ザ・グレート・展開予測ショー

ぼーるぱーく・らぷそでぃ(前編)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(06/ 9/10)

 アシュタロスの事件が終結を見せてから数えて一ヶ月―― 世界は日常を取り戻していた。

 傷を負った世界が立ち直るには流石にいささか時を必要とした。

 が、その『時』は半月もあれば充分である。

 次第に落ち着きを取り戻し、流れる時に身を任せる世界は―― 確かに平和だった。

 そして、その『平和な世界』のある種象徴とも言うべき事象が、この夜にもたらされた。

『ストライク……バッターアウトッ!!チョーニチドラガンズ……リーグ優勝 ――――ッ!!』

 ボールがミットに収まり、バットが空を切る。

 一年を戦い抜き、ペナントレースを制した歓喜の叫びがボールパークに轟く。

 神宮の森に生まれ出でた熱狂の空間で、スタンドではジェット風船や紙吹雪、紙テープが宙を舞い、グラウンドでは監督が五度宙を舞う。

 一年を通して愛するチームを追い続けて来た者達が発する純粋な歓喜が、画面越しにも伝わってくるのが判る。

 だが、その映像を苦々しい思いで睨みつける一人の老人がいた。

 苛立ちとともにTVの電源を落としたその老人は、苦虫を噛み潰した風情で―― 受話器を手にした。



【ぼーるぱーく・らぷそでぃ(前編)】



「ほーっほっほっほっ!優勝よ、ゆ・う・しょ・う!!やっぱり、どっかの誰かさんみたいに節操なく金で選手掻き集めるだけで、戦術一つないようなチームには優勝なんておぼつかないワケ!!」
 日曜……朝早くからというのに、特徴的な笑い声が美神除霊事務所に響いていた。


「あのー……朝からエミさんは一体何を?」
 青を基調にしたユニフォームを纏い、この事務所の主である美神令子に切々とこの一年の労苦と歓喜を語り続ける浅黒い肌の美女―― 小笠原エミには話が通じない、ということを本能的に察したのだろう。おキヌはエミの左手がしっかりと掴んで離さない金髪の少年に尋ねて聞く。

「いや……実は昨日エミさんに野球観戦に誘われたんですが……丁度その試合で優勝が決まったらしくて、そのまま朝まで―― 」
 おキヌの言葉にどっと疲れた口調で返した金髪の半吸血鬼の少年ことピートだが、『この調子で引き回されてしまっているんです』―― ピートがそう続けようとするより早く、横島は食って掛かる。

「朝まで……エミさんと朝まで一体何をしてたかーッ!!」
 
「―― よ、横島さん!止めてくださいッ!!」
 訳の判らない方向から怒りの矛先を向けられ、ピートは慌てて対応する。

「……………………ワッシもいたんじゃがノー」
 事務所に生まれた二種類の喧騒―― そこから隔絶されたタイガー寅吉が、寂しげに呟いた。

 その呟きを掻き消すかのように、美神除霊事務所の扉が勢いよく開かれる。
「あ、西条さん……この騒音女が近所の迷惑だから撤去しに来たの?私が許すから早く連れてって」

 苛立ちが頂点に近づいていた美神にとって、勢いよくドアを開けた西条は助け船に見えたのだろう―― うんざりとした口調で懇願した。


「誰が騒音女よ、誰がッ?!」
 その言葉に加え、いい気分で続けていた自慢話を中断されたという怒りもあるのだろう、エミは売り言葉に買い言葉で応じて立つ。

 だが、西条はどちらの言葉に対しても応じなかった。


「横島くん、いるかいっ?!」

 視線を巡らせ、壁――のようにそこに立つタイガーの背―― に隠れた位置で、無実を主張するピートに食い下がる横島を見つけると、西条はその手に手錠をかける。

「君の身柄を拘束する……大人しく来たまえ」
 言うが早いか、突然の事態に呆気にとられた一同が正気に戻るより早く『ICPO』と刻印された群青の制服を纏う四人の男が手際よく横島を梱包し、簀巻きにして運び出していた。

「こらー!何すんじゃー、道楽公務員!エセ貴族!ニセ紳士!後退確て……ひっ?!」
 階下に遠ざかる抗議の叫びが、途中で途絶する。

「よ……横島さは――んっ?!」
 逸早く正気を取り戻し、慌てて追いかけるおキヌの叫びが、事務所を揺るがした。


























 だん!

