ザ・グレート・展開予測ショー

偽りの幸福論 stack 2nd


投稿者名:Alice
投稿日時:(06/ 9/12)



 偽りの幸福論 台風2号


 鼻歌交じりで、改札口を潜る。日の変わらない内に仕事が終わったため、タクシーを使わずに済んだことは彼にとってはラッキーだった。夜にしか現れない霊がもっぱらなため、行動する時間帯はわりと遅い。ラッキーだった、というのは終電が出る前に事務所へ戻れることだ。経費削減のため、事務所には公用で使うための自動車がない。
 事務所には車を買う余裕も、維持する余裕もあるにはあるが、東京には車に頼らずとも正確な交通手段があるのだ。どうしても荷物が多くなり、また、遠出をする場合であれ、レンタカーで十分ではないか(ちなみにGSがレンタカーを業務で使うことは基本的に違法である。心霊障害対策法24条参照のこと)。基本的に所属する事務員は、己の身を武具にする法を持つものばかりのため、荷物だってかさばらない。で、あれば交通にはそれらを使うのが自明の理であると彼は主張する。
 今回の除霊では悪霊に対して、除霊札を使わずに済んだことも含め、予定経費を大幅に浮かすことができたわけで気分が良い。仮の社長(今年度は横島担当)とはいえ事務所への経済的負担を減らすことは常々考えてはいるのだ。小さい積み重ねが、大きな成功への近道であることを、意識せずに彼は理解している節もある。先述した成功率うんぬんを含め、意外に彼、横島忠夫には商才があった。浪花の商人体質なのも含め、経費削減商売繁盛、とにもかくにも彼は機嫌が良かった。
 さりとて、帰属する場に帰ってきたわけだが、横島は時に運がなかった。時間的に考えれば、事務所に戻らず自宅へ直帰しても良かったのだ。しかし、明日の早朝に一件の除霊があった。
 先の一件、美神令子が摘み上げた書きかけの一件。合わせて二件の報告書を上げることも含め、事務所で仮眠をとってから明日の業務にとりかかるつもりで戻ってきたのだが、テナントに着いたところで足が止まる。
 様子がおかしい。悪霊の除霊を終えて戻ってきた横島忠夫は、事務所から漂う異様な気配に圧されていた。仕事を終えたばかりで敏感になっているせいもあるが、とにかく不吉であることだけは察知できた。
 夜の十一時。事務所に個室を設けている愛子や、今晩は夜勤に就いているピートがいるのであれば、明りが灯っていてもおかしくはないのだ。

「ん? なんだ、おっかしいぞ」

 部屋は暗がりでも、誰かがいる気配は消しようもない。誰かはいるのだ。ならば、明りが点いていないのは異常である。
 しかし、気配はあった。確かにソコにはなにかがいる。確かに、半人半鬼のピートであれ、純度の高い幽霊である愛子ならば、明りがなくても視界を得ることはできるだろうが、そこまで節電しなければいけないほど収益が厳しいわけでもないのだ。開店当初とは違い、寧ろ順風満帆。ボーナスだってゼロが6つついちゃうくらいに。いくら煌々と満月が辺りを明るく照らしてはいるといっても深夜。玄関の明かりすら灯っていないのは、異常事態。
 長年の経験から、これが良くないことははっきりと理解できた。だが、その内容を推測することが横島にはできなかった。
 悪霊に乗っ取られたのであれば、もっと騒ぎになっているだろう。おとぼけ妖怪の愛子はともかく、ピートはそうそう不覚を取るような輩ではない。
 他に、テロリストや強盗など、様々に案を凝らしたが、どれもいまいちパッとしない。普通の犯罪では超常現象の足元にも及ばない。どれをとっても真実味が薄いのだ。

「まさか、ね…」

 刹那、ひらめいた。某上司の妨害工作が脳裏をよぎる。
 流石にそれはないだろうと思いたがる横島だが、なにより自分がそれを一番否定しきれなくもあり、つい、苦笑いが浮かぶ。脂汗がじりじり浮かぶような、悲壮な笑み。
 放っておいて寝泊りするだけのアパートに帰るのが一番良い、という案が横島の脳内会議で即座に可決された。事務所を確認するのをぶっちしてでも帰宅すべし! 逃げるが勝ち的結論が、脳内会議で圧倒的多数の支持を得ていた。
 借家は二駅隣で、まだ列車はやってくる。予想しうる惨状に比べれば、少し待つくらいはなんぼのもんじゃい、である。彼にとっては当然の結論。
 くるりときびすを返し、後ろに向かって前進。もとい、帰路への一歩を踏み出したが、その最初の一足は地面に根を下ろしたかのごとく、動こうとしなかった。そう、彼が良く知る元上司。彼女の影が、一陣の風をともなって横島の頬を掠めた。
 父から受け継いだのか、それとも母から受け継いだのか定かではないが、生まれ持った天性の直感は告げた。

