ザ・グレート・展開予測ショー

大脱走 -escape 1-


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(06/ 9/24)

夏の夜はふけるとも、真の闇が訪れることはない。
人里離れた高山に立つ、ここ妙神山においても、空には満点の星がきらめき、灯りをともす必要もない。
その星明りの下で、性懲りもない子供たちの姿が浮かび上がる。

「いくぞっ!!」

「待つでちゅーーっ!!」

「で、殿下っ!!」

「パピリオまでっ!!」

「け、警報―――!!」

「大変です、小竜姫さまーーーっ!!」






























                         Red Snake Pictures


                              Presents

































                        THE GREAT ESCAPE






























「はあっ・・・」

夏の日の昼下がり、妙神山の居間で、小竜姫は力なくため息を漏らす。

「まったく、殿下の脱走癖ときたら困ったものです。最近は、パピリオまで一緒になっちゃって―――」

小竜姫は、すっかりぬるくなってしまった麦茶のコップを両手に抱え込み、飲むでもなくさっきからずっとこうしている。
お茶うけの水羊羹も、時折つつかれて身を震わすだけで、食べられる気配は一向にない。

「明日には、横島さんたちが夏休みを利用して修行に来るというのに、こんなありさまでは・・・」

「まあ、修行するには少し不向きかもしれんな」

すっかり風通しが良くなってしまった壁を見渡し、ワルキューレは特に感慨もなく答える。
その視線の向こうには、つい昨日までは人界最高峰のひとつである修行場があったが、今は瓦礫の山と化していた。

「しかも、このことが竜神王陛下に知られてしまい、釈明に行かねばならなくなったんですよ・・・」

「それは自業自得だろう」

これが初めてではないことを知っているワルキューレは、同情する素振りも見せない。
駄々をこねる天龍童子に対し、つい力を入れすぎてお仕置きをしてしまったのは、自分の与り知るところではない。
デタントのおかげで、こうして午後のお茶を一緒にするような仲ではあるが、それとこれとは話が別だ。
招かれた家の、いわゆる家庭の事情というやつにまで関わる必要はない。

とはいえ、またもため息をついて項垂れるままにしておくのも、些かうっとうしい。
ワルキューレは、ちょっと思いついたことを口に出してみた。

「どうだ。もしよければ、私がやってやろうか?」

「えっ・・・ いいんですか?」

地獄に仏でも見たかのような声を出して、小竜姫が顔を上げる。
その期待に満ち溢れた表情に、仏はお前の方だろうが、とワルキューレは苦笑いするが、さすがにそれを口にすることは憚られた。

「うむ。要は天竜とパピリオを逃がさないようにして、横島たちに修行をつければいいのだろう? それなら、私の部下に手伝わせればいい訓練にもなるさ」

一応は体裁を考えて、お前のほうでかまわなければ、と付け加えておいたが、小竜姫のほうは否やも何もない勢いで、たちまちのうちに承諾する。

「なら、ちょっと電話を借りるぞ」

そう言ってワルキューレは腰を上げ、今の隅に置いてある黒塗りの電話に手を伸ばす。
今となってはめずらしい、4号自動式卓上電話機のダイヤルをコロコロと回し、人間界ではないどこかへ電話をかける。
少し長い接続音と、ごく短い呼び出し音のあとに、気心の知れた部下の声が聞こえた。

「―――私だ」

挨拶もそこそこに、用件のみを伝える。
たちまちのうちに、電話の向こうで緊張が走るのが感じられた。

「例の作戦を実行する。開始時刻は明朝0600。作戦名は―――」

ここでワルキューレは電話口を押さえ、ちらりと小竜姫の様子を見る。
少しばかり気が楽になったのか、半分に切った水羊羹を口に運ぶ小竜姫は、こちらの会話に注意を払おうともしない。
ワルキューレはわずかに口元を歪めて言った。

「―――ドラッフェンヤクト(竜狩り)だ」





「ふうっ、やっと見えてきましたね」

「ものスゴいトコじゃのー」

「なんだなんだ、おめえら? もう音を上げてやがるのか? ったく、だらしがねぇな」

ここはヒマラヤの奥地かと疑いたくなる山道に驚き、つい息を漏らすピートとタイガーに、雪之丞がからかいの声をかける。
もっとも、彼とても初めて来たときは同じようなことを口にしていたのだから、別段本気と言うわけではない。
今となってはよく見知った建物や門を目にすると、どこかしら安堵する気持ちになる。
だが、まだ遠目にしか見えない修行場の様子に、横島は何か違和感を感じた。

「―――なあ、雪之丞。なんだかちょっと様子がおかしくないか?」

んなこたねぇだろ、と言いかけた雪之丞の目にも、周りをフェンスで囲まれ、今までなかったはずの櫓が立っているのが見えた。
ちょっと目には建設途中の工事現場にも見えなくはない。

「・・・また、竜の姉ちゃんが暴れて壊したんじゃねぇか?」

よくあること、とでも言いたげな雪之丞の口ぶりだったが、さすがにピートとタイガーには聞き捨てならない。

「ちょっ、ちょっと雪之丞!? 暴れて壊したってどういうことですか?」

「んっ? ああ、別に大したこたぁねぇよ。気にするな」

「そう言われると、余計気になるんジャがノー」

しかし、それ以上は雪之丞も横島も答えようとはせず、修行場の方へと歩を進めるばかりだった。



門の前まで近づくと、その不安はいよいよ決定的となる。
切り立った崖に挟まれた門の前には、幾重にも鉄条網が張り巡らされ、両脇には高い監視塔のようなものが建てられていた。
それはまるで、何人が近寄るのも拒むかのようであった。

「な、なんじゃこりゃ・・・」

まるで一昔前の刑務所か捕虜収容所のような様相に、横島はぽかんと口を開けて呟いた。
雪之丞たちも、その脇で同じように呆気にとられていると、突然怒鳴りつけるような声が響いてくる。

「アハトゥンクーーーッ!!(気をつけーーーっ!!)」

「は・・・はいっ!?」

有無を言わさぬ号令に、横島を始めとした四人は、反射的に直立不動の姿勢をとってしまう。
その声の主が誰だかわかっているのに、どうしても逆らえないのが悲しい男の性だった。

「あ・・・あれ? どうしてワルキューレがここに?」

「つーかよ、こいつぁ一体なんのマネだ? 小竜姫の旦那はどうした?」

「え? どうして魔族が妙神山に?」

「なんだか恐そうな姐さんですノー」

「私語を慎め!!」

一斉にしゃべり始める男たちを再び一喝して黙らせるが、やがて、まあいい、と言い、姿勢を正して通告する。

「本日0600をもって、本拠・妙神山は私の指揮下に置かれた。ついてはお前たちの身柄も我々が預かり、以後はこちらの指示に従ってもらう。いいな?」

「な、なんだってーーーーっっっっ!!!!」

盛夏の装いを見せる妙神山に、四人の男たちの絶叫が木霊した。



息の合ったコンビネーションを決めたあと、横島はワルキューレの格好が普段と違うことにようやく気がついた。
右手の鋭い二本の指でつまむように触るのはいつも通りの癖だが、その触れる帽子は見慣れたベレー帽ではなかった。
合皮が張られた固いバイザーの上には、特徴的なトップがゆるやかな三角形を描き、ダブル・クロスの帽章が目立つように反り返る形で前を向く。
また、着ているものも普段の魔界軍の戦闘服ではなく、襟章の入った将校用の制服に、腿のところが膨らんだ、いわゆる乗馬ズボンと、おまけに長靴まで履いていた。
制服の襟には魔界第二軍所属を示す髑髏章と、ワルキューレ戦闘団の象徴である、羽を広げた鷲を図案化したモノグラムがあるにはあるが、傍目にはどう見てもトメニア軍将校の格好にしか見えなかった。

「な・・・なんだよ、その格好は?」

何かのコスプレか、とも思ったが、その質感はレプリカの安っぽいそれではない。
明らかに使い込まれて身体に馴染んでいる様子に、さすがにそれ以上聞くのは躊躇われた。
面白いようにうろたえる横島の姿に、ワルキューレは密かにほくそ笑むが、それは後ろから走ってきた部下の声に遮られた。

「た、大変です! 隊長ーーーっ!!」

「どうした、副長?」

ワルキューレは少し不機嫌そうな顔を見せて、後ろを振り返る。
息せき切って駆けこんできた副長は一瞬だけひるむが、重大な報告をする自らの役目を忘れることはなかった。

「大変です! 天龍童子とパピリオの姿がどこにもありません!」

「なに?」

つい視線が鋭くなるワルキューレだが、別に腹を立てているわけではない。
あの二人がちょろちょろと逃げ回るのは想定の範囲内だし、それを部下の失態とも思っていない。
むしろ、常識の枠組みを越えた標的に対する、実に効果的な訓練になるとさえ思っていた。

