ザ・グレート・展開予測ショー

【夏企画SS】夏祭り −新しい夏の始まり−


投稿者名:長岐栄
投稿日時:(06/ 8/17)

 夏のある日の物語。

 日も高い、南中時の太陽光線は地上を滅殺せんとばかりに、光を注ぐ。

 それは町の全てに平等で、とある高校だけを特に贔屓して降り注ぐことは無いんだが、そこにいる夏服制服トリオは、ひときわ真夏を感じながら昼食会を開いていた。

「腹減った〜」

 学校の屋上、日射照りつける中、癖っ毛頭を赤バンダナで押さえつけた少年がグタッと柵にもたれかかっていた。

「また昼食が無いんですか?」

 金髪碧眼、美形のバンパイアハーフが冷や汗流しながら、毎度の光景に名状しがたい表情を浮かべていた。手にはしおれたバラの花。

「まー横島さんですからノー」

 そういうのは日本人の高校生とはおおよそ思えない体躯(身長と横幅)、そして、強面。

 だがしかし、そこはかとなく漂っている影の薄い気配が感じられるオールバックの少年。

 購買のパンをかじりながら、毎度馴染みなやり取りを行っていた。

「何で今日に限ってピートに差し入れ弁当が一個も無いんだよ」

 ダクダクと涙を流しながら、バンダナの少年……横島は金髪少年ににじり寄っていた。

「そ、そんなこと僕に言われても……」

「最近はピートさんが食っとらんことも公然の秘密ですからノー」

 そう、以前は美形のピートにお近づきになろうとして、沢山の手作り弁当が差し入れられていた。

しかし、その愛情の結晶が意中の人ではなく周囲を取り巻く二人の少年の胃袋に消えていく事実は、もはや秘密というのもおこがましい。

「うぅぅ、俺に餓死せぇっちゅうんかぁぁぁぁぁ……」

 時給255円のサバイバルレベルな薄給では、洒落抜きで深刻な物語。

 聞いてる二人としても、それが冗談でもなんでもないことを良く知っているだけに、何ともコメントに困っていた。

「そ、それはまぁ……なんと言いますか」

「……横島さんですからノー」

「ちっと位は分けてくれてもいいだろ? なぁ、おぃっ」

 プライドも何も有ったものじゃない。哀れっぷり全開にして、再び二人ににじり寄る。

「ぼ、僕はバラの生気吸ってますし……」

「ワッシは今食べ終わったところですジャー」

「あぁぁぁぁっ、ちくしょーっ、なんだかとってもちくしょーっ!!」

 世界の終わりに絶望した、とでも言わんばかりの勢いで横島はのた打っていた。と、

「横島さん♪」

 明るい呼び声が背中に聞こえてきた。

「え? え?」

 振り返ると、

「おキヌちゃんっ」

 ふよふよと青白い人魂二つを従えて、宙に浮かぶは巫女服姿の和風美少女。

 年のころなら15、6歳

 長い黒髪たゆたせて、愛らしいほのぼの笑顔に癒される。

 地縛霊歴300年の大ベテラン、バイト仲間の幽霊少女がそこにいた。

「どうしてここにっ」

「横島さんが給料日前で困ってるんじゃないかなって思ったんでお弁当作ってきちゃいました♪」

 そう言う彼女の手には、白いお弁当ハンカチにくるまれたお弁当箱が差し出されていた。

「お、おキヌちゃぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 感涙にダクダクグショグショな横島が思わず絶叫していた。

「おキヌちゃんは救いの天使だっ、女神だっ、巫女さんだっ」

 最後の言葉はそのまんまだと思う。とはいえ、

「よ、良かったじゃないですか」

 軽く引きながらも隣ではピートがホッと息をつき、

「くぅぅぅぅぅ、どうせっ、どうせワッシは、ワッシはぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 孤立無援のタイガーはやりきれない悔しさに涙するが、

