ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(50)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 8/13)

 ―――夜。
 満月の光の下、いつもならば深々と穏やかな眠りを貪っている筈の森は、突然の来客を迎えて、嵐の晩のように激しく梢を打ち震わせていた。
『あはははは、はははは!!』
 鼓膜を介さず、脳神経に直接響く奇妙な『声』で笑う黒ずくめの女が、木々の幹を掠めるようにして低空を飛んで行くと、その後を霊気の光弾が追い、さらにその後から、これまた黒ずくめの女を先頭にした四、五人の団体が追って来る。
 追いかけられている女は、水の中で優雅にターンし浮上するイルカの如く、身をしならせて体勢を変え、見えない足場を蹴るようにして両足を伸ばすと、ふわりと高い空に舞い上がった。
『ふふふ・・・・・・そろそろ、息が上がってくる頃じゃなくて?皆様』
「うっさいわね!ちょろちょろ逃げ回るんじゃないワケっ!!」
 直接頭の中に届く声は、なまじ穏やかで丁寧な喋り方である分、余計にカンに障る。
 巨大な結界、ネクロマンサーの笛、増強剤を用いての身体強化、動員できる人員は全て突っ込んでの人海戦術―――それなのに。
(・・・・・・まさか、ここまですばしっこいとは・・・・・・)
 加奈江からこちらに打って出る手段はほぼ全て奪ったが、結界内を逃げ回るだけならまだ十分出来るらしい。満月で、魔力が高揚しているせいもあるだろう。
 多対一ではあるが、攻撃をやり過ごして逃げ回るだけならまだ余裕はあった。
「あの女、持久戦を狙ってやがる。・・・・・・だとしたら、ヤバイな」
「・・・・・・」
 そう呟いた雪之丞の言葉には何も言わないでおくが、確かに長期化するとまずい。
 以前より格段に腕を上げているとはいえ、雪之丞の魔操術は無制限に続けられるわけではないし、エミが使っている増強剤も、効果の持続時間には限りがある。マリアと共に、上空から加奈江を包囲している魔鈴めぐみも、箒をやられたらお仕舞いだ。特定の分野の魔術には長けているが、GSとしてはまだ新米のめぐみに、地上で加奈江と対抗させる事は危険である。
 魔物の加奈江と張り合える体力・持久力・耐久力を元から持っているのは、シロ、タマモ、マリアの三人であるが、その内のシロとタマモは、駆け引きの点で負けている。
(・・・・・・いざって時に、動けるのがマリアだけ・・・・・・ってのは辛いわね。このまま固まって追い回していても・・・・・・)
 全員、それぞれ適当な位置に散開し、包囲して、次第に結界を狭めていって捕らえる、と言うのが当初の筋書きだったのだが、加奈江の巧みな逃げ方がそれを許さない。
 包囲するため、円状に散開しようとすると、それを崩すように動き、めぐみやエミなど、身体的には生身のままの、弱いメンバーをついてくる。そして、追跡メンバーを減らさないために、他の四人が援護に戻って来ると、また素早く「逃げ」の行動に戻るのだ。
(加奈江はこっちの体力の消耗を狙ってる・・・・・・結界だって、いつまでも張っていられるわけじゃないし・・・・・・)
『ふふふ・・・・・・そちらはもう、手詰まりと言うところかしら?』
「うっさいわね!!人の頭の中に、勝手に話し掛けてくるんじゃないワケ!!」
 ネクロマンサーの笛の効果を強めるためにタイガーが放っている精神波に干渉して聞こえてくる加奈江の声に怒鳴り返す。
 その怒声に、くすくすと言う笑い声で返すと、加奈江は、嘲笑から囁き声へと声の調子を変えて、エミ達に話しかけた。
『もう疲れてきたでしょう?ねえ・・・・・・もうやめましょうよ。私の目的は、別に、人類滅亡とか、世界を征服したいとか言うわけじゃないのよ?ただ、全てを今のまま永遠にしたいだけ・・・・・・ピエトロ君のためにね』
「それが迷惑だっつってんだろ!!ピートのためピートのためって、そんな事してピートが喜ぶのかよ!?」
『・・・・・・喜ぶわ。今は、彼も怒るかもしれないけど・・・・・・』
 声を張り上げた雪之丞の言葉に、加奈江は静かに返す。
 魔力を消して隠れたのか、どこにいるのかはわからないが、声だけは頭の中に直接響いてくるため、静かだがはっきりと聞き取れるその声に、耳元でボソッと囁かれたような錯覚を感じて、雪之丞は知らず身震いした。
『世界が永遠になれば、彼は苦しまずにすむわ。追い越され、置いてきぼりにされる苦悩、いつかくる死の別れへの恐怖、叩きつけられる畏怖や敬遠の視線から―――「解放されるのよ!!」』
「!!」
 語尾の一言が頭の中に響いたと同時に、肉声でも聞こえた事に驚いた直後、横手の木々の後ろから低空飛行で突っ込んできた加奈江に首を掴まれて、エミは、そのままもみ合いながら諸共に吹き飛んだ。
『貴方は、彼がどれだけ苦しんでいたか知ってる?いつも笑っていた顔の裏に、何を潜ませていたか知ってる?』
 もみ合いながら、唇は動かさずに「頭」で話し掛けてくる。
 その加奈江の顔を両側から掴むと、エミは器用に足を寄せて、加奈江の顎に膝蹴りを叩き込んだ。痛みよりも、頭や首に走った衝撃に参ったのだろう。
 こちらの首と襟元を掴んでいた手の力が緩んだのを見て身を離すと、受身を取って地面を転がり、立ち上がった。
 加奈江ももちろん、すぐに体勢を立て直しているが、雪之丞が追いついてくるのを見て舌打ちすると、ふわりと空に飛びあがる。
「こら!待ちやがれ!!」
 しかし、同じように高く跳んで、殴りかかろうとした雪之丞の手を、手首を掴んで器用に絡め取ると、加奈江は赤い口紅をベタッと塗った唇を、ニィッと歪ませて雪之丞に話しかけた。
『・・・・・・貴方は高校には行ってないのよね。貴方の知らない話をしてあげる。横島君やタイガーも、聞いていなさいな。知らない事を話してあげる。これでも貴方達は、ピエトロ君の苦悩を知らないって言えるのかしら?』
 加奈江の笑みが持つ不気味な迫力を間近で目にし、雪之丞は思わず凍り付いている。
 そんな雪之丞に、加奈江はさらに笑いかけると、月光の青白い光の下で、真っ黒なようにも見えるどす赤い唇を、さらにニィと歪めた。

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