ザ・グレート・展開予測ショー

〜 【フューネラル】 第5話 後編 『改訂版』 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(06/ 9/29)





〜 interlude. 〜



「…なに……これ……」


タマモが、死体の収容された病棟へと辿り着いたのは、すでに全てが終わった後だった。
壁や床……部屋のいたる所に飛び散る血痕。廊下に咽(む)せ返る強い死臭…。気配が消えてなお残る、生々しい殺戮の、深い爪…。

(遅かった……)

目の前に広がる惨状に、少女は小さく歯噛みする。

間に合ったからといって、何が出来たとも……それどころか、自分が何をしたかったのかすら、今のタマモには分からない。
だが、昼間出会ったあの老人の言葉が、彼女の心の奥底に重い楔(くさび)を打ち込んでいた。


―――――――…もしも人生において、一番に大切なモノが在るとするなら……

「……。」

そう…自分はみすみす未来に広がる『選択肢』を、自らの手で握りつぶしてしまったのだ。見定めることすらなしに…ただの臆病さとほんのわずかな戸惑いのために。
もしかしたら――――何の根拠もない妄想だが――――この場には、あの老人の知リ合いや友と呼べるような人物が、居たかもしれない。
その人物が目の前で危機にさらされていたら、一体、自分はどうするだろう?

守ろうとするのか……あるいは、恐怖でその場に凍りつくのか…。

考えても詮無いことだとは分かっている。しかし、『選択』の場に居合わせなければそんな逡巡さえも許されない……
今更ながら、その当たり前の事実に、タマモは唇をかむような心地がした。


「―――――――…」


無言のまま、彼女はすぐそばの血痕をそっと撫でる。ヌルリとした奇妙な感触…。その血滴はまだ新しい。
怪訝な面持ちで目を向けると、赤く染まった指先から、嗅ぎ覚えのある匂いが伝わってくる。


(……?コレ……)


この匂い……一体、誰のものだったろう?
その感覚はあまりに身近で、そして、あまりに覚えがありすぎた…。浮かんでは消える、人間でありながら、彼女の心に波紋を生んだ、あのぶっきらぼうな声…。
ぼんやりとした心象が、頭の中で像を結び………そして、その鮮血が誰のものかを真に理解したとき、タマモは鋭く息を飲んだ。


まさか――――…

心臓の鼓動が、自らの耳をふさぐように…うるさいぐらい早鐘を打つ。もう一度血痕に目を向けて、彼女は大きく目を見開く。

(まさか―――――…)


ドクン。

ひときわ煩い心音が、強く、冷静な思考をかき乱していく。


気づけばその場から逃げ出すように、タマモは部屋の扉へと手をかけていた―――――――…









(――――――…私、どうして走ってるの…?)



あの人間が死んだとして、それで一体、自分がどうなるというのだろう?

額ににじむ汗もぬぐわず、タマモは白い廊下を駆けつづける。
ぼんやりとした思考の中、先ほどから冷徹な理性が、その場から逃げ出すという『選択』を提示し続けていた。

「……。」

何度目か分からないかぶりを振って、タマモはかすかに息を吐く。
震える脚を奮い立たせて、周囲に油断なく、鋭い瞳を走らせる。瞼(まぶた)の奥に何故か焼きつく、あの面影を見失わないように…。




死んでいるかもしれない。

でも、まだ生きているかもしれない。

生きていたから、それでどうしろというのだろう。一体、自分は何がしたいのか…。

何も分からないし、分かろうとも思わない。理解しようとするのが、ひどく怖い…。

「……っ」


だけど…。


それでも――――…




             
  それでも私は…。






                                ◆







――――ピチャン………ピチャン…………。


黒ずんだ闇の床面に、澄んだ雫が染み込んでゆく。
一つ、また一つ……砕けた壁からこぼれ落ちる、水の飛礫(つぶて)。薄暗い常夜灯の光の下(もと)、あたりを、錆びた鉄の匂いが充満する。