 ―― いる、ヤツはいる。
 ―― 振り返ればヤツはいる。
 ―― だから振り返らない。
 ―― 振り返ってたまるものか。

 心臓の鼓動が跳ね上がる。
 心拍は軽く百八十を越え、顔の筋肉が引きつるのが手に取るようにわかった。
 今死ぬか、明日死ぬか。いつ殺されるか。
 究極の選択を迫られる心境とはこういうものか、と横島は悲観に暮れる。どれを選んでも痛いのは必至。
 もっとも、そのような修羅場をいくつも潜り抜けて今を生きているのだが、どれもが危ない橋であったは確かなので、そこまで悲観するのは最早横島にとっては脳髄反射とも言える。
 ともかく、足がすくんで動けないのだ。敵は自分が振り向くまで睨みを聞かせ続ける。
 過去(アスタローテ)の再来か、それとも神々の黄昏(ラグナロックスデタント)か。平和な日本、栄華を誇る東京。そんな枝橋区江戸田で勃発した嵐に、横島忠夫は思った。

『勘弁してくれ』

 死して屍拾うしかなし。生への希望、小さく、かすかで、僅かな光に縋って、殺気とも呪詛ともとれる気配のする方向へ、横島は事務所の二階へと振り返った。
 少年だったころ、楽観的だった頃の横島忠夫は年月とともに薄れていった。残ったのは比較的に悲観的な現実主義者だった。

 ―― 父さん、母さん、大人って大変です

 若干の錯乱と現実逃避が入ってはいるが。
 そうして、いた。ヤツはいた。そう、わかっていた。わかりきっていたのに、横島は振り返ってしまった。
 月明かりに照らされて、事務所の窓にはシルエットが浮かぶ。
 影は親指で首を掻っ切って見せる。つまり、横島に上がってこいと。

 ―― あぁ、かみさま仏さま小竜姫さま…どうか、どうか、明日も生きていけますように。

 にっこり笑って彼女(小竜姫)は手を振った。ばいばい、ばいばい、ばーいばーーい(涙
 あぁ、神は死んだ。少なくとも見捨てられたことはわかった。
 神様だって美神令子にゃ近づきたくはないのものだ。触らぬ美“神”に祟りなし。『母娘そろって禄なことはしやがらねぇですからね』と呟いた、気がする。
 俯いた横島は、なぜだか涙が浮かんだ。だって、男の子だもん…。
 恐る恐る見上げれば、凍りつくような視線が肌を貫いて心臓に突き刺さった。暗くて確かではないにせよ、多分、目があった。怒っている。とてつもなく怒っている。いつぞや(『それからの情景』参照)の比ではない。
 彼女が怒る原因に心当たりはないことも、ない。だが、ここまでキレるのだろうか。
 いつぞやの晩、ちょっと興奮して後ろから突…。もとい、気絶してしまった彼女に対して、急ぎの仕事の都合もあって、アフターフォローをする余裕もなくて、ちょっとヤリ逃げっぽかった風味ではあるが一応は恋人同士なんだし、若いサーガがちょっとくらい暴走しちゃったくらいはおちゃめの領域なのではないだろうか、などなど、言い訳が募る。
 確かに、彼女に意識があれば、コトの後で顔の形がちょっと変わるくらいにぶん殴られるくらいの流血沙汰はあっただろう。勿論当然ご存知の如く、そんなのは嫌である。当たり前に、殴られれば痛い。誰だって痛いのは嫌いだ。転ぶ時にとっさに手を出すのと同じに、痛みを回避する、もとい逃げても別に普通なことであって、まぁ、その…必然なのだ。
 それからしばらくは、なんとなく連絡もしそびれて、気がつけば二ヶ月くらいはメールも渋っていた、というよりも一切してはいなかったのだが。
 いやいや、敢えてぶっちしてしまったこともあったような気もするけれど、あそこまで怒るものなのだろうか、と横島は、深い息を吐きながら肩を落とした。(ちなみに美神は我慢した方だと、筆者は思う。多分、成長した、きっと)

「こんなことなら……愛子の言うとおり、カーテンの柄…変えきゃ良かった」





§§§§§ あとがきこーなー §§§§§
墓穴を掘るので今回は控えますorz

今までの コメント:

  • 内容自体はいいのですが、いかんせん見にくくてつらいです。
    もう少し改行や描写を見やすくしたらどうでしょうか? (wind)

  • なんというか、1シーン内の密な描写、心理の動きなどはとても
    面白いと思いました。
    故に賛成。
    ただ、幽霊と妖怪はやっぱり別物では?思ってしまう。
    (すみません、愛子ちゃん好きなので)
    それとちょっと『展開』としては短いのでは?とも感じました。
    独特の描写が読んだときのボリューム感になっているのですが
    ……今のところ、あんまり進んでないなーとか。
    密な描写が描き出す、続きの展開を楽しみにしております。 (ししぃ)

  • はじめまして、おやぢといいます。
    久しぶりに小説を読んだ気がします。
    なるほど……『それからの情景』後の話だったのですね。
    ヤル事やっといて2ヶ月もブっちしとけば、そりゃ怒るわな(笑)
    ただ苦言と致しましては、文の長さの割りに話が進んでいない事ですね。
    ALICE様の前作前々作と読ませて頂いてますが、それに比べて画面右のスクロールを見て短いなと(笑)
    1話と2話と足してオープニングにした方が、良かったかもしれません。
    ALICE様曰く趣味と仰られていた文の長さもフォントを大きくして読めば自分は苦痛ではありませんでした。(トシなもので、目が……)
    ブツブツと改行ばかりする必要はあるとは思いませんが、たまに1行で表現しなくても改行した方がいいと思う所はあると思います。
    自分の事を棚上げして偉そうな事を長々と書いてしまい、失礼致しました。
    第3話を期待していますので、がんばってくださいませ。 (おやぢ)


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