ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(13)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(00/ 7/27)

「……そりゃあ、流石に気分も悪くなるわよねぇ……、未だこーんなに小さい頃だとはいえ、テレサお母様の着せ替え人形だったなんて……ねぇ、ピエッラちゃん?」
そう言う美神の微笑みが、喋りながら徐々に小悪魔のそれに変わってゆく。
美神の艶やかな口元から覗く前歯が、ピートの眼には鋭い獣の牙の様に映った。
「ひっ、いっ、いやだなあ、一体、全体、何の話を、しているん、ですか?」
「……声、上ずってるわよ?」
「うぅっ……はっっ!?」
美神の指摘に、ピートは反射的に自分の口を塞いだ。が、彼は同時に自分の行動の軽率さを呪う事になった。
顔の色を青くしたり黄色くしたりいる彼の慌てぶりを眺めながら下唇を舐めると、小悪魔はさらに満足そうに頷いてみせた。
「やっぱり。この程度のハッタリに引っ掛かるなんて、ホント700年間無駄に生きてるわねぇ。」
「……余計なお世話です。」
「ま、そういうピュアなトコが、あなたの良い処なんだろうけどね。」
「………………」
少しからかう様な調子で笑う美神に対して、ピートは唇を尖らせたままポケットに手を突っ込んで暫く不機嫌そうに黙り込んでいたが、やがて軽く左右に頭を振ると口を開いた。
「……どうして、分かったんですか? あの女性が僕の母親だって事。」
「どうしてって、ま、状況から想像できるあらゆる可能性の中で、一番面白そうなのを選んだまでね。」
「………………」
「そんな怖い目で睨まないでよ。一応論理的な考察に基く結果なのよ。」
美神は、どこかしら憮然とした態度をとるピートの沈黙に言いようのない圧力が籠もっているのを感じて、徐(おもむろ)に背後の壁に寄り掛かかって腕を組んだ。
「まず、あのご婦人に会った瞬間からあんたの態度はおかしかった。顔を真赤にして握手したり、突然ひねりの無い偽名を名乗ったり、ね。」
「一応、少しはひねった積もりだったんですけど……。」
「はぁぁ……あのねぇ、そんなに変わってないってば。」
どこかしら自嘲気味に応答するピートに対し、美神は殊更呆れたように大きな溜息を吐いた。。
キリスト教の聖人ペテロに由来する、伊語の代表的な人名ピエトロ(Pietro)は、英語でピーター(Peter)。綽名のピート(Pete)は親しい間柄で使われる愛称だ。
そしてドラキュラ(Dracula)の逆さ綴りであるアルカード(Alucard)は、フィクションに登場する吸血鬼やその混血児の間で実によく使われている偽名であり、ピートはさらにその綴りを分割してみた、と云う訳だ(A.Lucard)。
まあ確かに、ひねりが効いているとは言い難い。
「それに、この城だって、何となく見覚えがあったしね。何だったか、聞いた事の無い様な島の名前を聞いた時に、ここがブラドー島なんじゃないかって、確信したわ。錬金術の達人だなんて、こんなに面白い城主のいる城の事、しかも伯爵ほどの名家の事を、この業界にいて今迄一度も聞いた事が無いだなんて事は、まず有り得ない……よっぽど巧妙に隠された、鬼や妖精の隠れ里でもない限りはね。それに……」
美神は腕を組んだ格好のまま壁から背中を離して、何事か思案する様に右手の人差指を顎の下に当てた。
「……13世紀半ばといえば、ブラドー伯爵が何者かの襲撃を受けて、向こう700年間眠りに就いた時期でもあるわ。だから、この時期に『欧州各地で行われていた戦役の為に、城主が出払って』いたとしても、別段不思議は無いわよね。そして絶対的な権限を掌握した城主の不在時、城の中で一切の権限を行使できる女性は、今回の場合ブラドー伯爵の伴侶つまり、あんたの母親しかいない。そうなると、その側にいた子供の正体は……ピート、あんたって事になる。女の子の格好をしているのは、普段のあなたから察するに、お母様のご趣味と見て間違いないわよね?」
「………………」
ピエッラ(Piera)なんて女性名も、ピエトロと同じ根を持つ名前だ。
「……そりゃ幾ら真相を知られていないとは言っても、知り合いに自分の親の姿を見られるってのは、バツが悪いっていうか、何て言うか、恥ずかしいモンよね。しかも当の子供でさえ会うのは久し振りだってんだから、なおさら……。」
そこまで言うと、美神は我が事であるかの様に、照れた様子で無邪気に微笑んだ。この点に於いては美神にも共感する処は大なのだろう……尤も、横島が両親に抱いているであろう程の物では無いかもしれないが。
「そう云えばあなたって、自分の父親についてはあんなに色々文句をたれていたけど、母親の事を聴かせて貰った事なんか、今迄無かったもんね……ま、あなたもこれしきのアクスィデントにへこたれたりしてないで、もっとシャンとしてくれないと……もう、男の子でしょ!」
「はい、努力します。……ふふふ……。」
照れを打ち消すように人差指を突き出す美神の調子につられて、ピートは目元に笑みを湛える。まだ少し緊張は残るが、ごく自然な笑いだ。
自分たちの置かれている境遇を互いに認識し、共有する……自分一人の中に溜めこんでいた物を共感し理解してもらう事によって、幾分気分を落ち着ける事が出来たのかもしれない。
たとえそれが、彼が胸に抱えこんでいる気持ちの、ほんの一部であったとしてもである。

