ザ・グレート・展開予測ショー

【間に合わなかった夏企画SS】『夏の忘れ物』


投稿者名:ししぃ
投稿日時:(06/ 9/ 1)


 窓にいっぱいの稲光。。
 薄暗がりの中、優しい笑顔が焼き付けられる。
 思わず、しがみついた胸。
 続いた轟音に力を込めてしまう。
 熱かった夏の最後の日。
 しばらく動けなかったのは、驚いたからだけじゃ、なかった。




『夏の忘れ物』




 生まれてはじめての夏休みは、色々な事があった。
 臨海研修旅行。デジャブーランドの事件、里帰り。
 事務所の片付けと。
 宿題。

「すんません、美神さん。どーしてもっ、明日だけは、31日だけは休ませてくださいっ」

 休みの間中、事務所に通い仕事をこなしていた横島さんがそう言い出したのも、宿題が
理由らしい。

「ヤバイんす。補習何回か休んだ分、宿題ださねーと落とすって言われてるんですよ」

「ふうん」

 美神さんの態度はいつもの通り。
 ちょっとつれなく、いじめるように。

「でもあんた、シロとプールに通ってたわよねー」

 犬カキ以外の泳ぎを練習する、といってお盆過ぎからシロちゃんは『せんせい』と午前中
プールに通い詰めていた。

「魔鈴のところのバイト、小鳩ちゃんに紹介したあと、何回ぐらいあのお店行ったの?」

 これは、わたしも知らなかった情報。
 西条さん、かな?
 ……魔女の姿の小鳩さんはきっと、たぶん、とても可愛い。

「デジャブーランドに一緒に行ったクラスメイトは愛子?全然怖がらない学生がいるって
 慌てた連絡あったのよね」

 電話を受けたのを覚えてる。
 デジャブーランドのえらい人が、美神さんがなにか調べさせに来たのかと、戦々恐々していた。

「え、えーと」

 詰問に目を逸らす横島さんは、なんとなく、かわいい。
 ちょっとだけ、腹が立つのは八つ当たり気味のヤキモチだから。
 深呼吸して押さえておく。

「ま、でもね。今年の夏、純利益200%UP達成なのよ」

 椅子をずらして、足を組む。
 せくしーな太ももに動く横島さんの視線。
 わたしはもう一度深呼吸。

「あんた、頑張ってくれたし。特別よ。ちゃんと宿題終わらせて落第なんてみっともない
 ことになんないようにしなさい」

 こういう時、太ももではなくて美神さんの表情を見ていたら、横島さんはどんな反応を
するんだろう?
 優しい微笑みと願いを込めた視線。
 一番のライバルはやっぱりこの人だって、実感する。

「急ぎの仕事も無いし。事務所お休みにしましょ、おキヌちゃんもお休みにしていいわよ」

 きっと無意識の照れ隠しなのだろう。
 横島さんから視線を逸らして美神さんは告げる。
 素直じゃない性格は、はじめて会った時から変わらない。

「じゃ、シロちゃんとタマモちゃんにも言ってきますね」

 たぶん。
 わたしが出たあと、横島さんは、休みをくれた美神さんに妄想を膨らませて飛びかかり、
真っ赤な顔して美神さんは鮮やかにそれを迎撃するのだろう。

 ……階段の直前で聞こえてきた叫び声と壁に叩きつけられた音が、正解と告げてくれた。




 ずっと変わらない。
 変わらないで居たい。
 二人と一緒にいる時、いつもそう思う。
 けれど同時に。
 変われないのはわたしのせいだとも、わかってしまった。
 感じてしまうようになってしまった。

「せんせいと美神どのは仲が良すぎるでござる」

 シロちゃんがそんな風に言ったのはいつだったか。
 わたしは、その時は横島さんにとっては美神さんが『せんせい』なんだから、仕方が無い
と言って諭した。
 弟子は先生を慕い、先生は弟子に応える。
 それは彼女の望む姿だったから、しぶしぶながら納得していた。

