ザ・グレート・展開予測ショー

下着青年


投稿者名:ヴォルケイノ
投稿日時:(06/ 8/29)


「――分かったわ。
 仮に貴方の言う事が正しいとする。」

 事務所の机の上。
乱雑に並べられたメタリックな小物を前に、その事務所のオーナー、美神 令子は疲れた表情を浮かべそう言った。
今、彼女の目前には一人の青年が居る。
年は彼女が密かに想いを寄せる丁稚君よりも少し若いくらいだろうか?
背丈は美神と同じくらいだが、彼にはまだまだ成長する気配が伺えるし、鋭い目つきが少し気にかかるが美形といっても過言ではない。
なにより、彼の頭部。開けっ放しの窓より流れ込む風に戯ぶ彼の燃えるように紅い髪は、確かに誰かを思い起こさせるに十分だった。

「ご理解いただけて嬉しいです。」

 理解したつもりは無い――

 目前の青年が発した礼儀正しい感謝の言葉。それになんら悪意など感じないというのに、なぜか苛立ちを覚える美神。

「えぇっと、お茶です・・・・・・はい、・・・・・・。」

 そう言ってデスクの上に置かれた2つのコップ。色からして中の液体は麦茶なのだろう。

(でも、まぁ、不幸中の幸いというか・・・・・・)

 それを口にしながら美神は事務所中へと目をやった。
そこには、露骨に興味津々という表情を浮かべているシロと、手にしたレディース誌を読むふりをしながら耳をダンボにしているタマモが居て、

「・・・・・・」

半開きになった扉の隙間には、こちらの様子を伺うおキヌの姿があった。

(・・・・・・まぁ、気持ちは分からない事もないけど、ね)

取り合えず、終始、様子を伺われているのでは気分が悪い。
と、美神は、彼女等を自分の側に呼び寄せると、

「で、時間を越えてまで私――その・・・・・・母親に逢いに来るなんてどういうつもり?」

そう、幸いなのは、この場に、彼女の慕う丁稚君が居ない事。
だが、それも後暫くの事。
もうじき夏季補講を終えた彼が涼みにやってくる時間となる。
この件は早急に対処する必要があった。
故に、

「言うまでもないと思うけど、このせいで未来が変わる可能性があるかもしれないって事、理解したうえ行動なのよね?」

美神が投げるのは直球。
そして、同時に寄こされた鋭い眼光を真正面から受けて立ち、青年。

「――はい、
 俺はむしろその未来を変えるためにこの時代へ来たんです。お母さん。」

そう、言い切ったのだった。


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 ぽつ、ぽつ
と、静まり返ったオフィスの窓を叩く雨音。
振り返り窓から見た空には、夕立が近いのか、いつしか暗く雲が覆っており、
美神が席を立つより早く、いち早く正気を取り戻したおキヌが開きっぱなしだった窓を閉めた。
行動の先を打たれ、仕方なく美神は正面の青年へと目を戻すと、この雨で丁稚君がどこかで雨宿りしててくれる事を祈りながら言葉を発した。

「『未来を変える』ねぇ?
 確かに、この机に並べられたアナタが言う未来人の証拠と、その赤毛を以てアナタを私の息子と認めていいと思う。
 私の時間移動能力も知っている人は知っているけど、世間に公表しているわけでもない。
 それを知っているだけでも、アナタは私に近い人間、ないしは、近い人間だった、そして――」

と、彼女はそこで一度息を大きく吸い込むと、

「未来に於いて、近い人間となる、と言う事だから。」

 言葉と同時に背後で光る雷光。
とたんに激しくなった雨音は、この屋敷に憑いた人工幽霊が遮断してくれているので気にはならない。

「アナタが確かに、私の息子、というならば時間を越えることも可能でしょう。
 でも、時間の流れには修正力がある事は知っているでしょう? 私が母親ならそれを教えていないなんて事はないはずよ。」