「上級魔族下位……おそらくはチュブラーベルと同系統の『霊体癌(エクトプラズム・キャンサー)』だろうな…」

白く霞む視界の向こうで、誰かが言った。一瞬の空隙とともに、どうやら自分が、数分の間 意識を失っていたことを理解する。
吐き気と頭痛…最悪の目覚めに苦笑しながら、横島はわずかに上体を起こした。

「…痛っ…てぇ…。…ったく……分かっちゃいたが、ここまで手も足も出ないたぁ……ホント、嫌になるぜ…」

吐き出された息から血の味がただよう。失血による寒気が、何度目か分からない眩暈(めまい)を生んだ。
朱のにじむ水溜りと、水面に映る自らの顔…。死人のようなその血色から、彼は反射的に目をそらす。


「……情けねぇな…。目の前で2人も殺されたってのに……結局、このざまかよ…」

吐き捨てるようにつぶやくと、横島は拳を握りしめた。ひんやりとしたこの壁の手触りは、おそらく剥き出しのコンクリートだ。
何処とも知れないその部屋を、人工の闇が覆い尽くし…
…アルミ製の扉に寄りかかりながら、西条が浅く嘆息した。

「…たった今自分で言っただろう?分かっていたことだ…。どうしても奴を倒したいというなら、今は息を潜めて、体力の回復を待つしかない」

「……。」


――――…閉鎖された廊下の奥から、呻き声が聞こえる。

爆発に紛れて、なんとか窮地を脱することには成功した…。
だがあのラピスラズリの怪物は、今も変わらず『見失った獲物』を探し続けているはずだ。

巨大な体躯と、喰い破った死骸を引きずりながら…。自分と西条の心の臓を抉り(えぐり)出すこと…ただそれだけを考えている。


「――――――――…。」

ロクに動かない左腕を見つめ、横島は深々とため息をついた。
どうにも分の悪すぎる逃走劇だが、あいにくとそう簡単に降りるわけにもいかない。

正面から刃を交えたことで、敵について把握できた事は幾つかある。

人間に寄生し、その内側から霊体構成を組み換える、霊体癌(エクトプラズム・キャンサー)。
その猛威にさらされた者は、紛れもなく人間の骨格を持ちながら、精神を人間以外の何かへとやつしてしまう。

筋力の異常発達や、凶暴化、理性の喪失……。意識を失い動けないはずの肉体が、なおも闘いを求めて、激しい痙攣を繰り返す。
それはまさに、強力な生命力を持つウィルスが、その生命力ゆえに『宿主』の肉体を蝕むさまによく似ていた。

そう…少なくともあの怪物は、まともな思考力を有してはいない。
目の前の標的に集中するあまり、やがて伸びるであろう追及の手についても、それから逃れるため脱出の術も……すべてを思考の隅(すみ)へと追いやっている。


あらゆる惨劇は隔絶された扉の内…。
院内から一歩踏み出せば、そこには闇に染まった街の夜と、黒よりもなお、深い影……。

一見すれば日常と何ら変わりないその景色は……しかしその実、恐ろしく危ういバランスの上で成り立つように感じられた。
生まれたばかりの『奴』にとって、世界の全てとは、この「病院」という閉じた空間に他ならないのだ。

敵の注意が自分や西条のみに向けられている現状なら、まだ救いがある…。だが、一度でも奴が他の人間の存在に気づいてしまえば……

…もしも自分と西条が、扉の『向こう』へと逃げ出してしまえば…


「…先の見えない鬼ごっこ、か…。童心に返るなら、もちっとマシな遊び相手が良かったんだけどなぁ……」


…敵に『外』の存在を気取られてはならない。
かばうように腕を組み直し、横島は頭上の時計をのぞきこんだ。




―――午前零時十七秒。

日付の上での『今日』が終わる…。件の高位魔族が現れてから、時間にしてすでに半日近くが経過していた。

…結局、まともに言葉を交わすヒマさえなかったが……あの後ピートたちは、食堂から上手く逃げおおすことができたのだろうか?
愛子はどうだろう?夕刻から全く顔を合わせていないし、診察室で出会うこともついになかった。

タマモは………まさかアイツ、ひどい怪我とかしてないだろうな…――――――。



――――――…。


そこまで考え…


何故か不意に。意識の片隅で、あの妖狐の少女の声を聞いた気がして……

…横島は、かすかに双眸を緩める。


綺麗で、なのに鋭く、冷たい…。不器用で、だけど少しだけ優しい…。
まだあどけなさの残る、彼女の声…。

タマモがもしもこの場に居たら、身動きすら出来ない自分を前に、一体どんな言葉を口にするだろう?

