ザ・グレート・展開予測ショー

【夏企画SS】いつか思い出となるように 中編(絶チル


投稿者名:豪
投稿日時:(06/ 8/31)




暗がりを帯びた空の下、郷愁を感じさせる祭囃子が辺りに響く。
幾つも提げられた提灯。カラコロと鳴る下駄の音。
たくさんの屋台。多くの人々。織り成される、祭りの空気。
暦を思えば、夏も終わりに差し掛かってはいたが
しかし今この時は、確かに夏という季節が此処に在った。



「ふふん。今日は祭りを堪能するとして
 スクール水着で楽しむのは、また今度だな。
 いや・・・・・・いっそ、風呂か!?」

「そこ、思考を止めろ」



その中を歩く四つの人影。一人は大人で、三人が子供。
夏に相応しく、皆がそれぞれの着物に身を包み
いかにも着慣れて無さそうな感じで、歩を進めている。
眼鏡を掛けた男、皆本の着ている着物はシンプルな紺の単色だが
他の三人の着物は赤青紫を基調として、蛍、蜂、蝶の絵柄が描かれていた。



「そんじゃまずは祭りの定番、金魚掬い!」

「あら、射的からじゃないかしら」



ここぞとばかりに主張しあう小学生。
刺しそうな視線の薫と、のらくらと避ける紫穂。
蜂と蝶。二人の着物の絵柄にぴったりな光景ではある。



「うちは別にどっちでも。
 服が汚れるかもしれんから、食べもんは後の方がええな」



葵は特に行きたい所は無いようで
着物自体にご満悦のようである。
控え目な主張は、蛍の絵とよく合っていた。
そして、慣れぬ服に戸惑っていた皆本は



「ええと・・・・・・・・・・」



見知った顔を見つけ、困ったように立ち止まっていた。
何とも言い難い顔付きとなった皆本は、曖昧な笑顔で呟く。



「何をしてるのかな、宿木君」

「バイトっす」



屋台の一角に陣取った、捻り鉢巻を締めた少年が一人。
といっても買う側ではなく、売る側の方に。
お好み焼き『ナンチャン』と書かれた屋台にて
BABELのミスター味ッ子こと、宿木明は燃えに燃えていた。
ぺぺん、と幾つかのお好み焼きをひっくり返しながら



「こーいう場は、稼ぎ時っすからねー。
 ってことで、お一ついかがっすか?
 自分で言うのも何ですが、味は保証しますし
 皆本さんでしたらおまけしてもいっすよ」

「はは、それじゃ四つ貰うよ。
 ・・・・・・ところで、後ろの犬神君は止めなくていいのかい?」

「明、おかわりー」

「はーつーねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!
 おあずけって言ったろーがーーーーーーっ!!!!」



そんな貴い努力は無に帰すと相場が決まっている。
ほっぺをハムスターのように膨らました初音の姿に
『覆水盆に帰らず』の意味を実感しながら、明は滂沱の涙を流しまくった。



「何で、皆本はんまで泣いとるん?」

「いや、彼の境遇が何故だか身に染みてね・・・・・・・
 強く生きろよ、宿木君」



熱い涙を流す明の姿に、自らを幻視した皆本には
ただ頑張りの言葉を掛けてやることしか出来なかった。
のどもと過ぎれば熱さも忘れる、という言葉もある。
これからも生活続けていけば、そのうち楽にもなるだろう。解決してないけど。



「金魚すくいー!」

「射的ー!」



そして、二人はまだ争っていた。










「射的が良かったのにー。
 無理やりグー出させるなんて反則よ」

「お互い様だろ?
 じゃんけんでお前と真剣勝負するほど馬鹿じゃないっての。
 へっへっへ見てろよー、ヒィヒィ言わせてやるぜっ!」

「誰をだ。むしろ何をだ。
 あと、一応言っとくが超能力禁止だからな」



えー、という抗議の声に釘を刺しといて良かったと安堵する。
あの後、望むところを順番に回ろうということになり
公正なるじゃんけんの結果、力ずくで薫が勝利した。
ばれなければイカサマじゃないが
ばれたとしても、別にオッケーなのがチルドレン流。
弱肉強食が世の習いである。