「はいっ、冷めないうちに食べちゃってくださいね♪」

「うぅぅぅぅぅぅぅ、おキヌちゃんは、おキヌちゃんはええ娘やぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 甘々フィールドを展開する横島とおキヌにゃ関係ない。

 横島は感涙に咽びながら、受け取ったお弁当包みを神速で開き、

「いただきま〜すっ」

 ご対面したハンバーグ、野菜サラダに白いご飯、夏みかん……。

 あっという間に横島の口の中に消えていく。

「こら美味いっ、こら美味いぃぃぃぃぃぃぃぃいっ」

 感涙に咽びながらお手製弁当を平らげる姿に、クスクス嬉しそうに微笑み、おキヌもご満悦。

「うふふ、喜んでもらえて良かったです」

「おキヌちゃんって味見できないのに何でこんなに味加減が絶妙なんかなぁ」

「それは横島さんが私の『とっくん』に付き合ってくれたからじゃないですか?」

 美神所霊事務所に来たばかりのおキヌは、300年前の文化感覚と幽霊であるゆえの不便さにより、得意の家事能力が有効に活かすことが出来ずにいた。

 しかし、彼女も黙ってはいないっ。役にも立てずに事務所にいるのは忍びない。何より美神には給料もらって雇われているのだっ。(日給30円だけど)

 そして、彼女の戦いは始まった。

「いや、でも、凄い成長速度だったよ。あっという間に俺好みの味付けに仕上げちゃうんだもんな〜」

 横島という協力者(試食係)を得たおキヌちゃんは、2週間で現代の調理器具を支配下に置き、ありとあらゆる調味料を使いこなすことに成功したのである。

 ……もっとも、それは「美味しい食事」ができた時の横島の喜ぶ顔が見たかったという加速装置があったのは乙女の秘密である。

 コレを乙女ターボと名づけようかという論議は横において、

「横島さん好みの『はんばーぐ』も作れるようになりましたから♪」

 彼女は試食できない状態でありながら横島好みの料理を作る達人と化していたのである。

「これは、むしろ、俺が感謝しても、し足りないよなぁ」

 くーっと涙流しながら、感涙に咽ぶ。

 しかし、コレは傍から聞いていたら単なるノロケな訳で……。

「横島さんは、横島さんは裏切り者ジャー」

「知るかぁぁあぁぁぁぁっ!!」

 タイガーの叫びに、横島のツッコミが全力で応えるっ。

 確かにお弁当は手作りだ。しかも作ってくれる娘はべらぼうに可愛い、はっきり言って希少価値が出るくらいに可愛い。

 気立ては良いし、家事堪能、はっきり言って彼女にしたいランキングで上位に入ること間違いない。

 唯一つ問題なのは、彼女は幽霊だったのです。(今更)

