

「お早いお帰りで」

「で、どうだったの?退治したの?」

 宮崎がイラだつようにそういうと、横島は鼻をヒクヒクと鳴らしてみせた。

「しゃぼんの匂い……深夜休憩この近くにあったっけ?」

「アンタに関係ないでしょ!」

 ハンドバックをソファに投げつけた。

「休憩じゃイケなかったのか……ご愁傷様」

「アンタいいかげんにしないと、セクハラで訴えるからね」

 威嚇するかのような視線を向けるが、視線を逸らしシャッポを深く被り直した。

「でませんでしたよ、部屋に憑いてはいないようっスね。どうやらアンタ個人に用があって憑いてるようだ……何かの条件でしかでてこない類のようっスね」

「私に用って……条件って何よ」

「さぁね。俺はGSであって霊媒師じゃないからね、そこまでは分かりません」

「頼りにならない男ね」

 その言葉に苦笑すると、カバンを持ち玄関へ向かった。

「今日はもう出ないはずです。ゆっくり寝れますよ」

「いつ仕事は終わってくれるのかしら?」

 靴を履き立ち上がると、玄関を開けた。

「予定の期日には終わりますよ」

 振り向きもせずに、ドアを閉めた。

「……アンタがまともな神経してたら、今日にでも終わってたよ」

 呟いた言葉は、ニコチンの苦い味がした。



 マンションを出て、路上に停めてあるトレイクに戻る。御札を二枚剥がすと、トランクを開けカバンを入れた。
 駐車場に目をやると、宮崎が乗ってきた車から男が降りてマンションへと向かう。

「あれが『イカせずの男』か」

 タバコを咥えタマモンで火をつけると、お互いの目が合った。相手の男がすぐに目を逸らした。
 ポケットからデジタル式の録音機を取り出し、スイッチを入れヘッドホンにも繋いだ。
 トレイクのセルを回した。愚図りはしなかった。








 翌日珍しく午前中に起きると、宮崎のマンションの最寄の警察署に向かう。
 トレイクを駐車場に停めると、冷たいというより犯罪者に向けられるような視線が降り注ぐ。受付に行きGS免許と資料に同封されていた書状を提示すると、態度が急変した。
 引退したとはいえ、美神美智恵の書状(印籠?)は未だ効果は絶大のようだ。
 応接室に通され、すぐに婦警がコーヒーを持ってきた。ナンパしようと声をかけようとしたが、中年の係官が資料を抱えて現れた。
 一礼して退室する婦警を、思わず悲しい目で見送ってしまう。

「効果有り過ぎだよ」

「なにかおっしゃいましたか?」

「いや、別に……んで宮崎早紀の調書ってのは……」

「これですね。個人情報流出の恐れがありますから、普段は見せられないものですが」

 係官が苦笑した。

「死人がでてもいいんでしたら、結構ですよ」

 サングラスを外して目を向けると、係官が資料を捲りだしていた。

「実際に、死人でていますよ。事故ですがね」

 事故処理の書類を広げてみせた。

「三ヶ月前、ウチの管内で起こった死亡事故です。死亡したのはは増田智紀。その一月前に宮崎早紀に訴えられてます」

 事故処理の書類と、訴状を読み比べる。
 
「お役に立ちましたか?」

 係官が微笑んでみせた。




 宮崎の勤めている会社へと向かう。
 トレイクは少し離れた場所に停め、会社が入っているビルまで歩いた。
 近くまでくると路地の方で立ち止まり、タバコを咥えた。ビルの中からOLの団体がでてくる。左手のロレックス・デイトナに目をやると正午を回っていた。
 歩みより、シャッポを少しあげ挨拶の代わりにした。

「ねぇねぇ、オネーさん。合コンやらない?」



 事務所に戻ったのは、十時を回った頃であった。
 シャッポを机の上に置きサングラスを外すと、目の周りに青痣がくっきりとついていた。
 所長用の椅子に座ると、背広からデジタル式の録音機を取り出した。途中、飛ばしながらメモを取っていく。メモを取り終えると、MDに編集していく。

「割りに合わねぇよなぁ」

 窓の外を眺めると、薄っすらと夜が明けだしていた。

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