「おっちゃん、ポイ三つー!」

「おー元気いいねぇ、嬢ちゃん。
 ほらよ。楽しんでくんな」

「よっしゃぁ見てろ、空にしてやる!
 ぎゃー、破けたー!?」



勢いに任せて突っ込めば、破けて当然。
葵も紫穂も、始めてみればそれなりに楽しそうではあった。
やれやれ、と肩を竦めて皆本は距離を取る。
一緒になって金魚掬いに付き合わされるなら
後ろから眺めている方が楽でいい。
そんな彼に、更に後ろから声が掛けられる。



「どうも。楽しんでますか、皆本さん」



振り返ってみると、厳つい面にいいガタイ。しかも眼帯。
何処に出しても恥かしくないヤクザの面相だった。
だが、皆本は怯える風も無く



「まだ来たばかりですが、まぁそれなりに。
 ・・・・・・・・ところで、局長は来てませんよね?」

「ははは、大丈夫ですよ。
 仕事抜け出そうとしやがったんで
 ちょっと麻酔銃はぶち込みましたが」

「・・・・・・・・・・・・・・・」



それじゃ意味無いのでは、という言葉を喉で留める。
昼に着物を届けにきた後、朧女史によって引き摺られていく様子から
祭りに局長が襲撃かけてくる可能性を危惧していたことを思えば
むしろ、目の前の男に感謝すべきだろう。
彼の役職が、局長直属【Aチーム】の隊長であるという事実さえ忘れられれば。



「薫さんたちにゃ、いつも面倒な任務を引き受けて貰ってますからな。
 こんな時ぐらいは、ぱーっと楽しんで貰わないと」


金魚掬いに興じる三人を見詰める視線は、恐げな外見に似ず優しい。
皆本と同様、子供の幸せを願っている大人の目であった。
それは局長も同じの筈なのだが、大き過ぎる愛が暴走するので
もう少し人生を抑え目にして欲しい、というのが共通見解である。
そして眼帯のおっさんは、皆本へと向き直り



「それと皆本さんには、一度ちゃんと謝っときたいと思っとったんですよ。
 いくら上からの命令とはいえ、この前は銃まで向けちまいましたからね」



言葉が終わるのと同時に、頭を下げられる。
そのことには、皆本の方が狼狽した。



「そんな、気にしなくてもいいですよ!
 それにアレは、何処ぞの若作りのせいですし」

「・・・・・・皆本さんも言うようになりましたね。
 着任したばかりの頃は、いかにも研究者という感じだったのに」

「おかげさまで」



苦笑を浮かべた皆本が思い出すのは、昔の出来事。
そんな会話を続けていたところで、聞き覚えのある声が遠くから。



「ヤタイー、オハヤシ、チョーチーン!
 これぞ日本の夏デース! イッツァヤマトダマシー!」

「オーゥ、この服、胸がキツイですねー。
 こういう時は、胸が大きいと大変デース」

「ふむ、こんな話を知っているかね?
 和服というものは、胸の無い女性ほど似合うらしい。
 つまり、昔の日本人は総じて胸が」



少し離れた場所でコメリカ人が三人ほど騒いでいた。
彼らもまた着物を着ており、しかもお面まで付けた姿に
ちょっと頭痛まで引き起こされそうな気がした。
よーく見知ったその顔に、皆本は額へと指を当てる。



「まだ居たのか、あの人ら・・・・・・・・」

「休暇申請したそうです。
 日本とコメリカ間における異文化交流のためと」



許可が出たのか、それで。
中央情報局の管理体制に疑問を抱いたが
それはウチも似たようなものか、と皆本は結論付けた。ちょっとへこんだ。
その間に、日米異文化交流は始まっていた。