泣き顔なんてイマイチ想像できないから、きっとまた、いつものつまらそうな瞳のまま……
どこか虚ろな表情で、ジッとこちらを見つめてきて…
そうしてやはりいつも通りに、起伏の無い声でこうつぶやくのかもしれない。





―――――――『………ふぅん…』






……。

…………。


(ハハッ…言いそう…。でも、ひっでぇな〜)

いかにも有りそうなそんな光景を思い浮かべ、横島は我知らず吹き出していた。
なんとなく気づく。自分の心を彼女が占めている部分……それが、決して小さいものではないということに…

拒絶されても、どんなに冷たく突き放されても……心の何処かで、彼女の笑顔を見てみたいと思う自分が居る。
氷のような少女の想いに、触れてみたいと願ってしまう自分が居る。

ようするに天の邪鬼(あまのじゃく)なのだ。自分も。…多分、彼女も…。
交せるはずの言葉があるのに、互いの距離を縮められない…。拒まれることを恐れるあまり、互いの溝を深くしていく…。

(……俺がこんなじゃ、タマモに無視されるのも当たり前か…。らしくねぇな…今さら女の子に嫌われるとか…んなこと気にする柄でもないだろうに…)

半眼で笑うと、横島は静かに息を吐き出した。先刻までの陰鬱な気分が、嘘のように自分の内から晴れてゆくのが分かる。


…次にタマモと出会えたら、今度はもっと真剣に、彼女の心と向き合ってみよう。

今までずっと目をそらし続けてきたが……必要なら、もう一度自分の過去を見つめてみてもいい。

自分の思っていること、抱えている不安、それ以外の、本当にささいなこと……。
ただ素直に、そんな心の声を伝えることが出来たなら……それはきっと、ありきたりだが、何より強い絆の証で……


――――――…。


「…?どうかしたのか?さっきから独りでニヤニヤして…」

突然、背後から声をかけられ、横島は反射的に顔を上げた。振り向けばそこには、訝(いぶか)しげに眉をひそめる西条の姿が在る。

…気味が悪いな。
しれっとした調子でそんな風に続ける彼を尻目に、横島は一つ、肩をすくめた。

「…うるせーよ。ほっとけ」

「どうせまた、得意の妄想にでも華を咲かせていたんだろう?その調子で霊波を高めて、行ってゴリラのように暴れてきたまえ」

「違ぇよっ!!っていうか、それじゃあ俺が死んじゃうだろうがっ―――――――!?〜〜〜〜っ!!痛ぇなオイ!!」

すかさず突っ込みを入れた瞬間、横島のろっ骨に稲妻が走る。
はぅあっ!?と情けない叫び声を上げながら、彼はそのまま床に突っ伏し…

「…うぅ、そういえば骨にヒビ入ってたんだっけ……なんか俺、ココ最近どうでもいいことに体力使いまくってるような気がするですけど……」

ぜーぜーと息を吐き出して、投げやりにそんなことをつぶやいた。
さっきから生死の境の連続だというのに、こんなやりとりをしている自分が馬鹿らしくなる。これで隣に居るのが女の子だったら、もう少しやる気も出そうなものだが…


「…共闘するのが西条(コイツ)じゃなぁ……。あーもうヤダヤダ。まったく何の因果で、こんな最悪なイベントが続いてんだか…」

「………同感だよ。不運もここま立て込むと、誰かの作為を疑いたくなる…」

大儀そうに一つ首を振り、西条は小さく嘆息した。

…?

