ザ・グレート・展開予測ショー

〜 【フューネラル】 第5話 前編 『改訂版』 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(06/ 9/29)






――――――月明かりの下。黒い残骸の山。
                
                      彼女を、僕の海に沈めて…―――――――





                                  




                                   ◆





『2.土曜日の静寂――― Silent on Saturday ―――』




スローモーションのように、景色が流れる。
どこまでも広がる深い黒。それと対をなす白亜の廊下を、2つの影が駆け抜ける。


「―――――――…っ!」


文珠からほとばしる雷光が、一瞬で視界を蒼白の色に染め上げた。衝撃。轟音とともに、霊子の渦が怪物の巨躯へと殺到する。

「…西条!」
迫り来る刃腕を空中でかわし、横島は敵の首筋を蹴り上げた。力任せに突進してくるラピスラズリの装甲は、その直撃を受けてなお止まることを知らず…
瞬間、斬線を放つ西条の刀が、爆発的な光輝を放つ――――!

「ジャスティス・スタン…ッ!」

開放された衝撃波に、一帯のガラスが砕け散った。弾かれた大気が風を呼び…3メートル近い怪物の体が、高々と宙に吹き飛ばされる。

(……やったか…?)


垂れ下がる怪物の両腕を認めながら、横島は小さく息を吐いた。
…これで駄目なら、もはや打つ手など残されていない――――。

打ち込むと同時にそう思わせるほど、それは理想的な一撃だった。
敵の防御をかいくぐり、反撃の余地を与えない絶妙のコンビネーション。一切の無駄が省かれた、完全に近いタイミング。
また同じことをやれと言われても、おそらくは二度と不可能だろう。


……天井を破壊し吹き飛んでいく魔族の姿を、横島は何気なく凝視した。
一瞬、場を静寂が支配する。風の音も、虫の声も……かすかな音すら聞こえない…。あまりに深く、澄んだ静寂。

血に濡れた部屋にはふさわしくない、それは奇妙な平穏に満ちた空気だった。






――――そう、うすら寒さすら感じるほどに…。





『…♪』

次の刹那、高熱を帯びた暗闇の中…怪物の両眼が見開かれる。
上昇へと向かうベクトルを反転させ、『カレ』はそのまま足先の落下点へ――――横島と西条が立つバルコニーへと突進していく。
空間を歪ます、圧倒的な力の奔流。周囲の壁を叩き潰し、立ち塞ぐあらゆるものを破壊する…。


「…マジかよ…」

うめくようにつぶやいて、横島はその場を飛び退いた。
サファイアの燐光を放つ怪物の右掌に、黒い波動が収束する。


「下がれ、横島君!!!」


魂を揺さぶる衝撃と、明滅を繰り返す空間に、横島の全身が総毛立つ。
西条の叫びをかき消して、強大な閃光が渦巻いた。


爆発が、起きる――!




                                  
                                   ◆






「―――――…?外が…少し騒がしいね…」


漆黒に埋もれた病棟の片隅。窓枠につもる雪を見つめて、二人はソファーに腰かけていた。
静寂の支配する空間に、自販機の音だけが反響する…。

「………。」

「…タマモちゃん?」

不意に途絶えた会話。返らない応えを不審に思ってか、あるいは口をつぐむ少女の様子を気遣ってか……愛子が背後を振り仰ぐ。
こんな時――――普段のタマモならわずかな逡巡もなくこう答えていただろう。
「別に…。なんでもない」と。もしくはそれをマイナーチェンジして「アナタが気にすることじゃない」と。

だが、その日は違った。冷たく、常に繊細なはずの彼女の美貌が、今は蒼白に染まっている―――――…


(―――――…一体、何が起こってるの…?)


震える肩を抱きしめて、タマモは小さく一人ごちた。
研ぎ澄まされた聴覚が、次々に「異変」を拾い集める。
乱暴にドアが開く音に続き、窓ガラスの割れる音があたりに響く―――――そして聞き間違えようもない……複数の悲鳴。

「今の爆発……それに、この霊気……」

タマモよりワンテンポ遅れながら、愛子もようやく周囲の異常を認識する。
舌打ちして、タマモはその場を駆け出した。

「た、タマモちゃんっ!?」

「…外来病棟の様子を見てくる。すぐに戻るから、その間ここから離れないで。不安なら、防火シャッターを閉めて、逃げても構わない」

出来ればそうして…。…何かを言いかける愛子を見つめ、少女は淡々とつぶやいた。

「待って!それなら私も――――――…」

「アナタは戦闘向きの魔族じゃないでしょう?…それに、死んで悲しむ人も居る…」

かすかに首を振った後、タマモは静かに前方の闇を睨(ね)めつける。
この圧倒的な霊圧……おそらくは院内のどこかに、自分の同属が出現したのだろう。それも、目を見張るほどの力を持つ、自分には及びも付かない高位の霊格が。
相手が上位魔族であるとすれば、防火シャッターなど気休めにもならない。

愛子がこの場で生き残るには、敵の目の前をチラつく、囮(おとり)が必要なのだ。
…そして、格好の囮ならココに居る。九尾の狐に流れる体液……降臨したばかりの魔族にとって、それはさぞかし魅力的な甘露に映ることだろう。


―――――…どうでもいい。もしも自分が犠牲になって、それで誰かの居場所を守れるなら……ソレはソレで、別段悪くないような気さえした。


まだ言いすがってくる声を無視して、タマモは影の奥へと歩を進める。
信じられないほどの速さで走り去ったその後ろ姿を、愛子は静かに見つめ続けた。

…ただ、見つめることしかできなかった。


                          

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