ザ・グレート・展開予測ショー

我が家のワンコたち


投稿者名:竹
投稿日時:(06/ 9/ 2)

「……く〜……すぴー――」


――……くめ……


「……ん……むにゃむにゃ……」


――……い……ゃくめ……!……


「……ん〜……もう食べられないのね〜……」


――……ゃくめ……ヒャクメ……!





「ヒャクメぇーーーーーーっ!」



「ひゃああ!?」


 耳元で響く怒鳴り声に、ヒャクメは飛び起きた。




「なんなのねー、横島さん。折角いい夢見てたって言うのに」
「おまっ……! この状況で、よくグースカ寝てられるな」
「横島さんも、案外気が小さいのね」
「流石の俺だって、この状況がやばいっつーことぐらい分かるわー!」


 瞳に滝のような涙を散らして言い争うのは、少年と、そうは見えないが、一応、女神さま。
 恐怖と動揺で普段よりも更に判断力の鈍っている横島忠夫くんと、百の感覚器官も寝惚け眼のヒャクメさま。


「美神さんを狙ってる魔界の怪物どもに囚われて、いつ殺されるか分かんねーっつー時によ、呑気に眠りこけやがって。めちゃめちゃビビッてる俺が、馬鹿みてーじゃねーか」
「幾らビビッても、状況はよくならないわ。だったら、眠れる時に眠っといた方が賢いってもんですね」
「……何となく妥当なように聞こえるが、お前の口から出ると素直には傾き辛いな」
「酷いのねー、横島さーん」


 二人の首には、立派な首輪。
 顔を上げれば、頑丈そうな檻。
 檻は部屋に一つではなく、向かいの檻には三つ首の妖犬・ケルベロス。
この部屋は、さながら魔獣動物園か。


「美神さんのお陰で逃げられると思ったのに、結局すぐ見つかって檻ん中に逆戻りだもんな」
「まあまあ、さっきの話じゃ妙神山に着くまでにはまだ時間がありそうだし。どの道、異界空間中じゃ逃げるに逃げられないんだから、焦ったって仕方ないのねー」
「だからって、寝てる場合じゃねえと思うが……」
「ずっと囚われてる間に、この戦艦内とかは隈なく調べ尽くしたし、妙神山の様子も先刻より変わらず。美神さんもその辺でうろうろしてるし、もう覗くものは何もないのねー」


 女神ヒャクメ。
 千里順風の天眼通で情報を収集するのが、彼女のお仕事。
 しかし現在は、GS見習い横島忠夫と共に囚われの身である。


「そう言う問題か……?」
「そう言う問題よ」
「ほんと、呑気だなー。俺に言われるんだから、大概だぜ……」
「そこが、私の長所かつチャームポイントなのねー!」


 違うだろ、横島がつっこみを入れようとした時。
 耳障りな電子音と共に扉が開き、部屋に誰かが入ってきた。




「ポチー、ペスー、餌の時間でちゅよー」


 そう言って、満面の笑顔で腐った肉の入ったフードボックスを持って来たのは、この部屋の主。
 パピリオだかパピオラだか、兎に角。
 パジャマみたいな格好をした、幼女の姿をした魔族だった。


「いい子にしてたでちゅかー、ほーら、腐った肉でちゅよー。たーんとお食べ」


 檻の小窓が開けられ、それぞれ「ポチ」「ペス」と記された二つのフードボックスが中に差し込まれる。
 狭い檻の中に、腐臭が充満した。思わず鼻を抓みたい欲求に駆られるが、正面には恐るべきご主人様の目が。


「分かったと思いまちゅが、もう一度だけ言いまちゅ……。私のペットになるか、他のペットの餌になるか。ゆめ逃げられるなんて思うんじゃないでちゅよ」


 見た目は幼女だが、その正体は魔神アシュタロスに造られた強化魔族。人間の横島や、情報仕官のヒャクメからしてみれば、怪物以外の何者でもない。
 その一睨みで、横島は彼女が部屋を出て行ってもなお続く程の恐怖を覚えてしまった。


「長いものには巻かれろが俺のモットーだが……、このままじゃ美神さんが――」


 パピリオの出て行った部屋の檻の中で考える。
 流石の横島も、今度ばかりは強者の味方とはいかない。美神の命が、だいぶ本気で懸かっているのだ。
 とは言え、この状況で何が出来るものか。
 身動きの取れぬ檻の中で怪物に囲まれ、目の前には腐った肉……。


「……これを食えってか」
「魔族の食事は、野蛮なのねー」
「何で正座?」
「何となく……」


 パピリオの入室に、無意識の内に背筋を伸ばして正座してしまったヒャクメ。よほど叱られ慣れているのだろうか。
 彼女の性格と行状から勤務態度が容易に推測でき、横島は居た堪れない気持ちになった。人の振り見て我が振り治せとは、このことか。


