修行?
投稿者名:S
投稿日時:(06/ 9/17)
「く……ぬおおおっ」
「ほれほれ、気合の割りにはちっとも進んでおらんぞ」
爺さんのちゃちゃ入れについ気が逸れて――ぐしゃりと握りつぶしてしまった。
「あ」
ぽたぽた
「惜しかったの、あと9個だったのに」
「うるせぇっ! 一つもできてないって素直に言やいいだろうがっ!」
5メートルほど離れた机の上には、サイコロ大に切った豆腐が浮かべられたボールと二枚の皿。
俺の皿の上には、サイコロが一つだけ。あれだってやっとの思いで置いたんだ。周りに散らばる豆腐の残骸がその苦労を物語ってる。
一方の爺の皿の上には、縦に積み上げられた10個のサイコロ豆腐が俺のことを笑っていた。
ことの起こりは先々週の土曜日。
大規模除霊で組むことになった内の一人の爺さん。霊力はそれほど強くないのにいざ仕事が始まるとひょいひょいと悪霊たちをすり抜けて、俺たちがどたばたと騒いでいるうちに、
「ほい」
あっさりと核を除霊してしまった。
「はぁ、相変わらずね」
「いやいや、美神の嬢ちゃんがうるさいのを引き付けてくれてたからじゃよ」
天上天下唯我独尊を地で行く美神さんが、ほんの少しだけど敬意に見えなくもないものを見せているのにまず驚いた。
「ああ、倉田さん? 元々合気道で名の通ってた人だから、霊力の流しかたが絶妙なのよ」
あれはちょっと真似できないわねと呆れと感心が半々の声。
合気道? そうなのか? いやでも……
「美神さん、短期研修みたいな形でもいいですから、あの人に霊力の使い方習ってもいいですか?」
「へ? いきなり何言ってるのよ」
「お願いしますっ 俺が一皮剥けるには、あの人の力がどうしても必要なんです!」
「ちょっと、土下座なんてしないでよっ」
結局、週に一度だけの約束で霊力の使い方を習えることになった。
俺のサイキックソーサーとハンズオブグローリーに目を丸くしてた爺は、パワーアップはわしの専門じゃないからと霊力の微妙な操作を教えてくれることになった。望むところだとほくそえんではみたものの、
「あんたが横からやいのやいの言うからだろうがっ」
「何を言っとる。現場でゆっくり精神統一なんぞしてる時間を相手がくれるわけなかろうが」
「ぐっ」
「それにしても、見たところもう少しできそうな気がしたんじゃが、上手く行かんのう?」
爺も首を捻ってる。
やっぱり集中力の問題だろうか。しかし相手が豆腐じゃ色気もなんもないし。隣が爺だとますます萎える。
「ふむ……そうか、色気か」
少し考えていた爺は、ちょっと待っておれと家の中に引っ込んでしまった。
しばらくして戻ってきた爺……その手の中のモノに、俺の中の何かがびんびんに反応した。
「も、もしやそれはっ」
「流石じゃのう、見ただけで分かるか」
やっぱりそうだったんだ。初めて会ったときからこの爺には通じるものを感じてたんだ。俺の直感に過ちはなかった。
「さて、ならば言うまでもあるまい。このことは他言無用じゃ」
「はい!」
「今からコレをわしとお主で奪い合う。但し! 傷を付けたり破いたりしてはいかん!」
当たり前だ。そんなことをしたら価値が激減してしまう。
もはや言葉は無用。
ぴらりと広げられた小さなソレに、俺の全神経が集中する。霊力が研ぎ澄まされていくのが自分でもはっきりと分かる。
「ほう……なるほど、先ほどまでとはまるで別人……よかろう、わしも本気で相手をしよう」
そして、俺と爺は激突した。
「ただ今戻りましたっ」
う〜む、今日も充実した修行だった。まだ一枚も奪取できていないとは言え、あのコレクションの数々を見るだけでも勉強になる。
「おかえり。ねぇ横島クン、聞いてもいいかしら。倉田さんの修行ってどんなことしてるの? 仕事ではあまり目立った変化ないような気がするんだけど」
「それは美神さんにも言えません。爺と俺の仁義って奴ですから」
俺の本気というか必死さに、ちょっとだけ美神さんも引いた。
「そ、そうなの。でも成果があるならいいわ。倉田さんも横島クンのこと褒めてたし」
ふっ、当たり前だ。俺が爺から学んでいるのは正に奥技。断じてそこらの悪霊ごときに使うための物ではないっ!
