ザ・グレート・展開予測ショー

【夏企画SS】花火と夏の思い出を(中編)


投稿者名:長岐栄
投稿日時:(06/ 8/13)

 制服姿の男女4名が勢ぞろいっ。

 ロビーの円座で除霊セットの最終点検を行う。

「さて、行くか」

 荷物から霊体発見センサー見鬼君を取り出して、出発準備を整える。

「夏子と銀ちゃんは敷地の外で待っててもらったほうがいいな」

「いややで……せっかくやねんから、うちは絶対ついてくでっ」

 夏子にあっさり反抗された。

「いや、ちょっと待て……」

「俺かてついてくで、横っちの除霊が見てみたいしな」

 銀一も付いていく気満々だった。

「ちょ、ちょっと待て、危険だってわかって言ってんのか?」

「当たり前や、せやけど、横っちの除霊にはメチャメチャ興味があるっ」

「それにうちの学校のことやで?」

 ……この二人が言い出したら聞かないことは横島も良く知っていた。伊達にやんちゃ時代を共に過ごしていない。

「ったく、しゃーねーな、じゃ、コレ渡しとくよ」

 ポイッとビー球のようなもの三つ、銀一と夏子に投げ渡す。

「何これ?」

 受け取って、手のひらに転がるビー球のようなものを『?』な表情で見ている。

 良く見てみると玉の中には文字らしきものが……。

「あ、それ文珠って言うんです」

「文珠?」

「込めた文字に応じて凝縮した霊力を開放して効果を発揮するんです」

 首を傾げる夏子におキヌが楽しそうに説明しだす。

「横島さんの霊力が凝縮されたアイテムで、ゴーストスイーパーの中でも横島さんにしか作り出せない特別な物なんですよ」

 エッヘンと自分のことの様におキヌは胸を張る。

「はぁぁ、横島にしか……か」

 さすがにコレには夏子も素直に驚嘆していた。

「そらすごいな……」

 銀一は親友の特異な能力を目の当たりにして思わず感心する。

「ふっふっふ、そぉか? いや、それほどでもあるけどなぁ」

 と、あっさり胸張る横島忠夫。

「……で、すぐ調子乗るトコは全然変わってへんねんな」

 夏子の冷たい半眼で一気に、気温が下がっていた。

 ツーッとほおを流れる冷や汗を気にしないように、

「えーと……じゃ、練習がてら。『防』って字を込めた方を使っといてくれ」

「えぇんか? 今使って?」

「『防』には持続式簡易結界みたいな効果与えてあるから、使っといたほうがいいんだよ。いつ襲われるかわかんねぇのが除霊現場だかんな」

 なんでもないような口調は経験に裏打ちされている。

「そっちの『護』はもっと強力な防御結界だけど持続時間が短いんだ。『防』が効いてる間に『護』を併用したら『防』『護』の強化結界になる」

 簡単ながら込められた文字と効果を説明していく、

「っていっても無尽蔵に効果がある訳じゃないから逃げる時間稼げるくらいに考えてくれよ」

 最期はしっかり言い含めていた。

「で、最後の一個は『爆』、まぁ、手榴弾みたいなもんだからいざって時に投げつけて使ってくれ」

「分かったわ、んで使い方は?」

「基本は、作動しろって念じてくれたらいいんだ。後は文珠が勝手に文字通りに機能すっから」

「……俺の出とったドラマでもこんな都合のえぇアイテム無かったで……」

「横島さんの文珠は三界一の柔軟性があるって小竜姫様も言ってましたから」

「三界?」

「小竜姫様って誰や?」

「あ……」

「人界、神界、魔界の三つを総称して三界って言うんだよ。ちなみに小竜姫様は知り合いのとても美しい竜神様で……あぁ、小竜姫様〜♪」

 途中から妄想スイッチが入ったらしい。

「よ・こ・し・ま・さ・ん」

 ぎぅち〜

「痛たたたたたたたっ、痛いっ、痛いよ。おキヌちゃんっ」

 思いっきり耳をつねられて横島が悲鳴を上げていた。

「しっかし、まぁ……要するに神様公認の非常識アイテムって意味かいな……」

