ザ・グレート・展開予測ショー

存在証明


投稿者名:美尾
投稿日時:(06/ 8/ 7)

「だから、わしは関係者じゃと言うとろうが」

「そんな嘘言っちゃダメだよ、お爺さん。さっ、帰った帰った」

黒いコートを羽織った老人、知る人ぞ知る錬金術の巨人ドクター・カオスの不機嫌な声は、青い制服に身を固めた警官に、さしたる影響力を持たなかったらしく、返ってきたのは言葉だけは丁寧な返事と、追い払うかのように手の動きだった。
カオスと警官の間で口論が交わされているのは、黄色と黒で編まれたロープで区切られた瓦礫の山の前。
周囲からヘルメットをかぶった男達がチラチラと視線が向けられるが、カオスがそれを気にする様子はない。
じゃから、と黒衣の錬金術師が更に何か言おうとした瞬間、ある声がそれを遮った。

「ドクター・カオス?」

カオスと警官、二人がほぼ同時に振り向く。腰まで伸びた長い髪、英国紳士を自称するだけあって颯爽と着こなしたスーツ、声の主は西条輝彦であった。
やれやれ助かったと言わんばかりの安堵の表情を浮かべカオスが、警官を指差す。

「おお、西条か。この公僕になんか言ってやってくれんかの」

「お知り合いなのですか?」

警官が西条と、目の前の老人の顔を見比べる。

「ああ、この人は今回の事件解決に手を貸してくれた人でね。今日はここに用があるらしいんだ。いいかな」

「そっ、そうでありましたか。失礼しました」

平謝りで自分の無礼を詫びる警官にいささか大人気無く、

「そら、言ったとおりじゃろう?まったく不勉強な」

とボヤき、ロープを跨ぎ越えようとしたところでバランスを崩し、


豪快に転んだ。


警官はカオスを助け起こした。笑い声を抑えるのに苦労しながら。
カオスは警官に助け起こされた。ばつのわるい表情をしながら。





「それで今日はどういったご用件で?」

先程の転倒で、擦り剥いたところは幸い無かったが、埃でコートが白くなってしまっている。その埃を払いながらカオスは面倒くさそうに答えた。

「忘れ物を掘りにな」

西条が怪訝な顔で再び問いを発する。

「忘れ物、マリアのパーツかなにかですか?」

「む、まぁ、重要なメモリーパーツといったところじゃな。ああ、心配はいらんよ、お前さんのところの隊長さんからは許可を貰っておる。お叱りは受けんで済むだろうさ。
しかし、まぁ酷いもんじゃな」

歩きづらい瓦礫の道に、体勢を崩しそうになりながらカオス。

「ええ、あれだけの建築物が倒れたわけですからね。
尤も全体の被害からみればほんの一部なんでしょうが」

「ふむ、それでも自宅がこの様子では美神の小娘もさぞ困っているじゃろうな」

言葉とは裏腹に心底愉快そうに笑う“ヨーロッパの魔王”が、品行方正という言葉には程遠い存在であることを再認識し、軽く肩をすくめた。
二人が歩いているのは美神令子宅。正確には、元美神令子宅。
アシュタロスが世界に混乱を与え、そして存在を消滅させてから既に数日。
その事件の中心地であった美神令子宅は、また一種の爆心地でもあり、跡形もなく崩れ去ってしまっていた。
世界は徐々に落ち着きを取り戻しつつあったものの、それでも元通りの日常生活というわけにはいかず。

「それでマリアの修理は?」

「いや、それがまだ途中でな。ここの撤収が始まるのが明日からじゃなければ専念できたんじゃが」

フンと鼻を鳴らし、カオスの笑みが苦いものに変わる。彼もそのご多分に漏れず切実な問題を抱えていたのである。
自身でも最高傑作と認めるアンドロイドのマリア。彼女が大破してしまった。
応急処置の修復は行い、なんとかアシュタロスの最終決戦には参戦させたものの、手も足も無いあのボディは日常生活に向いている物であるとは言い難い。
それは、マリアがいなければ何もできんと公言して憚らないカオスにとって死活問題であった。
愚痴るのを中断し、足を止める。

「ここら辺じゃの」

「ここですか?ここは、たしか」

「ああ、ここじゃ。マリアの話によるとな」

魔神アシュタロスの切り札コスモプロセッサが存在した場所に。




「ちょっと立て込んでいて手伝えそうもないんですが…」

「まぁしょうがあるまい。なに一人で大丈夫じゃろ、道路工事で鍛えておるからの」

西条の謝罪の言葉に、カオスが鷹揚に頷く。
言葉通りカオスは錬金術師ではあるが、どうした運命の悪戯か、現在は当面の生活費を肉体労働で稼いでいるのである。

「わかりました、では」

「昨日今日と何も腹に入れず弁当も持参してきておらんが、放っておいてくれ」

立ち去ろうとした足を止め、苦笑気味に西条が尋ねる。

「…届けるのは十二時ごろでよろしいですか?」

「ああ、頼んではおらんが、持って来るなら食ってやろう。そうそう、トンカツ弁当でな。最近肉を食うとらんでな」





「作業着のほうがよかったかのう」

コートを脱ぎ、手袋を軍手に付け替える。
言っても仕方ないことではあるがボヤくのはやめられず、両手大の石片を持ち上げ放り投げる。不恰好に弧を描き、落下。鈍い音と薄く埃が立つ。
それを数度繰り返したところ、時間にして数分も立たないところでカオスの動きが止まった。