 いくら傍から愛を育んでいるように見えても、横島クンの根底的欲求(煩悩)を満たしてあげることは出来ないわけで。

 もっともおキヌ自身が横島との関係をどれほど意識しているかどうかは正直微妙といわざるを得ないわけだが……。

「ご馳走様っ、おキヌちゃん」

「お粗末さまでした♪ また作ってきてもいいですか?」

 見事な食べっぷりにコロコロ笑いながら、嬉しい申し出。

 横島にとっては是非も無い。

「是非っお願いっよろしくっウェルカムっおキヌちゃんのお弁当、また食べたいっ!!」

「うふふ、分かりました。また作ってきますね」

 と、その時、

 どーん、どーんっ

 遠くのほうで太鼓を叩く音が聞こえてきた。

「? なんでしょう?」

 おキヌちゃんが目の上に右手かざしながら遠くのほうを見て……。

 つられて全員が、おんなじ方向に向かって視線を延ばしていた。

「あぁっ、そういえば今日って……」

 ピートが何かを思い出したようだ。

「なんだ?」

「近所の神社でお祭りでしたね。夜店とかもあるみたいですよ」

「へぇ〜、何で知ってるんだ?」

「いや、なんか一緒に行きませんかって何人か……はっ!!」

 そこまで言ってからピートは己の失策を悟る。

 横島とタイガーから放射される怒気というか、瘴気がバンパイアハーフのピートさえも戦慄させていた。

 ダラダラと流れる嫌な感じの脂汗がじっとり背中ににじんでいた。

「ほほぉっ、それは女か? 女からのお誘いだったのか?」

「ピートさん、よもや一人だけで幸せを謳歌しようとか言うことではありませんかノー?」

「あ、ありませんっ、全部断ってますっ。大体今日、僕は神父と一緒に祭の手伝いですっ」

 必死でブンブン首を振りながら美形のダンピールは否定を繰り返す。

 なんだかオマケで面白そうなことを口走っていたが……。

「は? ちょっとまて、何で神父が祭の手伝いに行くんだ?」

「……祭の直前に雑霊のお払いと、盆踊りのお手伝いです」

「なんだか色々とちょっと待て、おひ……」

 神父である。破門中とはいえ仮にもキリスト教の神父が、神道の象徴神社に何しに行くと言った?

「いや、まぁ、集まる雑魚霊を低予算で打ち払うのも町内会の勤めだそうで……」

 なんかやたら生活臭の漂う言葉が返ってきていた。

「そ、そうか……」

「それと……盆踊りは生きがいだそうです」

「そ、そうか……」

 沈痛な面持ちのダンピールを見て、横島もなんだかこれ以上ツッこんじゃいけない気がしてきた。

「横島さんっ」

「おわっ」

 肩越しにおキヌちゃんがぬっと顔を出していた。

「な、何? どうしたの?」

「お祭りって夏にもあるんですか?」

 両拳を胸元で握り締めて、好奇心一杯の瞳がズズイっとにじり寄ってきていた。

「え? いや、夏に祭? あるよ? ってか、いうだろ? 夏祭りって」

 それがごく当たり前なので、返答する。

「はー、そうなんですか……私、秋のお祭りしか知りませんでした」

 感心した様子がえらく可愛かった。

「え? 秋だけ?」

 むしろ、コレには横島が驚いていた。

「はいっ、秋の収穫祭です」

 笑顔一杯におキヌちゃんは答える。

 なるほど、確かに元禄時代の田舎であれば、そうそう祭も行われることはなかったろう。

 祭は基本的にお米が収穫される秋に執り行われるものなのだ。

 祭とは開催にもそれなりの労力が必要となる。

 京都や大阪、江戸と言った都ならまだしも地方ではそうそう秋以外の祭は考えづらいだろう。

 元禄生まれのおキヌちゃんにしてみればそれが当たり前といってもいいくらいだ。

「そっか、そうなんだ……」

 現代のように多様な文化が年中堪能できる時代とは違うのである。

 そんな好奇心一杯のおキヌちゃんを見ていて、横島の頭にランプが点灯する。

「なぁ、おキヌちゃん?」

「はい?」

 素直に小首をかしげる様がとてもよく似合う。素直な人柄がにじみ出ているというか、

「一緒に祭見に行かないか?」

 単なる思い付きではあったが、彼女の興味は充分にその言葉で刺激されたようだった。

「え? 本当ですかっ!!」

 瞳をきらきら輝かせてズイッと寄ってくる。

「あ、あぁ、今日の授業終わってからだけどな」

「行きますっ、是非是非っ♪」

 はいはいはいっとばかりに手を挙げて賛同を示していた。

「んじゃ、あと2時間ほど待っててくれな」

「はい、それじゃ、また後で来ますね♪」

 そして、おキヌは空になったお弁当箱を大事そうに抱え、上機嫌でふよふよと事務所のほうへと帰っていった。

「あんなに喜んでくれるとはなぁ……」

「いいですのぉ、横島さんは……」

 タイガーのジト目はとりあえずシカトすることに決めた。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

「あ、横島さーん♪」

 嬉しそうに手を振る巫女服少女。

 美少女が門まで迎えに来てくれるというのは非常に嬉しいのだが、宙に浮いて、青白い人魂が2つオマケ付きというのは、

 普通の学生は一瞬びびる。

「よ、待たせてごめんな、おキヌちゃん」

 だが、その少女に声をかけたのが赤バンダナの少年と見ると周りは妙に納得した顔で、何事もなかったかのように日常を続けた。

 何かと色々耐性があるこの高校もしかして原因は横島なのではなかろうか?