 つくづく旧友の恐ろしさを垣間見る。

「まぁ、とりあえず、あっちはお取り込み中みたいやし、コレつことこか?」

 まぁ、やる事も無いので銀一が夏子に問いかける。

「せやな、使い方も聞いたし……ったく横島も、ええ加減女心勉強したらええのにっ」

 同意を示しつつ、後半は小声で呟いて、

 隣の銀一は明後日の方向見ながら後半部分は聴かなかったことにした。

 旧友の自業自得を脇目に銀一と夏子は『防』の文珠に意思を加える。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 一件ブラブラと学生のグループが歩いているようにも見える。ともすれば、2組のカップルのダブルデートのようにも見える。

「見鬼君の反応がいまいちだな……」

「歩いて探すしかなさそうですね」

 人の気配がなくなった校内。まだ日は高いのだが、物寂しい雰囲気が漂っていた。

「結構地味な作業やねんな」

「まぁ、相手がいない間はしょうがねぇよ」

 だが、4人で歩いていると、程なくして、

 ユラッ

「……ねぇ……」

 暗い呼び声、

 路地の影から制服姿の女が現れる。

 明らかに生者と異なる気配に、周囲を人魂が揺らめいていた。

 横島とおキヌが内心警戒を固めていた。周囲には十分な恐怖感をもたらしめる。

「こいつ……うちの学校の制服着とるけど、うちの生徒や無いで」

 夏子の確認が飛ぶ、

「横っち?」

「銀ちゃん、夏子……ここは下がってろ、おキヌちゃんは二人の傍に」

 二枚目な顔で横島が指示を飛ばす。文珠『防』の効果が有るとはいえ、攻撃を受けないに越したことは無い。

「はいっ、夏子さん、銀一さんこっちです」

 おキヌは二人の一般人を庇うように後ろへ下がる。

「あぁ、苦しい……うらめしいっ!!」

 ザッ ダンッ

 女は長い黒髪振り乱しながら、横島に向かってきた。

 その右手は霊気をこめて振り下ろされる。

「くおっ」

 横島の右手には霊気の輝き、物質化した霊気を収束する霊波刀・ハンズオブグローリーを展開させ、

 ガッ! シィッ!!

 飛び掛ってくる女の攻撃を霊気手甲で受け止める。

「おキヌちゃん、援護頼むっ」

 サッ

「はいっ」

 おキヌは取り出したネクロマンサーの笛を口に当て、一気に霊気と吐息を注ぎ込んだ。

 ピュリリリリリリリリリリッ

『こんなことはもうやめましょう……? 他の人を苦しめても、あなたは楽になんかならないんです……。私がお手伝います……だから、成仏して』

 おキヌの慈愛に満ちた思念を乗せた霊波の旋律が響き渡る。

「ガァァァァァァァァッ!!」

 悪霊は頭を抱えて苦しむが、一向に浄霊される気配は無い。

 バチッ バチバチッ

「これは……っ」

 笛から伝わる手ごたえにおキヌは戦慄する。

「横島さん、この人自分の意思で攻撃していません。強力な何かに操られていますっ!! この人は開放されたがっています」

「例の霊団って奴の影響かっ! おキヌちゃん操作の依り代は?」

 攻撃をいなしつつの横島の呼びかけに、おキヌは精神を両目に集中させる。

 キッ

 神族・ヒャクメから授かった心眼はすでに返してしまっていたが、かつての指導により覚醒したおキヌ自身の『心眼』。

 霊視ゴーグル無しで霊視が可能となった瞳は目の前にいる霊の在り様を再認識させる。

『……これは……この人の霊体と……着ている服の霊基が違う』

 彼女そのものの霊体……そして、その意思を強制する異物が違う色を織り成すようにおキヌの目に映る。

「制服ですっ。その制服がその人の意思と行動を強制していますっ」

「わかったっ……『制服』だな?」

 ニヤリッと横島が笑った。

 ゾッ

 なんと言うか、さっきまでのカッコよさを台無しに吹っ飛ばす煩悩全開な笑い方で確認する横島の声に、怖気を感じたのは気のせいだろうか?