「や、やっぱり、だ、だれか頼めばよかったのう」




一時間後、カオスの手は完全に止まっていた。
やらなきゃならないのではあるが、どうにもやる気が起きない。

「肉体の疲労が精神力を凌駕したか」

憮然と立ち尽くし、そう言ってみたところで瓦礫が動くわけがない。
この場合、分析ではなく行動こそが事態を打開するのではあろうが、

「それにしても疲れたのう」

今のカオスにはそれを期待できそうもない。
千年間を過ごしてきた体に肉体労働は、慣れているとはいえやはり堪える。

「昼を食べてからにするか」

投げやりに独りごち、腰をトントンと叩きながら、手ごろな瓦礫の上に腰を下ろした。




それにしても、腰が痛い。
少なくともマリア姫といた頃はこんなことはなかった。
分かりきったことではあるが、自分の体は不老不死では、少なくとも不老ではないのだろう。
この身もやがて、朽ち果てていく。
常人の数倍、いや十倍も生きてはいるし諦観の境地ではあるが、それにしてもこの認識は愉快な物ではない。
そもそも、生きるということに飽きたことがないのだ。
ヨーロッパの魔王として研究に没頭し、数々の偉業を成し遂げていた頃は勿論、困窮極まる現在の状況にあってもそうである。
不甲斐ないとは思うが、肉体労働の後の水道水はまことに甘露であり、そんなことはほとんどないが家賃を期日通り納められた時の安堵感など他に類する物が無い。
周囲の人間達にも好奇心を刺激される。
横島忠夫、あの小僧の呆れんばかりの煩悩。
美神令子、あの小娘のにくたらしいまでの強欲さ。
まったくもって世界というのは広いのだ、ということを実感させてくれる。
両方の点で、匹敵する厄珍は大した爺さんなのかもしれん。

そんなことを、手持ち無沙汰にカオスが考えていると、聞き覚えのある声がする。

「ドクター・カオス」

今日二度目か、と振りかえれば、そこには顔見知りのハーフ・バンパイア。
手には弁当が入ったビニール袋。どうやら代理で弁当を持ってきたらしい。
そう認識した瞬間、返事の代わりに腹が鳴った。
空腹を満たす、これも一向に飽きない行為の一つである。



あっという間に弁当を平らげ、一口ペットボトルのお茶をすすり、外見は年若く見えるのバンパイア・ハーフの作業をボンヤリと見る。

「西条め。案外気の利く男じゃな」

さすがと言うべきか、細身の体からは想像できない腕力で仕事を進めていく。
太陽は高く、まだ傾く様子はない。時間にすれば午後一時を少しまわったところだろうか。

「これなら思ったより早いかもしれんな」

西条から、昼食の運搬、そしてカオスの手伝いを頼まれたピートには、適当にひっくり返しておけば見つかるじゃろとだけ言ってある。
その時の彼の表情は、一体何を掘るのか、と訝しげではあったが。

あれから何ヶ月になるか。厄珍と悪巧みしての計画。結局のところ、それまでの計画同様失敗に終わったが、それまでとは違う感触が残っている。

特にマリアのヤツにとってはのぉ。
でもなければ、ここで会ったことなど、わざわざ報告はせんじゃろうて。

マリアにとって己は何か、と問われればカオスは生みの親と答えるだろう。
しかし、マリアは自分の娘かと問われれば、素直に首肯はしかねる。

ありゃあ、マリア姫の娘じゃろうな。ワシの娘にしちゃ出来すぎじゃ。

そういう実感がある。
ならば彼女は、いま再会しようとしている彼女は何か?
生命を受けた瞬間、造物主に反抗した彼女は?
いかにも自分こそが世界の中心であると言いたげな傲岸不遜な彼女は。
もう一度同じ機会があれば、カオスは喜んでそれを活かそうとするだろう。
ゆえにマリアは、マリア姫の娘であり、そして彼女は…

ピートの手が止まり、なにか発見した喜び、というよりは驚きの色の濃い表情で振り向く。
カオスは頷き、立ち上がる。
瓦礫の中に、鉄筋やコンクリートを取り除かれてポッカリとあいた穴。
そこにあったのは二の腕までを黒い手袋に包まれた手。

そして…

「これは一体?」

「そうか、お主は見たことがなかったか。コイツは…」

そして、コイツはなんじゃ?

ああ、そうか。そうかコイツは、

「マリアの妹じゃよ」

そしてワシのじゃじゃ馬娘じゃがな。

穴の中に手を伸ばし、テレサの顔についた汚れを白手袋で丁寧に拭きとりながら、ヨーロッパの魔王はニヤリと笑い、心の中でそう付け加えた。



 〜終〜

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