ザ・グレート・展開予測ショー

ケーキを焼いた日


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(06/ 9/21)

「あとはオーブンで焼くだけね。蜂蜜がいっぱい入ってて焦げやすくなっているから、そこに注意しなきゃいけないわよ」

「判りまちた!」
 そう言うと、鼻の頭を小麦粉でうっすらと白く染めたパピリオちゃんは、目を輝かせて笑った。



 【ケーキを焼いた日】



「ケーキの作り方を、教えて欲しいんでちゅ!!」
 パピリオちゃんがそう言ってきたのは、秋も半ばの土曜日のことだった。



「知り合いで作り方を知ってそうなのが、おキヌちゃんしかいないんでちゅ。サルじーちゃんは食べるばっかりで作る方はからっきしだし、小竜姫に聞いても最初の一言が『けぇき?』って返事だったし、ベスパちゃんはたまに作る時も豪快な『男の料理』ばっかりだったから、ケーキなんて作れっこないでちゅ。ワルキューレはもし作り方を知ってても教えてもらうのは怖いし……あと、ペスに頼るのはなんかプライドが許しまちぇん」
 パ、パピリオちゃん……その呼び方も言い方も、ヒャクメ様にあまりにもあんまりよ。

 それにしても……うーん、こういったことに頼られるとは思ってもいなかったから、緊張しちゃうなぁ。

 でも、やっぱり頼られて悪い気はしないのも確かだなぁ。

 私が頼ってきた時の早苗お姉ちゃんや美神さんの気持ちも、こんな感じなのかな?

 胸の中で生まれた、そこはかとない嬉しさが姿を変えた小さい微笑みを感じながら、私はパピリオちゃんに言う。
「じゃあ……どんなケーキを作ろっか?」

「もちろん、蜂蜜がたっぷり入ったケーキに決まってまちゅ!!」
 パピリオちゃんは、そう返しながら、満面の笑顔を浮かべた。







 『―― 小麦粉とお砂糖はちゃんと篩いにかけておく』

 『―― 生地に蜂蜜を使う場合には、牛乳と混ぜて暖めておかないとちゃんと膨らまないから、注意してね』

 『―― オーブンもあらかじめ暖めておかないと、生地を入れてから火を入れてちゃ、火が通る前に生地の気泡がなくなっちゃう』

 『―― メレンゲを泡立てる時は根気よく。最初にお塩をちょっとだけ入れるのがコツ』

 『―― スポンジが潰れて膨らまなくなっちゃうから、生地とメレンゲを混ぜ合わせる時には絶対に練っちゃダメ!』

 『―― そして何より―― 食べる人の笑顔を思い浮かべながら、美味しくなれ、美味しくなれ、という想いを込めること』

 魔鈴さんに言われたことを一つ一つ思い出しながら、パピリオちゃんにその通りに教えていると、ちょっと疑問が湧いてきた。


 『食べる人』―― 誰に作ってあげるのかな?


 やっぱり横島さんかな?

 聞きたいなぁ。

 でも、聞くのも悪いかな?

 でもやっぱり聞きたいなぁ。


 好奇心と疑問が手に手を取って、くるくるとワルツのステップを刻みだした時―― オーブンの中でステップと同じリズムでくるくる回るパウンド型を見つめていたパピリオちゃんが私に尋ねた。
「おキヌちゃんは昔幽霊だったんでちゅよね?」

「え……あ、うん」
 その唐突な質問に私は頷いて返す。

「生き返るのって……どんな気持ちだったんでちゅか?」
 そう尋ねるパピリオちゃんの目に浮かんでいるのは疑問と―― 不安。
「『前』の記憶を……思い出をなくしちゃうかもしれないのって、怖くなかったんでちゅか?」

「えっと……それは―― 」
 返答に困る質問を投げかけられたところで、私は漸く気付いた。

「ベスパちゃんがそうだったように、ベスパちゃんやパピリオ達みたいな魔族はたとえバラバラになって死んだとしても、ある程度の力が残った霊破片さえあれば、それを繋ぎ合わせることで復活することも出来まちゅ。でも、人間として転生する、ということは、前世の影響を受けた魂を受け継ぐことは出来ても、前世の記憶を引き継ぐことまでは余程のことがない限り出来ないんでちゅ」