「……横島さん、どうしちゃったんでしょう?」
「う〜ん、何だか変なスイッチが入っちゃったような……まぁいいわ。馬鹿なことしたらまたしばき倒すだけだし。一応おキヌちゃんも気をつけておいてね」
「はい。あ、それとこれ、さっき届いたファックスです」
ふははははっ! 見ていろよ爺! タイミングは掴んだ。今度こそ奪取してやるからなっ!
Fin
今までの
コメント:
- モノとかソレとかコレクションだとか、一体何なのかは追求してはいけません(笑)
実戦にまったく役に立たないことに必死になる方が横島らしいかなってちょっと思って書いてみました。 (S)
- いいですね。
こういう下らない事に一生懸命になる横島は輝いていますw
でも、なんだかんだでいつの間にか微妙な霊力コントロールを身につけてしまう
オチもあるかも知れませんね。 (aki)
- >akiさん
レスありがとうございます。
きっと横島とこの爺はソウルブラザーなんですよ。
能力がアップしても女の子相手にしか使えないんじゃないかなぁと(笑)
>カカオ枡さん
レスありがとうございます。
元々レベルアップが目的じゃありませんから。
途中からは爺のコレクションの奪取が目的になってますし。
>豆腐
じゃあ「水に浸した豆腐」に脳内変換してくださいな。 (S)
- >ジダンが地団駄さん
レスありがとうございます。
『修行』という言葉で誤解を招いてしまったようですいません。
戦闘や除霊が目的ではありません。
倉田の爺さんの中に自分に通じるものを感じ取って、その道を極めるための修行ということです。
横島は確かに自分から修行をするような殊勝さはありませんが、
セクハラや煩悩に関することには(止められようがしばかれようが)迷わず突き進んでます。
要するに、横島が自分からやる修行=スケベ方向 ということだったんです。 (S)
- 最初は一応まじめに修行しようと…でも、わき道にそれてそっちの方に一生懸命…
そーゆー所、実に横島君らしいですねー。
或は、無意識のうちに爺さんと自分に何か通ずるものを感じたからこそ、修行を頼んだのでしょうかw (偽バルタン)
- ソウルブラザー、とても便利な言葉です。
私も、冒頭の修行志願に「やべ、トラウマ系シリアスかな?」嫌悪な予感を覚えました。
予感は外れました(爆)
美神さんが一目置いているってのと、合気道な人てのが罠だったのですね。
結局、読了の時点で「ああ、彼の無闇にいい勘と同族への嗅覚は、察知していたのだなあ。」と納得しました。
処で、このお仲間な爺さん、ジジィであることをいいことに、合気道の道場で女の子に手取り足とりの指導をを必要以上にしているんじゃないかと疑ってしまうのはわたしだけなのでしょうか? (参番手)
- おもしろいですね〜さて横島くんの目的は果たして果たせるのかw(まあどっちにしても最後は…
とりあえず豆腐は修正した方が良いですね(豆腐は豆腐でもコウヤ豆腐なら浮くかもしれませんが (Ques)
- >偽バルタンさん
レスありがとうございます。
やはり一流は一流を知るということなんでしょう(笑)
爺さんが隠していた微かな匂いを察知して押しかけ、爺さんもまた横島の内に秘めた(いや、むき出しの)煩悩の熱さに胸を打たれ、その奥技を伝授することに踏み切ったのだと。
>参番手さん
レスありがとうございます。
セクハラはばれなければセクハラじゃないんです(待て)
もしかして(もしかしなくても)爺の霊力の源も煩悩でしょう。
きっと彼も若い頃煩悩を隠しきれなくて苦労したと思います。
二人は強いシンパシーで結ばれているんですね。
>Quesさん
レスありがとうございます。
頑張ってるけど、でも横島って馬鹿だからなー
きっと美神さんにしばかれるんだろうなーという未来がひしひしと感じられます。
>豆腐
ここは修正ができないので、できれば脳内で置き換えてくれると助かります。 (S)
- これから何かがはじまるところ、
と言うような気がします。
年寄りにして未だ枯れずというキャラクターと
横島君の出会いはありだろなー
とおもいつつ、そこからの何らかの展開を期待して
しまったので、中立票で。
横島君がリスペクトする人物ってたしかに、こうですねとも思います。 (ししぃ)
- 話そのものは大変面白く読ませていただきました。
ただ、文章量のせいなのか、少々展開が急ぎすぎているように感じるため、諸々の設定に違和感を覚えてしまいます。作者が自分の書きたい展開のためだけにご都合主義でそれらの設定を置いたように見えてしまい、どうしても作り物感が否めませんでした。
よって、中立とさせていただきます。 (セキレイ)
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