ザ・グレート・展開予測ショー

【夏企画SS】墓参


投稿者名:臥蘭堂
投稿日時:(06/ 8/15)

 何処の国であろうと、どんな宗教のもとであろうと、死者を悼むと言う行為は、おおむね同じような形となる。いわゆる葬法――火葬か、土葬か、あるいは水葬風葬、はたまた鳥葬など――は、その地域ごとに様々ではあるが、大体において、葬送後、その人を偲び、悼むための墓標が用意される。
 中には墓標すら作らぬと言う文化も存在はするが、それでも、ほとんどの地域では死者の眠る場所の象徴として、なんらかの標が用意されるのが一般的だ。

 それにしてもと、彼は、いささか不思議に感じぬでもなかった。この国で一般的な墓標といえば、家名の彫られた四角い石の塊なのだ。まあ、たいがいの国でもそうなのだが。
 こんな四角い石から、生前の姿を偲べというのも、実は相当な無理難題なのではあるまいかと。まして、キリスト教圏のように個人の為の墓ではなく、一族累代の墓として建てられるそれには、家名こそ彫られていても、個人の名は彫られないか、あっても別に墓誌板と言うものを用意し、そこに刻む形となるのだ。
 ここまで没個性となっていては、そこにあの個性の塊とも言うべき人々のよすがを求めるのは、中々に難しい。

 鳴き騒ぐ蝉達の声が降りしきる中、横島忠夫とその妻令子が共に入っている横島家の墓を前に、ピエトロ・ド・ブラドーは、まあ何とかなるかと、苦笑にも似た軽いため息を漏らした。

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GS美神 二次創作

墓参
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 二人の遺骨がここに納められてから、すでに5年あまりが経過しようとしていた。実際には、妻である令子の方が、横島より八年も前に亡くなっていたのだが。
 彼女が美神家の墓ではなく、ここに入ると言う事について、何がしかの騒動が持ち上がると言う事はなかった。
 美神の遠い親戚筋――少なくはあるが、存在はしていた――が、文句を言い出そうとはしたが、それらも結局うやむやになってしまっていた。
 何より令子自身が、自らの姓が「横島」である事を誇りとさえしていたくらいなのだ。
 彼女の妹である美神ひのめが「父さんと母さんのいる墓には、私が入るから問題ないでしょ。あの二人だって、姉さん夫婦をわざわざ引き離そうだなんて思やしないわよ」と明言した事も、その助けとなっていたのは確実だろう。
 そう言えば、令子より二十歳も若いひのめは未だ堅強ではあるが、それでも、彼女もまた生物の摂理に従い、やがては――

 頭をもたげ始めた暗い想像を振り払うように、ピートは頭を振ると、ワイシャツの袖をまくりなおした。八月の陽光が容赦なく照りつける中、考えるべき事でもないだろうと思ったのだ。
 そうでなくとも、自分は常に、それを心にとどめているのだから。

 桶に水を汲み、置いてあったスポンジを借りて墓前に戻ったピートは、まず墓の周囲に散らばるゴミの掃除を始めた。落葉、落花、あるいは風に飛ばされて来たらしい紙くずや、饅頭か何かを包んでいたのだろう小さなビニールなどなど。
 それらを丹念に拾い上げ、用意してあったビニール袋に放りこんでいく。古くなった仏花や、線香の灰なども同様に片付ける。
 一当たりの掃除が終わると、今度は風雨に汚れた墓標自体の掃除だ。スポンジに水を含ませ、雨だれの跡や埃を磨き落としていく。

 真夏の日差しが容赦なく汗を絞り出させるが、さして気にもとめず、掃除を続ける。そんな中、脳裏に浮かんでくるのは、令子と横島の姿、彼らと過ごした日々の思い出だった。

 つくづく不思議だと、思わぬでもない。
 彼らと過ごした日々はそれこそ数十年にもなるのに、思い出されるのは、出会ってから数年以内の彼らなのだから。
 横島に至っては、あのユニフォームとすら言えたデニムの上下でもなく、あろう事か高校の制服、学ラン姿ばかりが浮かんでくるのだ。