「そんな、全然ですっ。でも、もう楽しみで楽しみでっ」

 全身から期待を漲らせて、顔はニコニコ恵比須顔。

「さて、じゃぁ、早速行こうか?」

 横島の呼びかけに、

「はい♪」

 おキヌは満面の笑顔で応えた。

 かくて、学生服の少年と巫女服姿の幽霊少女は連れ立って、夏祭りの行われる神社へと、歩いていったのだった。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 通りには提灯が吊るされ、夜店が軒を連ねていた。

 道行く人は浴衣姿に下駄をカラコロさせたりしている。

「うわぁ、凄い賑やかですね〜♪」

 好奇心120%の瞳でおキヌは大喜びだった。

 周囲が楽しそうなだけで、おキヌも幸せな気分になってくる。

「おや? 横島クンじゃないか?」

 ふと、声をかけられていた。

 人の良さそうなめがねの中年紳士、普段の黒の牧師服と違って、今はハッピに身を包んでいた。

 ちょっと後退気味の額には鉢巻を巻いている。当然足は地下足袋だ。

「し、神父……」

 思わず身じろぎしていた。聞いていた。確かにここにいるとは聞いていたのだが……。

『なんだこの気合の入りまくった格好は……』

 実際に見てみるとまた一味違ったインパクトに襲われる。心で大量の冷や汗をかきながら横島は慄いていた。

「ま、また、えらく気合入ってますね?」

「うむ、やはり、夏祭といえば神輿を担いで、盆踊りを踊らなければな」

 グッと右拳を握って、空に向かってメガネをキランッと輝かせる。

「へ〜、お祭りってこういう格好するんですねぇ〜」

 ふよふよと、隣のおキヌがしきりに感心した様子で神父を眺めていた。

「はっはっは、そうだよ、おキヌくん。コレこそが夏祭りの正装……いや、制服といっていい」

 違う、何か違う。違わないけど何か違う。

 そんな気がしてならない。

 というか、ぞの全身から漲っているオーラというかやる気はなんなんだろうか?

「それにしても、君たち二人だけかい? 美神くんは?」

「あ、今回は俺らだけです」

「ほぅ、そうなのか……」

 妙に感心した様子で神父は人のいい笑顔を浮かべる。

「……仲が良いのは素晴らしいことだ。たとえ垣根があったとしてもね」

 横島とおキヌの二人を見ながら笑顔を崩さない。

「それでは、私は神輿を担ぎに行ってくるよ。ピート君もそちらにいるが来るかね?」

「いえ……遠慮しておきます」

 なんか、ちょっと可哀想な気がしたので行くのはやめようと心に誓っていた。

「そうか、残念だよ。まぁ、楽しんで行きたまえ」

「あ、はい、神父も楽しんでください」

 言って、神父は爽やかな笑顔に見送られつつ、去っていった。

 横島の精神に多大なダメージが残りはしたが……、

「ふぅ、それにしても横島くんとおキヌくん……か」

 人間と幽霊、普通に考えれば一緒にいるのも珍しいが二人が並んでいると妙に応援してあげたくなるのは何故だろうか?

