【夏企画SS】遠くて近い約束
投稿者名:aki
投稿日時:(06/ 8/26)
夏の日差しも、夕方にもなれば弱まり、低気圧の接近と共に穏やかな風が吹き始める。
しかしヒートアイランド現象の影響と、アスファルトからの熱放射は、道を歩く人々から容赦なく汗を搾り取っていく。
横島が頭につけたバンダナも、汗を含んですっかり色を変えている。
地面からの赤外線で過熱された黒いズボンから、夏用の白い薄手の半袖Yシャツの裾を出した。
制服姿でYシャツの裾を出すと、なんとも情けなく見えるものだが、この暑さでは誰も気にはしない。
事実、街中でたまに見かける見る制服姿の男子学生は、皆同じ格好をしているのだから。
横島は首からかけたタオルで汗を拭くが、そのタオルも湿り気を帯びていた。
強く搾ると、汗が滴となって落ちていく。
「横島さん?」
歩きながら汗を含んで半分透けたYシャツをはだけ、だらしなく歩いていると横から声がかかる。
「あれ、おキヌちゃん?」
学校からの帰り道、赤色に染まった空の下。
二人の顔も、沈みつつある日の光に染められていた。
〜【夏企画SS】遠くて近い約束〜
都会といえども、虫の声はそこかしこから聞こえてくる。
蝉の鳴き声と、わずかながらも聞こえだした秋の虫の声を背に、横島とおキヌは歩いていた。
「おキヌちゃんも制服か。あれ、今日登校日だった?」
「はい。横島さんは、まだ補習ですか?」
「まだっていうか…ほとんど夏休み全部だからなあ。
教室も暑くてやってられないけど、こればっかりは仕方ないし」
成績そのものも良好ではないが、補習の原因は出席日数不足である。
その為、学校へと顔を出す必要があった。
無事に三年生となれたというのに、ここで卒業するチャンスを逃す事はできない。
「そうですか。大変ですね…髪が濡れるほど汗をかいたんですか?
横島の髪は、全体的に濡れているようにも見える。
水浴びでもして、髪を拭かずに放置したかのようだ。
「ああ、あんまり暑いから、今日はプールに入ったんだよ」
「そうなんですか?プールかぁ…それもいいですね」
事実、今日は、というよりも、今日も横島はプールに入っていた。
一応は補習課題を終わらせて、その後はプールで遊ぶ事が日課になっている。
補習期間中であるのに、学校に棲んでいる机妖怪と毎日楽しく遊んでいる事など…
補習を優先して仕事を休んでいる今、その事を口にする訳にはいかない。
なにより、おキヌにそれを知られてどういう顔をされるか、どう思われるか。
それを思えば何も言えなかった。
夕日に照らされた横島の顔に差した赤みは、誰に気付かれる事も無かった。
制服姿の男女が商店街で買い物をする姿は、一見奇異に映る。
しかし、商店街の主たちはその姿を暖かく見守っていた。
「よっ、おキヌちゃん。今日は旦那さんと買い物かい?」
「もうっ、からかわないで下さい」
「悪い悪い、かわりにお肉おまけしとくからな」
「うわー、ありがとうございますっ。横島さん、今日はお肉たくさん食べられますよ。
あれ、横島さん?そっちの方向になにかありました?」
「ああ、いや、何でもないよ」
こういう形でからかわれる事に、横島は慣れていない。
しかも、どの店でも似たような形でからかわれてはたまらない。
顔を赤くしながら、黙って明後日の方向を向いていた。
一方おキヌは、こうしたやりとりは慣れたものである。
からかわれつつも、それを事実として受け入れる。
(なんだか可愛いなぁ、横島さん……)
そんな事を思うゆとりすらあった。
「材料も揃いましたし、帰りましょうか」
「ああ、行こう」
商店主たちの暖かな視線を背中に感じ、横島は少し足早に歩く。
そんな後ろ姿を、おキヌは微笑みを浮かべながら見つめていた。
「横島さん、これって…」
横島のアパート前に、何かの残骸がある。
しかしそれは、おキヌにも見覚えのあるものだった。
前輪がひしゃげ、フレームが折れたロードバイク…らしきもの。
横島が愛用していた自転車は、無惨な姿を晒していた。
「ああ、それ…。ま、想像通りだよ」
「そ、そうですか」
おキヌの脳裏に、暴走するシロと空を飛ぶ自転車、そこから振り落とされる横島の姿が浮かぶ。
その想像は、何から何まで事実と一致していた。
「そのおかげで地獄のロードレースからも解放されたしな。
そう悪いことばかりじゃないって」
「え、じゃあシロちゃんは最近来てないんですか?」
おキヌは、どこかほっとした表情を浮かべる。
横島が無事であった事を喜び、またシロが来ていない事実にどこか安心していた。
「うん、ちょっとキツく説教しちゃったしな。
自転車も無いし補習で疲れてるから、当分来るなって言っちゃってさ」
シロには甘い所もある横島も、さすがに死にかけた時には冷静ではいられない。
とはいえきつく叱りすぎたので、補習期間が終わったら、何かの形でフォローをするつもりでいた。
突然、ぽつり、と二人の顔に水が当たる。
二人が顔を上げて空を見る間もなく、雨音は勢いを増していった。
「あら、夕立ですね」
「ん、家に入ろう。おキヌちゃんの手料理は久しぶりだからなぁ、楽しみだよ」
「はい、任せて下さい」
降り出した夕立のおかげか、全開にした窓からは涼しい風が入ってくる。
リサイクルショップで購入した古い扇風機が、その風をキッチンに立つおキヌへと運んでいく。
横島は、風がおキヌのスカートとエプロンを微かに揺らす様をぼんやりと眺めていた。
「制服姿のおキヌちゃんが部屋に居るのって、なんだか新鮮だなあ」
「そういえば、いつもは私服なんですよね」
今更ながら思い出したように、くすっと微笑む。
答えながらも、おキヌの手は料理を続けている。
熱せられた脂の爆ぜる音に、横島の胃が反応する。
「夏バテしないように、しっかり精をつけて下さいね?」
おキヌの手により完成した品は、肉野菜炒めだった。
定番料理ではあるが、肉屋の主人の好意により、かなり肉が多めとなっている。
何かしら工夫でもあるのか、野菜の色も鮮やかに引き立っていた。
料理に合わせて香辛料を多めに用いたそれを、頂きますの挨拶もそこそこに
急いで食べていく横島を見て、くすりと笑いながらおキヌも箸を進めていった。
「はあ、旨かった。ごちそうさま」
最後に、油揚げの入った味噌汁を飲み干して、横島は箸を置く。
二人の食べる速さは異なるが、横島がお代わりをしている間におキヌも食べ終わっていた。
「はい、お粗末さまでした」
そう言いながらおキヌは立ちあがり、食器をシンクへと片付ける。
横島もおキヌもご飯粒一粒も残さずきれいに食べるので、食器洗いはすぐに終わった。
その間も、横島は後ろからおキヌの姿をぼんやりと眺めていた。
「はい、どうぞ」
お湯出しした濃い緑茶に氷を浮かべ、短い時間ながらも冷やされた冷茶がちゃぶ台に置かれる。
「ほんと、おキヌちゃんにはいつも世話になってるよなあ」
「私が好きでやっている事ですから」
おキヌは、その『好き』に幾分の力を込めて答える。
しかし、次の台詞の前にして、思考を停止してしまった。
「それにしてもさ、制服の上にエプロンつけると、幼妻とか、通い妻とか連想するよ」
「えっ」
おキヌの顔が呆然とした表情を浮かべた後、赤く染まっていく。
「いやっ、なんでもないよっ」
横島は慌てて言い訳をしようとするも、結局何も言えなかった。
実は、良からぬビデオなどからの連想が口から出ただけだった。
そんな連想をしたことなど、そもそも口にしない方が賢いが、この場合は正解だったかも知れない。
緊張してしまった横島は、冷たいお茶を一気に飲み干した。
「あ、あはは、えっと。もう一杯、お茶いりますか?」
ようやく思考が動き出したのか、それを契機におキヌは立ち上がる。
「ああ、うん、頂くよ」
キッチンの方に向いたままだった扇風機を、横島の方へ向けて冷蔵庫を開ける。
その後ろ姿を、横島はやはりぼんやりと眺めていた。
しかし今度は、昔に想像したおキヌとの将来像を再び頭に浮かべながら、である。
小鳩が隣に引っ越してきた時、未だおキヌが幽霊だった頃。
妄想の中でだが、食事の直後に横島はおキヌに襲いかかっていた。
ふと、立ちあがりかけていた自分に気がつく。
横島は、もう少しでどうにかしてしまう所であった。
(いかん、もうちょっとで取り返しのつかん追突事故を起こすところだった…
こういう状況であればいいのか?いや、しかし…)
一方おキヌも、横島が何気なく発した台詞に取り憑かれていた。
(か、通い妻…ま、まだ早いです……でも……っ)
赤面しつつも逡巡していたおキヌだったが、行動へと移る事に決めた。
おキヌが両手に冷茶を入れたマグカップを手に戻り、今度は横島の真横に座る
その距離の近さに横島は普段感じない緊張を覚えるが、対するおキヌはいつもと変わらない風情で話し出す。
「来年は、どこかに遊びに行きたいですね。海なんて、どうですか?」
「そうだなあ、みんなで行くのも楽しそうだよなあ」
「みんなで、ですか…」
おキヌの様子から、さすがに横島も相手の言いたかった意味に気がつく。
「でも、海だと臨海学校の仕事思い出すんだよな。二人で行くとしたら、どこがいい?」
「えっ?」
とたんにおキヌの表情が変わっていった。
横島はその変貌ぶりに苦笑しながらも、言葉を重ねていく。
「ずいぶん先だけど、何か考えておこうか」
「そうでもないですよ。きっと、あっという間です」
「そっか…。じゃ、手始めに、二人でプールにでも行こうか?それなら、明日にだって行けるしな」
「はいっ」
まだ未来の約束、すぐ目の前にある約束。
それらを思い、二人は笑い合っていた。
今までの
コメント:
- 前回の夏企画SSは制服を「脱ぐ」のがメインでしたが、今回は使い方を変えてみました。
いつもの(?)えっち成分についてもかなり方向性を変え…いやいや、消しました。
先に投稿した夏企画SS「微熱教室」と「三年生に進級し、夏休み期間を補習で過ごす」
という部分を共通設定としています。再利用、とも言います。
なお、繋がっていると解釈して頂いても、別世界であると解釈して頂いてもかまいません。 (aki)
- 体さえあれば美神さんよりポイント高いと明言してただけありますな。セクハラしたんじゃ悪者とも明言してるんで手が出せないのがネックですが
セクハラじゃない形で口説けんのかこの男は(苦笑
それにしても熱い作品でした。いやほんとお二人さんお暑いよ (九尾)
- 微熱教室と合わせて読むと「横島クンあーた本命はどっちなんや」って言いたくなってしまいますがw
見た感じ、あっちから繋がってるみたいですね。しかし新婚生活を連想させる状況と二人の言動が、なかなか甘々で砂糖吐きそうですw (いしゅたる)
- ほのラブですねぇ。
シチュエーションもあると思いますが、店主のからかいにはゆとり、横島の発言には暴走しかけているおキヌちゃんが可愛いですね
横島もここで突貫とかしないあたりにおキヌちゃんとの関係を大事に思ってるのがわかってステキです。
微熱教室から繋がって横島補習シリーズですね
あ、そうだ、ここで落第したら……もう一年おキヌちゃんとの高校生生活が増えるよ(マテ (長岐栄)
- その辺歩いてる中高生カップルの多くは女の子の方が肝据わっててシャキシャキしてるイメージありますね。で、男はこの横島みたいにダラダラしてたり所在なげにしていたり……とまあ、商店街のおじさん目線になって読んでました。
そして後半。元ネタを口に出さないとは……進化したものだ、横島(笑)
通い妻発言で生まれた程よい緊張感が、その後の密な空気に結び付いてる感じでした。
何となく、このままだと同級生の机さんとどっちつかずになりかねない彼がワク…不安でもあります。 (フル・サークル)
- つぼです。ほんわかです。
シリーズで読むと浮気者&流されすぎ少年に新たにドキドキします。
……横島君も澪みたく分身でできればいいのにねー。 (ししぃ)
- >「よっ、おキヌちゃん。今日は旦那さんと買い物かい?」
>幼な妻・通い妻
前者には至極冷静に対応していたおキヌちゃんがどうして後者には激しい反応を見せたのか―――そう、それは後者の言葉が愛する人から発せられたものだからですが。
>まだ早い
彼女は何を想像しているのでしょうか、うふふふ(ぇ
何ていうか、完全に駄目な読み方をしている気がしますが、面白かったです。賛成ー。 (veld)
- コメントありがとうございました。
>九尾様
あるいは、横島とおキヌの場合はセクハラとかなんとか、そういうのをある意味超えて
家族のようにごく普通に接する事ができるようになってから、一気に関係が進むかも知れません。
今回のように、ドキドキしているようではまだまだでしょうw
>いしゅたる様
微熱教室と繋がっていてもいなくても、今横島の目に入るのはおキヌちゃんだけなのです。
甘いと評価して頂けて嬉しいです。
某所の連載、何かと大変でしょうけれどもお互い頑張りましょう。
>長岐栄様
やはり、おキヌちゃんが暴走するとなれば横島が絡めばこそ、ですね。
突貫はまあ、しちゃってもいいかな?いいよね?という気もするのですが。
おキヌちゃんと同級生は、あまりにも横島が切ないでしょうから却下しますw (aki)
- コメントありがとうございました。
>フル・サークル様
商店街の店主視点はナイスです。私はちょっとおキヌに感情移入して書いてましたから
その視点で物語を作ってみたいですね。
横島が進歩じゃなくて進化ですかw
ここで口に出してしまったら、南部グループの事件と同じになってしまいますしね。
机の女の子とどっちになるか。どっちも捨てがた…いえ、なんでもありません。
>ししぃ様
ツボでしたのならば幸いです。
浮気者で流されるのも、青春の一幕ですにょ?(何
「みんな俺のじゃー!」と言ってしまえる横島くんは格好良いのです。
といって、ハーレムになどはしませんがw
>veld様
ええ、おキヌちゃんは横島くんの事となれば、多かれ少なかれ照れてしまうのですけれども
やはり本人から言われたとなれば、煩悩全開、いえいえ、多少妄想も入ってしまうのです。
駄目な読み方などではありません。むしろ、そう読んでくれた方が嬉しくもありますw (aki)
- 夕暮れ時の、オレンジ色に染まる街の風景。
窓から差し込む光と、それに照らされて夕食を作るおキヌちゃんの姿がありありと浮かんできます。
なんというか、取りたてて変わったことのない平凡な時間の中に、ドキドキや幸福があるんだなーって思います。
心にじんわりと雰囲気を味わわせてくれる作品、お見事でした。 (ちくわぶ)
- 事実上の通い妻なのに、立ちあがりかけることを自制する横島・・・この、いくじなし!(笑)
周りからみれば「何をいまさら」といった感じですが、ふとしたことで意識をしてしまう二人が初々しく、私も店のおやじさんのように冷やかしてしまいたくなりますね。 (赤蛇)
- はっきりせんかい、みたいなー(笑)
おじさんは浮気なんて許しませんとも、ええ。
ふうわりと柔らかい雰囲気の向こうに、ちょっとした修羅場が待っているのか、そんな裏を読んでしまう自分。
わたしゃーもちろんおキヌを応援しますがー。
・・・愛子も捨てがたいなあ。 (とおり)
- コメントありがとうございました。
>ちくわぶ様
平和な夏の夕暮れ時、仲の良い女の子と自室に二人きり。
ハプニングに繋がるような台詞まで出しておいて、平和なまま終わる。
あっさりとした中で、雰囲気を感じて頂けたのは幸いです。
>赤蛇様
ええ、横島くんは、いざとなったらいくじなしなのですw
何を今更、という二人だけが感じている壁。
それを超えてくれることを、作者の私も祈るばかりです。
>とおり様
浮気だなんて、そんな。熱い夏の誘惑なだけですよw
修羅場になるのか、ならないのか。
次回で、その部分はあえて隠しつつも、答えは提示するようにしてみました。
…愛子も捨てがたいのですが。 (aki)
- 遅いレスすいません。
横島君とおキヌちゃん、ほのぼの甘酸っぱい前半も、ふたり互いにちょっと暴走wな後半も、どちらもらしくて良いですね。
面白かったです。 (偽バルタン)
- コメントありがとうございました。
>偽バルタン様
もう少し淡々と仕上げる案もあったのですが、暴走っぽい描写も欲しくなって
しまいまして。そういうリクエストもあったのですがw
結果として、より良くなったのではないかと思います。 (aki)
- GTYに多数見られる、おキヌ好きの方々のエネルギーは無尽蔵なんでしょうか(笑)
描写の端々から漏れる深い愛に押し流されそうです。
個人的には扇風機の向きに関する描写がツボでした。
こういう気遣いっていいですよね。 (UG)
- コメントありがとうございました。
>UG様
おキヌスタのエネルギーは世界一、と某独逸軍人のように叫びます。
それはともかく。扇風機の描写は、自然と浮かんだ部分でした。
こういう気遣いがごく自然に出来るのがおキヌであろうと思います。 (aki)
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