「こ、これがコメリカ産!?
 やっぱり牛は輸入禁止にすべきね!」

「フフーン、負け犬の遠吠え見苦しいデスネー。
 日本人にしては中々ですけど、私の敵じゃありまセ―ン!」

「大きいからって、それだけが価値じゃないわ。
 現に、私の方が奈津子よりも男性にもてるのよ」

「・・・・・ってちょっと、ほたる!
 またあんた、自分だけ!!!」



仕事が終わったのか、休暇を取ったのか。
88のGと88のE・・・・・・もとい、常盤奈津子と野分ほたる。
艶やかな着物姿の二人が、メアリーと乳戦闘を開始していた。
ケンもグリシャムも止める気は無さそうで、面白そうに眺めている。
そんな彼らと視線が合わないように、皆本はそっと顔を背けた。
女同士の争いに顔を突っ込んでも、何一つとしていいことなど無い。



「・・・・・・あのー、皆本さん。
 傍から見れば、複数の女性から逃げてる駄目男に」

「賢木と一緒にしないで下さい」



類は友を呼ぶ、という諺が二人の頭に思い浮かんだが即座に否定する。
一人は武士の情けから。もう一人は事実から目を反らすため。
そこで、よっしゃ一匹ゲットー、という声が聞えて
顔を上げるのと同時に、飛び込んできた光景に目を丸くする。
嬉しそうな薫、その横に積まれたポイの数に軽い頭痛を覚えた。
既に遊ぶのを止めていた葵と紫穂も、呆れたような目をしている。



「金魚掬いに幾ら使ってるんだ、アイツらは」

「主に薫さんみたいですけどね
 でも、力は使ってないようですよ。
 だからこそ、あれだけ喜んでるんじゃないですかね」



超能力禁止と言ったのが裏目になったか。
軽く溜息を吐きつつ、皆本は苦笑いを浮かべた。
けれど何故だか、決して悪い気分ではなかった。
それは、満面の笑みを浮かべた彼女の姿から
普段以上の子供らしさを感じられたせいかもしれない。

軽く挨拶を終えてから、皆本はチルドレンの元へと向かう。
上手く金魚を掬えたことを褒めてやり
そして、無駄使いをしたことを叱る為に。
そんな皆本達を見送った男は、微笑を浮かべていた。
まるで、自分の息子や孫を見ているかのように。









飛来する弾丸が、空を切り裂いて標的へと向かう。
狙い違わず命中したのは、最も効率よくバランスを崩れる箇所。
当然の結果として、衝撃を受けたそれは大きくぐらついた。
だが、それ自体の重さのためか、ぎりぎりで倒れる事は無く
引き伸ばされた時間の中で、ゆっくりと元に戻ろうとする標的。
それが永遠に叶わなくさせたのは、同じ箇所に当てられた二発目の弾丸だった。
地獄の底に落ちるかのように、重力の腕に捕われたそれをみて
冷笑を唇に浮かべ、満足げに彼女は言い放つ。



「有象無象の区別無く、私の弾丸は許しはしないわ」

「・・・・・・もう許しちゃくんねぇかなぁ」



困ったように呟いてるのは店のおっちゃん。
まぁ、要するに。金魚掬いを終えたチルドレンは、射的で遊んでいた。



「紫穂、さすがやなぁ。
 でも、力使うなって言わんでええのん?」

「彼女の能力は受動型だからなぁ。
 コツを掴む早さは、むしろ天性とも言えるし
 それに無理したら、体を壊してしまいそうでね」



困ったように、皆本が答える。
その手には、一匹ずつ金魚が入った袋が計三つ。
遊ぶ代わりに、皆本は荷物持ちに徹することにしていた。
葵とのんびり会話しているうちにも、紫穂は幾つも銃を繰り
見てて面白いほどに、標的を落とす落とす。
小学生ゴルゴの姿に、ギャラリーが出来ている程だ。
逆に、最初から今に至るまで全く駄目なのが薫で
銃の癖を見抜こうとして、先程一つだけ落としたのが葵である。