 少なくとも唐巣は二人が共に幸せであって欲しいことを願わずにはいられない。

 二人の背中を見送りながら、神父は胸で十字を切る。

「主よ。願わくば彼らの未来に幸多からん事を……その笑顔が末永く守られんことを」

 胸に秘めた主への信頼と共に、祈りを捧げる……ハッピ姿だけど。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 さて、それから二人はというと、神社の敷地内を散策していた。

 ざっと居並ぶ夜店露店、ありとあらゆる物が、お祭特価で並んでいる。

「横島さん、これからどこ行きますか?」

「そーだなー」

 考えてみればあまり軍資金は無い。そもそもあれば昼食に困窮しない。

 結局一回りして終わりということになるが、それならそれでおキヌが喜ぶところを回るべきだろう。

 ならば、おキヌが喜びそうな場所といえば何処だろう?

『おキヌちゃんは、幽霊で、現代に疎くて、そんでもって巫女服……』

 ピーンッ

 横島の脳裏にひらめくものがあった。

 ちょっとした悪戯心と言っても良いかもしれない。

「じゃぁ、境内のほうへ行ってみようか?」

 ちょっと楽しげな笑みを浮かべながら言う。

「はい♪」

 素直な返事と共におキヌは横島と並んで、境内に向かって進んでいくのだった。

 神社といえば……まぁ、当然ながら本職の巫女さんがいるわけで、

 巫女さんたちは呆気に取られていた。

 目の前には自分たちと同じ格好をした少女が人魂従えて空を浮いてたら、そらビックリもするだろう。

 その光景に横島は内心でガッツポーズを浮かべていたのだった。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 人ごみもそこそこな境内。

「へぇ、300年前に……」

「そーなんです。でも、私、才能なくて……」

 いつの間にやら、巫女さんたちとすっかり打ち解けていた。まぁ、おキヌらしいといえばおキヌらしい。

 キャイキャイと年頃の娘同士、話の花が咲いていた。

「でも、おキヌちゃんは立派よね……」

 同い年くらいだろうか? 巫女さんの一人がしきりに感心している。

 300年もの間、幽霊でいながら全然誰かを恨むといったような気配が欠片も無いおキヌに少なからず好感を抱いていた。

「そ、そんなこと無いですよ〜」

 わたわたと、照れるおキヌ。

「ふふ、おキヌちゃんは凄く立派だと思うわ」

 別な巫女さんが同意を示す。

 すっかり『おキヌちゃん』と自然に呼ばれるようになっている。

「今日はお祭り楽しめてる?」

「はいっ♪ 凄く♪ 私、夏祭りって初めてなんです♪ 横島さんに連れて来てくれ……」

「ずっと前から愛してましたぁぁぁぁぁっ」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 はるか後方で、道ゆく美人にナンパという名のセクハラを敢行している少年の声を聴いた瞬間、おキヌの表情がヒキッと固まった。

 口の端をヒクつかせたかと思うと、ふよふよ〜と声のした方へと、飛んでいく。

 ヒタッ

 と、左手は肩を置いて、右手は首筋を触れ、唇を耳元に寄せる……。

「よこしまさ〜ん……?」

 ヒュ〜、ドロドロドロドロ……、という擬音でも聞こえてきそうな縦線付きの声音で呼びかけていた。

「おっ、おキヌちゃん……!?」

 横島は恐怖の形に顔を硬直させ、振り返ることも出来ずに背中越しのシベリアの如き冷気に身震いする。

「いったい何をしているんですかぁ……?」

 そんなおキヌの呼び声にようやく振り返ってみる……。

 おキヌがいる。それは予測していた通りだ……だが、夏なのにその周りにブリザードが発生しているように見えるのは何故だろう。

 幽霊なのにこめかみに井桁貼り付けて、微笑んでいるが目はちっとも笑っていない。

「ちょっと、こっちに来ませんか〜♪」

 口調は明るいけど、なんだかちっとも暖かさが無いのは何故だろう?