 そっか……パピリオちゃん、『それ』が怖かったんだ。

「ヨコシマの子供としてルシオラちゃんが生まれ変わることが出来るかもしれないっていう話は、ペスに聞きまちた。でも、もし生まれ変わったとしても、生まれ変わったルシオラちゃんが私達のことを覚えていないかも、なんてことを思うと……寂しいんでちゅ」

 ルシオラさんが生まれ変わっても、ベスパさんやパピリオちゃんのことを……姉妹だった頃を覚えていないかもしれないってことが―― 。



「―――― ?
 何かおかしいんでちゅか?パピリオは真剣に考えてるんでちゅよっ!」
 目の端に涙を滲ませながら、頬を膨らませたパピリオちゃんが言った。

「……ごめんなさいね、パピリオちゃん。でも、私も同じことを考えてたなぁ……って思うと、つい、ね」

「同じこと、でちゅか?」
 パピリオちゃんの目に疑問の色が走る。

「そう……パピリオちゃんが考えていたようなことを、ね」
 その疑問に答えるために、思わず浮かんでしまっていた苦笑を封じ込めると、私は続けて言った。

「私も、生き返ることが出来るって判った直前には、不安でしょうがなかったの。美神さんや横島さん……幽霊の頃に出会った大好きな人達のことを忘れてしまうのが……思い出を夢のように忘れてしまうのが怖い―― そう思ってね。
 でも『忘れたくないから、このまま幽霊でいたい』って言ってた私を、美神さんは叱ってくれたの。『夢は人の心に残るもの。元通りに幽霊のままでいるより、生きて、かすかに何かが残っている方が意味があるんだ』って。
 それに、横島さんも『何も無くしはしないから!また会えばいいだけさ!』って励まして―― そして、生き返らせてくれたわ。だから、今私はここにいるの。
 そりゃあ、『前』のことを思い出せたことは奇跡かもしれない―― だけど、生き返らなかったら、その奇跡も起きなかったし、早苗お姉ちゃんやお義父さんやお義母さん……学校の友達と出会うこともなかったわ。それに、こうしてパピリオちゃんと一緒にケーキを焼くことも出来なかったわ。そうは思わない?」
 頷くパピリオちゃんに、私はさらに続ける。

「もしルシオラさんが『前』のことを忘れていてもいいじゃない?パピリオちゃんが―― みんながそれを覚えている限り、前の絆が終わったことにはならないんだし、新しい絆を作る一歩目を邪魔することにもならないの。そして、その絆を積み重ねていくことが、生きているってことになると思うの」

「そう……でちゅね」
 幽霊だった頃より広い世界で生まれた絆―― その宝石にも似た大切なものの輝きと重みを感じながらの私の言葉に……パピリオちゃんは涙を拭いて頷いた。

 


 オーブンを開けると、ふわり、と広がる甘い香り。

 真中に串を刺して、出来上がりを確かめる。

 よし!ちゃんと出来ている。

 ちょっとだけ振り掛けたブランデーが染み込んだ焼きたてのケーキに、パピリオちゃんが仕上げの蜂蜜を塗る。

「これで出来たんでちゅか?」
 蜂蜜とドライフルーツが一杯入ったパウンドケーキ。

「うん。あとは二、三日置いておけば、ケーキに蜂蜜が染み込んで、すっごく美味しくなってるわよ」
 パピリオちゃんが作った、とっても甘いパウンドケーキ。

「え……あと、二、三日?」
 立ち昇るブランデーの香りで、パピリオちゃんの目をしばしばさせているパウンドケーキ。



 そのパウンドケーキを前に、しばたたかれていたパピリオちゃんの目が丸くなった。

 ―― どうかしたのかしら?

 私が疑問を口にするより早く、パピリオちゃんが口を開く。
「すぐには……今日中には食べられないんでちゅか?」

「えっと……冷めれば食べられないことはないけど―― やっぱり何日か置いておいた方が美味しく……」

「今日じゃなくっちゃダメなんでちゅ!
 えーい、まどろっこしいことはしてられないでちゅ!こうなったら冷蔵庫に――――!」

「パ、パピリオちゃん……それは止めて――――ッ!!」












「えへへへへへへ……パピリオが作ったんでちゅね……これ」
 結局、季節外れの扇風機を使って冷ましたケーキを抱えて、パピリオちゃんはにこにこ笑う。

「そうよ。全部パピリオちゃんが作ったのよ」
 何故だか急いでいたのがちょっと気にかかるけど、その笑顔に釣られて私の顔も綻んでしまう。

「ありがとう、おキヌちゃん!助かりまちた!」
 そう言いながら、パピリオちゃんは私の手を握って上下に振り回す。

 そして、握った手をそのままに、パピリオちゃんは続けた。
「よし、こうしてはいられまちぇん。早く行きまちゅよ!!」

「え?……えっ!?」
 私が目を白黒させているのも構わずに……パピリオちゃんは、私の手を取って―― 宙に舞った。














 パピリオちゃんに連れられて、着いたところは―― えっと、ここは……妙神山?

