ザ・グレート・展開予測ショー

【夏企画SS】ひだりまえ風紀委員!(GS)


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 8/29)




「先輩、先輩もそう思いまへんかい、近頃の幽霊はなっとらんと」

「はあ」

 酒でも呑んでるかの如く隣に座ったおキヌへくだを巻いてるのは、真っ更な白装束を左前に合わせてビシッと着こなした初老の男の幽霊。白装束だけではなく、額に巻いた三角形の額紙にも一分の隙もなかった。

「つまりなあ、粋や雅ってモンがな、あらへんのや」

「はあ・・・」

 かれこれ一時間その幽霊に付き合っていた学校帰りのおキヌは、困った様な笑顔で相槌だけを打っていた。



    ▼ △ ▼ △ ▼ △



「こらああっ! 何やねんその格好はっ!」

 話は数日前に遡る。
 見慣れぬ顔の、いずこから流れて来たらしい浮遊霊がこの土地に居付き始めた。白装束姿のその新入りは、以前からここにいた他の浮遊霊を見掛けては片っ端から捕まえて、彼らの服装を激しく咎めて回ったのだった。

「幽霊だったらきちんと幽霊の制服着て歩かんかいっ、このアホンダラ!」

 幽霊の制服――つまり、彼の着ている白装束と額紙の事だろう。
 多くの浮遊霊達が彼の激烈な“風紀指導”を受け、強制的に白い着物へ着替えさせられる破目となる。葬式を受けてなく、白装束を自前で持ってない者だけが例外として免除された。
 最初は幽霊間の事だからと様子を見ていた石神も、この土地のルールやボスの存在を無視して勝手に振る舞う風紀委員を見過ごしてはおけないと結論を出す。
 霊達から何とかしてほしいと苦情が出ていた事もあって、問題の新入りを一編シメた後、大ボスであるおキヌの許へ連れて来たのだ。

「幽霊っちゅうもんはなあ、白い経帷子をきちっと左に着て足は隠し、おつむにゃ白い三角の額帽をビシッと巻いとくもんなんやっ」

 結構痛め付けられたらしいが、彼は全く屈する様子もなく、おキヌや美神事務所の面々を前に自説を繰り返していた。
 おキヌは彼に名前や素性を尋ねてみる。話を聞くと生前、江戸時代の絵師で幽霊画も多く描いていたとの事。
 丸山音響、彼はそう名乗った。

「何よ、そのアンプやスピーカーの取付工事をお手頃価格で承ってそうな名前は・・・」

「この話はフィクションでござるからな」

 怪しい会話をしているシロ・タマモの脇で、その希代の幽霊絵師の名前に聞き覚えあった美神は思い出していた。
 確かに彼の描いていた幽霊画の幽霊は、いずれも白装束姿で足が無かったと言う事を。



    ▼ △ ▼ △ ▼ △



「昔の幽霊にはなあ、粋ってモンがありましたえ。化けて出る時かて、こう柳の木の陰からヒュードロドロと・・・あるいは、ひたひた廊下を歩って来てやね、障子に影を写しながら手も使わずスゥーっと。それが今は何でっしゃろ。写真に出しちゃあかん足ばかりをでんと突っ出して写り込むは、小汚い面遠慮もなく貼り付けるは、人がいない思うたかチンタラ歩って防犯カメラに丸々撮られとるは、みっともないったらありゃしまへんなあ」

 尽きる所を知らなげな丸山の愚痴だったが、途切れたタイミングを見計らっておキヌが言葉を挟む。

「それでもやっぱり、無理強いしちゃいけないです。その人のこだわりや思いや事情があったりするんですから。私だって、幽霊でいた300年、ずっと人柱になった時の巫女服だったんです・・・」

