ザ・グレート・展開予測ショー

夏は終わらない!


投稿者名:veld
投稿日時:(06/ 8/31)



 夏は終わらない!



 日めくりカレンダーをしみじみ眺めて、うんうん、と腕組みしながら頷いている。そんな少女を見た時、あなたがたは何をしたくなるだろう?
 俺の場合は―――そうだな。今みたいにとりあえず頭をはたくだろうか。
 勿論、本気じゃなく、痛くもない、そう、戯れとして収まる類の、叩き加減だ。漫才で言うならツッコミ、そんな感じの力加減。素人にはちょっとお薦めできない、そんな叩き方。
 うーっ。と、シロはたいして痛くも無い癖に頭を抑えて、ちょっと涙で潤んだ眼差しを俺に向ける。

 「どうして叩くんでござるかぁ!」

 「どうして、って・・・理由聞きたいのか?」

 俺は首を傾げた。シロはそんな俺の様子にむむむっ、と眉間に皺を寄せて顔を前に突き出す。

 「当たり前でござるっ。先生だって突然頭を叩かれたらその理由を聞きたくなるでござろう!?」

 「ふむ・・・」

 ―――何となく、想像してみた。例えば、俺がカレンダーをしみじみ眺めて、うんうん、と腕組みしながら頷いているとして、それを美神さんに見られて神通棍でしばかれたとして。
 俺は美神さんに理由を問うか?

 「聞かないな」

 だって怖いじゃん。

 「えぇ〜!?」

 シロは『えー、いや、そりゃ嘘だぜぇ』とでもいいたげな顔つきで俺を見る。彼女はまだ若いから、世の中の仕組みと言うものがわからないのだろう。確かに、誰だって突然に頭を叩かれたら動揺する。だが、叩かれたら叩かれたなりの理由があると思うべきだ。尋ねると言う行動は、その理由を考える事の放棄であり、あまりにも思慮に欠ける姿勢であると言えるだろう。考えて、考えて、考えても、なおその理由が判然としないのならば、諦めるべきだ。
 特に相手との戦闘能力があまりにもかけ離れているのであれば、それは必須である。泣き寝入りは弱者の特権なのだ。蛮勇はけっして賞賛されるべきものではなく、単なる愚か者の慢心に過ぎない。
 俺は腕組みをしつつ、何度も何度も頷きつつ、呟いた。

 「聞かない聞かない。そう、絶対に聞かない。聞くわけない。ありえない、何、その選択肢。理解出来ない。何、その行動?」



 ぱし。

 唐突に頭を叩かれた。やや強めに叩かれた為に、少し痛かった。頭を抑えつつ、俺は叩いた奴の顔をじっ、と睨んだ。叩いた奴は目の前にいる―――そう、シロだ。シロが先ほど俺の頭を叩いた姿勢のまま、突っ立っている。

 「どうして、叩いた」

 俺は静かに尋ねた。彼女は眉も上げずに口を開いた。

 「聞いてるではござらんか」

 シロは、じとーっ、と粘っこい視線を俺に向ける。
 その言葉、態度・・・答えになっていない―――そう、何とも無意味な答えだった。
 俺は溜息を吐く。俺が聞きたいのは、そんな答えじゃない。
 冷静に、平静に、心を静めて、俺は聞いた。

 「シロ、どうして、叩いたんだ?」

 「・・・先生がっ。叩いてもっ。理由を聞かないッ。と、さっき言ったから試してみたんでござるッ!」

 シロは答えた。違う。俺が聞きたいのは、そんな答えじゃない。
 俺は赤子をあやすように、優しく、優しく、尋ねた。

 「シロ、どうして、叩いたんだ? 怒らないから言ってみろ」

 「だぁかぁらぁ! 拙者は、先生がッ。本当に叩いても理由を尋ねないのか試してみたんでござるよぉぉぉ!!」

 ―――俺は頭を振った。

 「シロ。お前の気持ちは分かってる。人にはどうしても暴力に訴えなければならない瞬間って言うのは確かにある。言葉で言っても分からない奴には暴力で答えるしかない時も―――そう、悲しい事だが、それは事実だ。・・・だが、今、この時、お前は本当に俺を叩く必要があったのか? 教えてくれ、シロ。お前は、どうして、俺を、叩いたんだ?」

 「うっ。うぅぅぅ!! 先生ッ、拙者をからかっているんでござるなっ。拙者を馬鹿にしてるんでござるなっ。拙者、拙者ッ。そんなことで負けたりしないもんっ!!」 

 とうとうシロは唇を噛み締め、零れ落ちそうな何かを堪えるような姿勢を取ってしまった。
 かつてのゆとり教育の弊害が、今、俺の目前にある。関係ない気もするけど・・・気のせいだろう。
 現代社会の犠牲者たるシロの様子を見れば見るほどに俺の中に社会に対する憤りが心の奥底から噴き出してくる・・・ような気がする。
 それに伴って、彼女に対する愛情もまた、浮かび上がってくる。

 あぁ、シロ、可愛そうなシロ。一体何がお前をそこまで追い詰めてしまったんだ?

