ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(48)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 7/23)

「うわっ・・・!?」
 その場に居合わせた全員の、全神経が井戸を覗き込んだ捜査員達の一挙一動に注目している、張り詰めた静寂の中。
 直後に響いた驚愕の声に、額を押さえて天を仰いだ者もおり、美智恵ですら、一瞬、我を失いそうになった絶望の空気は、次の瞬間、同じ捜査員の声によって打ち破られた。
「あれ・・・おい、あれ、何だ!?」
 美智恵達が想像していた絶望の悲鳴―――と言うには素っ頓狂な、ただ何か予想外のおかしなものを発見して驚いている、と言った感じの声。
「どうしたの?何があったの?」
「いえ、その・・・。底に、何かあるんです!いえ、あると言うか・・・その、これ、井戸じゃありません!底が、変なんです!」
「・・・?とにかく行くから待ってて!」
 混乱していると言うよりも、上手く説明する言葉が出てこないのだろう。舌足らずを補おうと、わたわた両手を振り回す捜査員に言って、美智恵は再び屋敷から走り出ると井戸に駆け寄った。まだ拭い切れない悪い想像から来る些かの躊躇を振り払って、井戸の中を覗き見る。そして、次の瞬間、美智恵は、思わず先ほどの捜査員達と同じような驚きの声をあげていた。
「あ・・・!?」
 深さ数メートル程の井戸の中に水は無く、その底に見えた物は、青い花を象った丸いステンドグラスだった。ライトで照らして確かめて見ると、ステンドグラスのすぐ上の内壁に、べたべたとお札が貼りまくってある。結界だ。
「これは・・・」
「なるほど。地下室の明り取り用の天窓・・・と言ったところじゃろう。井戸にカムフラージュするとは、考えてあるではないか」
「感心してる場合じゃないわ。結界を張ってある事から見ても・・・」
「うむ。恐らくピートはこの下・・・じゃな」
「おおーい。吸血鬼のボウズー。聞こえるアルかー!?」
 厄珍が、井戸の縁に乗っかって呼びかけるが、返事は無い。
「とにかく、この地下室への入り口を探しましょう!この井戸に一番近い部屋は!?」
 井戸は、建物の壁のそばに設置されている。とすると、建物内に入り口があると見て、まず間違いないだろう。
「一階奥の物置部屋です。壁などは全て調べたのですが・・・」
「いいから、案内して!」
「は、はい」
 捜査員に案内される―――と言うより、半ば引っ張るようにして、一階の奥の物置部屋に入る。もともと普通の部屋だった所を物置にしたのか、鎧戸で固く閉ざされているが、窓があった。
 箪笥や書斎机、アームチェアー、古い置き物、日焼けして色あせたドレスを着たトルソー、気味の悪い抽象画・・・。
 一目で用途の分かる物から、何でこんなの置いてあるんだ、と言うわけのわからない物まで、整理の悪い骨董屋の蔵のように、雑多に置かれている。
(壁や床を調べて何も無かったって事は・・・置かれている物に何か仕掛けがあるのかも・・・)
 明かりが引きこまれていないようなので、懐中電灯を使って室内を照らしながら調べる。そうしてしばらく経った頃、部屋の隅を調べていた捜査員の数人が、不意に、不思議がるような声をあげて首をかしげた。
「どうしたの?」
 駆け寄ってみると、捜査員達は、部屋の一番隅に置かれている鏡台を調べていた。
「あ・・・隊長」
「どうしたの?何かあったの?」
「それが・・・妙なんです。この、小物入れなんですけど・・・」
 見ると、捜査員の一人が、鏡台の机の上から直径二十センチかそこらの丸い、白磁器の小物入れを取ろうとして、必死になって引っ張っている。しかし、小物入れは机に張りついたままビクともしておらず、うんうん言いながら力を込めて引っ張っていた捜査員は、やがて、諦めたようにため息をついた。
「鏡台を動かして、後ろの壁に何か無いか調べた時、鏡台を動かしてもこの小物入れは全く動かなかったんです。それで、おかしいんじゃないかと思って調べてるんですけど・・・」
 そう言いながら、美智恵に、ガタガタと鏡台を揺らして見せるが、他に乗っている香水瓶やらパフの入れ物やらが揺れる中で、その小物入れは確かに鏡台に張りついたように動かない。
「・・・確かに変ね。後ろの壁は?」
「壁も床も、異常はありませんでした」
「・・・ちょっと見せて」
 再度、小物入れを引っ張ろうとした捜査員を遮り、鏡台の前に立つと、小物入れに触れる。ライトで照らしながら、小花を散らした模様で飾られた白磁の入れ物を指で撫でていって―――
(・・・あら?)
 蓋の縁に指が触れた時、美智恵はふと、触れた模様が何かの文字を表しているのに気づいて指を止めた。
(これは・・・アルファベット?)