「これ不良品!
 紫穂、ちょっとそれと取り替えろ!」

「さっき替えたばかりでしょ」

「むきーーーーーっ!!!」



勢い任せに、薫が雄叫びと共に撃ち捲るが
わざと外してるように見えるくらい、当たらない。
これはこれで、いい見世物だった。
しかし、さすがに見かねて皆本が口を挟む。



「紫穂、そろそろ止めにしないか。
 全部取ってしまったら、店の人も困るだろ?」

「そうしてくれると有り難いんだがねぇ」

「あら、でもまだこんなに残ってるわよ?」



一人で半分近くをゲットした者の台詞ではない。
微笑む彼女の背後に、鬼か修羅が見えるようだった。
後回しにされたの怒ってるのか、と思ったが、実際その通りである。
力ずくに止めさせてはは臍を曲げるだろうし
かといって、説得を簡単に聞いてくれるほど優しくも無い。
手を包み込むように優しく握りしめ、そっと耳元で望みを囁けば
あるいは聞いてくれる可能性が無きにしも非ずだが
公衆の面前で羞恥プレイを試みる勇気は、皆本には無かった。
手を組んで考える。さて、どうしようか。



「おー、何やら盛況だな。
 しかしお前はここでも子守りしてんのか、皆本」



掛けられた声から、振り返らなくとも誰なのか解る。
それでも律儀に首を回して、声の主を確認する。
予想通り、そこに居たのは皆本と同期である賢木修二。
日焼けした肌を包んでいるのは、やっぱり着物。


「何処で会っても、お前は相変わらずだよな。
 いっそ保父さんとか、学校の先生が向いてるんじゃないか」

「どちらかといえば、研究の方が向いてるさ。
 で、その頬に付いた紅葉は何だ?」

「・・・・・・季節を先取りしてんだよ。
 いや、俺にも予想外だったんだって!
 こんな人居るのに鉢合わせするとか思わねーだろ!?」

「反省しろよ」



どうせまた、ガールフレンド同士がニアミスでもしたんだろう。
成長しない彼の様子に呆れた皆本は、射的を続けている紫穂へと顔を戻す。
つられて賢木も視線を動かし、そして懐かしそうに目を細めた。



「おお、射的か。
 俺も昔はよくやったもんだなぁ」



賢木が口にしたその台詞で、紫穂の動きが止まった。
それに気付いた皆本は、間髪居れずに



「何だ、君も射的は得意なのか?」

「おーよ。ってか、俺に限ったことじゃないけどな。
 接触感応者は勘がいいし、コツを掴むのも早い。
 上手く道具を使うのは、お手の物なのさ。
 子供の頃は、ブラック賢木と呼ばれたもんだぜ」



彼の職業と合わせて、連想するのは顔に傷のある医者。
しかし、当時はただの子供だったろうに
ブラックというのは何処から来たのか。やはり肌?



「ブラックって、その頃から日焼けしてたのか?」

「いんや、ブラックリストに載ったから。
 調子乗って、幾つか屋台潰しちまってさー。
 今地元に帰ったとしても、射的だけはさせちゃくれねーだろな」



フッ、とニヒルに微笑む様子は、とても三枚目らしい。
文字通りの黒歴史を懐かしそうに語る賢木へと指さし
既に銃から手を離している紫穂に、皆本は告げた。



「見ろ、紫穂。
 あれが駄目な大人の例だ」

「・・・・・・・そうね。
 私が間違ってたわ、皆本さん。
 コンプリート出来なかったのは心残りだけど
 いくらなんでも、ああは成りたくないもの」

「解ってくれたか」



二人の心が通じ合った美しい光景であった。
手を握って見つめ合う姿に、ギャラリーからも拍手が起こる。
そんな中、何故かとても不満そうに零す男が一人。



「お前ら、俺を何だと思ってんだ」

「ありがとう賢木。
 友人として、礼を言わせて貰うよ」

「てめーなんか友達じゃねぇっ!!!」



利用できる時には、きっちりと利用する。
それが男であろうと女であろうと
大人同士の友情とは、かくも香ばしいものである。
・・・・・・ちなみに、薫の戦績は0だった。



