ザ・グレート・展開予測ショー

【夏企画SS】ホテルにて


投稿者名:おやぢ
投稿日時:(06/ 8/23)

潮騒が聞こえる。海からの風が、心地よくレースのカーテンを躍らせている。
最上階からの眺めは昼間は美しく映るのだろうが、今は僅かな月明かりが水面を照らすのみであった。
高級そうなソファに腰を下ろし、俺は飲みなれないシャンパンを口に含んだ。
ついに俺が男になる日が来た。しかも相手は、超高目の絵に描いた餅だった“あの”女性だ。

「あぁ生きてて良かったーーーーーーーーー!!!!あのちち・しり・ふとももが今夜俺のものに!!」

思わず血管キレて血が噴出す。










スパーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!









小気味の良い音が、スウィートに響く。
ついでにドタマに鈍痛も……

「こんバカタレ!!!仕事っつー事忘れるなっつーたでしょ!!」

ハリセンを片手にバスローヴを羽織った美神さんが仁王立ちになっていた。
そう……実は、仕事である。真夏のリゾートホテルは、稼ぎ時であるのにこのスィートルームに“でる”のであった。
そう難しくない仕事だったので俺一人で取り掛かったのだが、2日程張り込んでも出やがらない。
もう一度再調査をすると、“新婚”もしくは“カップル”限定の時にしか出やがらなかったのだ。
普通スィートといったらそういう連中しか泊まらないんで、“どんな人間”が泊まった時なんて想定はしていなかった。とんだ盲点だった…


とりあえず事務所に電話を入れると、美神さんがすっ飛んできたっつーワケです。
他のメンバーは??と聞くと、『暴走』する恐れがあるから不許可だそうです。
というか皆で来ればいいじゃん!!という基本的な疑問があったのだが、口に出そうとした瞬間にゴーゴンの如き眼光で睨まれてワタクシは

石になってしまいました。
まぁ『暴走』といわれたらねぇ……確かにこういう場所で、おキヌちゃんと一緒にいたら何しでかすか、自分でも自信ありませんです。
でもさすがに、シロタマは襲わんぞ俺は!!!!そこまで信用ないんかいっ!!!
しかしふとした疑問が……自分は襲われないと思っとるんか?この女!

まぁ襲うことは可能でも、押し倒す事は不可能だろうな。というか明日という日は永久にこないだろうな--------脳内補完終わり。





「いや……少しくらい雰囲気だそうかと」

頭を押さえつつ言うと、すぐさま烈火の如き反論が。

「それのどこが雰囲気だーーーーーっ!!!!」

言われて見れば確かにそうかも。
ムードってなんだ???ヤる事にムードもクソもあんのか???
所詮俺は煩悩魔神、目の前の欲望の前にはムードもクソもないのでありますよ。
俺の馬鹿さ加減に呆れたのか、大きな溜息をつきつつ頭を押さえながら目の前のソファに座った。

「期待したアタシがバカだったわ」

「へ、期待って??」

惚けた口調でそういうと、刺すような視線射抜かれた。

「さっさと風呂入って、準備して来なさい」

風切り音が聞こえそうなくらいにバスルームの方を指差されると、かなりビビリ腰になった俺はカバンを手にしてバスルームへ向かう。さっ

と服を脱ぎ、シャワーを浴びる。

あぁ、これが仕事抜きだったらどんなに良い事やら。
って仕事抜きで、んな事あるわっきゃねーか!!!思わず目頭が熱くなってしまった。
頬を濡らすのは、シャワーなのさ!!!!泣いてなんかないやいっ!!!!!

涙……いやいや体についた水気を拭うと、カバンを開け御札を数枚取り出した。
バスローヴを羽織り、それを隠し持つ。
こうしていると、ホント仕事なんだなぁと実感する。いとあはれ……



カバンを左手に持ち、バスルームを出る。
美神さんは、ソファに座ったままシャンパン片手に海を見ていた。月明りが、亜麻色の髪を優しく照らしている。その姿に俺は思わず見惚れ

てしまう。

見惚れる???