 美神除霊事務所のお隣さんであるICPO超常現象対策課―― 通称オカルトGメンの取調室の机が打撃音を立てた。

「だから俺は何にもやってねーって言ってるだろーがッ!!」

 拘束を解かれ、自由になった両手を机に叩きつけ、抗議の叫びを立てた横島に提示するべく、西条は何枚かの写真を机に放り投げると、嘆息とともに言う。
「ああ……確かに『君は』な」

「―― なんだ?俺と……大魔球1号?」
 呟き、横島は怪訝そうな顔で写真の一葉を手にする。

 黒装束にマント―― どこぞの戦隊ものに登場する幹部クラスの悪役か、古本屋のコスプレ店員のような出で立ちをした横島と宙に浮かぶ一つ目の黒々とした巨大な球体―― 『人類の敵・ポチ』としてアシュタロス陣営への潜入操作を命じられた時の横島と、その際に連れていた、ボールに擬似的生命を与えたことで生み出されたザコ怪物“大魔球1号”の姿をあらゆる角度から納めたその写真だが、大魔球1号は横島が教えた弱点によって弱らされた上であっけなく西条自身の手で倒され、被害は最小限に食い止められたはずだ。

 第一、あの一連の事件での横島の所業はあくまでおとり捜査官としての任務に基づくものであり、超法規的措置として無罪とされている―― いまさら超法規的措置など知らぬ存ぜぬで通されて責任の一端を負え、と言われるはずもない。

 訳が判らぬ、とばかりに渋い顔をする横島の頭に張り付く疑問符を取り除くべく、西条が声をかけた。
「よく見たまえ―― 君達以外にもう一人いるだろう?」

 その中の一枚の写真の下の部分―― 黒マントを纏う横島の左足のやや下の方向を指差す西条。


 真っ白の灰になって立ちつくす背番号18―― ヨメウルジャイアンズの先発三本柱の一角を担うピッチャーであり、横島の文珠によって誤作動を起こした転生追跡計算鬼“見つけた君”が提示した『メフィストの転生先候補』の一人として、魂を無理矢理肉体から引き剥がした上で検索されたクワガタ投手―― その脱色したかのように真っ白に染められた頭がひっそりこっそりと写っていた。


「彼に関してまずいことが起きているんだ。
 ―― 昨日チョーニチドラガンズがリーグ優勝したのは知っているだろう?」

「……ああ、今朝早くからエミさんがピートを連れて美神さん相手に勝ち誇ってたからな。
 で、それと俺を逮捕するのにどういう関係があるんだよ?」
 問う西条に明確な敵意を感じさせながら応じる横島―― どうやらタイガーについては認識してないらしい。


 この会話を聞いていたならば嘆きの叫びを上げているであろうタイガーはさておき、奥歯で砂混じりの大きめの苦虫を噛み潰した西条は、食って掛かる横島に半ば諦めの入った表情と口調で告げる。

「……ヨメウルジャイアンズのオーナーが『ウチが優勝を逃した原因はあの“ポチ”とか言う魔族の手先にある』と言って―― 君を告発したんだ」

 ガターン!

 西条に告げられた言葉―― そのあまりのアホらしさに、横島は関西で絶大なる人気を誇る喜劇並みのリアクションでパイプ椅子ごとすっ転んだ。

「アホか――――ッ!!」

「僕にも気持ちは判る!」横島の立ち上がりつつの抗議に対して、西条も珍しく同意した。「しかし、君のクワガタ投手への襲撃事件の時点では6ゲーム差あったゲーム差が、結局昨日の優勝決定の時点では4.5ゲーム差にまで縮まっていたんだ。『もしクワガタ投手がいたら、その登板予定だった4試合は確実に勝っていた。しかも、その中には直接対決が2試合あったのだから、ゲーム差はさらに3乃至(ないし)4は縮まっていた!!』というのがそのオーナー氏の物言いでね。そのためのネガティブキャンペーンを昨日の優勝決定の時からTVや新聞で続けているんだ……このようにね」

 言って、西条は球団の親会社系列のスポーツ新聞を手渡す。

 『ジャイアンズ一同、病床のクワガタに来季のリベンジ誓う!!』
 『ジャイトウの勝利も虚し!クワガタの悲劇から見せた22戦17勝の脅威の追い込み、届かず!!』
 『「ジャイアンズの優勝を潰し、ペナントを白けさせた“ポチ”を許せない!!」オーナー怒りの激白!!』

 派手な大見出しと3面にも及ぶ自チーム礼賛記事で優勝を逃した悲劇のシーズンを締めくくり、4面の隅に『チョーニチ疑問符残るV』と小さい見出しで記したスポーツ新聞が―― 軽妙な音を立てて勢いよく床に叩きつけられた。