 繊細な小花の模様に混じって、筆記体のアルファベットが蓋の縁に模様として書き込まれている。アルファベットだけやや釉薬を厚くして描かれているらしく、一つ見つけ出すと、同じように指で触って全て見つけ出す事が出来た。
 文字の部分を押すと、何か―――微妙に何かが動いているような感覚を感じる。不審を感じ、その固い白磁器の入れ物に耳を当てると、中から微かな機械の稼動音が聞こえた。
(中に機械が入ってる・・・?と、言う事は・・・アルファベットは何らかのパスワードの入力装置?)
 そう考えると美智恵は、まず、この状況からして一番最初に考えられるパスワードを入力した。
 ―――PEAT(ピート)
 探し出したアルファベットを、その順番に辿って押していくが、何も起こらない。そうして、またしばらく考えた後、美智恵は、もう一つの別のものに思い当たって、それを入力した。
 ―――PIETORRO(ピエトロ)
「!」
 そう入力して数秒後―――突然、部屋中の壁の内側から、ガリガリと言う機械が動いている音が聞こえ始めた。
「う、うわ・・・!?」
「落ち着いて!・・・機械仕掛けだったんだわ。これがリモコンになっていたのよ。単純な隠し扉やオカルトの仕掛けじゃなくて、電気仕掛けだったのね」
 どうりで、霊視や壁を叩くなどの単純な捜査ではわからなかった筈である。オカルト事件と言う事に着目しすぎて、ハイテクの存在を忘れかけていた自分を叱咤して、美智恵は室内の変化を待った。
「うわっ!」
 部屋の、正面から見て一番奥、固く閉ざされた窓の前に立っていた捜査員が、自分の立っていた床がスライドするのを感じて飛びのく。すると、次の瞬間には暗い階段へと続く地下への入り口が姿を見せていた。
「ここか・・・」
「そうみたい〜。結界があるのを感じるわ〜」
 入り口を覗き込んで低く呟いたカオスに、冥子も頷く。
「・・・それじゃあ、ここの捜査は私達に任せて。それと医療班の救急隊員を二名呼んで来てちょうだい。担架付きでね。他の皆は、屋敷の捜査を続けて。ここがハズレって言う可能性もあるし、誘拐事件の証拠になる物があれば押収しておいて。・・・それから、西条君や神父達への連絡は、まだしないでおいてね」
「了解!」
 美智恵の指示に全員が頷き、それぞれの元の持ち場へ戻ったり、救急隊員を呼びに行ったりする。それを少し見送ってから、美智恵は、残ったカオス、冥子、厄珍の三人を見回して―――お互いに、目と目で頷き合い、地下に続く階段へと足を踏み入れた。
 危険が無いか、ライトで確認すると途中の壁に何枚かお札が貼られている。見た事がないタイプなので厄珍に目で尋ねると、厄珍は、「危険は無い」と言う意味で笑いながら答えた。
「結界札の一種アルが、実質的な障害は何も無いアルよ。この札のそばを通過したり、触ったりすると、体に付着している霊気や魔力を払い落とすアル。まあ、一種の霊気洗浄装置アルな」
「・・・つまり、自分の体についたピート君の魔力を、この札のそばを通る事で消していたのね。霊視で感知できなかった筈だわ」
 だが、逆に言えば、こんな仕掛けがあると言う事は、加奈江がこの奥でピートと会っていたと言う証拠だ。そして、突き当たった場所には、白く塗装された木造の扉と、その周囲にべたべたと貼られた結界札があった。
「・・・やっぱり、賢いようでも素人ね」
「そうじゃのう・・・」
 全く計画性の無い、とにかく大量に札を貼りまくっただけの結界を見て、カオスも頷く。お札の枚数が多いので、内側のものを閉じ込める力はやたら強そうだ。中に閉じ込められてしまえば、美智恵や令子でも脱出できるかどうか怪しい。
 しかし、結界の法則を全く無視してやたらに札を貼っているだけなので、外側から壊すのは簡単である。一枚、もしくは数枚のお札をはがすだけで、結界の構造は瓦解し、中のものを閉じ込めている結界の霊力は消え去る。美智恵がスッと手を伸ばすと、結界札は、何の抵抗も無くはがれた。
 あっさりと―――憎らしいぐらいあっさりと結界は瓦解し、効力を失った結界札が、バサッと音を立てて床に落ちる。後は―――鍵を開けるだけだった。
 特殊仕様の鍵開け用のピンを取り出して鍵を外すと、もう、何も言わずに扉を開ける。そして、さらに目の前にあったもう一枚の扉の、掛け金や南京錠を外して―――勢いよく扉を開けた。
「ピート君!?」
 天窓から射し込む満月の月明かりに照らされた青白い部屋の中に、真っ白く明るい懐中電灯の光を投げかけながらその名を呼ぶ。しかし、その光の中に姿を現したのは、古めかしいデザインの家具や物言わぬビスクドール達のみだった。

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