 もしかしたら私の時間移動能力の事を知る魔族が、ソレを利用して嘘をついているかもしれない。
とっさに、美神が発した問いは、それを確認する為のものでもあったのだが――

「知っています。教えてくださったのは、お母さんじゃなかったですが・・・・・・
 ですが、それを知った上でも、どうしても未来は変えなければいけないんです!」

 先程まで礼儀正しい態度を取っていた赤毛の青年が、語調を荒げ吐き捨てるように言った。
それは、己が行おうとしている事がいかに無謀であるかという事を知り、それでも実現せねばならないという悲壮な決意の表れな様に美神達には感じられ、

「ちょ、ちょっと落ち着いて。
 でも、私以外から教えてもらったってどういうこと?」

 少なくとも美神は、自分のような能力を持っている他者に今まで出会ったことは無い。
そう口にしながら、今まで出会ってきた人達の中から可能性のありそうな者を探すが、該当者はなし――と、そう言えば近くに居た。

「――はい、お婆ちゃん、美神 美智恵にです。」

それに気づいた美神の表情より悟り、簡潔な言葉で肯定してみせる赤毛青年。

「そういえば、美智恵殿にも時間移動能力があるという話でござったなぁ。」

いい加減、黙っている事に辛抱溜まらなくなったのだろう。
会話に首を突っ込んできたのはシロ。すぐさまおキヌが注意をしようとしていたが、それを留める美神。
降り出した雨も相成って、暗く重くなる雰囲気を普段和らげてくれる人は、今はこの場には居ない。
ふと、ピートと初めて出会った時の事を思い出し、その時の丁稚君が取った行動。それだけでも、少しは気持ちが落ち着くのを美神は感じていた。
時間の修正力の事を知った上で、それでも未来を変えたいという自称美神の息子。
余程の大事、もしかすると先のアシュタロス事変をも越える事象が彼の居た時代、そう遠くない未来に起こっているかもしれないのだ。
今から赤毛の青年はその事を語ってくれるだろう。
だからそれを聞くにあたり、決して気負いすぎてはいけない、と、どんな時にも冷静な判断を――そう自分に美神は言い聞かせた。

「でも、どうして美神さん・・・・・・ああ、お母さん・・・・・・からじゃなかったんですか?」

美神に一瞥入れながらおキヌが問う。
『お母さん』という響きにどこか含みがありそうだが、美神は取り合えず今は話に集中する事とした。
そのことで揉めるのは本題を聞いてからのほうがいい、と判断しての事だ。

「それは・・・・・・」

おキヌの言葉を受け、一瞬の躊躇を顔に浮かべ、赤毛青年は続けた。

「俺が、この時間移動の能力に目覚めたのは実はまだ数週間前のことなんです。
 そして、お母さん、アナタはその時代には既に他界しています。」
「――なっ!」
「え?!」
「それは本当でござるか!!」
「――うそ」

 殺しても死なない女。
とまで言えば言い過ぎなのだろうが、少なくとも妖怪よりも長生きしそうな美神が、目前の青年より逆算するにこれから二十年未満の未来に亡くなってしまうという事実に、その場に居た四人が、異音同意の驚愕を示した。
 だが、その驚愕を持って青年の言葉が覆るわけではなし、