俺なんつった???
美神さんが綺麗なのは、今に始まったことじゃないだろ?う〜〜〜ん、なんか最近の俺って変。

「仕度終わった?」

窓からこちらの方へ顔を向ける……向けるとコケた。
ソファに座ったまま、ズルっと。意外に器用な人だ。

「アンタ、シャワー浴びた後くらいそれ取りなさいよ!!」

頭に手を当てながらそう言われた。あ・・・バンダナしてたんだ。

「これって俺の制服っスからね、仕事なんで気合い入れとかないとドジっちまいそうで」

「いいから、それ取りなさい」

美神さんが頭を抱えると、俺はバンダナを外しカバンを置いた。しかし……どこに座ろう。キョロキョロと周りを見渡した。

「どうかした?」

「いや、どこに座ろうかと」

俺がそういうと、美神さん大きな溜息をついた。

「こっちいらっしゃい」

え?こっちって……そこっスか?
美神さんが示したいた場所、それは美神さんの隣。ソファの隣に座れって事っスか?
いやもうこうなったら、遠慮なく!のル〇ンダイブ!!!





あれ???できない????

なんか動きがギコチないぞ??心臓バクバクいってるし、不整脈か?なんか顔熱いし、高血圧??
ギクシャクとした動きで、ようやく俺は美神さんの隣に座った。でも、隣が見れない。
手を伸ばせば届く距離なのに、俺の両手は自分の膝の上に固定されている。

「あんた、なに緊張してんの?」

え?これって緊張なの?
俺が?????美神さん相手に????
頭の中をいろいろな事が駆け巡る。う〜〜〜〜〜ん、分析不能。

バスローヴの袖が引っ張られる。あまりにも不意をつかれたので、俺は引っ張られるまま倒れた。
ゴツっと固い感覚は無かった。ふわりと柔らかい、そして美神さんの香りが鼻腔を擽る。
まったく動けなかった。別に一子相伝の怪しい拳法を使われたワケでも、いつもの魔神でさえもビビりまくる黒いオーラでもない。
動いたら殺られる!!そういった類のものではない。動いたら嫌われる、嫌われたくない。


あれ???
俺っていつも嫌われまくる行動してるやん?なんで急に怖気づいてる?



「なにか言いなさいよ・・・・」

声を聞いて、よくやく体が動かせた。
ふと見上げると、美神さんはチラっとこちらを見ていた。

「いや、あの……」

やっぱ緊張してるのか?言葉が上手くでてこない。

「ほら、緊張してんのはアンタだけじゃないのよ。」

美神さんはそういって、俺の頭を心臓の位置にもってきた。
心臓の位置って……『ちち』じゃん!!!!!

美神さんの心臓の音が聞こえる。かなり早い。
俺の心臓も、現在爆発寸前まできている。自分の心臓の音が煩い。
煩い……けど、ね……眠い……
そういえば、ここ数日ロクに寝てなかった。

いい匂いしてるし、気持ちいいし……あかん……羊が出てきた……








どれだけ、寝てたのだろう。
目を覚ますと、美神さんの手が俺の髪に触れていた。

「俺、寝てました?」

「そうね、2時間ばかり。」

ヤバイ!怒ってる!?
恐る恐る美神さんの表情を窺うと、当社比3.8倍の優しい顔。何故だ???




イタリアンマフィアは殺意を隠すために、殺す相手に贈り物をします




ピートの言葉が一瞬頭を過った。
まさか!俺が油断したところで、ぐさーーーーっと!!??



んなワケないか。殺るんだったら、さっき寝てた時に殺るな。
滅多にないシチュエーションに、どうやら困惑しまくっている。

「ねぇ、横島君」

「な、なんスか?」

「なに百面相やってんのよ」

声に出ずとも、顔にでていたらしい。体を起こし、思わず顔を触ってみる。すると耳元に息が触れる。
ふわりとした感触と甘い香りが鼻腔を擽る。

「向こうで……ね」

む、向こうって……ベ、ベ、べ、べ、べ、べ、ベートーベンじゃなくて、べ、べ、べべンがベンでもなくて、べ、弁当でもなくて……あかん

、かなり混乱してきた。
混乱している俺を尻目に、美神さんは両腕を俺の首に回した。それってつまり、お姫様抱っこで連れてけって事っスね!
どうにもあかんです。顔面の右半分硬直して引き攣ってきました。
自分で引き攣ってるのが分かるのに、美神さんはにっこりと笑った。
正直申しまして……こんな顔見た事ないです。綺麗というより、むっちゃ可愛い。
別に理性が切れたワケではないが、抱きしめてました。
温かいな〜やわらかいな〜という感想はなく、可愛さ募ってって感じ。