 「シロ・・・」

 俺はそっと両腕を開いた―――勿論、彼女を迎え入れるために。
 彼女はそんな俺の様子に、元は戸惑っていたようだったが、じょじょに心を開き始めた。
 こわごわと近づき―――そして、大胆に、俺に抱きついてきた。
 俺の胸に顔を寄せ、胸元を湿らせる―――ぐずっぐずっ、と涙と鼻水でぐじゃぐじゃになった顔を綺麗に拭っているのだろう。俺のTシャツで。俺はもう一度呼びかけた。『シロ』―――今度は離れろ、って言う意味で。
 彼女は頭を振った。俺の言葉のニュアンスをはっきりと理解した上で―――戦慄が走った。彼女の腕が俺の腰に巻き付いている。彼女が上目遣いで顔を頭上に向けた。俺の目と彼女の目が合う―――彼女の目が、笑った。

 「先生の・・・ぶわぁかぁぁっぁぁあ!!!」

 そして、彼女のブレーンバスター(垂直落下式)が綺麗に決まり、俺の意識は奈落の底へと落ちていった。






 「・・・ふふんっ。口で言ってもわからぬものには、たとえ先生であっても暴力と言う必要悪で蹴散らす他ないのでござるよ。あぁ、でも、先生、拙者はこんなことしたくなかった! 本当でござるよ。だって、拙者、先生の事が大好きだもん・・・・・・・・・っ、拙者、何を言ってるんでござろうっ。えへへっ。ちょっと照れちゃうでござるぅっ。・・・先生? 聞いてるんでござるか? 先生? ・・・いつまでも寝てちゃ駄目でござるよっ。もう、こんなところで寝てたら風邪を引いてしまうでござるっ。大体、先生、学校はどうしたんでござるか!? 学生たるもの、学業が本分であるからしてちゃんと起きて学校に行って勉強をしなきゃ駄目でござるよ! ほらっ。先生・・・先生?・・・」






 「・・・死んでる」


 シロは息のない横島くんの身体をぶんすかぶんすか振り回し(中略)



 「先生死んだりしたら駄目でござるよっ。絶対に駄目でござるっ。もう、具体的には、どう云えば良いんでござるか!? そう、残された拙者はどうなるんでござるか! 結婚もしない内に未亡人なんて絶対に嫌でござるぅぅぅ!!!先生、知ってるんでござるか!?昔は未亡人って言ったら、故人と一緒に死んだと見なされてたんでござるよ! でも、拙者は生きてるではござらんか! 生きてるのに死んでいるって、それってまるでゾンビじゃござらんか! そんなのやでござるぅ!! あそこのお宅のシロさん、ゾンビなんですって。リビングデッドなんですって。だからあんなにいつまでも若々しくて美しくて、もう惚れ惚れしちゃう、とか言われたりするんでござるかー!!!って・・・結婚してないから、未亡人じゃないのか・・・って、もう、そんなの関係なくて、とにかく先生起きれー!!!」

 そうだ、頭から落ちたショックでああなったりしたんなら、頭から(中略)




 「う・・・うん・・・」

 「先生、生き返ったんでござるな! やっぱり、拙者の処置は正しかったんでござる!」

 「・・・え・・・っと。ここは・・・どこなんです?・・・君は、誰?」

 「へ? 何を言ってるんでござるか? 拙者はシロでござるよ。シロ。先生の忠実な弟子でござるっ」

 「・・・シロ?・・・弟子?・・・駄目だ、・・・何も、何も、思い出せない!」



  ―――(物理的ショックによる)記憶マッチョー!?―――


 「・・・ふ・・・ふふふっ・・・ふふ・・・」

 「・・・あの、な、何です? その・・・ちょっと不気味な笑み・・・」

 「思い出せないなら・・・思い出させるまででござるぅぅぅ!!」

 「な、何っ。ちょっ、何するんですか! やめ・・・やめてぇっぇえ!!!」

 
 (中略―――牡丹の花の落ちるイメージ画像)



 ぽとり・・・。





 シロが、腕組みしながら、うんうん、と頷きつつ、日めくりカレンダーを眺めている。
 俺はその足元で、うーんうーん、と唸りながら倒れている。何故かは分からないが、頭が猛烈に痛い。身体も所々痛いが、頭の痛みに比べりゃ何でもない程度のものだった。彼女に理由を聞いても答えにならない答えしか返って来ない。
 起き上がって彼女の頭を叩きたい衝動に、猛烈に駆られているのだけど、それを実行に起こそうとする度に頭痛が酷くなる。起き上がる行動さえ起こせない。もしかしたら俺の前世は相方に刺殺された漫才師のツッコミだったりするのではなかろうか。そして、前世の因果で今この時、彼女の頭を叩く事を躊躇っているのではないだろうか。
 悲劇―――俺のもしかしたら有り得たかもしれない一つの未来の可能性の灯が一つ消えてしまった。大阪出身少年の一つの夢―――漫才師。そのツッコミとしての道が立たれてしまったのである。何て可愛そうな俺。哀れな俺。そしてごめん、もしかしたら未来、俺と組むかもしれなかったボケ―――相方。