「んっふっふっふっふっ、そうか、制服が支配しとるんやったら……しょうがないよなぁ」

 彼の両手の指がわきわき動いていた。もう非常に楽しげに……

 異様な気配に女性の幽霊もこれでもかって位にでっかい冷や汗を貼り付けていて、

「制服切り裂いてポロリっていっても不可抗力だよなぁぁぁぁぁ……っ!!」

 ……横島の霊力が底無しに増幅されていくのが分かってしまう辺り……

 なんだかとってもアレな感じだった。

 敢えて詳細は語るまい……ただ、その光景を見ていた銀一は後に、

『まるで料理の鉄人が大根のかつら剥きでもしているかのようだった……』

 と、語ったとか語らなかったとか、

 そして、戦いは終わったと思しき辺りで、パシィィンッというとても澄んだ平手打ちの音が2回ほど学校の敷地に響き渡ったそうである。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

「うぅうぅぅぅ、頑張ったのに、頑張ったのに……っ」

 両側の頬に微妙に形の違う赤いモミジ貼り付けた横島が膝を抱えてえぐえぐ泣いていた。

「やかましわアホンダラっ!! このドスケベエロ魔人っ!!」

 肩を怒らせた夏子が口から火でも吐き出さんばかりの勢いで怒鳴りつけていた。

「横島さんて……サイッテー」

 おキヌもこめかみに井桁張付けて口の端をヒクつかせていた。右手がジンジンと、赤くなっていたが、気にならないくらい不機嫌さが勝っていた。

 女性陣二人による制裁は横島に多大なる打撃を与えていた。主に精神面で、

「横っち、正直、俺もアレは無いやろ思うわ……」

「しょーがねーだろ、俺の霊力の源は煩悩なんだからっ」

 一体何をもってしょうがないというのかはよく分からないが、まぁ、それが横島クオリティというものだろう。

「ったく、少しは成長しとったんかと思ったら、ホンマ全然変わってへんっ」

「……昔からこうだったんですか?」

「せやで、体育の時は女子更衣室を覗き。修学旅行は男子引き連れて女風呂を覗き。日常生活ではスカートまくり三昧っ!!」

「あぁぁぁあぁぁ、そんな、そんな過去の過ちを今更掘り起こさんとってくれぇぇぇぇ」

 ちなみにこれらの悪行には横島だけでなく銀一も参加していたことを追記しておく。

 もっとも、後の『終わりの会』で吊し上げ食らうのは決まって横島だけなのであるが。

「大丈夫ですよ、横島さん……」

 おキヌは優しく微笑んでいた。

「お、おキヌちゃん」

 そんな隣の少女に思わず涙腺が緩みそうになる。

「今と全っ然変わって無いだけですから♪ ホントに今更ですよ♪」

 ザクゥッ!!

 おキヌの目は……見事に笑っていなかった……。

「いやぁぁぁぁっ!! そんな汚物を見るような目はやめてぇぇぇぇっ!!」

 横島の絶叫はむなしく虚空に溶け消えていった。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 ややあって、ようやく見鬼君にも反応が出てくるようになっていた。