「でもおキヌちゃんは横島がシロに応えちゃっても困るでしょ?」

 後からそんな風に言ってきたタマモちゃんは、ちょっと意地悪。
 でもそれは真実の半分だけだったから、わたしは笑って答えることが出来た。

「わたしね。みんなが幸せになれるのが一番嬉しいんだよ」

「……そういうのも、アリなのかもね」

 複雑に笑む彼女は、わたしよりも恋を知っているのかもしれない。




「おはようございます」

 休みの日の美神さんの朝は遅い。
 正確に言うならば、休むというのも立派な仕事だと美神さんは知っているのだ。

「おはよ、出かけるの?」

 だから、昼過ぎに起きてくる、というのは割と早いぐらいだと思う。
 眠そうな表情で、大あくびに遮られながら、伸びをしてる。

「はい、横島さんの陣中見舞いに行こうかと思って」

「ふーん、甘やかしすぎじゃない?」

 机の上に用意しておいたサンドイッチをつまんで。
 座るより早く齧り付く。
 ……お行儀が悪いです。

「ひゃあ、ほふってほうふぁ?」

 パンを咥えたまま、あくびして言った言葉はさすがに何がなんだか判らなかった。
 流石に通じていないということは伝わったのか、きちんとパンを飲み込んで、

「じゃあ、送っていこっか?」
と、言い直していた。

「あ、大丈夫です、美神さんはゆっくりしててください」

「んー、そう?」

 横島さんと二人きりで会いたいわたし。
 たぶん、それを判ってくれている美神さん。

「ま、いいわ。くれぐれも気をつけて」

 以前、ルシオラさんがいた時。二人で恋についてを話したのを思い出す。
 意地っ張りな美神さん。
 感情の整理をつけられなかったわたし。

「はい」

 あれは、時計を止める約束だった気がする。
 一番近い恋敵同士の不文律。
 幸せであって欲しいから、心は秘めたままにしようって……そんな約束。

「でも、夏も終わりですから」

 だから、告げなければいけないと思った。
 わたしがネジを巻きたいって思っていることを。
 ……ホンの少しだけ、進みたいって思っていることを。

「そうね。……ま、お休みだし」

 わたしの言葉に美神さんは少しだけ驚いた表情を見せた後、

「横島君によろしくね」
と、やわらかく、笑った。

 それは応援してくれているようで。
 牽制されているようで。
 
「行ってきます」
と、応えた言葉は意識したよりずっと力が入ってしまった。




 事務所の最寄駅から電車で2駅。
 歩いていくにはつらい距離、と横島さんはいう。
 けれど公園を抜けて車通りの少ない道を選べば、そんなに遠くは感じない。
 わたしのそんな意見に賛成してくれるのはシロちゃんだけだけれど。

「よっ、おキヌちゃん、横島の所?」

 電車よりも好きなのは、こういうところ。
 一文字さんの家は事務所と横島さんの下宿の中間ぐらいらしくてお休みの日にはよく
彼女が公園で自主トレしているのだ。

「うん、夏休みの宿題、たまってるんですって、だからご飯作りに行こうかなって」

「はは、何処も同じだ。寅も今日は勉強しないとイケンノジャーとか言って泣いてた」

 汗を拭いて。魔理ちゃんは軽く目を逸らす。
 ……一週間前、わたしのところに『宿題がやばい』って電話を掛けてきた彼女は、
横島さんやタイガーさんを笑えないらしい。

「夏休みの最後なんだから遊びたかったんだけどな、あたしが行くと邪魔しちゃうし。
 しゃーないけどな」

 魔理ちゃんはタイガーさんとのお付き合いをあんまり隠そうとしない。
 堂々としてることに弓さんと二人で感心したら、隠すのはなんか男らしくないじゃ
ないか、と言っていた。

「新学期始まったら仕事も多少暇になるらしいから、弓とあのちっこい人も誘って
 みんなで遊びにいこーぜ」

「あ、いいですね」

 ちっこい人、なんて言ったら弓さんはおこるのかなーなんて考えつつ。

「お互いにガンバローゼ」

 屈託無く笑う彼女は素敵なひとだと思う。

「うん、がんばるね」

 魔理ちゃんの真似して胸の前でギュッと拳を握ってみたら、こん、と拳を併せられた。
ちょっと、痛かった。

「気合だね」

と、わたしらしくない様子に彼女は笑い。

「気合ですね」

と、わたしも負けじと頷いた。




 横島さんの下宿へ向う道。
 幽霊だった時からずっと通う道。
 片付けとお料理の事を考えながら歩くとなんとなく嬉しい気持ちがあふれてくる。
 いつもの道。
 いつもとちょっとだけ違ったのは、わたしが気合十分だったこと?
 珍しいことすると雨が降るっていうのは、本当らしい。
 もう少し早く降り出したら、ご飯の材料と一緒に傘を買えばよかったし。
 もう少し後なら、横島さんの家に着いていた。
 そんな絶妙なタイミングで降り出した夕立、雨宿りする場所も少なくて。
 軒先に駆け込んだ時には、結構濡れてしまっていた。
 見上げると、厚い雲。
 走って行っちゃおうかな、なんて考えたのは気合の残りのせい。
 ビニール袋の口を結んで、駆け出してみる。
 雨に追い出されたアスファルトの匂い。
 続く雨音。
 たゆたう風。
 最後の夏の夕立。
 そんな風に考えると、雨も素敵なことに思えてくる。
 横島さんは驚くかな。
 水溜りに映ったわたしは、濡れ鼠なのに楽しそうで、思い切り水しぶきを上げてみる。



「どわっ。ちょっ、タオルあるからっ」

 扉を開けた時の横島さんの反応は、予想通りでした。
 ……というか、どわっ、て言われるのはちょっとショックだったり。

「電話くれれば迎えに行ったのに、平気?」

「平気ですよー、いきなりでしたから」

 声が変に心配そうだったから、微笑んでみる。
 冷静に考えるとそういう手もあったけれど……思い付いてもそのまま駆けて来た気もする。

「えーと、くそ、着替えねーな」

 わたわたしながら、洗濯カゴに積まれている洗濯物を確認する。
 ランニングにトランクス、といういつもの室内の格好は、その言葉が似合い過ぎていた。

「あ、大丈夫ですよ、夏の雨ですもん」

 髪を拭いて。
 スカートの裾を絞る。
 事務所みたいにクーラーがついていたら、きっと寒かったけれど、幸い?横島さんの
部屋は大き目の扇風機だけだから、風邪をひくような心配は無い。

「いや、俺が大丈夫じゃねーっ」

 必死に逸らそうとしてる視線を追いかけると、わたしの夏物ワンピースの胸は、見事に
透けていた。



 横島さんは。スケベだ。
 きっと知り合いの誰もが頷く。
 横島さんは、紳士だ。
 ……きっと知り合いのほとんどが横に首を振る。
 だけど。
 明日着る予定だったキレイにアイロンがけしてある制服を貸してくれた上に、わたしが
下着をドライヤーで乾かして、着替え終わるまでドアの前で待っていてくれた横島さんは
かなり。紳士だと、おもう。

「いや、参った。なんの罠かと思った」

 半ば虚脱状態で、鼻血止めのティッシュを外して横島さんは言う。

「うう、ごめんなさい」

 赤面しつつ。
 お料理しつつ。
 明日、着るはずの制服に油をはねさせないように気をつけて。
 さすがにズボンは大きくて、折り返してしまったし。
 ベルトも合わないから、ちょっと気をつけなくてはいけなくて。
 ……嫌な感じで汗が出てしまう。

「おキヌちゃんが謝るこっちゃね−よ。突然だったしなー」

 まだ降り続いている雨。
 思い返すほどに変な行動に、わたしは茹蛸状態です。

「飯つくりに来てくれて嬉しいし。朝から食ってね−からさ」

 頭をかいて。……いつもならこっちを向いて喋ってくれるのに、後ろを向いたまま。
 うう、あきれてます?あきれてますか?

「え、えと、宿題、終わりました?」

「おう、あとは読書感想文だけな、読んでねーけど」

「あ、わたしを気にせず、やっちゃっててください」

 振り向いてくれない、横島さん。

「やっちゃって、イイスカ?!」

「はい」

 そう応えたら、横島さんはいきなり立ち上がって、ぐぉーっ、て叫んで壁に頭を叩き
つけた。

「え、あう?」

「ややや、読んでる最中、寝ないようにな」

 ……それはいくらなんでも不自然な言い訳で。
 怒っている、のかな?
 勉強の邪魔しちゃったわたしに。

「おキヌちゃんは宿題とか残ってない?」

 声は優しく。
 でも振り向いてくれず。

「はい、先週魔理ちゃん、一文字さんといっしょに終わらせました」

「そか」

 やっぱり会話もそっけなく。
 ……うう、自業自得、ですね。

 優しい横島さんは、ぽつりポツリと話し掛けてくれたけれど。
 泣きそうな気分のわたしと、やっぱりどこかぎこちない会話にしかならなくて。




 読書感想文を書く、鉛筆の音。
 服を乾かすためのドライヤーの音。
 沈黙を誤魔化すためのテレビの音。
 そんな時間が流れて。外は暗くなったのに……雨は止まなくて。
 湿度のせいか、服は中々乾かなくて。

「おっしゃっ、終わり」
と、嬉しそうに横島さんが言った時。泣きそうに、なった。

「おキヌちゃん、乾いたら送るって、おぁ?」

 こんな変なわたしに変わらなく優しくしようとしてくれる横島さんに嬉しくて。
 手の中の湿った感触が情けなくて。
 世界がぐるぐる、する。

「ど、どしたん?おれすか?ナンカヤッチマッタンカ?」

「ち、ちがいます、ごめんなさいっ」

 しゃくりあげてしまう音を誤魔化そうとドライヤーの目盛りを強にする。

「なんでもないんです、平気です、泣いてないです」

 叫んだ瞬間、ボフ、と音がして、蛍光灯も。ドライヤーも。テレビも止まってしまう。 ……停電。
 …………違う、ブレーカー?

「どわっ、なんだ?」

 わたしの方に向ってくれていた横島さんの足が止まる。
 ナルニアの大雑把なドライヤーだから、強くするとブレーカー落ちる、と前に説明を
聞いていたのに。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 もう涙は止まらなかった。
 ……なにやってるんだろ、わたし。

「いや、えーと」

 暗い部屋の中。
 横島さんは慎重に言葉を選ぶ。
 わたしは、なにがなんだかわからなくなって、嗚咽する。

「宿題終わってるし問題ね−よ。なんか知らんけど泣かないでくれ」

「だっだっ、て横島さん、今日、わたし、みてくれなくて。……でも雨の中いきなり来て
 迷惑かけるような子だからそれも当然で。なのに優しくしようとしてくれて」

 口から出る言葉が選び出せなくて。
 矢継ぎ早に出て行くのは変な単語だった。

「あー、えと。オレノセイナノナ?すまんす」

 窓からの明かりの中。横島さんはわたしの正面に座ってくれる。
 ……逆光で全然表情は、見えない。

「つか、雨の中、濡れ濡れ、スケスケ美少女ですよ?モテナイ君として混乱してた。
 わりー」

 ちょっと間を置きながら。
 横島さんの選ぶ言葉は、いつもの単語で。いつもより優しくて。
 しゃくり上げるわたしの肩に手を置いてくれる。

「自分のワイシャツ、や、ま、ズボンはいてるけど、な。美少女が自分の部屋にいて
 冷静でいらんなかったんや、すまん」

 困ったように、笑う。優しく。笑う。

「おキヌちゃんって、大事すぎてさ。なんつーか。リビドーが葛藤するんだ」

 ゆっくりと。腕に力を込めて。

「なんか、よくわかんねーけどサ。きょうおキヌちゃん来てくれてすっげーうれしかったし。
 迷惑なんかじゃねーし。変な態度になっちゃってごめんな」

 横島さんの言葉の終わりを待っていたかのように。
 窓にいっぱいの稲光。。
 薄暗がりの中、優しい笑顔が焼き付けられる。
 思わず、しがみついた胸。
 続いた轟音に力を込めてしまう。
 熱かった夏の最後の日。
 しばらく動けなかったのは、驚いたからだけじゃ、なかった。




 横島さんは、いぢわるだ。
 あの夜。
 一時間ぐらいして落ち着いたわたしを送ってくれたときはすごく優しかったのに。
 そのあとしばらく、わたしの失態を冗談にして、わたしをさんざん、からかうのだ。
 わたしは、思い返す毎に赤面して。
 横島さんの言葉に色を添えてしまう。

「もう、あれは夏だったからですっ!!」

 結局。
 あんなに恥ずかしい思いをさせておいて、わたしとの関係を変えてくれない横島さんは
 いぢわるだ。
 たった一つ残った夏の宿題は、いつになったら終わるのだろう。

 ……わたしが、終わらせられるのかな?








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