ザ・グレート・展開予測ショー

GSとして(後編)


投稿者名:桜華
投稿日時:(00/ 7/12)

 扉の向こうは、地獄だった。
 水車に張りつけられ、意識を失っている女性がいた。
 乳房を切り取られ、泣き叫んでいる女がいた。
 腕をもがれて、うめいている男がいた。
 薬を大量投与されたのだろう。ショック死している老人がいた。
 鋼鉄の処女、アイアン・メイデンと呼ばれる拷問器具に、女性が一人、入っていた。その扉は閉じられている。女性の体には、微妙に急所を外されるように設計されている何本もの針が突き刺さっているだろう。痛みに涙を流しながら、叫ぶ力もなく、うつろな瞳から涙を流している。
 一人の男がいた。その股間には、男性を象徴するものがなかった。それは、床に無造作に投げ捨てられていた。斧か何かで一気に切り取られ、その後、何も処置をされていないようだった。痛みのショックか、はたまた、出血多量によるものか、男はすでに、その命を終えていた。
 女がいた。体つきから、おそらくそうだろうと判断できる。だが、その顔は、醜く焼け爛れていた。硫酸でもかけられたのだろうか。皮膚と呼べるものはなく、肉があらわになっている。唇も失い、歯茎を剥き出しにしている。瞳はどろどろに溶け、眼孔から流れ落ちていた。まだ生きてはいるものの、助からないことは、誰の目にも明らかだった。
「……イ」
 声が、聞こえた。
 はたして、それを声と呼んでいいものだろうか。だが、その部屋にいるものたちの感情は、明確な声となって、横島の頭に響いてきた。
「イタイ、イタイ」
「ヤメテ、モウヤメテ」
「イタイ、コワイ」
「ドウシテ、コンナメニ」
「ドウシテ」
「ニクイ」
「ニクイ、ニクイ」
「……シニタイ」
「コロシテ」
「コロシテ、モウコロシテ」
「イタイ」「コワイ」「ヤメテ」「ドウシテ」「ニクイ」
 恐怖、怒り、憎しみ。
「コ ロ シ テ」
 そして、絶望。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 その情感に、横島は、絶叫した。





 そこには、何もなかった。
 拷問器具も、それにさらされた人々も。
 何もない、ただの空間だった。
「ヴィジョン……か」
 自らを強く保つために叫び、そして再び目を開いた時、景色は正常に戻っていた。
 GSは、一般人には見えない、霊という者を見る事ができる。それはつまり、霊的感受性が高いと言う事だ。普通の人間よりも、霊波の影響をまともに受ける。
 今回のような事が、まったくなかったわけではない。無防備な時に強力な思念波を受けてしまうと、先程のようにありもしない映像が見える事もある。
「残留、思念。この感覚だと……おそらく、百年以上も前の……」
 全身を汗でぬらしながら、横島は先ほど見た映像、及び受けた霊波を解析していた。
「大富豪の、拷問室。ミスをしでかした使用人を連れ込み、拷問し、そして、殺した」
 百年たっても消えない憎しみと絶望。館の主人が、どれだけ酷い責めをしたか、先ほどのヴィジョンでも窺い知る事が出来る。
「狂ったヤローだ」
 吐き捨てて、力なく、横島は部屋の中を歩き始めた。ガードしているため、ヴィジョンは見えないが、気持ちが悪い。吐き気がする。足元もおぼつかなかった。ガードできる自分でさえこうなのだから、代々の主人達が早死にしたのも当然だろう。
 部屋をぐるりと回りながら、横島は、五つの文珠を置いていった。等間隔に。ちょうど、五芒星を描くように。
 そして、部屋の中央に立つ。
 手に持った文珠を作動させる。それに連動して、部屋の五つの文珠も一斉に輝き出し、同じ『浄』という文字を浮かび上がらせる。
 文珠は、複数文字を同時に使うことで、劇的に応用範囲が広がる。だが、その複数の文珠を、たった一つの文字で使用すればどうなるか。相乗効果で、劇的に威力が上がるのだ。文珠を整った形になるように配置すれば、さらに効果は倍増する。
 そう。この、『浄』化の五芒星陣のように。
 これで、この部屋を清める事は出来る。だが、それだけでは足りない事も、横島は理解していた。
「悪いな、蛍。そっちに行くのは、もっとあとになりそうだ」





 準決勝が終わった。三十分の休憩の後、いよいよ決勝戦が始まる。
 蛍は、勝ち進んでいた。父に自分の勇姿を見せたいがために。
 だが、それももうすぐ終わろうとしている。
 そして、彼女の父は、まだ、来てはいない。
「パパ……どうして……」
 小さく、涙声で呟く蛍。
 戦える状態では、なかった。





 炎は、全てを無に返す。人も、物も。怒りも、憎しみも。絶望でさえ、荒れ狂う紅い手で消してくれる。
 燃え盛る館を、横島は、何をするでもなく眺めていた。
 狂気の被害者達の冥福を祈りながら。無事にあの世に行けるようにと。安らかに眠れるようにと。
「耐えられるか?」
 誰に言うでもなく、横島は呟いた。
「これが、GSだ。GSとして、俺達は、人の闇の部分を覗かないではいられない。
 耐えられるか、蛍? おまえは、この苦痛に、耐えられるのか……?」
 サイレンの音が聞こえてきた。ふもとの誰かが通報したようだ。だが、建物の周りには結界が張ってある。入って来る事は出来ない。この館を包む炎は、消されてはならない。完全に、燃え尽きなければいけないのだ。
「いや……」
 紅に照らされながら、横島は、ゆっくりと頭を振った。
「信じると、決めたよな」
 娘の行く道を信じると、決めたはずだ。そして、挫けないように守ると決意したはずだ。
「今から行けば、決勝戦に間に合うかどうか、かな」
 時間を見て、横島は呟く。
 消防員に事情を説明する暇はない。後からでも、大丈夫だろう。それよりも今は、早く会場に行かねばならない。娘との約束だ。破りたくはない。
「空からが一番早い、な」
 文珠でつくった『翼』で、横島ははばたいた。


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 長すぎて送信しきれませんでした。もう一つ続きます。ほんとにどうも済みません。 

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