 ピコピコピコ

 見鬼君の反応が断続的になっていく、

「こっちの方ですね」

 おキヌちゃんの霊視も相まって進む方向は定まる。

 カン カン カン

 鉄板製の非常階段をゆっくりと上っていき、

「あ、ここ上ったら屋上やで」

 夏子の説明を受けるまでも無く見事に屋上……。

「夏なんかーっ、夏なんかーっ!!」

 空に向かって遠吠えする何かがいた。

 ステーンっと横島とおキヌはスッ転んでいた。

 ……横島とおキヌは思いっきりそいつに見覚えがあった……

 というか、正直「コイツかぁっ!!」という感じで、

「誰だぎゃっ?」

 体調は3メートル強だろうか? 醜くぶよぶよな青黒い全身、醜悪な顔と手足バタつかせて奴は振り返る。

「って、なんやコイツ、悪霊て思てた以上にブッ細工なやっちゃなぁ」

 見て早々、夏子は全く歯に衣着せない毒舌が炸裂した。

「おでは、おでわ〜、醜くて、かっこ悪くて悪かったなぁぁぁぁっ!! カップルなんてカップルなんてでぇーきれーだバカヤローッ!!」

 横島とおキヌはゆっくり起き上がりながら、

「……あー、もぉなんかどうでもよくなってきたなぁ……」

「……え〜と、霊団……ですか?」

 おキヌちゃんは笛片手に困ったような顔で呆然とたたずんでいた。

 確かにそいつはある意味では霊団だった。何せモテない男や、痩せそこなった女の怨念、あらゆる夏に関する負の想念が蓄積したというアイデンティティの妖怪だ。

 間違いなくカップルを襲うことだろうこいつなら。

「つーか、誰だよ事前調査でこいつを『霊団』だって報告してきたのはっ!?」

「あー、おみゃーはっ!!」

 一直線に横島を指差していた。

「あの時のモテナイ男じゃにゃーかっ!!」

「どやかましぃーわぁぁぁぁっ!! ってか、てめーは何でこっちに現れてるんだよっ」

「ふっ、愚問だぎゃっ!! 夏のカップルいるところにおでが現れるのは当然だぎゃっ!!」

 ビシィッと4人を指差しながら、継ぎ目の分からない首を仰け反らせて大威張り。

「何年たっても変わらんやっちゃな〜」

「あは、あははははは……」

 おキヌも隣で乾いた笑みを浮かべるしかない。

「……っ? おみゃー、学校の屋上にいやな思い出があるぎゃな? ちきしょーとか思っただぎゃな?」

 何かに気づいて、奴はニタッと笑みを浮かべる。

「あのなぁ、それは否定しねぇけど、前におまえに会った時ほど飢えてないし」

「んーにゃ、おでにわ分かるぞー、6、7年ほど前だ。おめーは学校の屋上でそこの二人が……」

 ギクッ

 横島は盛大に動揺していた。

「おみゃーらも、だな? そいつになんか負い目とか持ってる……そんな気がするだぎゃ」

 ニタリと醜悪に哂う。

 夏子と銀一も身じろぎしていた。

 ゾクッ

 悪寒が全身を突き抜けていた。

 醜悪なる妖怪・コンプレックスの周囲を悪霊達の気配が取り巻き始めていた。

『コイツ……自力で悪霊を呼んだ? ヤバいっ!?』

 ブ……ンッ

 横島の右手には霊気の手甲・ハンズオブグローリーが具現化されている。

「夏子、銀ちゃん、さっき渡した『護』の文珠使え! ここは俺らに任せろ」

「わ、分かったっ」

 パキィィィィンッ

 銀一たちの持っていた文珠は光を放って発動する。込められた文字は『護』。先に発動していた『防』と相まって、二人を守る結界は多重強化される。

「おキヌちゃんっ」

「はいっ」

 おキヌはネクロマンサーの笛を口に当て、息を吹き込む、

 ピュリリリリリリリリリリリリリリッ

 敵が霊だけではないため100%の効果は無いかもしれないが取り巻く雑魚霊は一気に浄化されていった。

「よしっ」

 ザッ! ザムッ!

 おキヌの浄霊を潜り抜けた数体の霊は横島のハンズオブグローリーによって両断される。

「……味なマネをするだぎゃ、だったらこっちもこいつらを呼ぶぎゃ」

 ザザザザザッ

 コンプレックスの周りに新たな悪霊が現れる。

「……っ!!」

「おキヌちゃんっ」

 呼びかけるが早いか、既におキヌは動いていた。

 ピュリリリリリリリリリリッ

『お願いです。もう他の人を傷つけるのはやめてください。傷つけて救われる人はいないんです』

 バチッバチバチバチッ!!