軽薄を装い、いつも通り、どこか皮肉げな色を帯びたこの男の口調。
だがこの時ばかりは、上辺だけ取り繕うかのような彼の声音に、横島もかすかな違和感を覚える。

それは、タマモを気遣う夕刻の姿と、温度を持たない今の表情が、あまりに対照的な光を放っていたからかもしれない。
感情をたたえぬ西条の言葉を、彼はもう一度、心の内で反すうした。



「……。そういやお前…初めて『宿主』の顔を見た時、何か知ってるような素振りだったな…。こんな状況だってのに、妙に冷静なのもひっかかる。
 俺の勘違いじゃないないんだったら、答えろ。『作為』ってのはどういう意味だ?」


――――お前は何を知っていて、何を俺たちに隠してる………?


「……。」


荒々しい炎のような横島の視線と、無機質で凍てつく西条の視線が、数瞬の間、交錯する。
わずかな沈黙。…やがて降参したかのようにため息をつくと、彼は懐から一枚の写真を取り出した。
…それをコチラへ投げてよこす。

「矢上 彰吾…という名に聞き覚えは?」

「?…いや」

血で汚れたポートレイトに映るモノ……それは、一人の男の姿だった。横島とは特に面識もない……しかし、確実に見覚えのある若い男…。
そう……自分と彼は、確かに直接出会っている。それも数時間前……あの惨劇の幕開けとなった食堂の中で。

彼は……横島の目の前で魔族に体を食い破られ、怪物へとその身を変貌させたあの青年……

「――――先刻、言っただろう?タマモ君と今日この病院で出会ったのは、僕にとっても完全な予想外だった。
 僕がココへ来た本来の理由は、Gメンの簡単な事後処理……その写真の男の『検死結果』を受け取りに来たという、ただそれだけの用事なんだよ…」

「な…に?」

口にしながら、横島は、結論がそう複雑なものではないことを理解する。

つまりは順序が逆さまなのだ。横島と出会った時、『エクトプラズム・キャンサー』の宿主はすでに死んでいた。
食堂で見かけたあの体はすでに生ける屍《リビングデッド》と化していた…。

「…事件が起こったのは昨夜、深夜0時。街外れの廃屋で、男の変死体が発見された。遺体発見時の損傷状況から、死亡推定時刻は2日前の、やはり深夜…
 発見時の簡易検査では、エクトプラズム・キャンサーの感染は確認されず…」

「…?ってことは、つまり…」

「何者かが彼の死体に『種』を植えつけた…そう考えて間違いないだろう…。それも、病院へと搬送された後の、わずか数時間のうちに…」



「……。」


死体が運ばれる以前に事態を把握し、病院内への侵入を試みる……Gメン職員を除けば、そんなことが可能な人間は一人しかいない。
二日前の殺人と、今回の騒動…犯人はおそらく、同一の人物…。だがこの推論には、同時に大きな疑問が存在する。

―――――『理由』が無いのだ。

仮に犯人が、何らかの目的でこの矢上彰吾を殺したとして……わざわざ危険を省みず、病院にまで出向く必要性がどこにもない。
そもそも『霊体癌』の寄生種子など、植え付けたところで何のメリットが……。

結局、この場に生み出されるのは……多くの生命の残骸だけ…。今の院内の風景には、誰が見ても分かる、不毛な殺戮の空間しか残されていないというのに…。

意味もなく量産される”死 ” 流される”血 ” 。
その裏に隠された、とてつもない『悪意』…。



(あるいは…)