ベットまで美神さんを運びゆっくりと寝かせるが、美神さんは俺に回した手を離そうとはしない。気のせいかもしれんが、その瞳は潤んでい

るように見えた。
バスローヴに手をかけると、恥かしそうに顔を背けた。一瞬なにか筋のようなものが見えたような気がしたが、おそらく気のせいだろう。
少しだけ肌蹴たバスローブの隙間から、白い丘が重力に負けないでその美しい形を維持している。
美神さんの胸は何度か見た事はあるが、ここまで間近で見たのは初めてだ。そして、それはまさに手に取れる場所にある。思わずボ〜〜〜っ

としてしまう。

「もぉ……恥かしいんだからね」

美神さんの手が俺のバスローヴに伸びる。帯を解き、白く細い指が俺の胸に伸びる。
潤んだ目が……































潤んでない!ド鋭い目になってるし!!!




「そこよ!!!!」

バスローヴに仕込んだ破魔札を剥ぎ取り、俺越しに投げつけた。

「う、うらやましーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

嫉妬か?嫉妬の亡霊だったのか??しかしなんつー断末魔じゃ。
呆れたような顔を浮かべている間に、美神さんはベットから降りるとバスローヴの乱れを直していた。

「さ、終わり終わり。飲み行こうか♪」

なに、なんなの、この豹変ぶりは。俺の純情な男心と熱い血潮の滾りはどうしてくれる!
まぁ愚痴言ったところで、聞き入れてくれる相手でない事はすでに理解してますですよ。

「今何時だと思ってるんスか。ホテルのBARはもう閉まってますよ」

ささやかな復讐。ほんとささやか……
美神さんは俺にそう言われて、時計に目をやった。午前2時を少しだけ回っている。

「仕事終わったから開けろっていうには、無理な時間ね」

電話の場所にそそくさと向かうと、フロントに電話を入れる。

「あ、フロントですか。美神除霊事務所ですけど、除霊終わりました。報告は明日、支配人の方に直接致しますので……はい……はい……」

仕事の終了の電話か。まさかこのまま俺だけ帰れっつーんじゃないだろうな……この時間電車ないから、まさか徒歩!?

「えぇ、それでですね実費で構いませんので、マッカラン50年、バランタイン20年、ドンペリのロゼ、全部フルボトルで、ルームサービスで

お願いします♪(※詳しい説明は省きますが、全部クソ高い酒です)」

電話を置くと、ぽつりと呟いた。

「全部、横島君の奢りね」

「え、えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

「当然でしょ。膝枕2時間、ハグ1分、そして出血大サービスの玉の肌閲覧!私ってなんて優しい上司なのかしら、こんな事されてもこれだけ

で済ませてあげるなんて」

その仕打ちを優しいっつーのか……いったいいくら飛んでいくんだ、福沢さんが。
ちょっと待て。するってーと、ベットの中で見たあの“筋”はやはり見間違いじゃなかったんだ。
あの時に気付いておくべきだった……って、あの時だと時すでに遅かったな。
思わず深い溜息が熱い汗とともに出てきた。泣いてなんかいないやい!これは心の汗なんだ!!





おそらく俺の今回の仕事料の福沢さんが胃の中に入った頃に、東の空が明るくなってきた。
2時間少々で消えていくとは……いや、俺もヤケクソで飲んだんだけどね。

「あら、もう朝ね」

立ち上がり窓の側へと向かう。海風が亜麻色の髪を靡かせた。
昨夜一瞬足りとも可愛いと思えたが、今は可愛いというより綺麗だ……その性格さえなかったら。

「なんか言った?」

「いや、別に」

「あ、そう」

おそらく聞こえていたのであろう、視線が痛いです。

「酔い醒ましに、散歩でもしようか」

振り向いた先の彼女の顔は、昨夜の顔に少しだけ戻っていた。








夜明け前の海、まだ潮騒だけが支配している。水平線の向こう側からの朝日はまだ姿を見せるには至っていない。
スーツでもボディコンでもなく、白いワンピースを着た美神さんはヒールのついたサンダルを手に持ち波打ち際を歩いている。

「ねぇ美神さん」

背中に声をかけると、小波に足を絡ませたままこちらを振り向いた。

「昨夜のアレ。なんだったんスかね」

俺の言葉を聞くと、首をガックリと項垂れさせた。

「アンタちゃんと下調べやったの?毎年夏にあの部屋を予約していつも一人の客いたでしょ」

「あ〜、あの着飾って一人で来て一人で帰ったっていう……って、まさかアレ?」

「おそらくね。スィートに部屋取っているって誘ったのなら、海で女の子ナンパできるとでも思っていたんでしょうね。ところが、誰かさん

みたいに毎年失敗の連続だったって話よ」

誰かさんって、誰やねん。分かっちゃいるけど、ほんのちょっとだけ否定させてくれ。

「前にコンプレックスっていたじゃない?あれと同種みたいよ。残留思念があの部屋に溜まってたみたいね」

……俺の残留思念もあの部屋に溜まったんじゃないか。まさか来年は俺の残留思念を俺が退治すんのか?

