ザ・グレート・展開予測ショー

栄光の手・目覚めの時!(5)(終)


投稿者名:aki
投稿日時:(06/ 9/ 5)


「くっ、横島クン! 聞こえてる!?」

令子とシロ、タマモの三人は横島へと注意を向けながらも、それぞれ自分に向かってきた触手を迎え撃つ。
しかし、触手へどれだけの痛撃を加えようと、切断する事はおろか、傷つける事すら容易ではなかった。
シロが触手を霊波刀で弾き、切り伏せても、僅かに傷が付く程度では到底敵を倒すには至れない。

目の前の敵である御神体は想像を超えて強く、横島も倒れた。
そして彼は今、御神体を間に挟んだ向こう側にいる。

状況は悪いが、しかしまだ最悪ではない。
令子は冷静に判断し、状況を改善する為に動いていた。

「先生っ! よくも!」

令子は、激昂し御神体へ向けて飛び出そうとするシロへと素早く指示を出す。

「シロ、横島クンを確保! とにかく撤退するわ!
タマモはシロを援護! 私は敵を引きつける!」

「くっ…承知!」

「了解!」

令子は囮になるべく、霊力を全開にして神通棍に流し込み、鞭状に変形させたそれで
赤く光る目の部分を強かに打ち据えた。
しかし、いかにも弱点に見える部位を叩いたというのに、瞬きすらしない。
そもそも目蓋があるのかないのか、それもよく解らなかったが。

しかも令子が霊力を全開にしているというのに、触手は彼女に構う事なく向きを変える。
後方へと回ろうとするシロとタマモを餌食にしようと触手は這いずり、二人の後を追う。

「敵の注意を向けることすらできないっていうの!?」

さすがに横島との「修行」の成果なのか、シロもタマモも見事に触手の動きを見切っている。
シロは霊波刀を見事に扱い、捌き、打ち込みながらも徐々に前へと、横島の方へと進んでいく。
タマモは狐火を手の平に集め、それを盾のように用いて自らに向かってくる触手を弾きながら
遠距離からシロに狙いを定める触手が充分な加速を得る前に狐火を放ち、動きの基点を止める事で
シロの動きを助けていた。

タマモの幻術は効果が無いようだが、自由自在に動き回る多数の触手を相手にしながらも
二人とも身体を触れられる事はなかった。

だが、触手を回避し、捌いているだけではどうしても決め手に欠けていた。
少なくとも、横島を救出して後退するためには手数が足りなかった。


その時、ピュリリリリ、と笛の音が戦場に響く。
どの程度笛の音が通じたのかはわからないが、無数にひしめく触手の動きがわずかに鈍くなる。

おキヌは全力で走りながらも、器用にネクロマンサーの笛を奏でていた。

「横島さん! どうして!?」

令子の隣まで来ると、呼吸を鎮めつつもまず当然の疑問を発した。

「大丈夫、生きてるわ! それよりおキヌちゃん、今までどこに!?」

「ホテルの人に、避難するように伝えてきました!」

言うと共に、令子の前へと進んでいく。そして、再び笛を構えた。

「下がって! おキヌちゃん、撤退の準備を!」

「待って下さい! 御神体が、神様が怒っているんなら、私が鎮めてみせます!」

そう強く宣言するおキヌの目には迷いは無かった。
響くネクロマンサーの笛の音が、鋭い霊波となって御神体へと接続されていく。

しかし、悪霊はもとより、言葉を持たない妖怪などとも意思疎通が可能なはずの笛の力でも
何故か全く理解できなかった。
ごくわずかだが、こちらからの命令―というよりは、お願い―が入力されている手応えはあるのだが
それは意思疎通とは言えない。
意志疎通が行えない事実から、おキヌは一つの結論に辿り着く。

「美神さん、これ、神様でも、魔物や生き物でもありません!」

「なんですって!? まさか、ゴーレム…いや、兵鬼ね!」

令子は素早く計算する。

どういう事情かは知らないが、この御神体は起動条件を満たした為にここに居る。
その出自も、行動原理も不明だが、起動条件があるなら停止条件もある。
恐らくは、全て停止する為の緊急用停止方法くらいはあるはずだ。