「……ちょっと待て!こんなんただのイチャモンやないか!
 それと、このハイペースで追い上げてきたことだけは凄いが、このペースの中には『実力はあっても序列のせいで二軍でくすぶっていた若手の頑張り』っちゅー要素はないんか?」

「聞くなッ!!」
 思わず関西弁で応じながらジト目で尋ねる横島に、西条は何かから目を逸らすかのように怒鳴り声を上げて答えて返す。
「第一僕もバカらしいとしか思えないんだ!普通のチームならあの時点で6ゲーム差あったんだから、ペナントそのものは半ば諦めてでも若手を育成しよう、と考えるのに、いつまでもベテランを使い続けて……しかも、ローテーションの穴を埋めたのも、ライバルチームから取って来たけど使いどころがないまま二軍で飼い殺されていたピッチャーだったし―― 」
 愚痴りながらどこぞにトリップしている西条を、かわいそうなものを見る風情で眺める横島―― その視線に気付いたのだろう、咳払いをしつつ西条は話をすり変える。

「幸い、君が先方の用意したチームとの勝負に応じれば訴えは取り下げる、という話もある。だが、応じなければグループに直接影響ある経済効果として予測していた額である179億円を君に請求する訴訟を起こす、と言って……って、逃げるな――ッ!!」

 西条が説明を続けている最中、横島は取調室のドアノブに手をかけ、逃走を試みていた。
「逃げるわどアホ――ッ!!何でそんなふざけた理由で逮捕された上に、そんな狸の皮算用な額を請求されんといかんのじゃ―――ッ!!」
 そんな理不尽に振り回されるのは雇い主だけで沢山だ!と言わんばかりに精一杯の声を張り上げ、ノブを回す。

 だが、取調室のドアには当然ながら鍵がかかっていた。

「えーい!こうなったら文珠で……」
 開かぬ扉にヤケ気味に口走る横島だが、後頭部に当たる冷たく硬い『何か』にその動きを止めた。

「君は本当に犯罪者になる心算か?まぁ、僕としてもそれはある意味構わないがね」
 懐から抜いたその『何か』を突きつけたまま西条は語る。

「おーけー判った。判ったから落ち着け」
 『……殺られる』野性の本能で悟った横島は、蒼ざめた顔で両の掌を西条に向けたまま向き直る。

 振り向く直前―― 『この後退確定者……振り向いた瞬間にサイキック猫だましでもカマしたろうか?』とも思っていた。
 が、振り返ると同時に視界に映った、自分の頭にポイントされたままの銃口によって、その試みは無駄であるということを改めて悟ったのだろう―― 横島は抵抗の意思はない、という証明を、上げたままの両手を振ることによって示した。

「でも、試合って言った所で、プロと俺とじゃ全然勝負にならねーだろうが。大体何のメリットが―― 」

「……ヨメウルジャイアンズというチームは、日本で一番の人気と歴史を誇っている、というのはいくら君でも知っているだろう?」

「なんか引っかかる言い方だけど、それくらいは知ってるぞ」

 質問への即答を避けられた抗議の意思が多分に混じる横島のジト目を受け流し、言葉を続ける西条。
「その60年近い歴史で、ジャイアンズは多数の人々の念を受けて来た―― このことは霊的にも強い『場』を作り上げることにも繋がるんだ。時折奇跡的な加護をチームに与える守護霊を引き寄せるほどの強い『場』をね」

「……ンなアホな」
 呆れつつ呟く横島だが、その言葉を頭ごなしに否定することなく西条は続ける。
「君の場合、シンパンティーガースの体たらくを見ている限りでは信じられないことかも知れないが、野球を見ていると時々見ることもあるだろう?――神がかった連勝や、『何かが乗り移ったんじゃないのか?』と言わんばかりの奇跡的なファインプレイというものを……?
 オーナー氏が用意しているチームというのは、その守護霊のチームなんだ。
 本物のプロ選手なら間違いなく君に勝ち目はない。だけど、君も霊能力者なら、霊との戦いならば勝ち目はあるんじゃないのかな?」

「……それもそうだな」西条の言葉に頷きかけ―― 横島ははたと気付いた。「……って、ちょっと待て!霊との戦いってことは……負けたらどうなるっ?!」



 横島のその問いに―― 西条は、つ……と目を逸らした。































「……また厄介ごとに巻き込まれてやがんのか、横島のヤローは?」
 その台詞とは裏腹に、三白眼の少年は口調を弾ませる。

 西条からの連絡を受け、ここ―― ヨメウルジャイアンズのホームグラウンド・東京エッグドームに集まった顔馴染のGS連中は、雪之丞を合わせて10人―― うち、彼のようにユニフォームを着用してやる気を前面に出しているのはマリアを含めて7人……残る3人は、突如開催が決まったにも関わらず、ネットや口コミで噂が爆発的に広まったこの試合のチケットを最低五万というボッタクリ価格で売りさばいたことに満足げにほくそ笑む者や、いつものように野球に向かない黒マントを羽織った者、明らかに野球というもの自体を知らないことを窺わせるワンピースのスカート姿でグラウンドに立つ者―― といった具合に、やる気のないことこの上ない風情を見せている。

「でも……横島さんはどこに―― ?」
 青を基調とした真新しいユニフォームを身に纏ったピートが、心配げに視界を左右に巡らせる。

 西条の話では、現時点での横島は『容疑者』であることに変わりはない以上、ひとまずは身柄を拘束されているものの、この試合に間に合うように球場に入るという説明も受けていた。

 だが、試合開始まで残す時間は五分―― いくらなんでも遅すぎるのではないのか?疑問がピートの中で首をもたげた。



 その矢先―― ドーム球場の光源が一斉に落ちる。






















 突如生み出された闇に満員のスタンドがざわめき―― 「……ふ、ふぇ」「きゃー!?冥子さんがぁ――――っ!!」「ちょっと?!こんなタイミングで暴走なんて勘弁して欲しいワケ!」「ミス・冥子から・高いレベルの・霊圧・確認」グラウンドではある種の緊張感が走る!


 と、完全な闇が切り裂かれた。


 闇に包まれたレフトスタンド側のとある一点に投げられた、ピンスポットの灯り。

 リリーフカーが現れるゲートを照らすその灯りが第一に映したものは―― 恐らくはドライアイスのものなのであろう、地を這う白煙の濛々たる白であった。

 この闇が演出だ、と気付いたのだろう―― 闇とともに球場の大半を支配するざわめきが、徐々にその支配権を静寂へと引き渡し始める。

 が、静寂もまた6秒―― 放送事故まで残すところ1秒という絶妙なタイミングで流れた巨大な音―― 大リーグを題材にしたとある映画の『リリーフエースのテーマソング』によって打ち払われた。

 イントロに併せてアナウンスも流れる。
『皆様、大変長らくお待たせいたしました!本日のヨメウルテレビ主催、“ゴーストスイーパーズ対ヨメウルスーパースターズ”スペシャルマッチ!挑戦者……“ポチ”選手の入場です!』

「おいおい……派手な登場だな―― 横島のヤローは」
 本格的なプロ野球というよりは、むしろ格闘技を彷彿とさせる派手な演出とアナウンスに、雪之丞はにやり、と不敵な笑みを浮かべる。

 その笑みが合図となったかのようにレフトスタンド側のゲートが開き、大量の白煙の向こうに車のライトが浮かび上がった。


 無闇やたらとテンションの上がる曲―― そして『ポチー!よくもクワガタを潰しやがったなーっ!!今日は生きて帰れると思うなよ――っ!!』『この人類の敵ー!!』大音量のブーイングと、それと伍する音量の『よーし、今日勝ったら認めたるぞ、ポチ――ッ!』『ジャイアンズにバチ当てたってくれや!頼むで―― !!』『負けたらこらえんどー、わりゃあ!!』多少屈折した声援がBGMとなり、ドームは俄然ヒートアップしていく。








 高まる緊張感を引き上げる一瞬―― 白煙が、巨大な箱型の車によって割れた。























 青灰色と白を中心にした、くすんだ配色とフロントガラス以外の全面に張り巡らされた金網。そして何より、車体の上に配置された赤色灯の赤光が、その正体を明らかにする。

 護送車―― 本来ならばこんな場所ではお目にかかることはないその車の姿―― そして、入場テーマが突然途切れたこともあいまって、球場を包む熱気が―― 緊張感に変わった。

「ふ、古いまんがかね、これは」
 『伏字にしないとマズいだろうか』という危惧と、懐かしさも込みでの呆れた呟きが、唐巣神父の口から漏れる。

 しかし、球場内に充満する突き刺すような緊張感も、横島という男を知る者達が発する呆れの空気も、護送車の中には関係なかった。

「嫌がらせか、これは――っ!!こんな格好で出て行ったりしたら、俺は完璧に悪人やないか――ッ!!せめてティーガースのユニフォームを着させろ――――ッ!!」
 
「仕方ないだろう!あくまでこの対戦は“ポチ”と“ジャイアンズの守護霊”との勝負なんだから、その格好じゃないと受け入れられないに決まってるじゃないか」

「あ、何だてめー?!その嬉しそうな笑いは!?」
 護送車の中からドラムソロを彷彿とさせるかのようなドタバタがおよそ15秒―― ごく短い時間ではあるものの、球場を包み込んだ緊張感が台無しになるには充分すぎる時間であった。

「いいから行きたまえ!生放送中なんだぞ、これはっ!!」

 黒マントとヘルメット、そして、黒地に肋骨を想起させる白い装甲を伴ったボディスーツ―― 所謂“ポチ”時代の衣装に身を包んでマウンドへと転がり落ちた横島のその出で立ちは―― まぁ、なんと言うか……『邪悪』というより他にない。


 だが、恐らくは悠然と護送車から降り立つ西条によって蹴り落とされたのだろう―― 人工芝に転がった横島の姿には『邪悪』という言葉が背負う、威厳というものがまるでない。

 言うなれば、『コントの間抜けな悪役』というべき雰囲気を醸し出している。

「何すんだ、てめーッ!!」そう西条に噛み付きながら立ち上がる横島に―― ブーイングを圧倒する量の笑いが投げかけられるのも無理からぬことであった。



















 









 ―――― ベンベベベン、ベンベンベン!ベンベベベン、ベンベンベン!!
 球場を包む笑いが、三味線の音によって掻き消された。

 横島、そして西条に向けられていたスポットライトが途切れ―― バックスクリーンにスポットが当たる。

 ジャイアンズのユニフォームを身に纏い、三味線をかき鳴らす少年の姿がそこにあった。

「ま、まさか―― あれはっ?!」
 その少年の身を包む背番号4のユニフォームに、驚きの声を上げる唐巣神父。

「知っているんですか、先生?」
 そのピートの言葉に、額に『大往生』の刺青でも彫られているのではないだろうか、というような風情で唐巣は頷いて返す。

「あれはおよそ三十年前……ヨメウルジャイアンズがプロ野球の人気と栄光を独占していた時代―― 俗に言う『栄光のV9時代』の最後の一年に活躍した投手―― 」
 唐巣の言葉と、球場に響くアナウンスとが重なった。

『お待たせしました!ヨメウルスーパースターズ、選手の紹介を致します!
 まずはピッチャー ―― ジャイアンズのマウンドにその生命を燃やし尽くし、そして、死してなおジャイアンズを守り続けてきた伝説の魔球投手……蘇った侍、弁辺勉(べんべ・べん)!
 そしてキャッチャー ―― 勉のボールを取れるのは、世界広しと言えども俺しかいない!もう一人の侍!八幡平太郎(はちまんだいら・たろう)!
 続いてファースト! ―― もはやこの人については説明不要!フラミンゴが飛び、芸術的なアーチをかける……世界のホームラン王!ワンちゃん!』
 アナウンスに併せ、バックスクリーンに腕組みした霊体が一体、また一体と姿を現す。

『サードといえば当然この人でしょう!!ジャイアンズの―― いや、日本球界が生んだ最大のスーパースター!!俺たちは貴方を待ってたホイ!来たか、来たか、来たか……チョーさん!』

 ぅ…………おおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――っ!!!!

 ファンもアンチも関係なく上げられた歓喜と驚きが入り混じった叫びが、地響きのように球場を揺るがした。

「って、ちょっと待て!いいのか?あの『ワンちゃん』だの『チョーさん』だのって……『あの人達』だろ?あの人達って……生きてるんじゃねーのか?」

「前に言っただろう……このチームは『ファンの人々の念が生んだ守護霊のチーム』だって―― だから、V9時代の栄光を知る人たちの念があの伝説の選手達の全盛期の姿を形作っているんだ」

「で、生きてる人すらも守護霊に、か…………マニアの執念ってのは……恐ろしいな」

「シンパンファンの君には言われたくないね」

 並んで言葉を交わす横島と西条―― その冷汗だか脂汗だかは不明だが、少なくともいい汗でないことは確実な汗混じりの会話を遮るかのように、アナウンスは続く。


『そして―― その他大勢っ!!』



 そのアナウンスに、球場のほぼ全体がすっ転んだ。


 
「い、いいのか……それで?」
 起き上がりながら尋ねる横島に―― 「まぁ、『栄光のV9戦士』と言われていても、“あの二人”以外はカキワリみたいなものだったしね」西条はまた酷い台詞で返した。

「あ……泣いてる」
 カキワリ扱いされた五人―― そして、『その他』扱いされた五人の境遇に感情移入してしまったのであろうタイガーががっくりと肩を落としてむせび泣く様に、実に微妙な笑顔を浮かべたおキヌが呟く。


 影の濃淡はさておき、辛うじて立ち直った五体を含めた九つの霊体は、人間ならば間違いなく怪我をするだけの高さを誇るセンターのフェンスを飛び降りると、各々の守備位置へと悠々と向かう。


「お前が“ポチ”かぁ……ジャイアンズに喧嘩を売ったって言うからどんな奴かと思ったけど……人は見掛けにはよらないって事だな」
 九体の守護霊の中の一体―― ピッチャーである弁辺は、マウンドの傍らに呆然と佇む横島に向けて手にしたボールを突きつけ、続ける。
「敵であることには代わりはないけど、お前みたいにでっかい奴に喧嘩を売る奴は、嫌いじゃないからな……いい試合にしようぜ!」

 べべん、べんっ!

 ―― 何故か、グラブ代わりに手にした三味線を掻き鳴らし……高らかに言い放った!






 だが、その声に応じて、横島は声を張り上げる。

「やかましい!急な話だったんだから、こっちの方を優先させろ!!」
 その指先が指し示しているのはアミダクジ……どうやら、今になってやっと打順とポジションを決めているらしかった。

























 『一番、ショート・伊達…雪之丞!』
 アナウンスがドーム球場内にこだまする。

「解説の厄珍さん。この選手について詳しく教えて頂きたいんですが?」

「あー、この小僧についてアルか?ウチで買い物したことない奴になんか知らないアルよ。あんな奴とっとと凡退してしまえば―― 」

 厄珍が発した悪意の混じるコメントを遮るかのように投じられた初球―― スピードガンが示した球速は189km/h!

 『常識なんざぁ、オイラの知ったこっちゃねぇぜ!』べらんめぇ口調でそう声高に主張せんばかりのスピードである。

 
 

 だが、ど真ん中に投じられた剛速球はセンター前に弾き返されていた。



 ほぼ一方的にライバルと目している横島同様、雪之丞もいざとなれば音速の弾丸に反応できるレベルの―― 超一級のGS達の一人である。いかに霊力が込められた剛速球とはいえ、ただのど真ん中の直球ならば、ヒットを打つくらいは容易いことであった。


「―― 打ちましたよ?」
 実況がジト目で尋ねる。
「いやー、惜しいアルなー!絶好のホームランボールなのにヒットどまりとは、実に惜しいアル!この新商品『クロックブースター』を使えば、あの反射神経がさらに伸びて、ホームラン間違いないというのにっ!!」
 刺すような視線などどこ吹く風、と言わんばかりに厄珍は宣伝を続ける。

 ……カメラは放送席に回っていないというのに、御苦労なことである。

 全国放送での宣伝という絶好の機会に燃えまくる厄珍はさておき、打席にはそのメリハリの効いた肢体を、男物の無骨なユニフォームに無理矢理押し込んだ事がありありと判る浅黒い肌の女性が入る。

 『二番、サード・小笠原…エミ!』

「おっと、こんなところに似つかわしくない女性が打席に入る模様ですが―― 厄珍さん?」

「おーおー、エミちゃんアルか?ただのガングロねーちゃんと思ったら大間違いアルよ。アレでいてえげつない呪術の使い手―― むぎょっ!!」
 話題が変な方向に向かう直前―― 半ば作為的、と断ずるに相応しいタイミングで、ファールボールが厄珍のこめかみを直撃した。

「ああっ!?厄珍さん、大丈夫ですか?!」

 ファールボールで厄珍を抹殺することに成功したエミは、この混成チームにおいて唯一リアルタイムで敵チームの現役時代の姿を知る唐巣神父の言葉を思い返しながら、改めてマウンドに立つ亡霊ピッチャーの姿を見据える。

 『彼の投げる球は基本的にストレートだけ―― ただし、スピードはあっても、体重が軽く、身長も低い分球質も比例して軽くなっているんだよ』

 ―― 神父の言うとおり、確かに球質は軽いワケ。

 神通バットで霊力を増幅したことも確かに影響しているだろう。しかし、本来は厄珍の言うように呪術師であり、こういった得物を使っての攻防には本来慣れていないはずのエミのバットコントロールでさえもボールの行く先を正確にコントロール出来たという事実は、神父の言葉の正しさを証明することになった。


「恐らく、彼が本気になる―― 球質の軽さを補うために編み出した魔球を使うのは、ライバルと認めた横島君に対してだけだろう……私達があのメンバーに勝つには、横島君以外のメンバーが重要になってくるはずだよ。
 一・二・三番の君達には特に負担がかかるかと思うが―― 頼んだよ」

 アミダクジの結果、控えに回ったことに加えて、相手チームへの知識を持っていることもあり、自然と監督の役割を担うことになった唐巣神父の言葉に、一番に座った雪之丞は『じゃあライバルと認めさせてやろうじゃねぇか』と憤慨しながら語ったが、エミはそこまで熱く考えてはいない。

 無論、負ける心算は毛頭ない。『横島さんを助けてください!』そうピートに頼まれてこの勝負に臨んでいる以上、全力は出すことには違いないし、ライバルである美神との意地の張り合いを見ても判るように、勝負事に関しては手を抜くこと自体ありえない。

 ただ、相手が全力で勝負にこない、ということに憤慨してもどうしようもない。いや、むしろ相手が横島との対戦まで魔球を温存し、全力を出さないという『隙』を見せるのであれば、その隙を遠慮なく突くのが基本である。

 大きく振りかぶった弁辺の右腕から、第二球が投じられる。

 同時に爆発的なダッシュを見せた雪之丞を視界の右端に捉えたエミは、神通バットに霊力を注ぎこむことで集中した霊力に一点の開放点を与える。

 圧縮された霊力に一定方向の――右方向への流れが生じた。あとは、バットに接触したボールをその霊力の流れに乗せるだけ―― 。

 キン!!

 金属同士が打ち鳴らされるかのような甲高い音が生じ、雪之丞の走塁に対してベースカバーに動かざるを得なかった二塁手の動きをあざ笑うかのような右方向への流し打ちが、一、二塁間を真っ二つに切り裂いた。

 除霊においても技術に長けたエミらしい、技巧を凝らしたヒットエンド・ランであった。

 GS達の混成チームが伝説のV9戦士―― の姿をした守護霊を相手に初回からノーアウト一、三塁のチャンス……その事実はこの『ポチと愉快な仲間達』という印象でしかなかったこのチームが、思わぬ強豪であったのではないか、という認識を観衆に徐々に与えだす。

 ましてや、続いて打席に立つのが金髪碧眼の外国人バッターならば、驚きから生み出されたざわめきが『何かをやってくれるのではなかろうか』という期待のこもったどよめきへと変化するのも無理もないことであった。

 『三番、レフト・ピート!』
 故に、場内アナウンスがその名を告げたその時、観客のおよそ半分から鳴り物混じりの歓声が沸きあがったのも、当然といえよう。



 だが、その高揚した声援を受けた上でさらなる力へと変化させるのは、何もその対象ばかりではない。

 相手にかけられる声援が大きければ大きいほど、力を発揮する者も、ごく少数ながら存在する。そして、生前のジャイアンズ入団に至る経緯が『日本一でっかい球団であるジャイアンズを内側からぶっ倒す』というものだった、反骨心の塊のようなメンタリティを持つ“弁辺勉”というピッチャーもまた、その数少ない存在であった。

 べべべんっ!
『へへっ……すげぇ声援だなぁ!
 ポチだけかと思ってたけど、まさか、コメリカ大リーグの選手とこんなところで対決出来るなんて思わなかったぜ』

「い……いや、僕はイタリアの――」

 べんっ!
 ピートの否定の呟きを掻き消すように弁辺は三味線を掻き鳴らし、さらに言葉を紡ぐ。
『消耗が激しいからポチまで取って置きたかったけど……コメリカ大リーグの選手を相手にするってんなら仕方ねぇよな!
 ―― 行くぜ! 大・跳・躍ッ!!』

 言い放つとともに投球モーションに入った弁辺―― その軸足であるはずの右足が、地を蹴った。

 助走無しの片足跳躍―― だというのに、その高さは優に10メートルを超えていた。

 最高点に到達するとともに投じられた速球は、重力を加算することでさらに加速しており、スピードガンによる表示は―― 213kmを示した。

 鳴り物入りの声援を上回る衝撃音が、ミットから伝わる。

 常識からは考えられない高角度から投じられたことにより、通常のスイングの軌道では捉えることが出来ない球筋を描いた『大跳躍魔球』の球威が桁違いのものである、ということを示すには、充分すぎる音であった。

 その音……そして、フルスイングであえなく空振りしてしまったピートの姿に、消沈していたジャイアンズサイドの応援が一気に盛り上がりを見せる。

 ―― クワガタと同じようにマウンドに立ち往生で散った弁辺が、外国人を圧倒している。

 ドーム球場に嵐のように沸き起こる声援に、唐巣は愛弟子にアドバイスを送るべく、タイムをかけようとした―― その時。

「当てろ、ピート!!当てて転がしさえすれば、俺がどうにかしてやる!!」
 三塁上で鋭い眼光とともに叫んだ雪之丞のその一言に、唐巣はタイムをかけることを思いとどまった。

 大跳躍魔球……跳躍することによって重力を味方にすることで軽い球威を克服すると同時に球速を増し、急角度をつけることで当てることも難しくする魔球であることは先に述べた。

 しかし、それらの利点を生み出すための跳躍こそが、弱点とも隣り合わせになっている。

 ジャンプによる滞空時間がこの魔球は―― ピッチャー前のバントに弱いのだ。


 無論、雪之丞をはじめとしたメンバーの大半は『V9時代』といわれてもピンと来ることはない。

 なんといってもジャイアンズがV9を達成したのは26年も昔のことであり、唐巣以外のメンバーは当時まだ生まれていないか、物心がついていない。もしくは、極東の島国である日本とオカルト後進国のコメリカで盛んな野球という競技そのものに接点を持つことがなかったのだから仕方ない。

 にも関わらず、雪之丞は相手の投げ込む魔球の弱点を直感的に感じ取り、ピートにアドバイスを投げかけることでこのチャンスを活かそうとしている。

 的確に勝負所を嗅ぎ分ける卓絶した勝負勘、そして、自分達で何とかしようという、若者独特の前向きな強い意思に対して、タイムをかけることで水を差すことは避けるべき―― そう思い直した唐巣は微笑み、ベンチに腰を下ろした。


『いろいろ考えているみたいだけど、捻じ伏せてやらぁ!もう一球行くぜ……大・跳・躍っ!!』
 叫びとともに再び背番号4が宙を舞う。

 加速しながら急角度で襲い掛かる剛速球をフルスイングで捉えることは、確かに難しい。

 だが、結局は直球である。しかも、風の影響を受ける野外ならば兎に角、空気状態が安定しているドーム球場ならば、その球道に歪みが生じることもない。

 つまるところ、球筋さえ判ればその軌道にバットを『置く』こと自体は難しくはないのだ。

 神通バットを通して、ピートの両手に衝撃が走った。

 瞬間―― 霊力が上乗せされたボールの威力と神通バットに圧縮されたピートの霊力とがスパークし、空気が白熱する。

 バットを押し戻そうとする圧力は強い―― が、その圧力を押し返すだけの強い意志の力が、ピートの瞳に宿っている。

 ―― 『当てて、転がしさえすれば、俺がどうにかしてやる』
 ポテンシャルは高いものの、野球を見たこと自体昨日が初めてというど素人であるピートの重圧を払いのけるために、平易に、そして簡潔に言い放った雪之丞の意気が、ピートに霊圧に打ち勝つだけの力を与えていた。

 振り抜かれたバットは、ボールを三塁線へと運ぶ。

 撓めた両足のバネを解放し、完璧なスタートダッシュを切れている。バウンドも確認した。先制点を確信して、思わず声を上げた雪之丞が、驚愕に目を丸くする。

「よし!これで……い…って―― ?!」

 自分に―― 三塁方向に目掛けて神通バットを持ったままのピートが走ってくるのだから、その驚きも仕方ないだろう。

「馬鹿野郎!バットは捨てて向こう側だ、向こう側!!」

「えっ?!向こう?」
 戸惑いとともにバットをその場に放り捨て、一塁方向へと向かうピート。

 しかし、指示通りにしているとはいえ、全力疾走中に足下にバットを放り投げられた雪之丞はたまったものではない。

 転がったバットに脚を取られ、ものの見事に転倒する!

 残す距離、3メートル―― あと三、四歩も走ったところで転んだならばそのままの勢いで到達出来たであろうホームベースに辿り着くことが出来ぬまま、雪之丞……タッチアウト。

 ピートもまた、規定の走塁コースを離れたことで既にアウトを宣告されており―― 結局、無死一、三塁という大チャンスは瞬く間に二死二塁―― あまりにも間抜けな『ダブルプレー』であった。






「アホかー!?あんなバケモン相手に、俺にどないせーっちゅーんじゃーっ!!」
 そう叫び、続いて打席に立つのは――『四番、ピッチャー・“ポチ”!』―― アミダクジの結果、実にナイスなポジションと打席を割り振られた横島であった。



 青褪める横島と、マウンド上から見下ろす弁辺に球場全体が注目する。



 と、思いきや―― 突如三塁側ベンチに切り替わったカメラが、電卓片手になにやらトリップしている亜麻色の髪の美女を映し出していた。



「うふふふふふふ――『56,000×最低でも50,000』だから――うふふふふふふふ」あちら側にトリップしているところでカメラを向けられた美神が……はたと正気に戻って呟く。



「え……続くの?」


 ―――― 続くのであった。

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