ザ・グレート・展開予測ショー

【夏企画SS】オシャレ魔女? 魔鈴めぐみ


投稿者名:純米酒
投稿日時:(06/ 8/14)

 肌にねっとりとまとわりつく汗を手桶の中の湯で洗い流し、おさげを解き網癖の残った髪をタオルで纏め上げると、手製の魔法薬を湯をたたえたバスタブの中に二、三滴落とす。熱さにちょっとだけ躊躇ったあと全身を毒々しい色をした湯の中に沈め、大きく息を吐く。
 
 世間は蒸し暑い夏休み。学生は思い出を作るのに忙しく、社会人は偶の休みを有意義に過ごす為に頭を捻っている最中である。

 しかし、レストランなどの客商売は、そういった時期こそが稼ぎ時であり、なおかつ夜に除霊を受け付けている魔鈴にとって夏休みのお盆の前後は一年でも五指に入る忙しい時期であった。

 今日もレストランはフル回転。出前も昼時だけで7件と目の回る急がしさだった。
 
 だが、それは料理人としては嬉しいことである。彼女は辛いなどと全く思っていなかった。閉店後の後片付けも鼻歌交じりで済ませたばかりだった。

 


 たっぷり時間をかけて食べ物の臭いを落とし、除霊作業の為に身を清めた魔鈴は脱衣場の鏡の前で自身の身体を入念にチェックする。


 自分の年齢を鑑みて、肌の手入れにより一層力を入れる様になった。
 あらゆる角度から肌の張りをチェック。髪の毛も枝毛が無いか一本一本つぶさに観察。気になる箇所を見つけると、すぐさま頭の中で魔法薬の調合を始めてしまう。
 だが、魔鈴の視線がとある部分に差し掛かると思考がフリーズしてしまう。
 肌や髪の毛は魔法薬でなんとかなるだろう。だがしかしソレだけは薬で何とか出来るとは思えなかった。

 恐る恐る手をそこに伸ばし、触ってみる。
 昔には感じられなかったムニっとした手ごたえが、彼女を絶望の淵へと追いやる。

 指2本分。いや1.5本分?

 などとうろたえて居ると、使い魔がこちらを見て何か言いたそうな顔でニヤニヤしているのを見つける。

 魔鈴がにっこり笑って指を鳴らすと、激しい水飛沫の音と『足がっ! 足がつかないニャー!!』という悲鳴が、たった今彼女が後にした場所から響く。

 小鳥さんの目の前ではなかったことに使い魔が胸をなでおろすのはもうちょっと後のことだろう。


「ねぇ鏡さん。私……まだまだ大丈夫よね?」

 ドクロの飾りと白骨のレリーフが禍々しい三面鏡に問いかける。

 童話に出てくる魔法の鏡ではないが、彼女が少し魔力を込めれば、鏡はその性格上、嘘偽りの無い答えを返してくれるだろう。


 だが、鏡は何も答えない。


 良薬は口に苦く、忠告は耳に痛いもの。
 真実は時に残酷であることを良く知っている彼女は、鏡に魔力を込めるのが怖かったのだ。
 かといって、このまま自分を欺き続けても良い事は無い。
 精々、心の平穏が保たれる位ではある。
 だが、自分を客観的に見て、間違いを正してこそ大人の人間である。
 
 
 でもやっぱり、ズバッと言われると泣いちゃうかもしれない。
 だって彼女はか弱い女の子なのだから。



 自分で導き出した結論は納得しやすい。

 彼女がたっぷり悩んだあげく下した結論は、昔の服を着てみることだった。
 今も問題なく着られるのなら、今も若いという証拠だと考える事ができるから――






 肌に残る水滴をタオルでふき取ると、下着だけを身に着けて、クローゼットの前に陣取る。そこにはおなじみの魔女服がズラリとならび、端っこの方に、数着違う服がひっそりと息を潜めていた。



 去年気まぐれで作ったコックコートに袖を通してみる……

 気のせいかちょっとキツイ気がするが、胸の辺りなので問題なしとしておく。



 イギリス留学時代の魔女服を着てみる…………

 全体的にきついが、問題の部分にはまだまだ(指0.5本分)余裕があるので、コレも問題なし。たぶん……



 高校の頃のセーラー服をおっかなびっくり着てみる……………………

 上着もスカートも丈が短いだけで、着る事が出来た……


「――つまり、私は今でも高校生で通用するってことよね!?」


 この場に忠実なる使い魔が居たのなら、主人の暴走を諌める場面だが、彼は、今ようやくバスタブから這い出したばかりである。


 尋常ではない結論に達した事に気づかず、ちょっと浮かれていた彼女は、今夜も除霊を引き受けていた事が頭から飛んでいったことは、仕方の無いことかもしれない。



 彼女が正気に戻ったのは、使い魔が全身の毛が含む水分を、激しい身震いで周囲に飛び散らかした時だった。
 家具や家屋の壁や床を蹂躙した水滴は、彼女の顔も汚した。

「きゃっ! 冷た〜い……」

 だが、それで正気に戻った彼女は壁の柱時計が示す数字に気がつく事が出来た。時計はすでに予定の時刻を少しばかり過ぎた後だった。

「いけない。お仕事に遅れちゃう!」

 立てかけてあった箒を掴むとすぐにレストランへと転移し、独り言を残して大慌てで飛び出すのであった。
 
 真面目な彼女は遅刻やドタキャンをするという事は考えられず、有ってはならない事なのだ。GSもレストランも信用商売だからこの心がけは至極当然とも言えるのだ。




 主が居なくなった家の中で使い魔が毛づくろいをしつつ首を傾げていた。

『魔鈴ちゃん、いつもの服着ないでどーしたのかニャー?』

 そこには、夜の除霊に備えて、入浴前からきちんと準備されていたいつもの服が残っていた。
 真面目な彼女がとった当たり前の行為である。

 そしてそんな彼女がもう一つ取っていた当たり前の行為の一つ、カレンダーの今日の日付の欄に書かれた予定には

【美神除霊事務所と共同作業】

 と書かれていた……。


















「皆さんこんばん――」

「え? ま、魔鈴さんその格好……」
「なに、アンタ? 今度はイメクラまがいの方法でウチの丁稚たらしこもうって腹なの?」
「せ、セーラー服っすかっ? 新鮮っすねー! 窮屈そうに自己主張するチチ! チラっと見えるおなか! 普段は隠れている脚線美っ。しかもガーターベルトですかっ!? セーラー服とのギャップがっ! クーッ…最高っす!! ぼかぁもうっ、ぼかーもうっ!!」

「……え? ………………きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」















 歴史に「もし」「たら」「れば」は無い。









 だが、
 もし彼女が正気に戻った時に時間に余裕があったら…
 いつも通りの服に着替えていれば…





















「……そんなぁ」
「なんでこーなるのよっ!」

 教会の扉の前でにこやかに嫉妬がこもったライスシャワーを受ける横島忠夫とその隣に居る魔鈴めぐみ――横島めぐみの誕生は無かったのかもしれない。

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