 おキヌの切なる想いの込められた笛の音は……強烈な霊力のせめぎあいによって弾かれた。

「きゃっ」

 弾かれたおキヌちゃんが尻餅をついていた。

「おキヌちゃんっ」

 横島が背中で庇う様な位置に動き、その隙におキヌちゃんも起き上がる。

「どんな奴なんだ?」

「とても、強い意志です……強力な恨みの念が……」

 軽く青ざめた顔で答える。

「げっげっげっげ、こいつらはおでの心強い仲間だぎゃ」

 コンプレックスと周りを取り巻く悪霊たち、

 そして、彼らは一斉に叫ぶ。

「「「「夏なんかきらいだ、ばっきゃろーっ!!」」」」

 ズガシャァッ!!

 横島とおキヌは盛大にひっくり返っていた。

 どうやらコンプレックスと悪霊たちは固い血の結束(死んでるけど)で固められているらしかった。

「どーゆー死に方したらそういうセリフが出てくるんじゃぁあぁぁぁぁぁっ!!」

 両手わななかせながら横島は絶叫していた。

『俺はっ、俺はっ、彼女が夏の海でナンパされて帰ってきて、悔しくて遺書を書いたったら……「やったぁっ♪」とか言われたんだぞ。満面の笑顔でっ!!』

「え、え〜と」

 ちょっと、聞いてて切なくなった。

『私は……夏だからと思ってせっかくビキニを下ろしたのに……彼氏から「あー、お前、無理すんな」って生温かい目で気遣うように言われたわっ!!』

「……」

 誰も何もいわなかった。

 というか、なんか申し訳なくて、何もいえなかった。

『……海でおぼれた時……人工呼吸をためらわれてそのまま……』

 聞いてて軽く泣きそうになる。

『俺なんかっ、海辺でナンパしたら20人連続でシカトされたんだぞ、チキショー』

「だ、大丈夫ですっ。ここにいる横島さんは、ナンパ40人連続で失敗したことがありますからっ!!」

「ちょっ、おキヌちゃぁぁぁぁぁんっ!!」

『えぇっ!!』

 むしろ、悪霊たちが横島に生温かい視線を送ってきていた。

「あ、横島さんっ、今ちょっと説得に手ごたえが……っ」

「いらんっ、そんな生温かいお返しの来る説得は断じていらんっ!!」

「おみゃー……」

「ちきしょー、そんな目で俺を見るなぁぁぁ、って夏子と銀ちゃんまでっ」

 ふと振り返れば、夏子と銀一もハンカチで目頭をぬぐっていた。

「とにかくおでと共にカップル滅ぼすだぎゃっ!!」

『おぉっ!!』

 悪霊たちは一斉にコンプレックスに向かって集合していく、

 ずしゅうぅぅぅぅぅぅぅっ!!

 悪霊たちは次々とコンプレックスに吸収されていき、

 コンプレックスの黒い気配がどんどん密度を増していった。

「げっげっげっげ、夏の後悔と負い目と劣等感を思い知るがいいだぎゃっ!!」

 ヌラリとした眼光が怪しく輝き、瘴気に似た気配を吹き上げる。

「こいつっ、陰の気をすするだけじゃなくて、集中して増幅してんのか?」

 陰の気……それが何を指し、どこまで作用するのか、それは分からないが……有象無象の霊を取り込み力を増すこの特性は、

「なるほど……『霊団』か……」

 事前調査があながち間違いでなかったことをようやく確信した。

 しかも、核が霊ではなく妖怪だ。

 これは相当に始末が悪い。

「こりゃ、腰すえていかないと、本気でやられるな」

 右手にハンズオブグローリー維持して、左手にサイキックソーサーを出現させる。

「げっげっげ〜♪」

「早っ、しかもキモっ!!」

 巨体を感じさせない軽い足取りで横島との間合いを詰めてくる。

「くぉっ!!」

 ガキィッ!