「んなもん、食えねーよなー。ったく、どんな餌を食わせるかも調べずペットを飼おうとか……」
「目を瞑って鼻を抓めば、ギリギリ何とか」
「え……? ヒャクメ、まさかお前――」
「私が、何日ここに囚われてたと思ってるのね」


 横島がパピリオに囚われたのは、つい先刻のことだが、ヒャクメはそのずっと前からここに居たらしい。
 如何に神様とて、食わねば生きられぬだろう。
 と言うことは。


「死なない為ならウ○コも食える……、けど、これは……」
「生きる為には、泥水を啜らなきゃならない時もあるのねー。尊厳よりも大事なこともあるわ、そこに穴があるから覗くのよ」
「――ヒャクメっ! お前って奴はっ!」
「横島さんっ!」


 熱い抱擁。
 何か、お互いに共感するものがあったらしい。


 そんな感じでグダグダ進む、二人きりのペットライフ。






 一方こちら、同じ艦内の作戦室。


「ベスパ、ルシオラはまだか」
「まだだよ、ドグラさま。結構、時間かかりそうっつってたぜ」
「ぬう、そうか。妙神山襲撃決行の直前に、船のエンジンが故障するとは、全くついてないのう」
「まあ、いいじゃないか。残る神族魔族の俗界拠点は、もう妙神山のみ。そこを潰しゃあ終わりなんだから、焦んなくてもよ」


 手持ち無沙汰に駄弁っているのは、この船の主たるアシュタロスの腹心・ドグラマグラとベスパ。
 エネルギー結晶を魂に宿したメフィスト・フェレスの生まれ変わりを探しつつ、人間界における神族魔族の拠点を次々と潰して回った彼ら。数日前には南米にて神魔族の連合軍を撃滅し、残る標的は日本の霊山・妙神山にある神族の修行場のみ。
 だが、その妙神山への攻撃を目前に控えて、戦艦逆天号にエンジントラブルが発生してしまった。
 現在、メカニックを一手に引き受けるルシオラが修理中である。その間、やることのないドグラとベスパは、この作戦室でお茶を啜っていた。


「何にせよ、いま少しだ……。我らが主が、全世界の王となられる日まで」
「エネルギー結晶探すのが、どーにも大変なんだけどねえ」
「ええい、そのくらいで弱音を吐くでないわ! よいか、アシュタロスさまの長い雌伏の時を思えばだな」
「はいはい」


 覇気の感じられないベスパの態度にドグラがいつものお説教が始めた時、扉が開いて、自室に戻っていたパピリオが作戦室に入ってきた。


「ルシオラちゃんは、まだエンジンルームでちゅか」
「ああ」
「さっきエンジンが故障した頃、ポチとペスの檻の扉が開いてたんでちゅよ。逃げられる前に見付けたからよかったものの、どこか壊れてるんじゃないか、ルシオラちゃんに診てもらいたかったでちゅのに」
「単に、お前がポチとやらを入れる時に、扉を閉め忘れただけじゃないのかい」
「えー、そうでちゅかねー」


 宥めるベスパに、納得のいかない顔で首を傾げるパピリオ。
 実際は横島の体内に隠れて船に潜入した美神の霊体が檻の扉を開けたのだが、彼らには、そんなこと知る由もなし。




 ――で、その美神はと言うと。
 まだ船内に隠れていた。


「もう……、異界空間の中じゃ逃げられないし、これじゃあ妙神山に急を伝えられないわ。攻撃の為に、異界空間から出た時を狙って脱出するしかないか。急げば、逃げろくらいは伝えられるわよね……」


 あまり長いあいだ幽体離脱しているのは宜しくないが、動くことが出来ないとあらば仕方がない。
 不本意だが、時が来るまで敵に見つからないよう、ここでじっとしているしかない。


「一人で馬鹿みたいだけど、今更横島くんたちのとこに戻るのも格好つかないしね……」


 敵の探しているエネルギー結晶は、美神の魂内にある。万が一にも、敵に見つかってしまったら事だ。
 如何に美神とて、勢い慎重にならざるを得ない。この状況で、採れる選択肢などそう幾つもないのだ。


「……無事かしらね、横島くん……」






 と言う訳で、未だ檻の中のこちら横島くん。
 仕方ないので、まだ食べられそうな部分だけを抓んで食べてみようとする。


「大丈夫、一口食べちゃえば、後は開き直れるのね。ほら、あーん」
「い、いや、しかし……っ」
「あーん」
「くうっ……!」


 先輩のペスもといヒャクメさまに手ずから勇気を貰い、何とか口に運んでみる。
 思わず吐き気を催すが、感覚器官を絶ってしまえばどうと言うことはない。


「――て、そんな訳あるかー!」
「ふう、横島さん、だらしないのねー」
「うっさい! 大体、俺らどうせすぐこっから脱出すんだろーがよ。こんなん食わんでも、死にゃせんわ」


