ザ・グレート・展開予測ショー

【夏企画SS】これもまた一生ものの思い出……の欠片


投稿者名:S
投稿日時:(06/ 8/15)

仕事が、環境が変われば住まいを移すのもごく当たり前のこと。
だからこうして引越しの為に私物を纏めていたのだけど、手にとって見るまでそれを手元に置いていたことさえ忘れていたものの何と多いことか。
まだ思い出に浸るような年でもないのに、気がつけば手にした小物一つ一つに微笑を浮かべ、涙ぐんだりしてる。

(だめだなぁ、こんなんじゃ明日まで掛かっても整理が終わらないかも)

明日明後日に引っ越すわけじゃないから焦ることはないのだけど、社会人と学生の間の中途半端な自分を意識させられる気がしてちょっとへこむ。

「……あ」

指に触れたのは、押入れの奥、季節物の更に奥に隠すように仕舞われていた薄い箱。
埃を被って

「何だろ……結構古い?」

持ち上げた感じ、やっぱりこれも洋服なんだろうけど。仕舞ってあった場所もそうだし。
ただ、覚えがないのが少し不思議で。
いや別に悩むことなんてない。中を見ればすぐ分かるんだから

「って、どうしてガクランが私の部屋にあるのっ?」

声に出しちゃったよ。だって心当たりなんて全然なかったし。少しだけパニック。
慌てて引っ張り出すと、防虫剤の名残香に混じって、

「あれ?……」

湧き上がってくる、懐かしさ
記憶よりも先に
頬が熱くなる。何だかとっても、恥ずかしい。
男物の学生服を半分胸に抱きしめて、赤くなってる自分って、危ないお姉さん一歩手前。

「これ……ずっと……ここにあったの?」

ここにあると言うことは、仕舞ったのは私だということで、

「全っ然、覚えてないよぉっ……嘘、私だったの?」

うわぁうわぁどうしよう記憶をひっくり返す
あれは……薄らと覚えてる、彼はとにかく目立つ人だったから、些細なことでも大げさに騒いだし。
周りにも濃い人が多かったから余計に。学校の内外を問わず、彼は有名人だった。
けして格好よくはなかったし、どちらかと言うと成績も悪かった。馬鹿をやるなら誰よりも派手に、そんな芸人みたいなことを地でやる人がいるなんて、同じクラスになるまで思っても見なかった。
そんな人。

暑い、いや熱い、熱過ぎる!

そんな雄叫びにびっくりするよりもああまたか(こんどはどんなことをしてるれるんだろう)と目を向ければ、
とりゃぁ!と叫んで窓から飛び出していく後姿。

あれこそは恵みのシャワーだ!

違うあれはスプリンクラー、と言ってもきっと聞かなかったろうな。
とにかく彼はどんな馬鹿でも一度はやってみる人だったから。

どおおおっ なんじゃこりゃぁっ 思ったよりもきつ――へぶっ!

放水口に近づきすぎて吹っ飛ばされていた。
びちょびちょのどろどろになって教室に戻ってきた彼は、ある意味英雄として迎えられた。

ジャージに着替えて午後の授業を乗り切った彼。さて帰ろうかという時になって

あり? 俺の制服は?

見渡しても見つからない。やれやれまたかとクラスの皆の視線はどこかで次の芸を期待していて

ちゃうって、ほんとにないんだよ。っかしーな?

彼は滑ったネタにいつまでも拘る人じゃない。だから本当にどっか行っちゃったんだと。
皆も探して(もちろん私も一緒に探した)、でも結局見つからなかった。
要するに、彼自身脱いだ制服をどこに置いたか覚えてなかったと言う。
結局、干してあったのが固定が甘くて風に飛ばされたんだろうということに落ち着いた。

(……本当だったんだ)

学校からかなり離れた、ここは私の家のすぐ近く。こんなところまで飛ばされてるなんて、彼は制服まで非常識だ。

(飛ばされるって言ったって、普通は学校の中だけでしょうに)

一見汚れたゴミ、一度は目を背けようとした私が足を止めたのは、何に惹かれたからなのかな。
袖があってボタンがあって……うちの学校の制服だったから。しかも

(本当に、横島君のだし)

洗って、明日か明後日に届けてあげよう。



ねぇ、横島君、制服――

ああ、帰りに校庭回ってみたんだけど、やっぱ見つからなくてな

私が見つけたから、明日にでも洗って持ってきてあげる そう言おうとしたそのとき

横島に惚れてる娘が持って帰っちゃったんじゃないか?

どかんとあたまをなぐられた そんなしょうげき
気がついたら自分の席で今物理の授業中、教科書に顔を隠して頭の中ぐるぐるぐる

(い、言えない)

今返したら、絶対誰かが言う(言わないかもしれないでも言われたら私堪えられないと思う多分きっと赤くならないでいられる自信がないっ)どうしよう そうだ 少し時間を置こう

……甘かった

三日が五日になり十日になり、気がつけばもう

(今更どんな顔で返せばいいっていうのよーっ)

広げられた制服を前に、がっくりと膝をつく。
返そうとはしたの、本当。でも意識しすぎちゃって当たり障りのないことしか言えないままずるずる来ちゃった。
何かきっかけがあれば返せたのに、彼はほら、常に新しい話題を振りまく人だから、一月も前の小事件なんて今更口に出せない。

(いいもんっ それなら私、本当に貰っちゃうんだからっ)

……疲れてたんだなぁ、あのときの私


殆ど毎日、仕舞う場所を変えて(ベッドの下に置いたり丸めて机の引き出しに押し込んだり)

で、

自分でもどこに置いたのか忘れちゃったんだ。



「そっか……ここに仕舞ってたんだ」

なつかしいな ほんとに
今だからそう言える。そう言えるようになったから思い出せたのか。

横島君のこと、そういう意味で意識していたのかと聞かれたら、多分違う。
でも私の学生生活の中で、かなり大きな比重を占めてたのも確かだと思う。何しろあのクラスは

(一生ものの思い出が多すぎるよ)

横島君には悪いけど、この制服は貰っておこう。
もう一度、きちんと畳みなおして、箱に仕舞った。


fin

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