ザ・グレート・展開予測ショー

偽りの幸福論


投稿者名:Alice
投稿日時:(06/ 9/12)

 事務所に怒鳴り込んできたのは、彼――横島忠夫にとっては元上司。
 怒鳴り込んだ、上司、もとい彼女。そこは元部下である横島忠夫が立ち上げ、所属する事務所。
 そして、怒鳴り込んできた女性とは、美神令子。


 
 偽りの幸福論



 
「ちょっと! あんたどういうつもりよっ!」

 雷に似た轟音が部屋を揺らす。
 枝橋区江戸田(えこた)。私鉄、地下鉄の沿線にあり、近場には芸大を含め、いくつかの大学が古くから連なっており、昔から界隈は若者で賑わっている。近隣には民家も多数立ち並んでおり、都心から極めて近いベッドタウンでもある。むろん、近いだけあって地価は相当の値がついている。
 その一角、高度成長期時代に建てられ、今となっては築三十数年。解体も間近と目される駅前の小さな物件。一階は一皿百円の回転寿司。生鮮な余りものが醸(かも)し出すいかんともし難い匂い漂う二階のテナントの一室に、横島忠夫ら若手GSが共同で運営するGS事務所がある。一応は多目的ビルということだが、プレハブ小屋と言い捨てることもできなくもない、そんな彼らの城。スモークの張られたガラス扉には、プラスチップのプレートにこう記されている。
 江戸田心霊障害対策事務所(仮)、と。
 通称、江戸田GS(仮)がこの界隈に新興勢力として登場してから一年が過ぎた。除霊難度の大小を問わず、業務達成率95%――以外の3%は、純粋な経験不足といった場合による諸々の事情による他事務所への契約斡旋などであり、内容によっては除霊の前に依頼を断っていた。つまり、達成率の高さはトップレベルと言えるだろう。
 最近ではGメンへの出向、代理なども請け負っており、信頼度も上がっている。これは所属しているピートのGメン寄りな考え方も大きく影響しているが。
 このある種慎重な業務方針は、営業を成功させるための秘訣でもある。
 初めて間もない頃は、なによりも成功が大切なのだ。失敗が悪いわけではない。失敗は成功の母、という名言だってある。しかし、世間はそういうわけにはいかない。社会は、お金が動く世界である限りは『成功すること』こそが第一なのだ。信頼もまた、そこで得ることができる。信頼を得れば評判も上がり、仕事の内容も充実する。
 そんな良いこと尽くめを得るために、彼らは慎重にことを進めた。若手、ということで暴走しがちな進み方をする、と思われていた節も上役(ここでは若手GSたちの師匠たち、ととれるだろうか?)も彼らの成功ぶりには驚いているくらいだ。
 ちなみに計算が合わないと目されるが、残りの2%にもきちんと理由がある。所属する従業員約一名のセクハラによる、依頼主から突きつけられる一方的な契約破棄。まぁ、これには目を瞑ってもらいたい。つーか目ん玉潰れるくらいに瞑れ。お願いしますから…とは本人の弁。しかたない、らしい。
 とにもかくにも歴然たる結果、業務達成率の異常なまでの高さから、大手GSからも目を付けられるようになり、最近ではちょっとした同業からの妨害も見受けられるほどになった。
 むろん、霊能(同業)者の妨害ならば、上記の通り優秀な彼らであれば、それ相応の対応を取る。不埒な輩に、愚かな連中に彼らは陰湿極まりない鉄槌を下す。彼らを育て上げた黒幕の教育、賜物である。
 もちろん、妨害に打ってでることはやぶさかではないが、手を出しては行けない場合ということもある。妨害者については把握できてはいるものの、江戸田GSに所属する従業員の師匠たちと推測される場合には、特に、下手なことはできない。触らぬ神に祟りなし、という諺(ことわざ)の通り、手を出せば酷い目に会うことがわかりきっているためだ。人間は嵐に対してなすすべを持たない。ただ過ぎ去るのを待つことも大切である。
 まぁ、そんなことはさておいて、今回は彼らの日常をリポートする。それが、このSSの目的でもあるからだ。
 ともすれば、“現時点”で紹介すべきは唐突に訪れてしまった嵐への対処が所員の急務といえた。
 既に被害者も出ている。要救助者一名。確保はまだまだ先になりそうな雰囲気。つまりは合掌。死ぬな、生きろ! dj(とんどる) orz まさに大嵐。カトリーナタンも真っ青な、局地的大災害、その事例と顛末。
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 最初の被害者とは、除霊のため事務所から出ようと扉に手をかけた伊達雪之丞である。嵐がこじ開けた扉によって叩き潰されたのだった。ぐちゃり、と。