「嘘じゃありません。」

 青年は、動揺を浮かべる母の瞳を正面から見据え、もう一度、

「今から17年後。貴女は魔族の手にかかり命を落とす事となります。
 俺の来た時間からすれば一年前。俺がまだ14歳の時の事でした。」

 はっきりと宣言した。


 雨音は未だ強く窓を叩く。
外部からのその音は遮断できても、衝撃で軋む窓枠の発する音までは消しきれないのか、微かなきぃきぃという音だけが、オフィスに響いていた。


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「・・・・・・ふふふ。」

 雨脚強く、無音が支配するオフィスで最初に声を発したのは美神の笑い声だった。

「み、・・・・・・美神さん?」

 飼い主の不気味に可愛らしい笑い声に固まる二匹の獣。
なんとかこの中で一番付き合いの長いおキヌが、彼女の正気を確認する。だ、

「ああ、ごめん。おキヌちゃん。
 ちょっと動揺して・・・・・・」

 もう大丈夫。そう続ける美神の顔は青く、おキヌにはとてもじじゃないが、大丈夫のようには思えなかったが、続けかける言葉も思いつかず、肩に伸ばした手を戻した。

「・・・・・・すみません。」

 自らの言葉で取り乱させてしまった事を謝罪する赤毛の青年に、片手で『気にするな』と返すと、美神は残っていた麦茶を呷った。
何処に用意しておいたのか、空になったコップにおキヌが新たな麦茶を注ぐと、それを一息で飲みきり、美神は深い溜息をつき、コップを机の上へと戻した。 今度の沈黙はさほど長くなかった。
口を開いたのはやはり美神だった。

「結論から言うと、ダメよ。」

 それは、拒絶というよりは、不可。

「十六年後に私が死ぬというのなら、それは運命だし、それを変えるなんて事は許されない。
 それに、例え今、その事実を聞いた事で、十六年後、私を殺す魔族から逃れられたとする。
ううん、違うわね。貴方が今の時間に来たという事は、この時間にその魔族を制する何かがあるんでしょう?
 でもね、例え、その事件を未然に防げたとする。
 それでも――」

 時間の修正力が別の手段を以て私を殺すでしょうね。

美神の表情は青いまま、それでも毅然とした態度で目前の青年に告げるその姿におキヌ達は美智恵の姿を重ねる。
母を記憶に残さぬ三人なれど、今、美神の示す態度こそが、『母親』のソレなのだろう、と、気づけば彼女等の瞳は潤んでた。

「・・・・・・そう、ですか。」

 『既に死は受け入れた』
 『その時までを精一杯生きる』

 赤毛の青年は、正面の女性の瞳に宿ったその意思に気づき、時を越えてまで為そうとしていた己の我侭を悔いた。
 未来に於いて、彼の母を殺した魔族は、そこに至るまで他の多くの人間を殺してきている。だが、今ここで例え美神が、全ての真相を知り、その魔族が地上へと現れた瞬間に倒す事が出来たとしても、時間の修正力が、次なる厄災を招くのは必至。
 母親が死に、己が時間移動の力に目覚め、そして祖母より時間の修正力に関して聞かされたとき、そんな事は分かっていたはずだ。
 それでも、青年は、過去へと来てしまった。
 変えられぬ運命と知りながら、それでも母がまだ生きていた時代へと――

 ――マザコンって奴か、
    ・・・・・・情けねぇ――

 時間移動の能力と共に目覚めた霊能力。
その力を以て、自分もあの魔族と戦うべきだった。
アシュタロス事変の再来とも言われている未曾有の危機が、訪れているのは青年の時代だ。
青年こそが生きて、過ごしていた時間だ。
その時間を、その世界を、そこに生けるまだ命落としていない仲間達を、

 ――俺が護らなければいけなかったのに!!

彼の父親は、母親の事をよく『タフな女』と称していた。
そして、今、青年の目の前には、己が余命を知り、顔色からも伺える程のショックを押しとどめ、まだ生まれても居ない子供に対し、『母親』たろうという態度を取る、『タフな女』が居て。
 
「すみません。
 俺は戻ります!」

 青年は声を張り上げた。
そこには強い意志と、覚悟が見て取れた。
『何処へ?』等と問う必要はなし。
青年の戻る場所は一つ、彼の元居た未来だ。
美神はそんな青年の様に、満足したように微笑を浮かべると、