 本当に、つくづく不思議だと思う。

 しかし同時に、無理もないのかと言う思いもあった。あの高校で過ごした日々、彼とタイガー、愛子らと共に「除霊委員」などと言う怪しげな活動に無理やり従事させられた日々。
 自分の姿や表情に騒ぐ女生徒達と、それを妬んでなかばいじめのような目に合わせてくる横島とタイガー。苦笑しながらそれを見る愛子。

 半吸血鬼として数百年を生きた自分のありようとしては、不甲斐ないとすら言えただろあの日々は、しかし、自分が過ごしてきた数百年の中でも、屈指の輝きを伴う日々だった。

 他愛のない事々に、一喜一憂できたあの日々。無駄とも思える物事に、情熱をかけられたあの日々。終わってしまった日々。戻ってはこない日々。

 もし自分に青春と呼べる季節があったなら、あれこそが正にそうだったのだろう。他愛もなく、青くさく、活力だけは無駄に溢れ、それでも、輝かしいあの頃こそが、自分にとっての青春であったに違いない。

 あった。そう、それは過去形なのだ。終わってしまった季節なのだ。あの頃を彩った人々のほとんどは、すでにこの墓の主達と同様、鬼籍へと退いた。人ならざる者達は、今でも存命なものが多いが、行方の知れなくなった者もまた数多い。
 それでも、寂しいとは、思わなかったが、それを今の彼は、不思議だとは思わなかった。

 知っているからだ。時は巡る。全ては流転する。終わりのないものなど、この世には存在しない。不死のこの身とて、決して不滅ではないのだと。この世の全てが死に絶える頃には、この身もいずれ滅ぶのだと。

 この世に永遠は存在せず、だからこそこの世の全ては皆等しく美しく、愛おしいのだと、知っているからだ。

「やっぱり、貴方のおかげなんですよね」

 そう礼を言う脳裏の姿も、やはり学生服姿だった。いずれまた、輪廻の先で会おうと約束してくれた時の、老いた姿ではなく、あの懐かしい、クラスメイトの姿だった。

 春は終わった。この夏も終わるだろう。訪れる秋は暮れて行くだろう。そしていずれ、冬が来る。しかし。

「それでもいつか、また」

 また、春は来る。懐かしい人々が、真新しい姿で、再び、そして初めての対面を迎えるだろうのと同じように。だから。

「寂しくはありませんよ。決して」

 磨き終えた墓の前にしゃがみこみ、令子の好んだ花と、横島が好んだ安いカップ酒を取り出す。花を生け、カップ酒のふたを開けて一口。生ぬるい、安酒特有の甘ったるい感触が舌の上をすべる。

 そう言えば、彼自身も、決してこの味が好きだとは言っていなかったっけ。ただ、この安っぽさが、どうにも馴染んで仕方ないのだと。それを聞いた彼の妻は「あんたの晩酌だけは絶対つきあってやんないからね」と、そっぽを向いていたっけ。

「我慢して下さい。今日ぐらいは、旦那さんに付き合ってあげて下さいね」

 彼らは何と応えるだろうか。それとも、約束どおりすでに何処かの地に、新しい生命として生まれ出でており、ここにはいないのだろうか。
 まあ、どちらでも良い。いるならいるで、久方ぶりの、犬も食わぬ何とやらであろうし、いないならいないで、それはまた、彼らと再び会える日が、近づいていると言う事なのだろうから。

 腰を挙げ、傍らに置いてあったバッグを手に、墓に向かって一礼する。

「また、来ます」

 そして、彼は踵を返し、歩き出す。夏の終わりに向けて。秋の始まりに向けて。冬の訪れに向けて。
 そしてまた、いずれ繰り返される、春に向けて。

――了――

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