「なっ! み、美神さん?」

 そして次なる犠牲者とならんピート――ピエトロ・ド・ブラドーが失神した雪之丞にかけよろうとした瞬間、嵐――美神令子に胸倉を捕まれて言われもない罵声を浴びせさせられた。

「このホモ吸血鬼! あんの馬鹿どこよっ!?」
「は? ホモ…吸血鬼って、僕のことですか?」
「あんた以外の誰がいるのよっ! いいから早く“馬鹿”を出しさない。隠してもためにならない、っつーか死ぬわよ! あんたが」

 美形である。なんとなくではあるが自認している節はあった。無論、すべからく自らを律することに長けたキリスト教徒。そんなことを鼻にかけることもなく、人間には想像もつかない途方もない時間の流れを生き抜いてきた彼にとって、美神の放ったソレは、初めて浴びせかけられた言葉だった。
 生きてきて、さまざまな苦難があった。蔑まれた時代があった。生きることを、生まれたことを恨んだこともあった。だが、全ては思い出だ。忘れえることのない、思い出へと昇華されていった、が。美神の言葉を、ピエトロ・ド・ブラドーは刹那、理解し損ねた。
 ホモ。ホモ・サピエンス、人間、ヒト。確かに自分は人間(ヒト)とは違う。寧ろ彼女こそが“ホモ”サピエンスなのでは? なにもボクがホモ? ボクは人間? いや、違う…違う? ホモ、なんだ、それは? 同性愛者、ゲイ、おこげ、おなべ? バイ、それは両刀の………エラー、処理能力の低下により、該当の設問には答えられません。
 そんな彼は、美神からして、目が死にかかっていた。役立たずが、と小さく呟いて胸元を捨てるようにして離す。
 文字通り、余りの衝撃に、茫然自失になってよろめいたピートは倒れた雪之丞に躓いて転倒した。丁度、雪之丞に覆いかぶさるようにして。

「ちょっと、そこの机(愛子)!」

 色んな意味で駄目になってしまったピートに侮蔑の視線を投げかけ、美神は世にも稀な幽霊の事務員の名を怒鳴りつけた。
 そっちはそっちでもっと駄目になっていたが。

《うわぁ……》

 元女子高生で机妖怪の愛子は、事務所を立ち上げる際、横島らに誘われた。
 いつまでも学生ではいられないのだ。妖怪であったとしても。
 通っていた(憑いていた)学校の教師は、彼女が模範的かつ、理想の生徒であったため、学校に居続けても場所は無くさないと言ってはくれた。だが、自らが創り上げた場所から本当の意味で世界を眺めてしまった後では、横島らの誘いは魅力的だった。彼の側にいたい、という気持ちもなくはなかったが。
 結果、今に至る。彼女は妖怪だが、悪霊や悪さを働く妖怪たちに対しての汎用性はない。ゆえに、除霊に直接参加するようなことはないが、事務所内に常駐し、経理や電話番など一般的な事務をこなしていた。が、今は、ピートと雪之丞の有様にあらぬ想像を浮かべて、顔を真っ赤にしていた。