――――――”それ ”が狙いか……。



唇をきつく噛みしめると、彼は吐き捨てるようにつぶやいた。
鋭く瞳を細めた後、ヨロヨロと立ち上がる横島の姿に……西条もまた、何かを言いかけ……

…そして……床に落ちた霊剣を、瞬時に傍らへと引き寄せる。


「―――――…やれやれ、鬼ごっこの再開か…。まだ話は途中だというのに…」


瞬間。
彼らの背後に残っていた病室の窓が、一つ残らず粉砕した――――!白い壁が大きく二つに切り裂かれ、亀裂からラピスラズリの醜顔がのぞく…。

『ウふ…♪ミツ…ケタァ……』

異形の笑顔。グロテスクにぬめる巨大な体躯が、部屋の骨組みを破壊していく。高位魔族の圧倒的な霊圧が、横島たちの存在そのものに突き刺さり…

――――…。

「話ができるうちに、もう一つだけ追加の情報を伝えておくよ。」
「…!?」

淡々と言葉を紡ぐ西条に、横島は目だけで振り向いた。こんな時に、一体なんだ…?そう問いたげな横島の顔を、彼はかまわず一瞥する。

「…この惨劇を作り出した何者か…。ヤツは少なくともこの半月で、3人以上もの人間を殺害している。
 犠牲となった遺体全てに、弾痕のような巨大な空洞を刻み込んで……。」

「―――――――」

「素性も性別も掴めない……その正体不明の殺戮者を、とりあえず僕たちはこう呼んでいるよ。」



死体を次々に創り出す…それはまるで、不浄を呼び込む忌み事のように……。





「【フューネラル【葬列】】…と――――――――――…」





                                ◆







〜pause.4 『その瞬間のこと』



                           
  「―――――…死んで」


                              
   雪の舞い散る屋上で


   ポツリと、少女はそんなことをつぶやいた。


                                



                                  
                                 
                                 ◆






―――――――始めに響いたのは、ドン、という何処までも鈍く奇妙な音。




白く染まる意識の中、目の前で、異形の頭がはじけ飛ぶ。

二度、三度。
不快な音が鳴り響き…そのたびに、怪物の体から血しぶきが上がった。
苦痛でくぐもる断末魔も、感情を孕んだ悲鳴すらなく…。次の瞬間、あまりにも呆気なく魔族の体は『崩れ落ちる』。


ドシャリ――――…。

血の海の中で、音がした。



「 なっ!?」



視界に広がる信じられない光景…。怪物が流すドス黒い血を浴び、横島は慄然とその場に立ち竦む。

一体……何が起こっている―――…。

化け物が死んだ。その、かつて胸部があった部分には、ポッカリと巨大な空洞が口を開けている。
殺されたのだ…。自分たちでは手も足もでなかったこの強大な生物が…さらに強大な力を持つ、何者かの手によって…。

…ではその『何者か』は、一体ドコに潜んでいる…?


そんな疑問に思い至った瞬間、横島は、風を切り裂くような鋭い音を聞いた気がした。
擦過音とともに、真横の自販機のライトが砕け散り、同時に横島の右肩が鮮血を吹く。朦朧としていた意識が、痛みによって引き戻された。

――――銃撃!?

これほどの威力……しかも霊体を完膚なきまでに打ち砕く弾丸など聞いたこともないが、
しかしこの異常な速さはそうであるとしか考えられない。

目を疑うような連射とともに、背後の自販機が鉄クズへと変わる。

跳び退る西条の姿を確認し、横島は傍にあった柱の影へと身を投げ出した。
鈍い音を立て、柱に、次々とドリルで突き破ったような孔(あな)が穿たれる。貫通していくエネルギーの余波で、壁面に巨大なクレーターが形成された。


「――――――――――っ…くそ…っ!一体、何がどうなってやがる…っ!」

「…人間も魔族もお構いなしか…。この場に居る全員を殺すつもりのようだな。無粋な侵入者くんは…」


霊剣を構え、忌々しげに西条つぶやく。コンクリートの柱が瓦礫と化し、『弾丸』は続けざま、横島の左脚を撃ち抜いた。

「…ぐっ…ぁ!」

反応がまるで追いつかない。殺気を感じサイキックソーサーを展開するが、それすらも一撃のもとに叩き割られてしまう。
頬が裂け、次いで左肩、右手の甲……どれも致命傷ではない。かすり傷だ。

その時になって初めて、横島はこの攻撃の裏に隠された殺戮者のメッセージを読み取った。

…これは、警告だ。自分はいつでもお前を殺せるという、無言の警告。
圧倒的な力の差を見せつけ、刃向かおうとする者の戦意を奪い、その上で相手をなぶり殺すための…


(…っ…なめやがって…)