 そもそも魔獣たちの檻に囲まれたこの部屋で、平静を保てと言うのも酷な話。
 囚われて数日もう慣れてしまったヒャクメは兎も角、GSの癖にこう言うのが苦手な横島が動揺を隠せないのも無理はない。


「つーかヒャクメ、お前ずっとここに居たんだよな」
「そうですけど?」
「……てことは、神族や魔族の拠点が潰されたり、霊能者が襲われたりするとこを黙って見てたって訳か」
「う……」


 神様の癖に……と、ジト目で睨んでしまう。崇めるに値しないような生態の神も大勢いるとは知っていても、人間どうにも神へのイメージと言うのは崩せない。
 困った時に頼りにならない神など、何の存在価値があろうか。


「し、仕方ないのねー! 情報収集が仕事の私に、この状況で何が出来るって言うんですか」
「でも、南米で神魔族が負けたってことは、そこでも役に立ってなかったんじゃ……」
「あー……。……それは、私だけの責任じゃないのねー……」
「お前……」


 バツ悪そうに百の目を一斉に逸らす女神さまに、流石の横島も呆れてしまう。
 日頃の自分を省みて、同情しないでもないが。


「うっ、煩いですよ、横島さん! あんまり苛めると、神罰下すのねー!」
「神罰って……、お前に何が出来るんだよ」
「た、例えば……。……自家発電してるところの映像を美神さんやおキヌちゃんに見せて上げたりとか?」
「ごめんなさい」


 即行で謝る横島。師匠譲りのこの切り替えの速さは、彼の長所だ。
 彼とて、流石に最低限のモラルは持ち合わせている。そんなシーンを親しい女性に見られて喜ぶような、変態的な趣味はない。


「それはそれで、喜ばれるよーな気がしないでもないけど」
「んな訳があるかーっ!」
「他には、人には言えない横島さんの趣味とか、出来心の勢いで買っちゃったあんなものとかを学校のお友達にばらしちゃったりとか」
「そう言や、お前、俺のAVの趣味を把握してたっけな……。いや、マジすんません、謝るから。ほんと勘弁して下さい、ヒャクメさま」


 敵に回せば恐怖だが、味方に居ても役立たず。
 本当に厄介な神様だ。


「たまには活躍してみたくても、どうにもならない足手纏いの悲哀……。横島さんなら分かってくれると思ったのに」
「そんなの分か……分かるかー! ……いやっ……、まあ……分かんねーでもねーけどよ……。俺だって、美神さんに何度……っ。……別に……したくてミスしてる訳じゃあ――」
「横島さんっ!」
「ヒャクメ!」


 熱い抱擁。
 やっぱり、何か共感するものがあったようだ。




 そんなこんなで二人が仲良く職場の愚痴を零し合っていると、突然スピーカーの向こうで大音量のブザーが鳴った。


『エンジンルーム、修理完了! 妙神山まで、あと5分。総員、配置に着け!』


 続いて流れてきたのは、二人は知る由もないがドグラの声。
 ルシオラがエンジンの修理を終え、いよいよ妙神山への攻撃を開始するようだ。


「遂に、妙神山に到着しましたね。ここを出る前に、横島さんにこれを渡しておきます」
「? 何だよ、これ」
「通信鬼。まあ、携帯電話みたいなものなのね。もし逸れたら、これで連絡を取り合いましょう」
「あ、ああ」


 流石に情報仕官、囚われの身でも装備はきちんとしているらしい。
 横島としてはどこから出したか気になったが、神様のアイテムにつっこみを入れるのも野暮ってものだ。


「ところで……」
「?」
「どうやって脱出しましょうかねー」
「おおおい!」


 感心したところで、これである。
 この期に及んで何を仰られるのやら、この女神さまは。


「じ、自力で脱出しろって言ったのは美神さんなのねー、私には責任ないですー」
「お、お前なあ……」
「大体、脱出できるんだったら、とっくにしてるのねー」
「そうだけど……、くそっ、しゃーねーな!」


 さり気なく(?)責任を回避しようとする女神さま。
 流石のへたれだぜ。自分を見ているようで、横島は妙に凹んでしまう。
 とは言え、確かに美神が先だって自力で脱出しろと言った時は彼女が檻の扉を開けてくれたが、その後すぐにパピリオに見つかり、脱出する前に再び扉を閉められ、鍵をかけられてしまった。
 さて、どうして逃げるか。


「こんな場合だ、ちょっとくらい派手に使っても、美神さんだって無駄遣いとかって怒んねーだろ」
「? 横島さん――」
「どいてろ、ヒャクメ! ……文珠!」


 刻んだ文字は、『爆』。

 アシュタロスの乱。
 横島の長い戦いは、まだ始まったばかりだった。



 ……因みにヒャクメは、この後すぐに吹っ飛ばされました。

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