「いいや、先輩とかはええんですよ。わしかて戦や天変地異で人知れず亡くなられた、墓も死出の用意もあらへん方にまでケチ付けるつもりはありまへんて」

 丸山は静かにかぶりを振る。
 新入りが必ず挨拶するべきこの地のボスと聞かされて会わされたのが、幽霊でもない16・7の女子高生だったのに当初鼻白んだ丸山。
 だが、彼女が300年間――自分の生まれる前から――幽霊をやっていた大ベテランであり、そこから生き返って今度はネクロマンサーの能力に目覚めた・・・と言う経歴を聞いてからは、先輩と呼び謙虚な態度を見せる様になっていた。

「そやけど先輩、平和な世の中で天寿全うして、葬式出してキチッと送り出してもろとるモンが生前の格好でウロウロしとるて、そりゃ一体どう言う了見どすねん。幽霊が死装束着るって言うんはその辺の申し訳なさ、己が迷とる事への後ろめたさの表れちゃうんですかい。つまりあれらにゃそう言う心ってモンが見られんのや」

「そんな風に決めつけちゃダメですっ、誰がどんな風に生きて来てどんな気持ちで幽霊やってるのかなんて、丸山さんにも私にも分かんないじゃないですか。丸山さんの心構えは私も素敵だと思います・・・でも、それをみんなに当てはめて押し付けちゃうのは、やっぱりいけないんです」

「そやかて・・・」

 おキヌの訴えに丸山は言葉を濁した。かつては発想の自由さが身上であった彼には彼女の言葉の正しさは充分過ぎる程分かっていた。そんな彼へおキヌが今度は恐る恐る尋ねる。

「あ、あのっ、着ない事を悪く言うんじゃなくて着る事の、経帷子の良さとかをアピールするのはどうでしょう?」

「あぴーる・・・売りでっしゃろか?」

「そうですっ、例えば・・・涼しいとか動き易いとか、爽やかなイメージとかっ分かり易さとかっ」

 少し慌てたのか頷きながら早口で並べたおキヌに、丸山は苦笑いを浮かべて答える。

「いくら白い言うたかて死装束どすえ。爽やかとは呼べませんなあ?」

「えうっ、す、すみません・・・」

「しかしまあ、流石は幽霊の大先輩にあらはりますわ。見た目若うても言葉の重みが違いますな。自分の器の小ささを思い知ります・・・ええでしょう、一つそれで売り込んでみるとしましょうか」



    ▼ △ ▼ △ ▼ △



 思った事を中々曲げない昔気質の頑固者の様だが、その分考えを改めた時の行動も早い。
 丸山はその日の内に付近の浮遊霊達を集めてもらって彼らの前で自分の無礼を詫び、その上で改めて幽霊の制服――白装束と額紙を着ける事の利点や素晴らしさを訴えた。
 丸山のプレゼンテーションにはおキヌも協力した。
 最初は「私も実際に着ながら勧めましょうか」と言っていたおキヌだったが、それは丸山の方から丁重に断られた。生きている人間が着るべきではないと言う彼のこだわりらしい。
 程度の差こそあれ、「幽霊といえば白い着物に三角紙、足がない」イメージは彼以外の霊達も生前から持っていたものであり、強制される形でなければいくらか共感され易いものでもあった。
 それに加え、幸いにして今は夏真っ盛り。夏らしさ、夏の幽霊らしさという点でも売り込む上で強みがあった。
 次の日からはおキヌを手伝う形で横島やシロ・タマモ、ピートとタイガーと愛子、弓や魔理を始めとした六道女学院のクラスメート達も町内の浮遊霊や地縛霊相手に白装束着用の売込みを展開し始める。
 新入りだけならともかくおキヌが先頭に立って呼び掛けているからと言うのもあっただろう。やがて、無理やり着せていた時程ではないが、頭に三角紙をつけた白装束姿の幽霊が漂っているのを至る所で見られる様になった。