心の内で吐き捨てながら……しかし横島は、背筋に冷たいものが走っていくの感じていた。乱射される『弾丸』を避け切れない。
正体不明の攻撃に、自分は何一つとして成す術がない…。

あのアシュタロスとの戦い以降、ついぞ抱くことのなかった原初的な感情。全ての生物が潜在的に持つ ”死への恐怖 ”。
ソレが自らの中で再び呼び起こされる瞬間を、横島は否が応でも自覚させられる。
 




「―――――――…横島?」




だから、彼がその光景に目を留めたのは、本当にただの偶然だった。
周囲に気を配る余裕などない……それでも彼は「彼女」の姿に目を向けた。

暗い闇の中、混乱と当惑に立ち尽くす少女を見つめ――――――…


――――――…どうして?


…そのまま……大きく目を見開く。

美しい絹糸のような金色の長髪……エメラルドと見紛う、深い翡翠の瞳。
扉に手をかけ、部屋の入り口に凍りつく形で……よく見知った妖狐の娘が、横島の視界へと映り込んだ。


「―――――――タマモ…っ!」


擦過音とともに、床の数箇所が破壊される。
凄まじい悪寒が全身を突きぬけ、横島は反射的に地を蹴った。見えない『弾丸』から彼女をかばい、息を止め、両手でその肩を突き飛ばす。


――――次の瞬間、何かが衝き抜けるような激痛が、横島の胸を貫いた。


…空を飛ぶような感覚。一瞬だけ垣間見る無重力状態。
気づけば身体が、アスファルトの地面に叩きつけられている。灼けるように熱い傷口からは、とめどなく赤い血が溢れ出し……

そう気付いたとき横島は、ようやく自分が撃たれたのだと理解した。


――――――…嘘…。



ほんのわずかだが、少女の口が震えた声を紡ぎ出す。
狭くなっていく視覚の先……自分に向けて、タマモが必死に何か叫んでいた。…予想していた無表情とは違う、年相応の涙を見せて…


―――呼ばれているのは自分の名前だ…どうやら、嫌われていたわけではなかったらしい。
安堵するようにため息をつくと、横島は渇いた双眸を空へと向けた。


窓に映った深紅の月…。舞い散る雪はあんなにも遠い…。
どこか夢でも見ているような……それは、あまりに美しい光景だった。

…腕から力が抜けていく。もう、身体が思うように動いてくれない…。


(このまま死ぬのか――――俺は…)


やがて抗えぬ限界を感じ、彼は静かに目を閉じた。

意識が闇へと飲みこまれる寸前……冷たくなっていく身体が、ふわりと温かい香りに包まれる。

彼女の匂いだ……と、横島は思った。

薄れていく世界の中で、タマモが自分を、じっと見つめているのが分かる。
感じられるのはただ、彼女の柔らかな息づかいだけ…。怯えるような戸惑いを見せて、その唇が自分の唇へと、そっと触れる――――。


赤に彩られた空。黒に覆われる世界。金の長髪を持つ美しい妖精…。




―――――…少女のキスは血の味がした。






【あとがき】

うあう、お……本当に申し訳ないです。
実は、前回の第5話を送ってからプロット上、この段階で出してはいけなかった伏線を思いっきり放出してしまったことに気付きまして…
2ヶ月間ほど、次話を色々弄くってみたのですが、これがなんとも…
「このまま連載が途絶えてしまうよりは…」と思い立ち、今回あえなく『改訂版』の投稿という形に相成りました。
今後、2度とこんなことにはならないよう注意いたします。うおおおお……orz

今回の内容なのですが、書き手の側としてはやはりラストのキスシーンが一番印象に残っています。
横島とタマモのキス……うほ!(爆
第4話の『血液』の件が絡んでくるので、本音を言えば、長期休業前にここまで描きたかったのですが…気付けば、早半年以上ですか…orz
次回の更新はなるべく2週間以内に行いたいと思います。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

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