隊をよくまとめて補佐してくれる副長にも、ワルキューレの意図は充分にわかっているのだが、そうは言っても恐いものは恐い。
階級が下だからか、制帽の代わりにソフトな略帽を、少し傾けて被っている様は洒落っ気はあるが、ワルキューレのような威圧感には乏しかった。

「おやつの後に昼寝をしていたと思ったんですが、今見たらどこにもいなくて・・・ ど、どうしましょう!?」

副長は、まるで園児に逃げられた保母さんのようにうろたえている。
魔族にしてはめずらしく、眼鏡をかけた目は少し垂れ気味で、ショートにした黒髪とあいまって温和な印象を抱かせる。
エリート部隊の軍人というよりも、美大に通う女子大生とでもいったほうがよく似合っている。
なんというか、食器用洗剤のCMにでも出てきそうな雰囲気だった。

今にも泣き出しそうな副長に、ワルキューレは少しこめかみを押さえて眉を寄せる。。
任務のときにはあれほどまでに冷静で辛辣なくせに、どうして眼鏡をかけたぐらいでこうも変わるのか。
弟のジークもそうだが、どうも我が一族は自己暗示にかかりやすい性分のようだ。

やれやれ、とワルキューレが柄にもないため息を吐くと、修行場を囲うゲートの脇に置かれているトレーラーが目に入る。
荷台には裁断された木の枝がこんもりと積まれ、運び出されるのを待っていた。

「副長、これは?」

「はい? ―――ああ、それは今朝、監視塔を建てる際にあたって、いくつか伐採した木の枝です。あとで誰かに棄ててくるように言っておきますね」

「―――ほう」

副長の説明を横で聞きながらも、ワルキューレはトレーラーの荷台から目を離さない。
いつのまにかその手には、清掃用に使ったのであろうか、牧場で草をかき集めるときなどで見かける、巨大なフォークのようなものが握られていた。

「あ、あの、隊長? いったいなにを・・・」

怪訝そうに聞く副長の声は無視して、ワルキューレは手にしたフォークを力いっぱい枝の山に突き刺した。
そのとたん、枝の山の中から大きな悲鳴が上がり、二つの小さな塊が飛び出してきた。

「うわあっ!?」

「いきなり、なにをするんでちゅかっ!!」

なんの前触れもなく刺し殺されそうになったパピリオと天龍童子は、顔を真っ赤にして声をあげるが、ワルキューレは眉一つ動かさずに問い質す。

「お前たち、いったい何をしている?」

「そ、それは・・・」

ワルキューレの冷たい視線に天龍童子は返答を詰まらせるが、まさか逃げるつもりでした、とは言えない。
その言葉を無理矢理継いだのは、やはりパピリオのほうだった。

「か、かくれんぼでちゅっ!!」

「ほう。そうか」

「い、今はおゆうぎのじかんなんでちゅから当然でちゅ! 遊びの邪魔をしないでほしいでちゅよっ!!」

パピリオはまだ枝葉のついた頭を上げ、精一杯力を込めて抗議する。
幼稚園じゃあるまいし、さすがの天龍童子にも苦しい言い訳に思えたが、ワルキューレは怒ることもせず、すぐさまに詫びた。

「それはすまなかったな。悪いことをした」

「わ、判ればいいんでちゅよ・・・」

てっきり怒鳴られるかと思っていたパピリオは拍子抜けでもしたのか、あからさまにうろたえている。
なおもワルキューレは表情を崩さず、きっぱりと言い放つ。

「だが、見つかってしまってはかくれんぼもお終いだな―――――副長!!」

「ヤ、ヤーッ!! (は、はいっ!!)」

「連れていけ」

若干うろたえ気味だった副長は、ワルキューレの声にびくり、と反応して返事をする。
ワルキューレの指示とは裏腹に、宥めすかすようにして促す副長に、パピリオたちも不承不承従って門の奥へと戻っていった。
その様子にワルキューレは、ふん、と鼻を軽く鳴らすが、ふと応対していた客のことを思い出して振り返った。

「見苦しいところを見せてすまなかったな―――――って、なんだ、その顔は?」

「い、いや・・・ なんていうか、その・・・」

予想もしなかった突然の成り行きに、横島たちは揃いも揃って呆気に取られるばかりだった。

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