「お待たせしまちたっ!!」
 パピリオちゃんの弾んだ声が鬼門さん達を開く。

「パピリオ、遅ーい!こっちはもう準備出来てるってのに、いつ連れて来るのか気が気じゃなかったよ」あれ?ベスパ……さん?

「そう言わないのねー!パピリオも頑張ってたのねー」それにヒャクメ様も?

「ペスの言う通りでちゅッ!ベスパちゃんはもう少しパピリオの頑張りを認めて欲しいでちゅッ!!」

「はははっ、ゴメンゴメン!」
 屈託なく笑うベスパさんの影で、がっくりと肩を落として呟くヒャクメ様。
「ペスって……まだ言ってるのねー。酷いのねー」

 ―― ヒャクメ様……それでもやっぱり強くは言えないんですね。

「―― 驚かせてごめんなさい」
 私の後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

「あ…小竜姫様?」
 振り返った私の目に飛び込んできたのは、ちょっと困ったような笑顔を浮かべる小竜姫様。

「パピリオが何か企んでいる、とは思ってはいましたけど……まさかおキヌさんの誕生日ぱーてぃをやろう、と思っていただなんて―― 」

「え―― 私の……ですか?」

「ええ―― 皆さんお待ちですから、詳しいことは歩きながら説明しましょう」
 そう言うと、にっこりと笑って建物に促す。「この間……お盆にパピリオが横島さんのところに遊びに行った時に、偶然おキヌさんが生き返った時の話になったそうで……その時の話の流れで『おキヌさんが生き返った“その日”をおキヌさんの誕生日にしよう』と言うことになったらしいんです。
 私もつい先程、二人がそういう計画を進めていたことを美神さんに聞いてやっと知ったんですけど……それならそうと一言言ってくれれば、私も協力するのに吝かではないというのに、いきなり皆さんを連れてくるものだから―― 」
 小竜姫様が、扉を……開く。

 そこにあるのは、秋祭りの風景。

「老師のお力もお借りして、異界空間に会場を作ったというのに―― 準備不足だったので、広さだけしか用意出来ませんでした。
 もし時間があったら、もう少し趣向を凝らすことも出来たんですけどね」

 ―― そして、幽霊の時に出逢った人達と、生き返ってから出逢った人達の笑顔。

 お義父さんにお義母さん……早苗お姉ちゃんに―― わんだーほーげるさんまで?!

「そんな……これだけで―― 皆さんがこんなに集まってくれたことだけで……私には充分です」
 沢山の顔の中心に、悪戯っぽく笑う美神さんと照れたように笑う横島さんの顔が見えた。


「それだけで満足しないで欲しいでちゅ!」大切な人達を前にして、思わずこみ上げてきた涙を拭った私に、パピリオちゃんがちょっと不満そうに声を掛ける。「誕生日といえばケーキでちゅ!ケーキを食べずして何が誕生日でちゅかっ!?」

 その抗議の声と一緒に差し出したお皿には、切り分けられたパウンドケーキ ――。

 パピリオちゃんの心のこもった、黄金色に色とりどりの輝きを散りばめられたケーキを、私は受け取った。

「―― 『お誕生日』、おめでとう!おキヌちゃん!!」
 そう言って……ケーキと一緒に、パピリオちゃんは最高の笑顔をプレゼントしてくれた。





























 パピリオちゃんは私のためにケーキを焼いてくれた。

 これからも、大切な人達のためにケーキを焼いてあげるのだろう。

 ベスパさんのために、横島さんのために、美神さんのために、小竜姫様やヒャクメ様のような、かけがえのない人達のために……そして、いつかきっと生まれてくるルシオラさんのためにもケーキを焼いてあげるはず。

 その時には、一緒にお祝いしたいな。

 『お姉さん』になったパピリオちゃんが作ったケーキを囲んだ横島さんとルシオラさん……そして、私と――あれ?



 きゃ――――――――っ!?

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