今は、とにかく横島を救出しつつ退却するのが最優先。
しかし、この状況では停止条件を見つけない限りは退却もできない。
悩んでいる暇などはない、どうするか。










〜栄光の手・目覚めの時!(5)(終)〜










しかし、謎の兵鬼…御神体は令子が思考を編み上げる隙を許さなかった。
先の笛の音に脅威を感じたのか、他の理由か。
おキヌへと矛先が向いたのである。

「きゃあ!」

「精霊石よ!力を!」

おキヌが前方へと倒れ込むようにして触手を回避すると同時に、令子は精霊石の力を解放し
それを平面上にして前方の空間に叩き付けた。
精霊石に込められた膨大な霊力は、物理的な圧力をも伴って触手の群を押し返す。

「おキヌちゃんは下がって! 一定距離を保って、できるだけ遠くから笛で干渉して!」

恐らくは、ネクロマンサーの笛といえども、せいぜいが御神体の触手を少々鈍らせるだけ。
それでも、この状況下で貴重な戦力を有効に使わずにどうするというのか。

おキヌは指示に従い、海岸から少し離れた小高い丘へと後退しながらも笛を奏で続ける。

全体を俯瞰する位置に立ったおキヌからは、徐々に追い詰められていく令子の意図がよく理解できた。
明らかに、横島救出に向かうシロとタマモをサポートする意図を持って動いていた。
しかし、これでは令子が触手に囚われるのは時間の問題だ。
シロもタマモも、横島まであと数メートルの位置まで来ているが、人一人抱えて離脱する余裕が
あるようには見えない。

(お願い、みんな、頑張って! 御神体さん、気を静めて海へ戻って!)

敵の正体が何であれ、御神体として崇められていたのなら、祈りに応えてくれるかもしれない。
そんなか細くも、切実な祈りを込めておキヌは笛を奏で続けた。

しかし、祈りは通じない。
むしろ、横島を助けようとする意図が御神体に伝わってしまったのか。
倒れていた横島の身体が、再び触手に絡め取られていく。

「横島クン! あっ」

そして偶然か、それとも狙ったものなのか。
砂地へと突き刺さった触手が砂を巻き上げ、砂から一瞬顔を庇った令子の足に
砂地の下を潜った触手が巻き付く。
たかが一本の触手だが、令子の身体を持ち上げ行動不能に陥らせるには充分だった。

「美神殿!」

慌ててシロとタマモが駆け寄ろうとするも、令子はそれを押しとどめる。
そもそも、触手に阻まれて近寄る事は困難だったが。

「あんたたちは逃げなさい!」

リーダーたる自らまでも捕らえられては、最早どうにもならない。
そんな諦念などおくびにも出さずに、令子は叫んだ。

「横島クンの事は、私が必ずなんとかする! だから、今はみんな逃げて!」

(いやですっ)

ネクロマンサーの笛の音を通して、おキヌの意思が伝わってくる。

「おキヌちゃん…」

(横島さんを見捨てて…美神さんまで置いていくなんて!)

「シロっ! 触手の根本へと取り付くのよ! 行けぇっ!」

タマモが、これまでにない巨大な火球を自らの頭上に生み出した。

「タマモっ! 拙者はそれに乗って、懐へと切り込む!」

シロはタマモに接近しながら足に霊力を集中し、火球の上へと飛び乗る。

タマモによって制御された火球はシロを燃やす事もなく、凄まじい速度で御神体の下半身へと
着弾し、爆発した。

火球が爆発する直前に、シロは高く跳ね上がり、触手の根本、御神体の口元と思しき所へ向けて
渾身の力を込めた霊波刀を大上段から叩き付ける。

「シロっ! なんて無茶な事を!」

令子はなんとか触手から逃れようと身をよじるが、地面から離されていて力が入らない。
そうこうしているうちに、未だ気絶したままの横島とまとめて全身を拘束されてしまった。
神通棍を握っていない左手はわずかに動かせるが、イヤリングにしている精霊石まで手は届かない。

しかも、令子の服は破れ、上半身はほぼ剥き出しにされてしまっている。
幸いにして、御神体の触手はそれ以上怪しい動きをする事はなかったが
素肌の上をくねる触手は、魔物に慣れた令子といえども耐え難い感触をもよおした。

シロは必死になって、触手の根元部分、御神体の口元へと霊波刀で何度も斬りつける。
タマモはシロへと群がる触手を狙って狐火を浴びせ続け、彼女の背中を守る。
しかし二人の息の合った奮闘も虚しく、結果としてはシロの退路まで失われただけで
状況はかえって悪くなったも同然だった。
それでも、仲間を守りたいと必死に抵抗する女性達によって、どうにか御神体の猛攻を押し止めていた。

状況は最悪ながらも、それでも膠着状態に陥ったその時、海を割る影が現れる。
目の前にいる御神体と同じ、巨大なオウム貝のような姿が、二体。

「な、なんと! くっ、先生、申し訳ござらん!」

シロは自らに迫る触手を払い除け、触手の根元への斬撃を緩める事なく戦い続けるも
さすがにその表情には陰りが見える。

「これはもう、駄目かも知れない…」

同じく、休まずに火球を生み出し続けるタマモのごく小さな呟きが、何故か皆の耳に届く。

「こんなところでこのまま終わる訳には…! なんとか横島クンの意識を戻さないと!」

運良く、と言うべきか。
触手に囚われた令子の間近に、横島も居る。
視線を横島の身体に向けると、横島の握られたままになった拳からわずかな光と霊波が
漏れている事に気がついた。

横島の手には、発動前の文珠が握られていた。
込められた文字は、【治】。

「…! これなら! お願い、届いて!」

必死で左手を横島へと伸ばす。
しかし、ギリギリで届かない。

令子は、残された霊力を全身から一気に放射する。
エミの霊体撃滅波ほどではないが、強力な霊波に押され、一瞬触手の拘束が緩んだ。

「うっ。後は、頼んだわよ、横島クン…」

触手を蹴り、横島に飛びついた令子の指先が横島の握られた手に届く。
令子が発動した文珠から生まれた治癒の光が、横島の全身を包み込んだ。

(お願い、横島さん! 目を覚まして!)

おキヌの祈りを込めた笛の音が、横島の覚醒を促していく。

「…あ、あれ。痛ててて。…ん、ここここ、これはっ!!」

文珠一個では完治はせず、痛みに呻きながらも意識を回復した横島がまず感じたもの。
自らを拘束する触手よりも何よりも、目の前を塞ぎ鼻の穴すらも塞ぎかねないフカフカのもの。

横島は、令子の剥き出しになった乳に、自らの顔が埋まっている事を発見した。

「おお、おおおおおおっ!! いいぞ、いいぞ、でかいのもいいぞぉぉぉぉ!!」

横島は新たに文珠を生み出し、念を込めて力を解放する。
込められた文字は、【反】。
横島と令子を拘束していた触手は跳ね返され、全く近寄れない。
御神体の触手に対し、斥力を及ぼしているかのようだ。

同時に、栄光の触手を瞬時に展開する。
栄光の触手と文珠の同時使用は出来なかったのではなかったのか。
そんな疑問など、どこ吹く風。むしろ全身から、突風のように霊力が吹き上がっていた。

さすがの令子も霊力を消費しきった今、横島に突っ込む元気もない。
それよりも、令子は横島の手へと注目していた。

栄光の触手はこれまでにない強い輝きを見せ、その宝玉にはくっきりと瞳が見える。
そして、触手の太さも倍増し、令子の目ですら追えない程の速度で動いている。

見れば、横島の手にはさらに新たな文珠が作られていた。
込められた文字は、【速】。

「す、すごい…」

声もなく横島を見ていた令子が、やっと発した言葉はそれだった。
既に、シロは御神体の懐からは離脱しており、タマモと共に横島の後ろへと下がっている。
横島の触手により、御神体の触手が守備に入ったために離脱する隙が生まれたためだ。