「ま、この事はみんなには黙っておいてあげるから、安心なさい。」
さりげなく『みんなには』の部分に置かれたアクセントの不自然さは、そんなピートの笑顔に、小さなな影を落とす。
「あの、『みんなには』というと?」
「そりゃあ勿論、決まっているじゃないの……ふふふ……」
一際目を惹く薔薇色の唇が、今宵何度目かの哄笑に歪む。
すっかり色を失ったピートにはそれが、狡猾な悪魔の微笑みに見えた。


「じゃ、いくぞー……。いちたすいちはー?」
「にーっ!」
かしゃっ。

精緻な透かし模様の入った天蓋からは、これまた見事な浮き彫りの施された白亜の柱が、その四隅から下ろされている。さらにこの矩形の空間を誇るかのように、天井の四辺からは、つややかなビロードの天幕がゆったりと垂らされている。
天蓋のついた寝台というものは、普通に生活していては仲々お目に掛かれる物では
ない。
そしてその寝台の存在に対し、一切の違和感を生じさせない部屋と云う物もまた、一般庶民の人生にとっては稀な存在であろう。
寝台の確保する床面積だけで、横島が住んでいるアパートの部屋は一杯になってしまうに違いない。そもそも、天井の高さがあと倍ぐらい無ければ、この寝台を横島の部屋へ収納する事は土台無理な話である。
その何とも豪奢な天蓋つき寝台では、これまた沢山のフリルがついた子供用の白いナイティを纏ったピエッラを抱え上げたキヌが、ピンクの掛布団に腰を深く沈めている。幼子の身体を後ろから丸々包み込む様なキヌの抱擁に、俯き加減のピエッラの顔は、ナイトキャップに隠れて良く見えなかった。
「もうちょっと顔を上げてくれないと、折角の可愛い顔が写せないんだけどなぁ……。」
「………………」
タバコの箱の半分くらいの大きさのカメラを両手に持って中腰に構えた横島は、はにかんだ様子のピエッラに向けて、大袈裟に困り顔を作ってみせる。
「この子ったら、ほんとにテレ屋さんなんですよ。ねえ?」
キヌは、ピエッラを抱き締める腕の力を少し強くすると、頭上から彼女に問い掛けた。
それでも、ピエッラは何も答えず、ただ大人しく、じっとしていた。
「しかし美神さんも意外だな。子供の写真を撮ってくれだなんて。」
「きっと自分の妹さん……ひのめちゃんの事が切っ掛けになって、美神さんの心の奥底に眠っていた『子供好きの美神さん』が目覚めてきたんですよ。それに、ピエッラちゃんはこーんなに可愛いし……ねえ?」
「っっ、………………」
背後に居るキヌの、満面の笑顔に呼応するかの様に、微かに震える吐息が漏れた。
「うーん、そんなもんかなぁ? しかもこれ、鈴女専用の盗撮カメラじゃないか。」
カメラを睨んだまま、横島が忌々しそうに漏らす。
この厄珍堂謹製・超小型のカメラは、胡散臭い依頼人(クライアント)の素性を調査する際に使う超小型高感度カメラである。美神は『已むを得ない事情』で、時折胡散臭い人物や、ちょっと公言を憚りたくなる様な筋からの依頼を引き受ける事がある。いざと云う時の用心として、依頼人の弱点を握っておくのに越した事は無い。加えて秘密保守や費用節約の観点から、探偵などの第三者を介在させることは極力避けておきたい。
そこで、鈴女の登場である。彼女の昆虫に似た身体の大きさと外見は、隠し撮りなどの隠密行動には適している上、万一バレそうになっても、幻術や変身能力を駆使して追っ手を胡麻化す事は容易(たやす)くできる。しかも意中の人・美神令子には絶対の忠誠心(?)がある。彼女はまさにスパイとして最適なのである。
まあ、仕事中の美神すらも気が付かないような、横島のささやかなセクハラ行為までも面白がって激写するものだから、後でバッチリお灸を据えられる横島にとっては堪ったものでは無い。
因みに、屋根裏の明かり窓の上に方にある鈴女のねぐらには『美神おねーさま』の何とも悩ましい写真のコレクションが多数存在するらしい、との噂があるが、その真偽は定かでは無い。
「……まあ、いいか。そうだ、今度はおキヌちゃんが写してよ。」
「あ、はい、良いですよ。」
キヌは、ピエッラを自分の横に座らせると、立ち上がった。そして横島からカメラを受け取ると、横島を真似るようにその場にしゃがみ込んだ。
そしてキヌと入れ代わりに横島が、下を向いたままのピエッラを軽々と持ち上げて、寝台の上に座りながら徐々にピエッラを膝の上に乗せてやる。
「さーてお姫様、ちょっと失礼して、その可愛いご尊顔を拝ませてもらいますよっ!」
「!!」
横島のいつに無く悪餓鬼めいた口調に、ピエッラは思わず顔を上げる。自分の頭上にある筈の横島の表情を確認するまでもなく、ピエッラの無防備な側面から思いがけない、強烈な刺激が走った。

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