 おキヌはそのまま横島の肩を捕まえて引きずってくる。

 そんな様子を見て、巫女さんたちはクスクスと笑うばかりだ。

「大変ねぇ。おキヌちゃんも」

 二十歳を少し出たくらいだろうか? 落ち着いた感じの巫女さんが悪戯っぽく微笑んでいた。

「もぉっ、横島さんったらいつもあぁなんですっ。可愛い娘と見たら手当たり次第っ」

 隅っこのほうで震えてうずくまる横島を尻目に頬を膨らせてプンプン怒っている様子を巫女さんたちは微笑ましく見守っていた。

「じゃぁ、そんなおキヌちゃんにこれをあげるわ」

 言って、赤く薄べったい巾着のような……お守りを一つ差し出した。

「これ……なんですか?」

「お守りよ。持ってるときっといい事あるわ」

「え? いいんですか? いただいちゃって」

「おキヌちゃんの貴重なお話が代金としては充分よ。ただ、あげるのは内緒にしておいてね。特にあの男の子には」

 言ってもう一度クスッと悪戯っぽく微笑んだ。

「あ、はい、ありがとうございます。大事にしますね」

 ペコッと深く頭を下げ、受け取ったお守りをきゅっと抱きしめる。

「あの……おキヌちゃん? そろそろ次行こうか?」

 見れば、ようやく立ち直った横島が……なんか恐る恐る手招きしていた。

「あ、はい、今行きますね」

 先ほどのドロドロな感じは微塵も消えて、明るい声で振り返る。

「それじゃぁ、皆さんお世話になりました」

 笑顔で挨拶し、お守りを裾に仕舞い込んで、横島の後をそそくさと追いかけて行った。

 漢字を知らないおキヌはお守りには書いてある言葉に、気づかなかった。

 大事なのはくれた人の想いである。

 ただ、意味は分からずとも、その後、おキヌはお守りを大切に保管していたそうで。

 あながち、扱いとしては間違っていないところがおキヌのおキヌたるゆえんだろうか。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 一年ぶりの夏、周辺の環境は一変していた。

 何より変わったのは……少女はもう幽霊ではなかったということ。

 自室ではおキヌが大慌てだった。

「え〜と、荷物はコレでよかったかなっ?」

 新品の制服に袖を通して、カバンの中身を何度も何度も確認する。

 わたわたとおおわらわ、生き返ってからさほど時間がたっていないので、つい壁抜けしようとしてガツンと額をぶつけてしまうのはご愛嬌。

 美神所霊事務所での居候も確定し今日から転校初日、六道女学院に通うことになる。

 真新しい制服の香り、カバンの中の筆記用具は氷室の家で使い慣れたもの。

「これで大丈夫かな?」

 と、不意に、

 ガタンッ

 バササササササッ

「きゃ〜っ」

 棚から雪崩が発生していた。無理やり詰め込んであったらしい。

 これはおそらくおキヌではなく美神が片付けたのだろう。

 おキヌは困り果てながらも、少し幸せそうな苦笑い。

「帰ったらお掃除しないと……」

 ふと、何かが目に留まる。

 赤い、平べったい巾着のような……それは、見覚えがある。

「あっ、これ、もしかしてあの時の……」

 お守りを手にとって見た。

 『恋愛成就』

 燦然と輝く文字に、思わずボフッと顔が赤くなるのを自覚する。

「あ、あの時は漢字とか分からなかったけど……んー、一体みんなにどう思われてたんだろ?」

 軽く首をひねってしまう。それは、もう今更ではあるんだが、

 ふと考える。

 あれは去年の夏のこと、今はまた新しい夏。

 今年もあの祭はあるのだろう。

 今度は浴衣を着て行こうか? いずれにしても隣にいるのは……きっと彼。

「また、会えますよね?」

 新しい生活、新しい時間、そして、懐かしい人たち。

 少女は手にしたお守りをそっとカバンの中に忍ばせる。

 全てに感謝と喜びを感じながら少女は新しい生活の扉を開き歩き始める。

 少女の物語はまだまだこれからも続くのだから。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa