ザ・グレート・展開予測ショー

たからもの


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(06/ 9/ 5)







 軽やかなリズムで口ずさむ歌声は、それだけで美神除霊事務所の雰囲気を朗らかなものに変えていく。穏やかな陽気に包まれた昼食の後、おキヌは鼻歌を歌いながら食器を洗っていた。慣れた手つきで箸や茶碗をすすぎ、水気を拭く。そして、きちんと整理された食器棚にそれらを片付けると、満足そうに微笑んだ。
 おキヌは事務所に居候させてもらっている代わり、台所を含めた家事全般を預かることになっていた。といっても生き返る前、幽霊時代の頃と何ら変わらないのであるが。それでも台所に立つのは大好きだったし、なにより心が満たされる場所だった。料理を作り、それを食べてもらうこと。舌鼓を打ち、おかずを取り合う大事な同居人や仲間たち。その全てが温かく、愛おしく、そしておキヌは幸せだった。




 食器を片付けた後、食後の紅茶を入れようと戸棚を開いたおキヌは、その奥に見覚えのあるものが置いてあることに気が付く。それを引っ張り出してみると、お中元などでよくある『あられ』の四角い缶。それをテーブルに置いて蓋を開けてみると、中にはわずかなお金と線香の束がひとつ入っていた。


「わあ、懐かしい。まだ残ってたんだ」


 それは幽霊時代、おキヌが給料や私物をしまっていたあられの缶で、当時令子が捨てようとしていたのを譲ってもらったもの。しばらくそれを見つめて蘇る思い出に口元を緩めていたが、彼女を呼ぶ同居人の声に我に返った。おキヌは急いで紅茶を用意すると、パタパタとスリッパの足音を立ててリビングに向かった。




 昼下がり。
 大きなソファーの上では、シロとタマモが互いの身体に足を乗せるようにして寝息を立てている。時々『すぴー』とか『う〜ん、バカ犬』などと面白い寝息や寝言も発しているが、こうして一緒に寝ているのはやはり仲が良い証拠だろう。おキヌは二人にタオルケットを掛けてやると、そっと自分の部屋に戻っていった。
 勉強机の上には、あられの缶が置かれている。もう一度その蓋を開けてわずかなお金を見つめながら、おキヌは幽霊時代の暮らしを思い出していた。




 思い出せば出すほど、令子や横島との出会いは可笑しいもので。あの二人は今まで見てきたどんな人間よりも個性が強烈だった。さらに呪縛から解いてくれたばかりか、行き場の無くなった自分を傍に置いてくれた。その親切に感激して、一生懸命働こうと思った。
 日給は三十円。当時はその価値をあまり理解していなかったし、幽霊だったからもらえるだけでも嬉しかった。幽霊には自分のことでお金を使う用事もほとんど無かったから、その給料は花壇に植える花の種や、足りない食材の買い足しなどに使われていた。


(そういえば一度、横島さんにお金を貸してあげようとしたことがあったっけ)


 あるとき給料をもらいそびれ、空腹に耐えかねた横島が事務所を訪れたことがあった。ところが運悪く冷蔵庫は空っぽで、横島はショックで錯乱してしまう有様。見かねたおキヌは、その時の全財産九十円を横島に差し出した。結局は受け取ってもらえなかったが、それが横島の部屋に食事を作りに行くきっかけになり、その習慣は生き返った今も変わることなく続いている。
 当時はあまり豪華なものは作れなかったけれど、おキヌの素朴で家庭的な料理を横島は好んだ。普段赤貧に喘いでいる彼の食欲は旺盛で、何度もおかわりをする。それは作った身としても張り合いがあり、何よりも嬉しい反応だった。だから、また彼のために料理を作りたくなってしまう。作れば、いつも残さず平らげて喜んでくれる。
 いつからか横島に対する思いは、恋と呼べるものに変わっていた。霊体でそれをはっきりと自覚するのは難しいことだったが、共に過ごした時間は温かい気持ちになれたし、料理を作りにやってきたおキヌと部屋で過ごす時も、他ではあまり見られない素顔を多く見せてくれた。


「楽しかったなぁ、あの頃。今はもっと毎日が素敵だけど。うふふ」


 女としての幸せ。
 おキヌは確かに感じていた。以前よりもずっと横島のことが好きになっていた。
 それを与えてくれたものは、日給三十円で働き過ごした幽霊の日々。そして目の前にあるあられの缶に入れられた給料は、あの時間が与えてくれたかけがえのない宝物であった。
 しかしお金は使うもの。名の通り代価なのである。他の何かに変えてこそ意味がある。できればずっと残る物がいい。けれど、このわずかなお金で何が買えるだろうか。おキヌは何が良いのかと思いを巡らせ、それから数日が過ぎた――。












「お邪魔しまーす」

「ああ、いらっしゃいおキヌちゃん」

「今日もうんとおいしいごはん作りますね」

「いつも悪いねー。ほんと、感謝してるよ」

「好きでやってるんだから、いいんですよ。あ、それから――」

「ん?」

「これ、お小遣いで材料買って作ってみたんです。よかったらもらってください」

「へえ、このぬいぐるみよく出来てるなぁ。俺と、おキヌちゃんだ」

「はいっ」

「あれ? 離れないように縫いつけてある」

「そ、それは……」

「……」

「ご、ごめんなさい、いきなりこんなの渡しても、迷惑ですよね」

「ありがとう」

「えっ」

「いや、俺って生まれてこのかた、こういうプレゼントもらったことないから……すげー嬉しいよ」

「よかったぁ」

「大事にするよ、これ」

「よろしくお願いしますね。それ、私にとっても大切な――」




 言葉通り横島はぬいぐるみをずっと大事に扱い、決して粗末にすることはなかった。
 あるとき部屋に友人が訪れた際、ぬいぐるみのことを尋ねられて『俺の宝物だ』と答えたのだという。
 おキヌの部屋には、あられの缶が大事に保管されている。おキヌにとって、それは幽霊時代と今を繋ぐ大切な宝物。
 当時のお給料は今、違う形となって愛しい人の宝物へと。
 そしてその中には残った十円玉が三枚、静かに眠っている――。




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