「・・・・・・屋上まで案内するわ。」

その後ろ。
窓の外、再び雷光が天を焼いていた。




 屋上。
遠く西の空は青い。
今を濡らす強雨はすぐにでも去ろうとしていた。
そんな雨の中、服が濡れる事にも構わず、赤毛の青年は屋上に雷を招く為の魔方陣を描いていた。
そして、それを見守る四つの影も同様に雨に打たれていた。

「・・・・・・おキヌちゃん達は戻ってもいいのよ?」

その青年の様を、物悲しげに見守る美神の言葉に、

「ここに居るでござる」
「私も、」
「私は、今の美神さん、放って置けませんから。」

三者三様の答えで否定する。

「――ありがと、」

やがて魔方陣は完成した。


雨が弱まり始めた。
もはや一刻の猶予もない。
青年は、見守ってくれていた四人の女性達に礼を述べると、彼女等に背を向け、一人魔方陣の中央へと進んでいく。
そして、魔方陣の中央へと彼がたどり着き、雷を呼ばんと手を上空へと掲げた時、

「――待って!」

彼を呼び止めたのは美神だった。
振り返る青年に、呼び止めた美神の方が、何故か戸惑いをその顔に浮かべていたが、やがて彼女は頬を朱に染めながら一つの事を問うた。

「私は――
 その、貴方の母親は、死ぬまで、横島クンと、幸せだったの・・・・・・かな?」

 そこに先ほどまでの母親姿はなく、おキヌは、そこに恋する少女の姿を見た。
その美神らしからぬ問いに、シロもタマモも何故か顔を赤らめ目を反らし、長い付き合い故に知る、おキヌの上司が時折見せる可愛らしい少女の顔に軽い嫉妬を覚え、

 青年は――


「あー・・・・・・
 その、実は・・・・・・母と横島さんは、最初結婚はしたんですけど、母が横島さんの浮気癖に愛想つかしまして・・・・・・その・・・・・・」

 急にしどろもどろ話し出す青年。
その頬には引きつった笑みが浮かべられている。

「・・・・・・へ?」
「はあ?」
「ふぇ!??」
「・・・・・・ちょっ、じゃあ貴方の父親は?!」

四者とも、彼の父親が横島だと思っていたのだろう。
故に、青年のその答えには、美神が近い未来死ぬ、という事実よりもある種、驚いた様を見せ、

「え・・・・・・と、あははは・・・・・・ゆ、父の名前は雪之丞です。
 その、横島さんの浮気性で、自棄酒していた母を、こう・・・・・・介抱というか、勢いというか、流れというか・・・・・・」
 
 言われてみれば、そういう青年の鋭い目つきには、雪之丞の面影が確かに見受けられ、

「な、なんですって――っ!!!!!」
「あ、じゃぁ俺、そろそろ帰るッス。
 家で、腹すかせたガチャピン(金魚)とムック(出目金)が待ってるんで――」
「待てコラァアアアアア!!」

 早口に逃げようとする青年、
逃がすまいと魔法陣へと拳に最大級の霊力込め駆け寄る美神。
だが、それと同時に巨大な雷が青年を捉え――

「そんな未来はイヤァァァアアアアア!!」







 結局、青年に未来まで付いていった美神は、彼女の時間より一週間後に、その魔族が秘密裏にこの世界を混乱に陥れる罠を(具体的には某国の首相のっとり作戦だった)張ろうとしている事を知り、それを未然に防ぎ未来を変える。
 時間の修正力でどうなるかは結局は十六年後には、大事件が起こる事となるのだろうが、『アシュタロス事変同様、金になりそうにないし、未来とは違う事象を一つ起こしたから取り合えずどうでもいい』との事。
 まぁ、そんな事より何より、

「いやー、酷い雨でしたねぇ」
「あ、ヤムチャだ」
「ヤムチャ先生、散歩行くでござるよ」
「ヤムチャさん、今、お茶入れますからね」
「あ、ヤムチャクン、3ヶ月減給しておくから」
「な、なんでや――っ!!」




                         めでたしめでたし 

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