 攻撃をかろうじて受け止めるが、銀一たちの結界近くまで吹っ飛ばされる。

「横島っ!」

 叫んだ夏子は思わず結界から飛び出していた……。

 ズズ……

 這いずる様にコンプレックスが夏子を見下ろしていた。

「あ……」

 ニタリッと哂う。

「げっげっげっげ♪」

 振り下ろされる鉤爪、

 そこには、恐怖で身動きの取れなくなった夏子……。

「危ねぇぇぇぇぇぇっ!!」

 ザシュゥッ!!

 気が付いたら、横島は神速の動きでコンプレックスの攻撃から夏子を抱きかかえて庇っていた。

「ぐぉっ」

 背中の一部が切り裂かれていた。

「よ、横島っ」

 抱きかかえられたままの夏子が心配げに見上げている。

 爪で抉られた様なキズは……一見それほど深くない。

 だが、横島が傷口から感じたのは寒気のような感覚……これはっ

「……っ!? 爪が霊刀みたくなってやがる。斬られた所から霊力が持っていかれたっ?」

「げっげっげっげ♪ おでだって成長してるんだぎゃ」

 コンプレックスは喉の奥を鳴らしガマ蛙のような含み笑いを浮かべる。

「それにしても、おみゃーの霊力は桁違いだぎゃ、一番危険なのはおみゃーだぎゃ、せっかくもらったモンだ。おみゃーの後悔や劣等感を根こそぎ使わしてもらうぎゃ」

 ゴォッ

 生温い風が吹き抜ける。

「やばいっ、何かくるっ」

 世界が暗転する。

 世界が変わる。

 風景はここではない屋上。さっきまでと違うその景色、

「な、何やっ!?」

 銀一の驚愕の声、

「ここっ、もしかしてっ」

 夏子は別の意味で驚きの声を上げている。それは、

「うちらの小学校の……っ」

 階段を横島が昇ってくる。今の横島では無い。バンダナも巻いていない。小学校高学年と思しき、その姿。片手にミニ四駆のピットケースをぶら下げている。

「銀ちゃーん……! 引越し明日やろ? せんべつに俺のペガサス……っ?」

 屋上の扉の向こう側、横島の視線の先には、金網の前に立つ帽子を目深にかぶったジャケット姿の親友と……長い栗色の髪が風に揺れる少女。

『銀ちゃんと……夏子……』

 少年・横島の声にならない心の声が聞こえる。

 この場に紛れている17歳の銀一と夏子が冷や汗を流す。この場面は……覚えがある。

 横島は何もいえなかった。17歳の横島も11歳の横島も、

 少年の心がチクリと痛んだ。夏子は、性格もきつくていつも横島を目の敵にしていたが、それは気の置けない仲のよさの裏返しでもあった事を少年はよく知っていた。

 そして、その少女を見る気持ちに……甘酸っぱいものを感じていた。

 目の前の光景……親友と初恋の少女が並び立つ光景に何も言えなくなる。

 気づけば、横島は扉の影に隠れていた。

「ま、ええわ……銀ちゃんカッコええもんな……」

 寂しげに……そして、自分に言い聞かせるような、切ない表情で屋上に背を向けた。

 ザ……ザザザ

 風景が元の高校の屋上に戻る。

「くっ!! てっ、てめぇっ」

 ハッと気づいた横島がぐらつく頭を抑えながら怒声を上げる。

 完全に集中力を乱されていることに気付いていた。右手のハンズオブグローリーの収束が弱まっている。

「げっげっげっげ、おみゃーの記憶を基にした心象風景映像だぎゃ、よくできてるだぎゃ?」

 神経を逆なでするような含み笑い。

 更に複数の悪霊を呼び出している。

「よ、横島……」

 夏子が悄然とした瞳で横島を見上げていた。

 何かを悟っていた。

 少女は今まであの場面を見られていたとは思わなかった。

 しかも、あんな形で……

 何故、銀一が引っ越した後、横島が少女と距離を置くようになったのか?

 幼い頃には気づいていなかった謎が、横島の劣等感の具現という形で知る事になってしまった。

 全ては……誤解だったと、今になってようやく悟ったのだ。

「さぁ、かかるだぎゃッ!!」

 コンプレックスが攻撃の掛け声を上げる。

「下がってろ、夏子っ!!」

「あ、横島……」

「早くっ!!」

「夏子、こっちやっ!!」

 横島の必死の呼びかけに銀一が動いた。

 銀一が夏子の腕をつかみ、結界まで後退する。

「くそっ、こいつらっ!!」

 集中を乱しながらも横島は良く戦っているというべきだろう。

 格段に威力の下がったハンズオブグローリーで、攻撃をいなしきる。

「こーなったら文殊で一気に……」

 手のひらに霊力を集中させ……っ

 ボシュゥッ

「え?」

 霊気の煙だけで、文珠は出てこなかった。ストックしていたので、すぐ出せたはずだ。

 まるでアシュタロスに霊波をジャミングされていた時のような文殊の消失……

「げっげっげっ、おでの攻撃が良く効いてるみたいだぎゃっ♪」

 暗い愉悦に満足の顔を浮かべる醜悪な妖怪。

 横島は冷や汗を張付けて不十分な収束のハンズオブグローリーを構えなおす。

「くそ……精神攻撃かよ」

 ピュリリリリリリリリリリリリリリリッ

『お願いです。苦しい気持ちは分かります……でも、誰かを傷つけても楽になんかならないんです。生まれ変わっ……』

 おキヌの笛が援護する。

「耳障りな音だぎゃ」

「え?」

 コンプレックスの窪んだ瞳が薄暗く輝く。

「おみゃー、思い出しただぎゃ。あのプールの時おでが操ったことのある幽霊だぎゃな?」

 ゾクリッ

 おキヌの背筋に冷たいものが流れていた。

「ちょーど、いいだぎゃ……あの時と今の笛で分かったこと使って、面白いもの見せてやるだぎゃ……」

 ゴッ

 漆黒の闇に包まれる。

『あの人だ……あの人がいい』

 ゾクッ

 声に聞き覚えがある。しかし、それはいつもの明るく優しい調子ではなく、ひどく澱んだ様な暗い声。

「あ……あぁぁぁ……」

 おキヌは戦慄する。この言葉に、覚えがあったからだ。そう、これは……紛れも無く、自分が呟いた言葉だった。

 唇は紫色になり、顔は蒼白……、小刻みに肩が震え始めていた。

『えいっ!!』

 雪に包まれた山の中、一抱えある岩で横島を殴りつける。

『お願いですっ。私のために死んでくださいっ!!』

 叫びながら視界には血まみれの横島を殴りつける細い腕。それは巫女服を纏った……。

 カラーンッ

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 思わず笛を取り落とし、両耳を押さえその場に崩れ落ちた。

「げっげっげっげ、何が『気持ちは分かります』だぎゃ。この偽善者、自分が助かろうとして人一人殺そうとした悪霊娘が」

 コンプレックスの揶揄の声におキヌは全身を震わせてうずくまっていた。瞳からボロボロと涙が溢れて止まらない。

「ふっざけんなぁっ!!」

 ギシィィィィィィッ!!

