ザ・グレート・展開予測ショー

ただいま!


投稿者名:veld
投稿日時:(06/ 9/23)



 ベッドのまどろみの中で、無粋な呼び出し音が聞こえた。
 起きたとしても頭の中に残りそうな甘い夢―――私は気付いている、夢は夢でしかないのだと。
 それでも浸り続けてはいたかった、ささやかな願いも、私の意思が砕いた。

 目を開いて、ベッドの傍の棚の上に置かれた電話の受話器を緩慢な仕草で取る。
 耳に当てて、呼吸を整えて、『もしもし』と尋ねる。
 幾分、声は熱っぽかった。










 『ただいま!』







 

 『もしもし、令子? 随分と久しぶりね。あんた、電話くれないから。ねぇ、今、何やってんの?』

 声は畳み掛けるように、どこか上からものを言うように響いた。ぶしつけで、しかも、おしつけがましい。
 頭はまだ、現実の中には無く、私の返事はすこぶる冷たい。

 「・・・誰?」

 受話器の向こうで溜息が響いた。勘に触る音。
 腹の底から湧き出てくる思いも、続く声に霧散する。

 『実の母親の声も、忘れたってわけ?』

 ―――あぁ。そうだ。
 どうかしてた・・・反省しつつ、私は思いを口に出す。

 「あぁ・・・。ごめん、ママ。ううん。起きたばかりだから、ちょっと」

 『そう。ま、別にとやかく言うつもりは無いケドね』

 彼女は本当に、さほど気にした様子も無い声音で言った。

 「何? 用事・・・?」

 『はいはい。ううん。・・・特に用事があるわけじゃないんだけど。久しぶりに、と思って』

 尋ねた私の声に、彼女は幾分戸惑ったように応えた。
 私は目を瞬かせる。蒲団の温もりは、少し油断すると、私を陶酔の中に引っ張り込もうとする。
 彼女と話したのは何時以来だろう? 顔をあわせたのはもっと前だ。
 実の母親だと言うのに―――求めてやまなかった筈なのに―――私は苦笑する。

 「・・・それだけ?」

 話を断ち切るように私は言った。
 彼女は溜息をもう一度吐いた。
 そして、また、少しの間を置いて、言った。

 『横島くんを、見たわよ?』

 「・・・」

 私は黙り込んだ。

 『あの子も、まるで変わらないわよね。昔みたいに、ひたむきで・・・というか、何と言うか』

 「そう」

 『気にならない?』

 「・・・」

 気にならない、と言えば嘘になる。
 ただ、聞いたとしてもしょうがない、という思いも少しある。
 おきぬけの頭にはいささか重労働な『迷い』が、私に返事を躊躇わせた。

 気になる=聞きたい、とは、ならない。
 寧ろ、聞きたくない、と言う方に針は傾く。
 人間の心理の複雑さ、ってのは、同じ人間であっても、理解は出来ない。

 『彼、GS、またやろうと思ってるみたいね』



 だからこそに、平気で言葉を吐き出される。

 「そう」

 私はただ、呟きで応えるだけだった。












 季節は巡り巡り巡り巡り・・・秋。
 うんざりするほど、長い、日々の経過。
 年を取ったな、と感じるのは、服を身にまとう瞬間。
 昔と同じような服は着なくなった。けして、若くないわけではない、と思うんだけど。
 外見だって人―――客を惹き付ける要素、とどこか割り切っていた思いは、何かしら空っぽになってしまった、と言うか。

 「・・・ま、平たく言えば、寒いわけよね」

 身震い一つして、ポケットに手を突っ込む。
 時として、一つの呟きが内なる考えの結論を濃縮した言葉になりえる可能性はある。
 それが今、示されたわけだ。

 紺色のスーツ、その上に、黒色の外套。あんまり似合う服ではないにせよ、だからどう、と言うこともない。
 ただ、外圧から身を守る為の要素だけを手に入れることが出来ればそれで良い。
 皺だらけだろうが、何だろうが。別段、人と会おうと言うわけでもない。

 黒色の外車に乗り込んで―――まぁ、これも単純、安全だから、という一点で―――ただ、適当にぶらりと街を巡る。
 それだけで今日と言う日が終わっても構わない。
 手におえない案件があれば、携帯電話が知らせてくれる。
 一日の始まりと終わりは酷く単調だけれど、それが良い、と巡る時間の早さに疲れた私の心はそう思っている。

 「めんどう、なわけよ」

 色々とね。




 煩わしい事なら、それこそ、頭を抱えるほどあった。
 それらの全てを誰かに押し付けてしまえば、とりあえず、楽には為れる。
 仕事上の面倒事は、それに伴う利益と共に譲渡した。
 どの世界にだって、荒れている海が生まれている。
 最初の波は後から来た波に押され、いつかは引いていく運命になる。
 どうせ引くなら、綺麗に引きたい。
 波は次々、押し寄せるのだから―――引かなければ、次の波は永遠に波打ち際まで届かない。



 上手くない例えの矛盾は、時折の気紛れですぐに覆る。
 携帯電話の発信履歴を押せば、直ぐに繋がる。
 私の第一声は大抵、こうだった。

 「最近、どう?」

 味も素っ気もありゃしない。





 『最近、ですか? そうですね・・・弓さんと雪之丞さんの夫婦仲がちょっと悪くて、魔理さんとタイガーさんの夫婦仲が相変わらず良くて・・・で、私の居場所が少し無い、ってそんな感じでしょうか?』

 彼女の声には冗談めかしていながら、どこか寂しげな色が窺えた。
 いつもの事であり―――それはいつものよりも、深く感じ取れる。

 「そっか」

 私もその声を聞くと、酷く寂しくなる。
 好きで渡したバトンを、再び手に取りたくなる、と言うのは、けして好ましいコトではない。
 みっともない、と思う。

 『・・・何かあったんですか?』

 きっと、受話器の向こうの彼女の顔は戸惑いに歪んでいる筈だ。
 私の事を真に案じてくれている表情。
 私は頭を振った。彼女に届く筈は無い所作。

 「ううん。ただ、掛けてみただけ。どうしてるかなって思って」

 『そうですか・・・美神さん』

 「何?」

 『大丈夫です。私たち、ちゃんと、やっていけます』

 ―――その言葉を聞いた瞬間に、私は自分の居場所が無くなってしまった様な錯覚を受けた。
 小鳥は鳥篭からとび立ち、窓の向こうに消えてしまった。

 「そ・・・っか」

 いや、そもそも、鳥篭なんて何処にもなかったに違いない。
 窓さえ、無かった。その窓は私の為にあった窓だった。

 『美神さん』

 「何?」

 『だから―――いつでも、戻ってきてください。足手まといには、なりませんから』

 自信に溢れた声音。
 私は目の奥がじんわりと染みる痛みを覚えた。




 「・・・あ、うん。ありがとう」














 紅葉の季節には幾分早い。
 私のドライブはしばらく終わらない。
 帰るべき場所はあり。
 ドライブの終点もある。

 
 

  
 ただ、目的は見えず。
 私はやっぱり、迷っている。







 分岐点は、遠い、遠い、季節の事だった。
 蝉が何時果てるとも知れない命を焦がして鳴いていた頃。
 騒がしい街並みが人為的な熱気を帯びていた頃。
 身を震わせるような恐怖が、心を支配しかけていた日。

 叢の中で輝いていた蛍が、一人の男の子の心の中に、その住処を変えたあの夏。





 私達もやっぱり、確実に変わった。
 変わらなければならなかったのだと、そう思った。






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 「何で、っすかね。俺にも理由はわからないんですけど。・・・はは。割り切った、つもりでいたんすけど」

 「記憶が遠くなれば遠くなるほど、思い出してきて。あれでよかったのか、って思っちゃって」

 「本当なら、こんなこと、理由にしちゃいけない、って思うんすけど」

 「でも、除霊をすると―――まるで、あいつを消すような、そんな・・・そんな気がして」

 「重なって・・・美神さん、俺」

 「・・・GS、辞めたいんす」





 「好きにすれば・・・良いんじゃない?」

 #################################################


























 

 「・・・私は、それで良い、って思った。あの日、あの時の彼の思いは、けして無為なものじゃないと思った」

 「もしも、私が何とかして上げられることなら、何とかして上げたかった。でも、それは彼の望む事じゃないと思えた」

 「もしも、私が止めたら―――彼は辞める事をしなかっただろうか?・・・それで、私は本当に後悔しなかったろうか?」

 「なくした時間。接点。本当はそれらは埋めることが出来た。私から、歩み寄れば。変な言い訳をしなければ、きっと、歩み寄れた・・・」



 『
 失ったものは大きすぎて。
 私達はその穴埋めできる何かを探していたのか。
 そんなものはどこにもありはしないのに。

 私は、私の手に入れたものを捨てようとした。
 勿論、捨てられるはずは無かった。
 だから、距離を置く事にした。
 元々無かったものなら、傷つく事は無い。
 あったものを失うから苦しいのだ。

 それも、全て、ただ、私の我侭に過ぎないと解っていた―――。
 』









 ―――私のドライブの目的は、元から決まっていた。
 忙しない街並みを抜けて、あの場所に向かう。
 私は一人になりたかった。
 一人になれば、彼の気持ちがもしかしたら理解出来るんじゃないか、ってそう、思っていた。
 好きな人を失った彼と同じ気持ちを、一人になれば―――。
 でも、それは言い訳に過ぎなかったんだと思う。
 私は、そうすることで、より深く傷つく事を恐れていたんだと思う。



 「・・・会いたいな」

 どんな心境の変化があって、彼はまた、『戻ろう』と思ったのか。
 それとも、彼にとって、それは前進なんだろうか。
 随分と長い遠回りをしたものだと思う。
 けれど―――そうだとしたら素晴らしい。

 「・・・会いたいよ」

 笑ってしまうほど素直に言葉が出せる。
 車中には私しかいないから。
 面と向かったら、とても言えないに違いない。
 でも、言ってあげたい。言葉は口に出さなければ伝わらないから。

 「・・・おかえり」

 彼はどんな顔をするだろう?
 困った顔をするかもしれない。
 それも、悪くは無い。
 遠回りをしたのは私も同じ。
 出来る事なら、優しく迎えてもらいたい。




 静かに流れた時間。
 もう二度とは戻らない時間。
 だけど、きっと、取り戻せる。
 私達は私達の『ただいま』を言える。
 きっと―――。



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