《こ、これは…趣味の世界、よね?》

 社会霊(?)となった今、"女子高生”時代に得た知識は、素晴らしいものだった。それはとても、とても、とてつもなく、素晴らしいものだった。勉強の喜び、友人との語らい、教師たちとの絆…そして、我らが神の国、日本が誇る文化――漫画。様々な知識の塊ともいえよう(?)漫画を彼女は多いに吸収した。とりわけ、彼女が好いたものはぼぉいずらう゛と呼ばれるソレ。社会に出てからは率先してそれらの情報を収集することを勤めた。夏と冬の祭典に出展参加する初の幽霊にもなったし、インターネットの世界へもデビューを果たした。その世界ではかなり親しい腐った(?)仲間もできた。まさしく、彼女の未来は磐石である。いずれは事務所を辞したとしても、その道でやっていけるだろう。永遠に。
 そう。そんな彼女にとっては今の光景はまさに絶好の好機。展開される情景は、彼女にとっては好意的だった。

《モーレツお耽美っ!!》

 文句のない美少年の風貌であるピート。永遠の若さとは実に恐ろしい。そのアルカイック・スマイルで迫られればどのような男性(えっ?)であれイチコロである。一方の雪之丞もなかなかどうして捨てた物ではない。孤高の狼のごとき鋭い風貌。野生を感じさせる研ぎ澄まされた鋭い視線。もしも、その牙が折られるとするならば、今しかあるまい。うん、そうに違いない。そうじゃなきゃ駄目。
 熱く、鋭く、逞しく、男同士の想いが交差した。

 少なくとも、愛子の心の中では。
 そうして、彼女の中で、ビッグバンが起こった。

《え、まさか……そんな、伊達君。受け……》

 ビッグバンは彼女が今まで培ってきたモノとは違ったらしい。にも拘らず、現実(?)との差異による喪失感はなく、驚愕と恍惚の笑みが浮かんでいるようだ。幽霊が浮かべる笑み、それは一種神がかった畏れをヒトであれば催したかもしれないほどに、尊い光景だった…だった? ん? だったのかなあ?

《ピート君、そんな…すごい。あぁ、すごっ、すごすぎるわっ!》

 なにが凄いのかは神のみぞ知る。苦しいとき(の神頼み)や、触られたとき(触らぬ神に祟りなし)以上に、神さまという職業も大変なものだ。並みの神経ではやっていけないに違いない。がんばれキーヤン。
 とにかく、風速百メートルの超弩級の大嵐は、その名に冠した相応しい勢いをもって、江戸田GS(仮)の人的資源を中心に、壊滅状況へと追い込んだ。
 さながらに、台風一過。壊滅の鍵となった美神令子は、頭のネジが三本は吹き飛んだ様子の愛子に嘆息を漏らし、この事務所の本来の主、横島忠夫が普段座るデスクチェアに腰を下ろして頬杖を突いた。
 書きかけの業務報告書を汚そうに摘み上げる。以外に綺麗な字だった。書きかけ、とある以上、報告も途中で終わっている。書いている時にでも急な仕事が入ったのか、それとも事務所の高台から、眼下に美人が目に入って飛び掛ったのだろうか、ともすれ、彼はこの場にはいない。
 ムス、と、そんな音が聞こえてきそうなくらいに不機嫌な表情で呟く。

「この、私が、どうして、**だなんて…」

 彼女が生きてきた生涯で、たった一人にしか見せたことがないほどに、不安そうな表情で。

「…ったく、あの馬鹿。ホントに。どうしてくれんのよ」

 美神令子が、普段であれば見せないほどに、気落ちした様子で、がっくりと肩を落とした。


§§§§§ あとがきこーなー §§§§§

お久しぶりです。こんにちは。
一年ぶりくらいでしょうか?
アリソタソです。
また美神でSS書きました。
前に書いたのは「それからの情景」だったかな? っていうツンデレ美神SSでした。
ストックネタというか、テキストでそこそこの文量のネタがあったので、書き上げてみました。
一応、続きはまたカキコします。
覚えてる人がいるかどうか、さぱーりわかりませんけど、まぁ、えっと、なんだ?
「はじめましてっ! 初心者なんで優しくしてねっ!?」とかなんとかw

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