 不安定だった横島のハンズオブグローリーが弾けたように収束を増し、取り付こうとしていた悪霊数体を切り裂いた。

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ

 霊波刀が唸りを上げていた。

 それは横島がかの妖怪に対して、いかほどの怒りを持っているかを現している。

「てめぇなんかに、三百年間一人ぼっちで頑張ってきたおキヌちゃんの気持ちが分かってたまるかっ!!」

 横島が叫んでいた。心の底から、

「三百年だぞっ。たった一人でずっとずっと山奥に居て、気が狂いそうになったっておかしくねぇんだっ!!」

 純然な怒りが横島の奥底から湧き上がってくる。

「てめぇみたいな夏の遊び場で勝手に拗ねてる奴が、おキヌちゃんをとやかく言う筋合いなんかねぇっ!!」

「横島……さん」

 ボロボロに泣き崩れていたおキヌは、少しずつ、

「私……私……」

 けれど、確実に……気持ちを落ち着けていた。

「おキヌちゃん……俺はおキヌちゃんに出会えて本当に良かったって思ってるっ」

「え……?」

 トクンッ

 少女の鼓動が高鳴った。

「あの日、おキヌちゃんと出会えたから、今の俺がいる」

 それは少年の心からの声、

「いつもおキヌちゃんが支えてくれて時々叱咤してくれたから、俺はまっすぐ立ってられたんだ。あいつみたいな歪んだ奴にならなくてすんでんだっ」

「横島さん……」

 さっきと違う意味の涙が心の奥底からこみ上げてくるのを感じていた。

「GS試験のときも、美神さんがオカルトGメンに引き抜かれそうになった時も、ワルキューレに戦力外だって言われたときも……ルシオラが死んだときも……」

 最後の言葉小さかったけれど、間違いなく横島の……真実の声。

「いつもおキヌちゃんが励ましてくれたから、時々叱ってくれたから俺は……」

 おキヌに目で語りかける。

「ここで踏ん張れるんだ」

 ドキンッ

 少女は自分の胸から溢れてくる気持ちを強く自覚する。

「だから、これからも俺を支えてくれよっ、なっ」

「は……はいっ」

 横島の言葉に押し上げられるように、おキヌは笛を手に立ち上がっていた。

 その表情は完全に立ち直っている……いや、どちらかというと熱っぽい瞳で横島を見ているかもしれない。

「ちっ、持ち直したぎゃか、仕方ないぎゃ。こうなったら実力行使でやってやるぎゃ」

「……おキヌちゃんにしてくれやがった分を万倍にしたるからな」

 いつに無く怒りを露にしたままの横島が腰だめに構える。

「おみゃーの霊力……有効活用してやるぎゃ」

 コンプレックスが手を天にかざす。

 ゴァッ

 再び風景が変わる。

 高い……はるかな高層。

 町は夜闇に包まれ、町は暴れまわる魑魅魍魎によって混乱の極みに達していた。

 彼方には光り輝く謎の建造物……無数の光の糸は放射状に吐き出され頭をたれる。

 はるか遠くに見える宇宙演算処理装置(コスモプロセッサ)

 ならばこの場所は、

 東京タワー第二展望台の屋根の上……それは

「てめっ!!」

 横島がギリッっと奥歯をかみ締める。

 横島の最大の後悔が渦巻く場所。

「げっげっげっげっ、これが、おでの実力行使だぎゃっ!!」

 更に目の前に光が収束した。

「なっ!」

 目の前に薄く輝く蛍……

「核になるモンがあれば、この通りだぎゃっ!!」

 その蛍という核が横島から奪い取った霊力を基にしていることは明白だった。

 続けて複数の悪霊を召喚し、蛍に集中させる。

 カッ!!

 一瞬ひときわまばゆく輝く

 蛍だった霊力の核は、人の形を成す。美しい女性の姿へと……

「く……」

「おみゃーにゃ、こいつは攻撃できねぇぎゃっ、なぜならこいつはおみゃーの中にあった本人の一部だぎゃ」

 黒髪のショートボブが揺れていた。額には金属を思わせるバイザー。髪の隙間からは触覚。

全身を包むその服は一見コスプレのようにも見えるが黒を基調とした彼女専用の戦闘服だ。

「ルシオラさん……」

 おキヌは呆然としてその名を呟いていた。

 それは、かつて共に過ごしていたことさえある。

「……くそ」

 横島は苦しげな表情で見ることしか出来ない。数メートル先に現れた。魔族の少女……。かつての恋人の姿を……。

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