「ええと、北町一丁目で68%。二丁目で51%。三丁目で・・・南町一丁目では92%。二丁目・・・トータルで、73%となります」

「あ〜〜、7割3分って事やろか」

「はい」

 週末に行われた会議。ピートの読み上げた普及率を聞き、丸山は唸った。おキヌが彼に笑顔で言う。

「良かったですね。丸山さんの気持ちはきちんとみんなにも伝わってるんですよ」

「しかし、何だか申し訳あらへんかもな。幽霊の事なんぞでこんなに生きてる人らの手煩わせてしもおて・・・」

 唸りつつ丸山がそう言うと、おキヌに返される。

「私だって元幽霊ですよ。それに、霊の事で頑張らせて頂くのがGSなんですから」

「と言うてもやな、特に先輩、わしのせいで随分ご無沙汰なんじゃあらへんかい」

 彼は後半おキヌにだけ聞こえる様に声を潜め目配せした。彼の視線の先には、テーブル向かいでのほほんと座っている横島の姿。
 言葉と視線の意味するものに気付くと顔を赤らめ、やはり小声でどもりながら叱咤するおキヌ。

「ごっ、ごごごご無沙汰って、ま、丸山さん何言うんですかあっ」

「何じゃあらへんがな。恋の華にゃ逢瀬の水。逢えぬからこそ焦がす炎なんてのもありますが・・・・・・やっぱ、焦げさせちゃあきまへんなあ」

 おキヌをからかう様ににんまり笑う丸山だったが、言葉の後で何故か顔を曇らせる。
 白装束PRの大成功とも言える成果を聞いていた時から、彼にはそれを素直に喜んではいない、どこか翳りめいたものがあった。



    ▼ △ ▼ △ ▼ △



「結構普及したんじゃない? まあ、私らにとっても無害な奴を見分け易いから、便利って言や便利なのよね」

 窓の外でふわふわ通り過ぎた白い幽霊を横目で見ながら美神が言う。しかし、横島は首を傾げていた。

「でも、何だってあのオッサン、そんなに自分の描いてた幽霊のカッコにこだわるんですかね?」

「それが正しい幽霊の姿だと信じてるからですよ」

「でもね、おキヌちゃん」

 おキヌの返答に美神が、横島同様解せない表情で呟く。

「彼は“幽霊画の元祖”って呼ばれてるの・・・つまり、彼以前に白装束姿で足の無い幽霊を描いた者は殆どいない訳。彼によって初めてそういう幽霊のイメージが日本中に定着したと言っても過言じゃないわ」

「え・・・」

 そう、多くの人にとっては幽霊のそのイメージは「昔からよく言われている事」だが、丸山はその根拠を自分の絵にしか求められない筈なのだ。おキヌは美神を見ながら言葉を失くす。

「それに、昔だからって幽霊が皆、白い着物で柳の下にばっかり出てたなんて訳ない。考えるまでもないわ」

「ああ、アレっすね。目で見たモノより自分の頭の中のモノの方が正しいんだと思い込むタイプ。晩年弟子が大勢いて、自分の流派とか作ってたみたいだからなあ、俺が絶対だってワンマン社長のノリなんでしょーね」

「・・・何でそこで私を見てるのかしら?」

 ほな格好がらしゅうなったトコで今度は一つ、化けて出る時の作法ってモンを指導してやりまっさ。そう言って飛び出して行った丸山に、おキヌの「無理強いしないで、お手柔らかに〜」と呼び掛ける声が届いたかどうかは定かでない。
 でも、そんな分からず屋な人じゃなかったけどな。私の話も、ちゃんと聞いてくれたし。横島が美神にアイアンクロー掛けられているのをよそにおキヌは窓の外を眺め、所々で漂う白装束の幽霊を数える。
 電話が鳴り、オカルトGメン西条から緊急の協力要請が入ったのは、丁度その時だった。



    ▼ △ ▼ △ ▼ △



 Gメンで追跡していた悪霊がトンネルや墓地を通過した事で中規模の霊団にまで膨れ上がり、分譲マンションに立て篭ったのだと言う。霊団の取り憑いた部屋の居住者もその周辺の住民も既に避難したとの事。
 美神事務所の面々がオープンカーで現場に急行すると、マンションを包囲しつつ彼女達の到着を待っていた筈のGメン達は騒然としている。何人かがバラバラと建物内に突入して行き、包囲陣を指揮している西条までもが突入準備を始めていた。

「ちょっと!? どうしたのよ、予定と違うじゃない?」

「たった今、別の霊が一体、窓から霊団のいる部屋に飛び込んだんだ! 詳しくは分からんが、明らかに悪意も力も感じられん浮遊霊だ」

 どちらにせよすぐさま突入する手筈となっていた美神達は、西条と共に問題の部屋へと向かう。
 階段を駆け上がりドアを開けると、ドカドカと言う袋叩きにしている様な音と一緒に、聞き覚えのある怒鳴り声が途切れ途切れ響いて来た。

「おどりゃ、アホンダラあっ、何の怨みもない人ん家でっ・・・頭数頼りによってたかって・・・まるで夜盗やごろつきの類やないかっ恥っちゅうもん知らへんのかいっ・・・ほんま情けない、ぶぶ漬け食って帰りい言うんじゃ!」

「――――丸山さんっ! 何やってるんですかっ!?」

 おキヌが悲鳴の様な声を上げる。
 部屋中を所狭しと暴れ狂う悪霊の群れ。その真っ只中でもみくちゃにされ、蹴りとも拳ともつかない集中攻撃を受けながら、ボロボロの丸山が怒鳴り散らしていた。

「どれが足で腕なのかもよう分からんなあ、人の姿もよう取れへんかい・・・さっきから獣みとうに吠えくさって、何が悪霊やねん笑わせたらアカンで・・・わしに言わせたらなあっ、おどれらなぞ幽霊呼ばへんのやあっ!」

「――――行くわよっ!」

 邪悪な意思と本能だけの凶暴な悪霊。こんな相手には殆どおキヌの出番はない。美神・横島・シロ・タマモ・西条がそれぞれの武器を手に一斉に霊団へと飛び掛かって行く。
 ものの10分足らずで戦闘は終了した。エクトプラズムの残滓漂う中、おキヌは丸山に駆け寄ると抱き起こす。白い左前の着物も、額の三角紙もボロボロだった。

「丸山さん・・・丸山さんっ!」

「先輩・・・」

「もう・・・大丈夫ですからっ・・・」

「本当はなあ・・・・・・分かっとったんや。昔かて幽霊がきちっとしとった訳やないってなあ・・・」

 丸山はおキヌを見ず俯いたまま、絶え絶えの声で呟いた。

「だらしない奴や無粋な奴、あんな話も通じん奴もおったって・・・いいや、そんなんばっかりやったってな」

 よう考えたら、生きてるモンかてそうなんやから、死んで性根が変わる筈もあらへんなあ。
 淡々と告げる丸山をおキヌは無言で見つめる。

「柳の下の白い着物の幽霊なんて、本当は怪談師とわしらででっち上げたモンです。そんな幽霊、生きてた時かて本物の幽霊になってからかて一度も見た事あらしまへんわ」

 露悪的にクックッと喉を鳴らし、丸山は笑う。やがて笑うのを止めると身を起こし立ち上がった。
 おキヌから顔を背けたまま再び彼が口を開く。

「そやけどなあ、わしん中じゃ・・・わしん中だけじゃ幽霊って、ずうっとそう言うモンだったんですわ。気味悪うて、おっかなくて、そして哀れで寂しうて粋なモンやった。わしはずうっと、そないな幽霊に焦がれて描いとったんや・・・」

「丸山さん・・・」

 おキヌは思い出していた。焦げさせちゃあいけません。それは、先日丸山が口にした言葉だった。

「未練なんですわ。見る事も、もう描く事も叶わんって言うに、一目、焦がれたままの幽霊を見とうて、それを描き出しとうて。そやさかい成仏も出来んと、その未練で人様にケチ付けながら現世を彷徨い続けとるんやろなあ・・・本当にみっとものうて情けのうんは、このわしやったんですわ」

 足元を消し、丸山は宙に浮かぶ。自分の心にある幽霊の様にこのまま消えてしまえればと思いつつも、そこまでの瞬間移動能力は持ち合わせてなく、プロのGSである彼らには隠した所で丸見えだ。
 この土地もおさらばだと考えていた。今度はもう少しつつましく過ごすとしよか。
 しかし、窓へ向かった丸山の前に、回り込んで来たおキヌが立ち塞がった。

「先輩にも色々ご迷惑お掛けしました」

「待って下さい丸山さん――――もう一度、幽霊画を描いてみませんか?」

「・・・何やて?」

 おキヌの突然の提案に、呆気に取られた表情で彼女を見返す丸山。しかし、おキヌは頷いて言った。

「意識を集中すれば霊も物を持てる様になるんですよ。歌を聴かせる事が出来た人だっているんです。だから丸山さんも心の中の幽霊の絵を、思うままに描いてみると・・・良いんじゃないかと・・・思います」

「幽霊画を・・・わしの・・・しかし先輩。わしは、それを呼び起こせるモンを見んとよう描かんのですよ。見た事ない竜かて色んな動物見ながら描いたんや。昔幽霊描いた時は病人見ながら描いとった・・・しかし今じゃ、そこらの幽霊に白装束着せた位じゃあ・・・」

 本物の幽霊を見てさえ幽霊画を描けないのか。自分の言った事の情けなさに一層顔を曇らす丸山だったが、おキヌはそんな彼を優しく見つめてこんな話を切り出す。

「あの・・・私で良ければ、私がモデルになります」

「そ、そりゃあきまへんっ!」

 慌てた顔で丸山は首を横に振り、彼女を押し止めるかの様に片手を前に出した。

「あきまへん、売り込みん時も言うたでっしゃろ。先輩は確かに幽霊の大先輩にあらはりますが、今は生きて花も実もある若い娘さんなんどす。そない、死人の格好などさせる訳には行きまへん・・・!」

「あのね、丸山さん」

 一歩前に出て、丸山の出した手を両手で包み持つ様にすると、おキヌは彼の目を見ながら言う。

「私、生き返ってから学校に通い始めたんです。その時はまだ一年生だったんですが、一年経って学年が上がるとその下に入学して来た子達がいて、後輩が出来たんです。その子達、丸山さんみたいに私なんかの事も先輩って呼んで慕ってくれるんですよ」

 そこまで言うと、彼の手を少しだけ押し戻す。

「縁起の良い悪いより大事です。そんな後輩の子が頑張ってたり悩んでたりしたら力になりたいって先輩は思うものなんですよね。本当は先輩後輩だけの話じゃなく・・・私を必要としてくれる人にはいつだって応えたいものなんです。丸山さんだって、こんな時、お弟子さんに余計な遠慮はされたくないですよね」

 向けられたおキヌの笑顔に丸山は言葉を詰まらせた後、息をついて苦笑する。
 だが、苦笑い以外の感慨もその表情には混じっていた。

「そう来はったかい―――ホンマかないませんわ、先輩には」



    ▼ △ ▼ △ ▼ △



 深夜0時を回った頃、美神・横島・シロの三人は、丸山と共に人気のない暗い夜道を歩いていた。
 擂り鉢状の地形の窪みに建つ大きな寺の周囲。都内のど真ん中、すぐ側にビル街があるにも関わらず、街の灯りは殆どここには届かない。

「ほう、都心にもまだこんな所があったでござるか・・・今にも何か出そうでござるな」

「何かって何が出んじゃい。GSと妖怪と幽霊が連れ立って歩いてる所によ」

「いやその・・・おキヌどのとかタマモとか?」

 この先にある待ち合わせの場所へ、おキヌはタマモに手伝いを頼んで先に向かっていた。
 間抜けなやり取りをしていた横島達へ、丸山がふと不安げに尋ねる。

「確かに風情はあらはるが、ホンマに上手く行くんやろか。ほれ、筆は持てる様なったが、到底描ける程には動かせそうもないで」

「何だよオッサン、ここまで来て大先輩のおキヌちゃん、信じられねーっての?」

 持ち上げた絵筆をぎこちない指先で弄る丸山に横島が訝しげな視線を向けると、彼は否定しつつ答えた。

「そうやない。こればっかりは先輩のお力やのうてわしの意気地の問題や。こないな眺め見ても何の気も湧いて来ん、わしに自信が持てへんのや・・・引き出すモンなぞ残っとるんやろか」

「ったく、大船に乗ったつもりでいなって。幽霊歴300年にしてネクロマンサー、幽霊よりも幽霊を知ってる女子高生だぞ・・・いや・・・そうじゃねえか」

 少し考えて、横島は言い直す。

「幽霊のベテランだから大丈夫なんじゃねーよな。それがおキヌちゃんだから大丈夫だって言えるんだ」

 横島の言葉にシロが、そして先頭の美神が振り返らないまま頷く。
 言った後で恥ずかしくなってる様子の横島をじっと見ながら、丸山は得心した様に呟いた。

「なるほどなあ、先輩程のお人が何でこないなのにと思とったが、少し分かる気して来たわ」

「・・・何が言いたいんじゃオッサン」

 やがて彼らの目の前に、塀に沿って並ぶ柳の木々が見えて来た。月明かりばかりが照らすその柳通りの眺めは、江戸時代そのままなのだと言われている。
 柳の列を奥まで見渡したシロがおやと声を上げる。おキヌどの達、まだ来てないでござるよ。
 言われて他の三人も、通りの果てや周りを、目を凝らして見回した。

「おかしいわね、準備があるから先に行ってるって話だったのに。何本目の木とかは聞いてる?」

「一番奥っすよ」

 横島の指した最奥の柳の辺りにも人の姿はない。
 取り敢ええずその木まで行ってみる四人。
 蒸し暑い夏の夜。熱気を多く含んだ風に吹かれ、柳の枝はいずれもさわさわと揺れていた。月がたなびく雲に隠れ、辺りは一層暗くなる。
 待ち合わせた柳の下からも、おキヌとタマモの姿は見られなかった。
 両腕を組んで眉を寄せる美神へ、横島はやや緊張した声で言う。

「準備に手間取ってんだと思うっすけど・・・万一って事もありますから携帯に掛けてみますね」

 取り出した携帯を開き、塀の傍だと電波が遠いのに気付いて、一歩二歩と横島は塀から離れる。
 どこからともなくおキヌの声が聞こえたのはその時だった。

「―――お待たせしました」

 振り返ろうとした横島。だが待ち合わせた柳ではなく、その二つ隣の柳で彼の視線は止まった。
 その柳の下に三つばかり火の玉が揺らめきながら飛び交っている。丸山、美神とシロもそちらを注視していた。
 一際強い風が通りを抜ける。ざわざわ枝が騒ぎ、頭上で流れた雲から丸い月が再び顔を覗かせた時、火の玉と火の玉の間に白い着物を着た長い黒髪の女の後ろ姿が、ぼんやりと浮かび上がっていた。
 火の玉がタマモの狐火だと、幻術による演出だと、その後ろ姿がおキヌのものだと、気付いていながらも横島は息を呑み目を奪われる。
 次第に色濃く浮かぶ彼女の姿は、足元だけが薄れながら消えている。月夜に映えたその佇まいは、誰もが思い浮かべる幽霊のイメージそのものだった。
 肩口から彼女はゆっくり振り返った。
 手首をだらんと下へ垂らしたまま肘先から上げた腕。着物は微妙な崩れを見せつつもきっちり左に合わせられている。
 頭に巻かれた三角の額紙の下でほつれた髪。それを二筋ばかり唇の端に咥え、恨めしげな、そして切なげな表情を虚空へと向けていた。
 遥か遠く、手を伸ばす事も叶わぬ程隔てられた何かへの眼差し。

「お・・・おおっ・・・」

 丸山は喉の奥から言葉にならない声を出し、おキヌの横顔を凝視していた。
 おキヌがその時、更に身を捻り横島達の方を見た。彼女の表情と眼差しとは、直接彼らへと向けられる。

・・・今一度、相見えんと戻って参りました。
恨めしゅうございます・・・恨めしゅう、うらめしゅうございます・・・・・・心残りに、ございます。

 その視線に射抜かれて、声を聞いた気がした。横島の背筋をぞくりと震えが走る。
 丸山は一段と激しく身震いを繰り返し、喉からの声を叫びに変えていた。

「お・・・お・・・お、おおおおおっ、これだっ、これなんじゃああああああっ!」

 この場にいた全員が丸山から爆発的な霊圧の高まりを感じた。別人のごとき形相で絵筆を構えた丸山は、尚も咆哮する。

「画板を立てええいっ! 硯を置いて墨入れやあっ!」

 言われるままに彼の前に画板と和紙、墨の入った硯を慌てて用意する横島とシロ。
 目を見開いた丸山は、握った筆をおもむろに紙へ叩き付ける様にして描き始めた。

「見たかあっ、これが幽霊やで、由緒正しい粋な幽霊っちゅうもんやでっ! これを描き切らんと何の丸山流や、何の丸山音響やっ。画の道は・・・画の道は、爆発やでええっ!!」

「いやそれ、言ってる事が他の人だから!」

ガリガリガリガリッ・・・ガッガッガッ!
 ガガ画ガ画ガガ画ッ!

 一枚、もう一枚、またもう一枚、紙を次々と取り替えてはおキヌへ迫り、様々な角度から幽霊美人画を己の筆で弾き出して行く丸山。
 筆の勢いは止まる所を知らない。霊圧を放ちながらひたすらに筆を振るっていた丸山の全身が、やがて薄っすらと、次第に強く光り始めていた。

「ぬおりゃああああああっ・・・ふんっっ!!」

―――――画画ッッ!!

 気合いと共に最後の一枚を描き上げ、紙から筆を引き離した時、丸山の霊体は光に包まれながら透き通り出した。
 気付いて自分の手を見ると、絵筆がその指からぽろっとこぼれ落ちる。

「丸山さんっ!?」

 普段の様子に戻っていたおキヌが、白装束のままで丸山へと駆け寄って来る。

「最高の幽霊見してもらいました・・・最高の幽霊画が描けました。どうやら思い残す事のうなって成仏するみたいでんなあ・・・」

 先程とはうって変わって穏やかな表情を浮かべ、丸山はおキヌに微笑み掛ける。
 おキヌは横島が拾い集めて束ねた幽霊画の数々を手に取って目を通す。自分をモデルに描いたとは信じられない程、怖ろしくも悲しげで幻想的な見返り姿の幽霊。凄惨な美しささえ感じられるそれらに彼女は目を凝らした。
 息を潜めて一枚一枚めくっていたおキヌは、最後の一枚にぴたりと手を止めた。浮かんだ問いは、呟きとなって口に出る。

「あれっ? これ、足が・・・」

 幽霊画の最後の一枚、その中のおキヌは隠していた筈の足をしっかりと地に付けて立っていた。
 半ば以上消えかけていた丸山が、笑顔のままで彼女に答える。

「それでええんですよ。それは幽霊やのうて先輩描いたモンです・・・今度こそ、心残りのあらへん様生きて、幸せに過ごしなはれ。ほな、おおきに」

 そう言い残す丸山は光と共に、天へと昇りながら消えて行った。



    ▼ △ ▼ △ ▼ △



「丸山音響の未公開幽霊画・・・しまった、紙も墨も新しいじゃない。これじゃ値が付かないわ」

「売らないで下さい」

「そうだ、横島クン、文珠で二三百年古く加工・・・」

「みーかーみーさーん?」

 ここまで付き添ったのもそれが一番の目的だったであろう美神は、幽霊画の束を守る様に抱いたおキヌの視線で、企みを断念せざるを得なかった。
 美神・シロ・タマモの三人が引き上げた後も、おキヌは横島とここに残っていた。
 後から戻りますと言うおキヌに保護者として難色を示した美神だったが、「さっき幽霊になりきってた時、“しばらく横島さんと二人になれなかったから、もしこのまま死んじゃったらきっとこんな気持ちで出て来ちゃうだろうな”って、思いながらやってたんですよ」と笑顔で語るおキヌに、それ以上何も言わず撤収する。
 白装束姿で額紙まで着けたままのおキヌのそのコメントには、説得力・・・と言うか「威力」があり過ぎた。
 相変わらず空気は蒸し暑かったが満月の夜空は晴れ渡り、枝を揺らす風はやや涼しげにそよいでいる。
 柳の木の根本に並んで座り、二人は再び幽霊画を広げて眺めた。

「この絵も凄いけどさ・・・やっぱりおキヌちゃんの方がもっと凄かったな」

「ええっ!? わ、私ですか?」

「うん。あのおキヌちゃんが出て来て、目が合って、俺も結構怖かったもん。うーん、幽霊だった時より幽霊っぽかった」

「もーっ、止めて下さいよ。そんな事ありませんよーっ」

 横島に怖がられるのは心外だとばかりに、彼の肩や胸をぽかぽかと叩いて抗議するおキヌ。
 彼女をなだめつつ、横島は思い返す様に言葉を続けた。

「怖かったけど・・・それも含めて何つうか・・・ぞっとするほど綺麗だったなあ・・・」

「えっ・・・」

「何だか不思議な感じがしたよ。おキヌちゃんだけどおキヌちゃんじゃなくて」

 怖いと言われた時同様、急に「綺麗だ」と言われ再び戸惑うおキヌだったが、深く息を吸って気分を落ち着かせると横島に向き直り、笑みを浮かべて見せる。

「ふふっ・・・横島さん、さては惚れ直しちゃいました?」

「え? いや、惚れ直すも何も、俺はいつだっておキヌちゃんが大好きだよ?」

「ふふふ、ホントかなあ?」

 答えた後で自分の発言に顔を赤らめる横島だったが、お構いなしにくすくす笑いながらおキヌは彼のすぐ傍までにじり寄る。人の通らない夜道で二人っきり。少し大胆な気分になっていたかも知れない。
 彼を見つめたままその肩口に頬を当て、横島さんと囁く様に呼び掛ける。しかし、横島は何故か腰をずらし、迫られる前の距離をキープした。
 あれっと思いつつ、もう少し近付いてみたおキヌ。やはり横島はその分だけ後退する。

「どうしたんですか? 横島さん、いつもと違います・・・いつもならこんな時、“おキヌちゃーん”って言いながらこうガバーっと・・・」

 気まずげにやや顔を引き攣らせて笑う横島へ、おキヌが不可解そうな少し焦った顔で尋ねると、彼は困惑しつつも答えた。

「アハハハ・・・いやー、俺も親戚の葬式とか何度か行った事あるからなあ。そのカッコだと・・・何か、死体に欲情してるみてーで・・・」

――――ビキッッッ!!

 そんな音が響き、空気も震えた様に横島は感じた。彼のへらへら笑いはそのまま凍り付く。
 おキヌはゆらりと立ち上がった。
 両手を前でだらんと下げる例の――あるいは「霊の」――ポーズを取りながらじりじりと横島へと距離を詰める。

「う〜ら〜め〜し〜や〜〜っ」

「えっと・・・おキヌ、ちゃん?」

 身が竦んだまま動けなくなっていた横島のすぐ目の前から、そのポーズのまま雪崩れる様に、取り憑くかの如く覆い被さった。

「う〜ら〜め〜し〜や〜〜よ〜こ〜し〜ま〜さ〜ん、う〜ら〜め〜し〜やぁ〜〜っ!」

「え、え、ちょっと、おキヌちゃ待っ――きゃあああああああっ!?」

 横島の甲高い悲鳴が夜道に響き渡るも、平和にそよぐ柳の枝葉。
 ぽっかりと浮かぶ月は丸く、事もなく。



    ――― Good Night ―――

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