冷凍みかん
投稿者名:赤蛇
投稿日時:(06/ 8/13)
「へぇ〜、こんなん売ってんだ」
何気なく見た冷凍ケースから、ひとつ手にとってみる。
隣に並ぶアイスクリームの凝った意匠と違い、ビニールの袋に入ったそれは実にシンプルで、他に間違いようもない。
たしか、地方のラジオかなんかで話題になっていたのは知っていたが、よもやこんなところで見かけるとは思わなかった。
横島はほんのちょっと考えて、片手に持ったジュースのペットボトルを元に戻し、その袋をひとつレジの店員のところへと持っていった。
【夏企画SS】 冷凍みかん
日中の日差しは暑くとも、風はいくぶん柔らかくなり、不意に夏の終わりを感じさせる。
それでもまだ当分は人気のないはずの教室の窓から、愛子はじっと外の様子を眺めていた。
薄暗い教室から見る校庭は眩しいくらいに白く、野球部の部員たちが口にする掛け声と、キイン、と鳴る金属バットの音だけが聞こえてくる。
「・・・はぁっ」
一際高く上がったフライをレフトが落球するさまを見て、愛子は興味を失ったかのように視線を逸らす。
来年はせめて三回戦ぐらいまでは行って欲しいものだが、あまり多くは期待できそうにもなかった。
いつか甲子園のスタンドで応援をする、そんな青春の夢はまだまだ遠いようだった。
「つまんないなぁ・・・」
愛子は窓枠から、だらん、と手を垂らして誰ともなく呟いた。
投げ出した両腕に当たる陽が、じりじりと腕を焦がすが、一向に構わなかった。
ずっと長いこと繰り返してきたかのような風景の中、ぼんやりとしていたせいか、背後にそっと近寄る気配に気付かなかった。
「―――ひゃっ!?」
不意に身体に触れる冷たいものを感じ、愛子は妙に可愛い悲鳴を上げて跳ね起きる。
一体何事かと振りかえってみると、自分の本体である机の上に乗っかっている季節外れのみかんと、私服姿のクラスメイトの姿があった。
「よ、よ、よ、横島くん!? な、な、何を!?」
まるで背中に氷でも入れられたかのような感触に、愛子の顔は真っ赤になっていた。
その表情に横島は惑わされることはなく、いたずら小僧のごとき顔をしている。
「おっと、そこでも感じるのか。わりぃ、わりぃ」
そう言って横島は、机に乗せたみかんを、ひょいと取り上げる。
悪びれるでもない横島の”感じる”という台詞に、愛子の顔はますます赤くなった。
「そ、そ、そ、それで、一体どうしたって言うのよ!? 普段でさえ滅多に学校にこない横島くんが!?」
もう、みかんの冷たさなど感じてはいない愛子が、しどろもどろになって問い詰める。
横島はそんな愛子の様子など気にせず、本体の机と一緒になっている、古ぼけた椅子に腰掛けた。
「ん? ああ、別にどうっていうこっちゃないんだけどさ。お前が退屈してんじゃねえかなー、って思ってな」
そんなことを言いながら、横島は霜の取れた冷凍みかんを皮を剥き、そのままひとつ口の中へ入れる。
買ったときはカチカチに凍っていたみかんも、ここへ来るまでにじんわりと溶け、ちょうどいい固さになっていた。
「横島くん・・・」
自分のためにわざわざ尋ねてきてくれたことに、愛子は少し心動かされるが、横島はそんなことを一向に気にせず、ひょい、ぱくっ、ひょい、ぱくっ、と次々にみかんを放り込む。
なんとなくいい雰囲気になりそうだったのだが、そうなると愛子も横島の食べているものが気になってくる。
「ねえ、横島くん。それって何?」
「ん? ああ、冷凍みかんだよ。知らねえのか?」
そう言いながら横島は、コンビニの袋から一つ取り出して愛子の手に乗せる。
さっきと同じような冷たさが、愛子の手のひらに伝わった。
「つめたっ!」
「子供の頃はよく食ってたんだけど、最近じゃ全然見かけなかったからな。つい懐かしくて買ってきちゃったよ」
こんなのまでリバイバルブームなんかね、とか言ってると、ふとした疑問が湧いてきた。
「でも、なんでお前が知らないんだよ。俺らが子供の頃って、学校の給食によく出てきただろ?」
何のてらいもない横島の素朴な疑問に、ふっ、と愛子の表情が曇る。
「―――私、小学校とかは知らないから」
「あ、そうか―――」
学校妖怪として偽の学園生活を送ってきた愛子にとって、人生の記憶は高校生のときだけであり、それ以前の記憶は存在しない。
今はこうして一緒に青春を送れるようになったけれど、こうして小中学校の話題に浸ることは出来ないのだった。
なんとなく気まずくなった沈黙に、横島は頬を掻く。
「ま、ためしに食ってみろよ」
「―――うん」
ちょっと話題を逸らそうとする横島を気遣い、愛子は手にしたみかんの底に爪を立てて皮を剥こうとする。
だけど、まだ少し固いみかんの皮は、途中でちぎれて白い筋が残ってしまう。
「あー、お前、それじゃ逆だよ。ちょっと貸してみ」
横島は剥きかけのみかんを手に取り、愛子とは逆にへたのほうに爪を入れ、大きくざっくりと皮を剥く。
ちょうど花びらが開くように四辺に皮を開くと、中から房に別れたみかんの身が姿を現した。
「こっちのほうから剥くとな、この筋もきれいに取れるんだよ」
そう言いながら、横島は取り損ねた筋も取り除いていく。
「ほれ」
「あ、ありがと」
およそ一分もかからないうちに剥き上げられた冷たいみかんを受け取り、愛子は恐る恐る一ふさ口に含む。
予想以上に冷たいみかんが口の中を刺激し、軽く噛むとシャーベット状になったみかんの果実がしゃりしゃりと音を立て、甘過ぎない果汁がのどを潤した。
「おいしい!」
「だろ?」
愛子が続けざまに二つ、三つと口に運ぶ間に、横島はもうひとつみかんを剥いて食べ始めた。
かき氷とも、冬に食べるみかんとも違うおいしさに、愛子の顔がほころんだ。
窓の外に見える空を見ながら食べていると、手の中のみかんは瞬く間になくなってしまった。
「あ〜あ、もうなくなっちゃった・・・」
いかにも残念そうな愛子の様子に、横島は最後の一個に手をつけるのを止め、愛子の目の前に差し出した。
「食うか?」
色気も何もない仕草に愛子は思わず笑みを浮かべ、ううん、と頭を振った。
「私はいいよ。もともと横島くんが買ってきたんだもん。食べて」
「でも、俺はもう二個食べちまったしなー」
いささかバツが悪そうな横島の顔を見て、愛子の口の中をみかんの甘さが刺激する。
「―――なら、半分こしよっか」
「―――そうだな」
「じゃ、横島くん剥いて」
「はいはい」
さっきよりも柔らかくなった最後の冷凍みかんを、横島が丁寧に剥き上げる様を、愛子は待ち遠しそうにじっと見つめていた。
今までの
コメント:
- ありゃりゃ、タイトル入れ忘れてしまいました。
―――ま、いいか。
というわけでコンビニで見て思いついた『冷凍みかん』ですが、今回は間違ってもダークじゃありません。隠しもありません。ありませんったら〜〜〜(懇願) (赤蛇)
- すなおにほのぼのしてしまいました☆
いいですねぇ、夏の教室に来る自然体の優しさ
落球する野球部(ぉ
夏です。冷凍みかんが食べたくなってしまいました♪ (長岐栄)
- いいですねえ…冷凍みかん。
私も机の天板などなどに乗せてみたくなりました。
もとい、冷凍みかんを食べたくなりました。
つい、ダークと隠しを探してしまいたくなりましたが、どう見ても欠片もありません。
こういうほのぼのは実に良いものです。 (aki)
- 取り急ぎ業務連絡まで。
今回、私のミスによりタイトルに【夏企画SS】と入れ忘れてしまったので、こちらは企画投稿の対象外とさせていただきます。
お騒がせして申し訳ありませんでした。 (赤蛇)
- 赤蛇さんは食べ物に関する描写が本当に上手ですね。
私も食べたくなりました、冷凍みかん。
もう三十年近く食べていないように思います。 (STJ)
- 冷凍みかん…
そう言えばこの間新幹線に乗る前にキオスクで売ってましたね…
買ってませんが…w
愛子は机の上の感触も感じることが出来るのですね…
ってことは自分でノートを取ってる感触も…(待て
…ってことは横島が座っている椅子も愛子の一部とすれば…
愛子のひざの上に座っていると言うような感じに!?
嗚呼、これぞ青春!!(何処か違う
と、ちょっと暴走してしまいましたがほのぼのしていて良かったですw (烏羽)
- まったり、しみじみ。
初めてコメントします、スケです。
ちょっとノスタルジックな雰囲気を冷凍ミカンが演出してますね。
ナイスです。
愛子って普段退屈してそうですよね。
こんな横島の気遣いも嬉しさ一入っぽいです。
良いものを見せていただきました。
鳥羽さん、ぶしつけではありますがツッコミを。
ジェイアールのKIOSKはキヨスクと読みます。キオスクではなく。 (スケベビッチ)
- ハウスミカンが挨拶で冷凍みかんが攻撃用だとまんがから間違った知識を得ていました
ダンボールマンめ騙したな
愛子は高校時代「しか」ない。思わず納得です。いわれてみればそうですよね
そんな愛子に小学生時代を味あわせてあげるとは、横島にくいです。いい男です (九尾)
- 半分こって言葉素敵ですね。
ほのぼのとした中に、どこか甘さのあるお話をありがとうございます。 (美尾)
- >長岐栄さん
あの高校って、野球部はあるんでしょうけど強くはないんだと思います。
落球したり三振したり・・・でも、そんな感じで頑張っているのも青春ですよね。
私にしては極めてめずらしく(笑)、ほのぼのとした雰囲気になってしまいました。
>akiさん
だから、どうして無いものを探しますか(笑)
昔はあちこちで売っていたような気がするんですが、いつのまにか見かけなくなりました。
コンビニで売るようになったのも今年に入ってからじゃないかな?
>STJさん
これは描写、というほどのものでもないですけどね(笑)
ああ、やっぱりご無沙汰な人は多いみたいですね。私の周りの人も同じようなことを言ってました。
今は懐かしさでブームみたいなところがありますが、出来れば定番として置いて欲しいです。
>烏羽さん
愛子がどこまで感じるのかわかりませんが、なんとなくそんなイメージがありました。
溶け出した霜がしっとりと天板を濡らし、指でつっ、となぞって見る・・・なんか、そんな構図も思い描いたりして。 (赤蛇)
- >スケベビッチさん
スケ=ベビッチさんなんでしょうか(笑)
なんとなく冷凍みかんってノスタルジックですよね。
これがただのアイスとかかき氷とかだと、そんな雰囲気にならなかったんですよ。
愛子は机を背負って外出してましたし、バイトとかもしてそうなんですけど、あえてそうでない彼女を想像して見ました。
>九尾さん
そう、愛子には高校時代しかないんです。今までも、そして、たぶんこれからも。
それぞれの人生の中の、たった三年間の思い出にだけ存在する、それが学校妖怪の愛子なのです。
>美尾さん
4個入りって、微妙に中途半端な数です。
一人で食べるにはちょっと多いし、家族で食べるには物足りない。
やっぱり、彼氏と彼女で半分こ、なのがちょうどいいみたいです。 (赤蛇)
- 毎度の遅レス申し訳ありません。
この手のシチュエーションは割と良く見かけるだけに、どう作者としての特色を盛り込むかが勝負どころなのですが、それが『冷凍みかん』とは。
素朴であっても粋な道具立てだと思います。こうした選択ができる感性こそ赤蛇様の真骨頂というところでしょうか。そして、暑い中にもけだるさを感じさせる語り口、今にふさわしい『夏の終わり』を感じることができました。 (よりみち)
- >よりみちさん
そう、シチュエーションとしてはありきたりですよね。でも、こういうのも書いてみたくなるんですよ、たまに(笑)
う〜ん、この暑い最中にも気だるさがにじみ出てしまいますか・・・さわやかに書きたかったんですけどね。 (赤蛇)
- 何気ない普通の一コマでありますが、こう。
冷凍みかんというノスタルジックな食べ物と共に過ぎていくささやかな時間が感じられて素敵です。
赤蛇さんの話は『ぞくっ』とさせられることが多いですが、この話は偽り無く爽やかでしたよw
こういう男女の仲の良さというか、付き合いかたっていいですよね。 (ちくわぶ)
- >お前が退屈してんじゃねえかなー、って思ってな
さりげない、横島君のやさしさが良いですね。
ほのぼのとしたお話、楽しませていただきました。 (偽バルタン)
- 夏ー。冷凍みかん−愛子ー。
はっ。
……もうもろ手上げ、手放し。
賛成です。 (ししぃ)
- >ちくわぶさん
そう、いつもいつも『ぞくっ』とさせているばかりでもありませんぞ(笑)
私が抱く真夏の学校のイメージは、冷凍みかんに象徴されるように昭和の風景でもあります。
愛子の机ほどには古くはないが、平成とはちょっと違うあの時代。
そんな空気が愛子と横島には似合う気がするんですよ。
>偽バルタンさん
やさしさ、というか、ヒマな時にふと気になって、といった感じですね。
横島は愛子にわりかし酷いコトも言っていたりもするんですが、そのへんの気の置けないやり取りができるのも、同級生という間柄ゆえではないでしょうか。
>ししぃさん
もろ手を上げていただけましたか(笑)
特になにをするでもなく、ふたりっきりの教室でのんびりと過ごす。
ただそれだけのことなんですけど、それが似合うのは愛子だけのような気がしますね。 (赤蛇)
- 冷凍みかんをほほに押し当てるなんて、そんなさわやかな行為おじさんは許しません事よっ。
とか馬鹿な事言いつつ、もう賛成でございますっ。
とりあえず、こないだ冷凍みかん買ってきました。
美味しかったですっ。 (とおり)
- >とおりさん
冷凍みかんおいしいですよね。
ただ甘いだけじゃない味と歯ざわりがまたいいんです。
そんな二人の関係もまた、横島と愛子には似合うのだと思います。 (赤蛇)
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