 「って、何でやねん」

 俺はびしりっ、と床を叩いてみた。叩いた手が痛かった。悔しさよりも何よりも物理的な痛みで涙が滲む事が悲しかった。突っ込むタイミングがおかしかった。突っ込む気力も無くなった。俺の夢は完全に立たれた。前世からの因縁とは全く無関係に頭痛と眩暈がした。


 「先生、何してるんでござるか?」

 「何でもない」

 シロが俺を見下ろし尋ねた。俺は零れかけた涙を拭い、低い声で答え、そっぽを向いた。
 溜息を吐きつつ、シロはまたカレンダーに視線を向け、呟くように言った。

 「もう、夏も終わりでござるなぁ」

 「そうだなぁ。夏ももう、終わりだなぁ」

 俺は地面に倒れ付しながら、彼女の声を聞いている。みんみんと蝉の声も聞こえている。夏が終わるなんて、とても信じられない程に、元気な声だった。蝉達もきっと、夏が終わるなんてこれっぽっちも思っちゃいないのだ。もしかして木にへばりついている彼らは、自分たちの命がひと夏しかないことだって気付いていないのかも知れない。
 死期、ってのは本能で悟れるものなのだろうか?・・・そうでなければ、同胞の死を見、自分の死を予感―――確信するのか。それとも、そんなことを考える事もなく―――考える暇もなく―――彼らは死んでいくのだろうか?
 八月三十一日。シロが日めくりカレンダーに手をやった。九月一日と言う今日がやって来る。
 九月―――と言えば、もうすっかり、秋のイメージだ。九月の海、なんて、七月、八月の海と比べると、随分冷たく感じられる。冷たい、と言うよりも、どこか、寒い、って言葉がふさわしいような気がする。九月の海に入ることなんて無いから、指先や肌で直接水に浸して感じ取る『冷たい』よりも、身を切る風の『寒い』の方が、しっくりと来る気がする。
 日めくりカレンダーをめくった瞬間、そんな季節になってしまう。・・・八月から九月に変わったからと言って、蝉の声が変わるわけでもないのに、俺はそんな気になってしまっていた。シロがカレンダーを見て頷いてたのも、その所為なのかもしれない。彼女なりに、気持ちの折り合いをつけてたんだろう。
 彼女は、うんっ、と力強く頷くと、八月三十一日の紙に手を掛け・・・

 「シロ」

 呼びかけると、ぴたり、と手を止めた。そして、足元で倒れてる俺に目を向ける。

 「何でござるか?」

 笑っているように見えた。幾分の躊躇と共に、言葉を紡ぎだす。

 「西瓜、あんまり食べた覚えないなぁ」

 「そうでござるな」

 シロは頷いた。

 「海も、そんなに、行ってない」

 「そうでござるな」

 シロは頷いた。

 「プールに至っては、行ってすらない」

 「そうでござるな」

 シロは頷いた。

 「あー、あと・・・そうだ。昆虫採集もしてない」

 「そうでござるな」

 シロは頷いた。

 「えー、と、あとは」

 俺は言葉を捜して・・・。
 諦めた。

 「あー、もう良いや。破ってくれ、うん」

 シロは手を離して、その場にしゃがみこんだ。
 そして、俺の顔を覗き込み、にたーっ、とまるでチェシャ猫のように―――そう、馬鹿犬の癖に―――笑った。

 「夏が終わるのが、や、でござるか?」

 うっ、と俺はうめく。
 図星だったからだ。

 「先生、子供みたいでござるよ」

 くすくす、と、また、笑う。
 心底、不本意だ。大人な奴に子供、って言われるのも不本意なのに、子供から子供、って言われんのは―――そう、誠に、不本意だ。
 ・・・でも、不愉快じゃなかった。何故かは分からないけど、不愉快じゃなかった。

 「・・・うっせぇ」

 「先生」

 シロはそっと俺の身体を起こした。
 唇を耳に触れそうなほど近づけて、囁く。

 「来年はすいかをもっとたくさん食べて、もっとたくさん海へ行って・・・プールにも行って・・・昆虫採集をするでござる!」

 「・・・そうだな」

 俺は身体を起こした。頭の痛みはまだ微かに残っていて、彼女の頭に手をのせようとすると―――じくり、と染みたが、気にしないフリをして彼女の頭を撫ぜる。彼女は心地良さそうに尻尾を上下に振り、うっとりとした眼差しを向けて来る。
 季節、ってのはどれも終わる頃、何かしらの悔いを落としてくものだと思う。したいことを満足に出来ないまま終わる。往々にしてそうだ。例えば今のように、夏が終わる事を惜しむように―――。
 だから、といって、立ち止まってるわけにもいかない。というよりも、立ち止まれるもんでもない。過ぎる夏を悔やむより、来る秋を楽しむ事を考えないといけない!
 でなければ、また悔いてしまう嵌めになってしまうだろうから。

 「んじゃ、ま、秋刀魚と栗と松茸の季節にお呼ばれしますか」

 言いながら、俺は『八月三十一日』を破り捨てた。
 そして、訪れた『九月一日』を見て、笑った。

 「ま、松茸なんて食べれやしねぇけどな」




 終わり 

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