人狼の身体能力ですら追い切れない速度で操られる触手を前にしては、さすがのシロも援護もできない。
シロとタマモは視覚以外の感覚も鋭敏だが、それらをもってしても捕捉できなかった。

銀色の触手はわずかながらも栄光の触手に切り裂かれ、そこから青い血をまき散らし、のたうち回る。
それを押さえつける横島の触手は、青い血を塗りつぶすかのように強く輝いていた。

「横島さん、このまま倒せそうですか?」

いつの間にか笛を吹くのを止めて、横島の後ろに寄り添うように立ったおキヌが質問する。

「いや、どうだろう。御神体の触手は固くてなかなか切り裂けないし、甲羅はもっと固いし。
倒すとなると難しいんじゃないかな。
文珠も、さすがにあと二個くらいしか同時には使えないし、それで倒せなかったらアウトだ。
しかも、ほら、あれじゃあね」

【反】と【速】の文珠を左手に握ったままの横島が、顎で御神体を示す。
そこには、新たに現れた二体が、元居た一体と合流し、触手を壁のように展開する姿があった。

「いい、横島クン。敵はどうやら、兵鬼よ」

令子は剥き出しになった胸を、破れた服を無理矢理巻き付けて隠しつつも指示を出し始めた。
霊力を出し尽くした後遺症からも立ち直ったようだ。

「兵鬼って事は…あの御神体は逆天号みたいに、半分機械みたいな奴ですか?」

「そう、何故起動したかはわからない。
でも、どこかに停止スイッチみたいなものがあるかも知れない。それを探るのよ!」

「わかりました!」

横島はさらに、新たな文珠を生み出す。
込められた文字は、【分】。

横島の触手が、先程よりも細い親指程度の太さに分裂し、一気に数を増やす。
その数は、恐らくは50本程度。
さすがに御神体三体分の触手に比べれば数はかなり劣る。
しかし文珠の力を借り、先程からの威力は変えずに数を増やした金色の触手は
壁のように迫り来る膨大な数の銀色の触手を押し戻していく。

そして御神体の甲羅の隙間、触手の根元、あらゆる箇所に金色の触手が潜り込んでいく。
まさに、触手が触手を蹂躙していた。

「…ん、これだ!」

そしてついに、横島の触手が、御神体の口元から何かを引き出す。
それは明らかに、他の触手とは形状が異なっていた。
ひときわ長く、また先端は三つ叉になっている。

「あの交接腕みたいなのから多分アクセスできるわ!
いい、横島クン、それを通して念を送りなさい!
おキヌちゃんも、あの触手をターゲットに笛を吹いて!」

横島は目を閉じ、集中を始める。
それを見て慌ててシロとタマモが前に出ようとするが、金色の触手の動きは衰える事はない。
自らの触手の大半を防御に回しつつも、交接腕と思しき一際強く銀色に輝く三つ叉の触手へと
意識を集中していった。

栄光の手の籠手部分にある心眼も、輝きを増していく。
横島の脳裏に、御神体の霊力分布が浮かぶ。
明らかに、今捉えている交接腕へと霊力の流れが集中していた。

「…当たりです! これが、コントロールキーになってます!」

「よし! そいつを何とかして、止まるように命令しなさい!」

おキヌも再び笛を構え、交接腕へと念を飛ばす。

横島も、強く、強く念を込めていく。
そして、同時にコントロールできる限界の、最後の文珠に念を込めた。
込められた文字は、【操】。





「…あれ?」

唐突に、全ての音が消えた。いや、海岸に打ち寄せる穏やかな波の音以外、消えた。
令子が御神体を見ると、新たに現れたものも含め、全て動きを止めている。

「もう、大丈夫みたいです」

おキヌは、いつの間にか笛を吹くのをやめていた。
御神体の触手は、令子たちを取り囲んだままであったが、動く様子は無い。
しかし、動きこそないものの、徐々にその輝きを変えていく。