「もう、やめぇて。
 あんた、こっちの才能無いわ」

「うーがーーーーーーーーーーーっ!!!!!」









その後、大人気なく射的で勝負を挑もうとする賢木とか
ひと悶着は在ったものの、現在は平和に屋台の味を楽しんでいた。
薫はたこ焼きを突付いているし、紫穂はリンゴ飴を舐めて
葵はチョコバナナを咥えている。なお、想像はほどほどにして頂きたい。
メロンのカキ氷を崩しながら、賢木は辺りを見渡した。



「しかし、これだけエスパーが集まってるとなると
 ちと不安にもなってくるな。
 下手すりゃ、テロの格好の的じゃねーか?」

「警備体制はしっかりしてる筈だから、その点は問題無いと思う。
 万が一、何か起こっても、すぐ鎮圧出来るよう準備はされてる筈だ」



お好み焼きを食べる手を止め、皆本が答える。
子供たちに聞えない程度の声による会話。
楽しんでいる彼女らに、水を差したくは無い。



「・・・・・・なぁ、葵。
 さっきから何で、チョコバナナ舐めてんだ?」

「え、そういう作法とちゃぅん?
 まず舐めたり咥えたりしてから食べなあかんって
 紫穂から聞いたんやけど。
 言われてみたら確かに、すぐ食べるんも勿体無いし」

「紫穂、グッジョブ!」

「うふふ、どういたしまして」

「え? え?」



楽しみ方がずれてる気もするが、それはそれ。
微かに覚えた皆本の不安を吹き飛ばすように、賢木は笑いかけた。



「ま、そーだな。考えすぎか。
 まさか、こんな日に『普通の人々』の奴らが居るなんてな」









そのまさかだった。



「くくく・・・・・・・『普通の人々』は何処にでもいる!
 一般入場を許可したのが、貴様らの運の尽きよ!」



わたあめ製造機の前で、怪しく笑う馬鹿が一人。
彼は『普通の人々』実行部隊の新しい隊長だった。
名は体を表すの言葉どおり、外見は正しく普通の人。
しかし、その実は超能力排斥団体のテロリストである。



「この祭りは、バベル主催によるものらしいが
 奴らが行うのが、単なる祭りであるはずが無い。
 どうせ、何か裏で汚らわしい実験でもするのだろう。
 そうはさせるか! エスパーは世界秩序の破壊者だ!
 見ていろよ、化け物どもめ・・・・・・」

「すみません、わた飴一つ下さい」

「あいよっ、一個四百円!」



陰鬱に呟いていたかと思えば、快活に接客を行う。
そんな裏表が矛盾無く存在しているのが、彼らの恐ろしさでもある。
売り終えた後、彼の後ろに集まってくる人影が数名。
その全てが『普通の人々』の一員であり、彼の部下である。
彼らは潜めた声で、情報と意思のやり取りを開始した。



「帰ったか。周囲の状況は確認できたな?」

「はっ! 並びに、全体的な人の流れも把握致しました!
 また、本日九時より花火が上がるそうです!」

「ほぅ、それは初耳だな」



この祭りはともかく、花火のことは一般に知らされてはいなかった。
集客のためには間違いだろうが、サプライズの効果は期待出来るかもしれない。
それを知った隊長の顔に、暗い笑みが浮かぶ。



「では、その時間に合わせて爆弾でも設置するとしようか。
 とにかく、被害が最も大きくなるようにな」

「はっ! 無理です!!!」



敬礼をしながら、全力否定する部下の言葉に
前方に飛び込み前転を行う隊長。こけ方も普通だった。
即座に立ち上がり、先の発言をした部下に指を突きつけて叫ぶ。



「何が無理だっ!
 まさか貴様、エスパーに組するのではあるまいな!?」

「そんなことはありません!
 しかし、我々の誰一人として銃器及び爆弾の類を携帯しておりません!
 だって普通の屋台ですから!!!」

「アホかお前らぁっ!!!」



サムズアップまでかまして報告する部下に、熱い拳で返礼。
肩で息する隊長に向けて、別の部下が質問した。



「では、隊長は持っているのでありますか!?」

「馬鹿者っ! 普通の綿菓子屋さんがそんなモノを持つか!
 今の俺が持っていいのは、砂糖雲という浪漫を創り出す棒だけだ!」



断言すると共に、微妙な空気が漂う。
こうして彼らのテロ行為は、始まる前から破綻した。
しかし、このまま帰ってしまっては何しに来たのか解らない。
こうなったら身一つで何とかするか、と末期の思考を始めた所で



「おじさーん、わたあめ一つちょうだいー」



突然聞えた声に、隊長が振り向くと
そこには小学生くらいの少女が、お客としてやって来ていた。
しかし、よっぽどの形相をしていたのだろうか。
ビクっと少女は身を強張らせて、若干引き気味となる。
これはマズイ、と声を掛けようとしたところで
横にいた少年が、挑むような目付きでこちらを睨んできた。



「・・・・・・・東野くん」

「オイコラ、おっさん。
 何、客を恐がらせてんだよ」



後ろに庇うようにして、見上げてくる。
子供がこんな風に抗議してくるのは
きっと精一杯の勇気を出しているのだろう。
庇う男の子、庇われる女の子という姿に、隊長は目を見開いた。
そう、コレは――――――――



「普通だっ!」

「ベタベタな夏の日の淡い思い出だっ!!」

「よくやった! 感動した!」



よし、後ろの部下どもは後で殴ろう。
ヒソヒソと騒ぐ馬鹿どもに制裁することを心に決めてから
隊長は、わた飴を二つ手にとり



「怯えさせちまって悪いね。
 ちと気分の悪い事があったもんでさ
 ほら、こいつは詫びだ。受け取ってくれ
 ボーズの分と、そっちの嬢ちゃんの分」



これ以上恐がらせないように、笑みを作って少年に手渡す。
東野と呼ばれた少年は、まだ少し不満そうだったが
少女の方は、微笑みを浮かべてお礼を口にする。
泣いたカラスがもう笑ったか、と隊長も笑みを零した。
彼女が、花井ちさとがエスパーであると知られていれば
また違った一幕があったのかもしれない。
だが結局、それは気付かれる事無く、二人は去っていった。
わた飴を持つのとは逆の方で、仲良く手を繋ぎながら。



「・・・・・・よし、やる事が決まったぞ」



見送った後、隊長は部下へと振り返る。
命令を拝聴するために、部下達も背筋を伸ばした。



「この祭りはバベル主催。
 幾つかは屋台自体の運営も、また行っているのだろう。
 ならば現在、我々の行い得る事はただ一つ!
 普通の屋台の主として、商品を全力で売りさばき
 奴らの客を根こそぎ奪ってやるのだ!」

「はっ、了解しました!」



声を揃えて、即座に散らばる部下たち。
自分達の屋台を放っておくのも、そろそろ限界なのだろう。
一人残された彼も暇ではない。精々、わた飴を沢山売りさばかねば。
楽しげな祭りの光景を瞳に映しながら、彼は忌々しそうに呟いた。



「・・・・・・・・ふん、命拾いしたな。
 束の間の平和を精々楽しむがいい、エスパーめが」










その屋台から、少しだけ離れた所で。

何処か眠たげな少女と、学生服を着た少年の二人組みが立ち止まっていた。
年頃の組み合わせは、恋人同士という関係を思わせるが
その二人の間に、甘い空気はまるで無かった。
祭りを無視するかのように、少女がガムを膨らませる。



「いきなし立ち止まって、どーしたんです?
 ひょっとして暴れる気になったんですか」

「いや、今日の所はことを荒立てるつもりは無いよ。
 ただ・・・・・・命拾いしたのはどっちかと思ってね」



そう口にして、少年は悪意を含んだ笑みで口元を歪める。
彼が着ている学生服は、こんな夏祭りにおいては実に場違いだったが
誰一人として、その格好を見咎める者は居なかった。
まるで、彼が見えてさえいないように。



祭りは、まだ終わらない。


今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa