ザ・グレート・展開予測ショー

【夏企画SS】デザートはいかが?


投稿者名:aki
投稿日時:(06/ 8/28)


「あっついなぁ…」

「そうねえ…」

横島と愛子は二人で街中を歩いていた。
時刻はもう夕刻に差し掛かろうとしていたが、都会の熱は冷める様子が無い。
アスファルトからの照り返しが、じりじりと制服越しに肌を焼くかのようだ。

「今日も学校は死ぬほど暑いし…よくお前はあんな所に居られるな」

「学校で生まれた妖怪が学校を嫌がってどうするのよ」

「そりゃそうか。でもなあ、やっぱり勉強する環境じゃねえよ、あれは。
もっとエアコンを強力にしてくれんと、やってられん」

横島はせっかくの夏休みも、ほぼ補習で過ごす事になっていた。
出席日数不足を補う為の温情措置であるので、横島にとってはありがたいはずの補習だが
やはり辛いものは辛い。
その補習期間も、本日ようやく終わりを迎えたのだ。

「電源入れてくれただけでも感謝しなきゃ。
たった一人の補習のために電気代使ってくれたのよ?」

他にも補習を受けた生徒も居たのだが、横島よりかなり早い段階で終わっていた。
よって、横島の見張り兼、教師役の愛子と長らく二人っきりだったのである。
しかも、補習期間の中盤までエアコンが故障していたのだ。
そんな暑い中に二人っきりでは、脳がおかしな方向に暴走しそうなものだが
この二人からはそんな雰囲気は感じられない。

「あー。お前にも感謝してるよ。…で、お前のお薦めの店ってのはどこよ?」

補習期間中は愛子に世話になったのでそのお礼にと、愛子を連れて街へと繰り出した。
厳密には、愛子に引き摺られた結果であるが。
愛子はよくクラスメートの女子を伴い街を遊び回っているので、店の選択は愛子に任せていた。

「ああ、見えてきたわ。あれよ」

そういって指さした先には、ウェイトレスの制服が可愛い事と、デザートの甘さが
とんでもない事で有名な某ファミレスがあった。

「うお、あれかあ。入るのは初めてだな」

横島も話に聞いた事はあっても、入った事はなかった。
その制服やらを見て楽しみたいという思いもあったのだが、ここ数年は店舗数も減り
ますます入る機会が遠のいていたために、これまで縁が無かったのである。

「さ、暑いし、さっさと入りましょ」

横島の手を握り、愛子はそそくさと入り口を潜っていった。

「へぶっ」

背中に背負った机の足で、横島を殴っていた事に気付かないまま。










〜【夏企画SS】デザートはいかが?〜










「はぁー、涼しい…やっと人心地ついたな」

「そうねえ…」

係員の案内をお待ち下さい、と書かれた札の前で一息ついた横島は、見覚えのあるような
後ろ姿に気がついた。

それが、こちらへと近づいてくる。


その制服は夏仕様なのか、ノースリーブに近い白いフリル付きのシャツから伸びる染み一つ無い腕。
少しミニのスカートからは、銀色の毛先が覗いている。
そして、身体に密着しつつ胸を押し上げ、強調している小さな淡いブルーのエプロン。
おかげで本来のサイズよりもかなり大きく見えているのであろう、胸の膨らみ。
その制服よりも、胸よりも、横島の視線はウェイトレスの頭部に注がれていた。

「いらっしゃいませー、で、ご…です」

「シ、シロ?」

白銀の髪に赤いメッシュの前髪。
明るい表情に、口元から覗く少しだけ長い犬歯。
どう見ても、横島の弟子にして仲間のシロである。

「お客様は二名様でよろしいで…すかー?」

シロは横島の顔を見て嬉しそうに近づいてきたが、愛子の顔を見たとたん表情が変わる。
どこか、神妙なようにも見える表情のまま、マニュアル通りの言葉を発した。

「ええ、そうよ」

横島は何やら動揺し、シロも様子がおかしいが、それを気にしていないかのように愛子が答えた。

「では、こちらへどうぞー」

シロの後ろ姿を見て、ようやく横島は気がついた。
アルバイト中だからか、シロは髪を上げてポニーテールにしていた。
制服の後ろ、背中の上半分は大きく開き、それを紐で編み上げるようにして止めている。
その背中とうなじを見て、ごくり、と唾を飲み込む。
それがあまりにも大きな音に聞こえ、慌てて隣の愛子を見るが、気付かれた様子はなかった。




「ねえ、あの子、間違いなく美神さんのところのシロちゃんよね?」

「あ、ああ。なんでまたこんな所に?」

「横島くんが知らないんじゃ、私が知る訳ないじゃない」

横島にとっては卒業のかかった高校生活最後の夏であり、今回の補習を受けなければ
留年確定ともなれば、令子を始めとした事務所の面々と会う暇すらろくに作れず
最近は事務所の情報も知らなかった。
シロとの散歩も、自転車が故障中という事もあり、行われていなかった。
そのために、シロの姿は殊更意外に感じられたのである。

「それもそうだな。ま、後で聞いてみるか」

「それにせっかく来たんだし、メニューを見ましょ」

メニューは客の人数分用意されているというのに、横島と愛子は一枚のメニューを
二人で横向きにしながら見ている。頭と頭の距離が妙に近い。

その二人の距離を別けるかのように、テーブルの真ん中に水が置かれた。

「ご注文は、おきまりで…しょうか?」

横島は、制服で押し上げられた胸を見てどきっとするが
額に井桁が浮かんでいるのを見て、違う意味で鼓動が早くなるのを感じた。

「あ、ああ、もうちょっと待って」

「では、お決まりになりましたら、お呼び下さい」

そう言ってシロは他の客の所へと向かっていく。
暫しその後ろ姿を眺めた横島は、溜息をつきながら呟いた。

「なんかシロじゃないみたいだ。ていうか、あいつ普通に喋れたのか」

「それはまた、ずいぶんな表現ねえ」

横島はあきれた様に自分を見る愛子からそっと目線をそらし、忙しそうに動き回るシロを
目線で追いかけていた。




「しかしお前、そんなんで足りるのか?」

「ま、大事なのは環境よね。クラスメートの男の子とこうしてデザートを食べる。
青春そのものじゃない」

「そうかあ?」

愛子の前には、コーヒーとパンケーキしか置かれていない。
さすがの横島も、お礼のつもりで連れてきた以上は金もそれなりには用意している。
その意味では、少々拍子抜けだった。

一方、横島といえばお代わり自由のコーヒーしか頼んでいない。

「あ、横島くんも少し食べる?」

「おう、頂くよ」

愛子の手により、小さく切り分けられたパンケーキが横島の口へと運ばれる。

「ほら、あーん、して。あーん」

「お前、そんな恥ずかしい事させるなよな」

「お客様もデザートはいかがですかー」

「おぁっ!シロ!」

その瞬間を狙ったかのように、素早く白い影が走り寄ってきた。

「お客様もデザートはいかがですかー」

「…べ、べつに恥ずかしい事なんかしようとしてないぞ!?」

挙動不審に陥った横島を余所に、シロは同じ台詞を繰り返す。

「お客様もデザートはいかがですかー」

「いや、だから…あ、コーヒーのお代わりでも」

それほど食欲があった訳でもないので、お代わりの要求をするも。

「お客様もデザートはいかがですかー」

「…あー。じゃあ、パンケーキを…」

まるで話を聞こうともしないシロに根負けし、ついに横島も折れた。

「はい。少々お待ちくださいで…ませー」

「何なんだ、一体?」

注文を聞いた瞬間、嬉しそうに走り去るシロを横島は不思議そうに眺める。
その様子を見て、愛子は溜息をつきつつ立ち上がった。

「じゃあ、私はこれで失礼するわね」

「おいおい、なんだよ突然?」

「私の事はいいから。ほら、可愛いウェイトレスをナンパしないの?」

その言葉に、ようやく横島も愛子とシロの意図を悟ったのか、表情を変えて肯いた。

「ん、よし。それじゃ、また学校でね」

愛子は机を背負いつつ、帰りしなにシロへと一声かけていく。

「シロちゃん、私は先に帰るから。後は頑張って」

「え?え?」

シロはさっさと店から出て行く愛子と、何やら苦笑して席に着いたままの横島との間を
視線を往復させていたが、他の客からの呼びかけに慌てて走っていった。




愛子は一人、学校への道を戻っていた。

「ふふっ、夏休みの間はずっと横島くんを独占していたんだもの。
真夏の白昼夢は、これでお終い。ここで去るのも青春よね〜♪」

歌うように呟きながら、足取りも軽く。
何かを誤魔化すように、愛子は駆け出していった。




「コーヒーのお代わりはいかがで…すかー?」

一人残った横島は、コーヒーを飲み干してぼんやりと座っていた。
そこへ、再びシロが近づいてくる。

「おう、頂くよ」

空のカップへとコーヒーが注がれていく。
その間、横島はシロの顔を見つめていた。

「追加のご注文はある…ありますかー?」

横島とシロの視線が合う。
どこか真面目な表情をした横島の顔を見てシロの顔にさっと赤みが走るが
それでもシロはマニュアル通りの言葉を発していた。

「ああ、美しいお嬢さん。追加の注文をさせてもらいます。アルバイトは何時までですか?」

突然、やけに芝居がかった調子で横島は語り出す。

「アルバイトは後一時間で…すー」

シロは驚いた顔のまま、正直に答えた。

「そうですか!アルバイトが終わったら、是非、この横島忠夫と一緒に帰りませんか?」

シロは一瞬、逡巡する様を見せるが、すぐに華のような笑顔を見せた。

「はい、喜んで」

そのまま横島は、コーヒーを飲みながらのんびりと過ごしていた。
ぱたぱたと慌ただしく動き回るシロの姿を見つめながら。
慌ただしくしつつも、こちらの様子をちらちらと窺う様子に苦笑しながら。




「先生、行きましょうか」

横島が店の裏口で待機していると、いつもの格好に戻ったシロが出てくる。
その姿を見ると、どこか安心した気分になっていた。

「あ、ああ」

アルバイトが終わっても、いつもの姿になっても口調は戻さないシロに
違和感を感じつつも、一緒に歩いていく。

「なあ、なんで口調を変えてるんだ?」

「アルバイトのためです。その口調は良くないからと言われたので」

「あ、それもそうか。で、なんでまたアルバイトなんかしていたんだ?」

「それはまだ秘密でご…です」

「そっか。まあ、教えたくなったら教えてくれればいいよ。
それに、なんだか大人しいシロも新鮮でいいしな」

顔を合わせれば、会わないでいた時間にあった出来事を何でも話してくるシロが何事か隠し事を
するようになったのは、横島にとっては寂しくもあった。
何故か、さらに神妙な態度になったシロを不思議に思いながらも、どこか嬉しくなる気持ちもあった。

そのまま二人は何を話すでもなく、美神除霊事務所の近くまで歩いていった。

「それじゃあ、またな」

「はい、先生。また」

シロと別れるまでずっと、今日最初に会った時から変わらない神妙な顔のままだったことが
横島の頭から離れなかった。










そして、数日後。
夏休み最終日の早朝、最近は途絶えていた騒動が起きた。

「せんせー、せんせー!」

ドアをノックしたかと思えば、鍵のかかっていない扉をそのまま開けて
寝ている横島へと飛び掛かる。

「ぐえっ!?」

「さ、先生、起きて下され」

「シロ!?最近大人しいと思えばこれかー!」

「いいからいいから」

横島が引き摺られながら表に出ると、そこには見慣れないものがあった。
白銀に鈍く光る車体、太いタイヤ。高級そうなサスペンション。

「これって…」

「マウンテンバイクでござるよ。先生のは、壊してしまいましたから」

夏休みの初め頃に、シロの暴走により破壊されたロードバイクの残骸。
それは未だ、アパートの外に放置されたままだった。
それを見ると、その時の恐怖が甦ってくるかのように横島には感じられた。
しかし今は、目の前の新しい自転車に注目させられていた。

「すごいな、これ。いかにも高そうなんだが…」

「ルイなんとかと言うメーカーのものでござるよ。
小遣いでは足りなかったから、アルバイトしたんでござる」

「そっか。嬉しいよ、ありがとう、シロ」

「今度のはすごいでござるよ!タイヤも太いし、山道も平気でござる。
お店の人が言うにはカーボンフレームがどうとかで壊れないそうで――」

「なあ、シロ」

興奮したかのような様子で語るシロの口上に割り込むように、横島は声をかけた。

「はい?」

「もうアルバイトはいいのか?」

「はい、もう終わったでござるよ」

「そっか、それで口調は元に戻したんだな」

シロの動きが止まる。
顔を俯かせ、わずかに逡巡を見せるがすぐに改まった口調で話し出した。

「…先生は、今風な言葉遣いの方が好みではないですか?」

「ん?なんでだ?」

「先日もその…愛子殿と仲睦まじくしていましたし。おキヌ殿も…」

以前、シロの暴走で自転車が壊れた時に、シロを叱った言葉が横島の頭をよぎる。
少しは女の子らしくしろ、と、かなり厳しく叱ってしまっていた。
アルバイト、言葉遣い、そして新しい自転車。
それらの要素が、横島の頭の中で繋がっていった。

「……」

「先生?」

シロは横島へと一歩近づき、上目遣いで横島を真っ直ぐに見つめた。
その視線を受け、一瞬たじろぐも横島は今に相応しい言葉を精一杯選んだ。

「そんな事気にしていたのか?ま、言葉遣いは好きにすればいいさ。どっちでも、お前はお前だ」

「おかしくないですか?今の方がよくありませんか?」

「そんなことないぞ。それに、なんか余所余所しいしさ。元の方が、俺は好きだぞ」

すると、どこか神妙だったシロの表情がたちまち明るくなる。

「そうでござるか。では、元に戻しまする」

ああ。また、変わらない日々が来るんだな。
唐突に元の台詞に戻したシロを見て、横島はそんな事を思う。

「早速、新しい自転車の試運転に行きましょうぞ!」

そういって笑ったシロの顔は、前よりも輝いて見えるものだった。

「あはは…。今度は、自転車が壊れないように頼むぞ?」




数分後、横島は猛烈な速度で牽引される自転車の上で僅かに後悔しつつも、シロの嬉しそうな姿を見て
何も言わずに暴れ馬のような自転車を制御する事に、神経を集中していった。









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