「これは…何?」

銀色の輝きを見せていた触手は、完全に色を変化させ、今や金色の輝きに包まれていた。
その触手が、ゆるやかに、優しげに横島へ触れていく。

「先生、危ない!?」

「大丈夫だ、シロ。もう、こいつらは俺の言う事を聞く。よく見ておけ」

シロがその触手を払い除けようと動くが、横島はそれを抑えた。

横島の、とりあえず動ける程度に回復しただけの傷ついた身体が、金色の触手に包まれていく。
そして、皆の目に、どこかで見たような光景が映し出される。

金色の触手が、天を衝くように先端を揃え、まるで地面のように横島の身体を支えている。
その上を歩きながら、横島は歌うように呟きだした。

「ま、まさか…そんな…」

令子は、目の前の光景が信じられなかった。
聞きたくない。横島の歌など聞きたくない。

いや、横島の歌は上手い。
アカペラ風に、BGMまでアレンジしている気合の入りようだ。
しかし、それとこれとは話が別だった。

「あ、先生の歌は…そうか、この前テレビでやってたあの映画でござるな!」

妙に目をきらきらさせたシロが、5メートルほどの高さで両手を広げ、踊るようにしながら
歌い続ける横島を見つめていた。

「ああああ。シロ、それ以上言っちゃあ」

「そっか。横島さんが伝説の…くすくす」

「おキヌちゃんまでっ!」

令子の突っ込みも虚しく、おキヌまでも同調してしまう。

「横島、これがやりたかったのね。化け物の血も青だし。あ、目の色も青くなってる」

タマモも、どうやらテレビで放送していた映画を見ていたようだ。

「そりゃ、あの巨大昆虫も使っていたけれど、でも、だからといって」

令子も幼い頃から何度か見た覚えのあるアニメ、そのワンシーンがこの場で再現されるとは。

ひとしきり遊んで満足したのか、横島は地上に降り立つ。
そしてまたしばらく目を瞑っていた。すると、三体の御神体は静かに海へと進み始める。

「おまえたち…怒っていただけなんだな…さあ、海へお帰り」

「触手で思い出を穢すなぁ!!」

令子の叫びが、木霊した。





沖合に至るまでは、御神体は海面から顔を覗かせていたが、そこからは急激に深くなるのか
完全に姿が見えなくなってしまった。

それらを見送りながら、皆は砂地に座り込んでいた。
御神体の姿が見えなくなると同時に、タマモが疑問の声を発する。

「それで、結局あいつら何だったのよ? あれを制御しちゃった横島にもわからない?」

「うーん。古代神を崇める古代人が作った兵鬼だったんじゃないか?
内部の記録とか、そういうのにほとんどアクセスできなかったからよく判らないけどな」

なんだか気持ち悪い半魚人みたいなのが崇めてるシーンが頭に浮かんだけれど、という横島の
呟きを聞いた令子には、正体は把握できた。
さすがに口に出すのも憚られるので黙ってはいたが。

「では、御神体という話は間違いないのでござるな。それが何故、あのような事に?」

「海底を荒らす人間が原因…半魚人さんに聞いた話によると、そういう事情があったらしいです」

「誰かが何かしたのか、それとも神様に相応しく、環境破壊に怒ったのか。
他にも何か要因があったのか。その明確な答えは出せないわ。気にしないでおきましょう」

シロの疑問にはおキヌが答え、令子はそのまとめに入った。

「でも、待って。もしかしたら、あれの起動方法を知っている奴が居て
そいつが起こした騒動なのかも知れないって事でしょ? 今後は大丈夫なの?」

「タマモの言う通りね。で、横島クン、あいつらはもう大丈夫なのよね?」

「はい。俺の命令以外は聞かないようにしましたし。
元居た所に戻り、以後は完全に機能停止して勝手に再起動するな、と命令しましたから」

「そっか。ちょっともったいない気もするけど、見た目があれじゃあねえ」

「…美神さん、いくら俺でもあんなの使いたくないっすよ」

「あは、あははは。冗談よ、冗談。さ、ホテルに戻りましょ。
ホテルの人に、避難解除してもらわないとね」

とりあえず、今は生きて帰れた事を喜ぼう。
だが、あのような敵が出てきたような場所は、もう除霊実習には使えないかも知れない。
それらを判断し、代わりの場所を見つけるなりの対応を行うのは六道の仕事になるだろう。
そんな事を思いながら、令子は皆を引き連れてホテルへの道を駆けていった。










「はい、横島さん、どうぞ」

「ああ、ありがとうおキヌちゃん」

おキヌが皆に茶と茶請けを出して、居間で寛ぐ、美神除霊事務所の平和な午後。
横島とおキヌは先の依頼を片付けたその数日後も、依頼開始前と変わらない
ほんのりと甘く、落ち着いた雰囲気に包まれていた。


「拙者は、部屋に戻るでござるよ」

お茶とお茶菓子をいつもよりも素早く平らげたシロは、そう言って立ち上がり部屋へと戻っていった。
そのすぐ後を、タマモも追いかけていく。

屋根裏部屋のドアを閉めた後、窓の外を眺めているシロへと声を掛ける。

「ねえ、まだ悩んでるの?」

沈黙が続く中、タマモはシロの答えを待った。

「タマモ。拙者は、決めたでござるよ」

振り返り、語り出すシロの顔は明るい。
タマモはどこかしら安心しつつも、先を促す。

「どうするの?」

「拙者は…思う通りにするでござるよ。
お主の言う通り、勝負がついた訳でもござらん。
先生が拙者の魅力に気がつくように、努力するでござる」

「この前海岸で言った事は、参考にしてくれた?」

「お主にも言われたが、人間社会は、結婚したとしても終わりではない。
大昔から離縁する夫婦なんていくらでもいる。しかも、結婚すると決まった訳でもない」

「そうね」

「そして、拙者は先生に大切に扱われている。
このような言い方は好まぬが、付け込む隙は、いくらでもある」

「そうよ」

「それに、狼の狩りは、簡単に獲物を諦めることはない。
必要とあれば、隙あらば、おキヌ殿から先生を奪う。そう、決めたのでござる」

「決心したのね。なら、具体的にどうしていくかは、私も一緒に考えてあげるわ」

相槌を繰り返したタマモは、最後に力強く肯き、協力を約束する。

「感謝する。頼りにしているでござるよ、タマモ」

協力するのは本当だ。これで、まだまだ楽しめる。
あるいは、あわよくば、横から…
いや、私は参加などするものか。傍観者だから楽しめるのだから。
役者の一人になってはいけない。

タマモは、女の戦いを外から見て楽しむ姿勢を貫く事を、自らに言い聞かせていた。

ピクッ、と何かに気がついたシロは、窓へと近づいていく。
屋根裏部屋の窓の下、手を取り合って事務所から駆け出していく横島とおキヌの姿を
無言のまま眺めていた。





一方その頃、甘い雰囲気の中に残された令子に、さらなる棘が突き刺さっていた。

「シロちゃんもタマモちゃんも、行っちゃいましたね。
ね、横島さん、今日は私が修行に付き合いましょうか?」

「ん、じゃあ今日はおキヌちゃんにお願いしようか。
それじゃ美神さん、何かあったら携帯に連絡下さい。行ってきます」

「失礼しますね」

言うが早いか、令子が声をかける間もなく二人は部屋から出て行ってしまう。

「ちょっと、あんたたちっ…はぁ」

令子は仲の良い二人の姿を見て、つい溜息を零した。

何故かふと、おキヌが記憶を取り戻した夜の事を思い出す。
あの時、横島に背負われて眠るおキヌに向けて、自分はなんと言ったか。

「……ま、いいか」

だからといって諦める訳ではない。
しかし、正面から戦う事などもしない。
宣戦布告などは以ての外だ。
美神令子らしく、欲しい物は自分の力で獲得してみせる。

それは奇しくも、シロの決断と同じものだった。

「それに、私の胸を穢した責任は取ってもらわないとね」

令子もまた、窓の外を見つめる。
そこには、手を取り合って事務所から駆け出していく横島とおキヌの姿があった。





ここ最近の修行に用いている、事務所から離れた所にある公園。
今日は横島とおキヌのみが、そこに居た。

横島の手から、緑色に輝く栄光の手が発現する。
その指の部分が一瞬で伸び、自在に動く五本の鞭のような形状へと変化する。
それに伴い、栄光の手全体が金色の輝きに包まれていく。
栄光の手・触手バージョン、略して栄光の触手が姿を現した。

「いつもは、シロもタマモも触手を防いだり避けたりしてるんだけど、おキヌちゃんはどうしようか。
ネクロマンサーの笛で干渉してみる?」

「はい、それで頑張ってみますね」

「んじゃ、笛を吹いてみて」

ピュリリリ、と音が広がる。
音は霊波へと変換され、それと同時におキヌへと向かう触手へと霊波が接続されていく。
おキヌの想いが、霊波の繋がりを通して伝わってきた。

(そういえば、でかいのもいい、とかなんとか…この前叫んでいませんでしたか?)

「な、なんのことかなぁおキヌちゃん。ははははは」

触手の動きを阻害する意思も乗せられたその霊波に、触手の動きも、思考をも止められてしまう。

(くすくす。今は、私に集中して下さいね)

「言われなくたって。色々と思い出すだけで、こうなるんだしね!」

その台詞と共に、横島の身体から膨大な霊気が立ち上っていく。

(ええ。もっと、夢中にさせてあげます。私だけしか見えないようにしてあげますからねっ)

おキヌの意思に答え、横島は気持ちの良い笑顔を浮かべながら、さらに霊力を高める。
それは猛烈な風となり、おキヌの身体を揺さぶっていく。

「きゃっ、やんっ」

霊波の風に押され、おキヌはバランスを崩し笛を取り落としてしまう。
そこに触手が殺到し、瞬時におキヌの全身に纏わりつく。

「あっ…横島さん…」

おキヌの口から吐息が漏れる。
おキヌは最初から全身の力を抜いており、抵抗をする様子すら見せなかった。
触手から放たれる横島の波動を全身で受け入れるおキヌの目は、すっかり潤んでいた。

そして「修行」は、一時中断となった。










休憩後、二人は修行を再び始めようとしていた。

「ふぅ。おキヌちゃんも、そろそろ大丈夫かな? 仕切り直してもう一度、やってみようか」

「…は、はい。そろそろ…。でも、今度は簡単に捕まりませんよ。えいっ」

かけ声と共に、蕩けるような疲れの残る身体から幽体離脱するおキヌ。
おキヌの幽体は、空中を自在に駆け回る。
その速さは、シロの突撃にも勝るとも劣らない。

先程から継続して行っていた修行等々の疲れなど、全く感じさせない動きだった。

「甘い、甘いよおキヌちゃん。あの時の戦いを見ただろうに」

おキヌの尋常ではない機動を見ても、横島は不敵に笑うだけだった。

「横島さん、文珠を使うのは反則ですよっ。それじゃ修行になりません」

おキヌとしても、これを修行と言い張るのもどうかとは思うが、文珠を使ってしまっては
触手の修行としては不十分なのは間違いない。

「大丈夫、使わなくても…ほい、この通り!」

一度コツを覚えた為であろうか。文珠の助けも必要とせず、分裂していく栄光の触手。

最初こそ、戦いの最中に文珠の助けを借りる事で分裂が可能となった触手は
今や横島が自身の力で分裂させ、かつ完璧に制御していた。
膨大な数の触手が、おキヌの幽体を四方から取り囲み、一気におキヌへと迫っていく。

「きゃあああああ、いやあぁぁぁ…あっ♪」

おキヌの、まさに絹を裂くような悲鳴は、どこか嬉しそうにも聞こえるものだった。










(完)

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