「またバカな事考えていたでしょ。例えば……そうねアンタの残留思念がカップル襲うとか」

GS辞めても、BAB○Lに就職できるぞアンタは。

「いやマジな話、俺の霊力って結構強いじゃないスか。今までだってそれで何度失敗やらかした事やら」

「マジで言ってんの?」

頷くと美神さんは、昨夜のような顔で笑った。

「残ったら残ったでいいんじゃない?また依頼くるから私は別にそれでも構わないわよ」

「アンタなぁ〜」

「それに……」

「それに?」

聞き返すと一瞬間を置いて、海の方を向いた。

「教えない」

「なんじゃそりゃ」

思わず顔を顰めると、水平線の向こうから陽が昇ってき始めてきた。
海に朝日が反射してキラキラと輝きだす。
もうすぐ陽が明ける。昨夜の事は完全な仕事だったのだろうか。
たぶんそうだと思う。この人の事だからそういうに違いない。
だけど、今俺の目の前にいるのは天上天下唯我独尊のGS美神令子ではなく、美神令子という一人の女性。
俺は美神除霊事務所のGS横島忠夫でなく、横島忠夫という一人の男。
陽が昇ってしまうと、事務所の所長と所員に戻ってしまう……そんな気がした。
ボディコンという辣腕GSの制服を脱いだ彼女、そんな彼女だから聞いてみたかった。

「美神さん」

「ん、なに?」

俺の真剣な声を知ってか知らずか、彼女は先ほどと変わらぬ顔で振り向いた。

「昨夜の事なんスけど」

ヤ、ヤバ!昨夜とまったく同じや。また心臓がバクバクいってる。

「は、はい」

「あ、あの俺……」






























「美神さ〜ん、横島さ〜〜〜〜ん」

「せんせーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

いやもうなんつーかねぇ、ほんともぉいいかげんにしてくれ。上半身ドタマから砂にめり込んじまいましたよ。
なんでこんな朝早くから来るのよ。つーかこの路線だと始発もまだ動いてないでしょ。

砂煙を立ち上らせ爆走するリヤカー……あ、なるほど♪シロがリヤカー引っ張ってきたのか〜〜

「おはようございます」

おキヌちゃん、朝から爽やかだね。その笑顔と対照的なドス黒いそのオーラは俺の気のせいかな?

「おはようでござるよ」

シロ……お前、ここまで走ってきたのにその爽やかな笑顔はなんなの?ただでさえ泣きたいのに、今から散歩なんていわれた日には、俺は朝

日に向かって泳いじゃうよ。

「あ、もう着いたの?」

よかった……お前だけはいつも通りマイペースだね、タマモ。

「来るのはお昼頃じゃなかったの?」

にっこりと笑っている美神さんだけど、先ほどまでの顔は欠片も残ってない。それどころか、コメカミに青筋立ってますです。
まぁ朝っぱらから、ハイテンションな人たちに押しかけられたらねぇ。

「いえリゾートホテルの“スィート”なんて初めてですから、もぉ、う・れ・し・く・て」

顔は爽やか、台詞も爽やか……でも、何か違う。何か違うんだよーーーーーー!!!
怖いんだよ、何か知らんが俺に恐怖という信号を送ってるんだよ!!!!
だめだよおキヌちゃん、この人に喧嘩売っちゃ……あれ、青筋消えてる?

「そうね、朝食にはまだ早いけど、とりあえず戻りましょ」

サンダルを手にしたまま砂浜を歩きだした。拍子抜けしたのか、おキヌちゃんは小首を傾げたまま後に続いた。
もちろんタマモも俺も後に続く……つーか続かせろ、シロ。
Tシャツの裾を引っ張るな!爽やかな笑顔を見せるな!!!
言うなよ、あのセリフだけは言うなよ!!!!!!

「先生、散歩に行くでござるよ」

俺は反射的に海に飛び込んだ。












嗚呼、ギャルの声が聞こえる。野郎の声は聞こえない。我ながら便利な耳だが、今はそれどころじゃない。
疲れてるんです、眠いんです。この3日間ロクに寝てない上に昨夜は精神的にも疲れ果て、酒も飲みまくり、その上朝から結局自転車抜きの

トライアスロン。俺だから死なないようなもんだな、自分で言って悲しくなるけど。
所長のお達しにより、荷物番という名の休息をもらってビーチパラソルの下で寝こけておりますです。
多少ブーイングも出ましたが、一応俺らは仕事していましたんで大目に見てもらってます。
俺ら……つまり、俺の隣で一人セレブしている人も含みます。
まぁ体力完全にありませんからして、ナンパして回る根性も果ててます。
しかし……こうして冷静に見ると、うちの事務所ってレベル高いのなぁ〜
俺が隣にいるっつーのに、美神さんをチラチラ見るだけならいいが、声までかけてくる野郎はいるわ、おキヌちゃんは声かけられるたびにこ

っちに慌てて戻ってくるわ、それどころかシロタマでさえナンパされてるし……条令ってものを知らんのか、まったく。
俺に言われるようじゃ、人間辞めた方がいいかもな……なんて自分を切り売りするのはやめておこう。
アホな事考えるのやめて、寝ようっと。昼からは一緒に遊ばないといかんしな。

「ねぇ、起きてる?」

お隣のセレブからお声が掛かる。

「今寝てます」

「そう……って、古典的冗談ありがと」

「いえいえ、師匠譲りでして」

サングラスを少しずらして、睨んでますです。いい加減にしておかないと、ドツかれるな。

「で、なんスか?オイル塗って欲しいんなら、すぐにでも塗りますよ」

「遠慮しとくわ。アンタの手、スベってばっかりで言う事聞いてくれそうにないから」

最初から言い訳潰してやんの。まぁ美神さんらしいといえば美神さんらしいな、いつも通りだ。

「あのさ」

「なんスか?」

「今朝言ってたわね、アンタの残留思念が残るかもって」

「言いましたね」

「私の残留思念も残ってるかもね」

思考停止……半分寝呆けてる頭では理解不能です。何を言うとりますか、この人は?

「美神さんのも残ってるんスか?そりゃかなりやっかいっスね、どうやって依頼人誤魔化しますか」

「簡単よ」

「簡単なんスか?」

「そ、アンタ次第なんだけどね」

「俺次第って……残業っスか?今度は何日かかるんだろ」

「それもアンタ次第よ」

「まぁ俺が引き受けた仕事っスからね」

美神さんからの返事はなかった。俺は完全に目蓋を閉じ、再び眠りにつこうとした。
顔に当たる日差しが柔らかくなる。珍しい事もあるもんだ、美神さんがパラソルの位置を変えてくれたらしい。

「美神殿ーーーーーーー、お腹減ったでござるーーーーーーーーー」

遠くでシロの声が聞こえる。

「はいはい、おキヌちゃんとタマモ呼んできなさい。ランチ食べに行くわよ。」

「はいでござるーーーーーーーー」

「アンタは、どうする?」

「とりあえず、もうちょい寝てます」

そういうと、さらに日差しが柔らかくなった。ふわっとした香りと何かが唇に触れた。

「残留思念なんて残らないように、ちゃんと順番踏まえてよね」

一発で目が覚めた。起きたついでに別のものも起きた。

「あ、横島さん」

おキヌちゃんの声が聞こえたが、今止まるワケにはいかない。振り向いた瞬間に俺は間違いなく変質者。海へ向かって一直線。両手でガード

で一直線!
頭も冷やして、ついでにナニまで急速冷却。



「横島さん、どうしちゃったんです?」

「起き上がった途端に、海に向かって駆け出したでござるよ?」

「さぁね。男の事情ってヤツじゃないの?」



あのぉ……聞こえてるんですけど。


あの女だけは分からん、ほんっと分からん。
どこからが本気でどこからが嘘なのか、それとも全部嘘だったのか、それとも……まぁ、いい女って事は知ってたけど、可愛いって事が分か

ったってだけでもいいとしておこう。

波に漂いながら、俺はそう思う事にした。


この夏は一歩だけ大人になったのかな……

















とりあえず耳血と鼻血に誘われてやってきた高級中華料理の食材の素の群れから逃げ切れる事ができてから、考える事にしよう。





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