ザ・グレート・展開予測ショー

魂刃の錬丹術師 [5]


投稿者名:夢酔
投稿日時:(06/ 8/ 3)

−1−


「一に曰く水、ニに曰く火、三に曰く木、四に曰く金、五に曰く土。水はここに潤下し、火はここに炎上し、木はここに曲直し、金はここに従革し、土はここに稼穡す」――「尚書」――


 『五行』というのは、夏国の聖王である禹王が定めたと言われている。彼の治世の時に洛水からはい上ってきた一匹の亀の甲羅に書かれた文様から、「五」という数の重要性に気づき、「木」・「火」・「土」・「金」・「水」という「五行」の「理」を決然と悟ったという伝説が残っている。

 何れにせよ、「木」・「火」・「土」・「金」・「水」の五元素が互いに影響し合い、相互に生成消滅を繰り返すというのが『五行』の基本である。この考え方が徐々に発展し、斉国の陰陽家鄒衍によって、五つの惑星と結びつけられ、さらにまた万物に当てはめられて、現代に伝わるような『五行説』として完成したと考えられている。

 この『五行説』によるならば、「竜」は「五虫」の内では「鱗虫」に分類され、「木行」に属する。「木行」には、方角ならば「東」、季節ならば「春」、感情ならば「怒り」、色ならば「青」が配当される。

 さらに、「木行」は、「五感」では「視覚」を司るとされている。





「ったく、面倒な作業を押し付けられたもんだ…」

 夜空とも深海ともつかない暗闇が周囲を覆っている。

 そんな虚ろな空間の中で、烏帽子を被った狩衣姿の青年がゆっくりと下降を続けていた。

「大体、俺にしろ、『今生』にしろ、どっちかっつうと『土行』の性分だしな〜 純粋な『木行』の結晶みたいな『竜気』とは相性悪い筈なんだが…」

 ぶちぶちと文句を垂れながらも、その表情は真剣で、その瞳が青く輝いている。所謂、「浄眼」と呼ばれる霊や魔術的存在を知覚するための「視覚」を術で発動しているようだ。

 水底に辿り着いたように、青年がゆっくりと着地する。

 一言で言うならば、そこはガラクタの山だった。

 原型を止めないほど砕けた破片たちが散乱し、年月と共に朽ち落ち、風化していく『何か』たちの墓場。かつては色鮮やかだったのかもしれないが、歳月の経過によりすっかり色褪せてくすんでしまっている。

 だが、一面のモノクロの風景の中、青年の視線の先には、うっすらと青く輝く「紺碧の宝珠」があった。

「こいつか…」

 危なげない足取りで、青年が「宝珠」に近づく。

「よっ…」

 器用なことに、沓の足先に「宝珠」を載せると、蹴鞠の要領で宙に蹴り上げる。

「ほい」

 狙い違わず、「宝珠」が青く煌きながら青年の左掌に収まる。

 何時の間にか、青年の右手には「水」という文字の刻まれた「黒色の球体」が握られていた。

「『水行』を以って『木行』を生ず! 急々如律令!」

 青年の「宣言」によって、「球体」が弾け、何かが「宝珠」に注ぎ込まれる。

 心臓が鼓動するように、「宝珠」の輝きが一瞬だけ増して元に戻る。

「ほれ、起きろ!」

 寝起きの誰かの頬を叩くように、青年が「宝珠」をべちべちと叩く。

「…そなたは!? まさか、そなたも死んでしまったのか!?」

 「宝珠」に大きな「黄色い瞳」が浮かび上がり、古風な言葉が紡がれる。

「阿呆! よく『視ろ』! 俺はお前の『主』じゃない。それと、俺が死んだってのは間違いじゃないが、ここは冥土って訳でもない。落ち着いて、周りも『視ろ』や」

 青年が「宝珠」をはたきながら、矢継ぎ早に注文を付ける。 

「何? 主ではない? しかし、その霊波は…」

「何だ? まだ寝ぼけてるのか?」

 「宝珠」の訝しがる声に、青年の楽しげな声が返される。

「まさか、そなた…!?」

「ご名答! 俺はあいつであって、あいつじゃない。それと、お前は死んだんじゃなくて、『依り代』を壊された衝撃で気を失い、そのまま眠ってたってだけだ。お前とあいつを結ぶ『呪』は途切れちゃいない。お前が『此処に居る』、ってのが何よりの証拠だ…」

「ならば、あやつは! あやつは無事なのか? 見事、敵を討ち果たし、務めを果たしたのか?」

「ああ。とても褒められた手際じゃねえが、何とかやり遂げた。だが、その後に、『色々』とあってな…」

 鼻息荒く尋ねる「宝珠」に、青年が僅かに言葉を濁す。

「『色々』とは? ええい、こうしてはおれぬ。直ちに馳せ参じねば!」

「待てよ! 『馳せ参じる』ったって、その姿でどうしようってんだ? そもそも、『此処』が何処か分かってないだろ、お前?」

 慌しく点滅を繰り替えす「宝珠」を、青年が悪戯っぽく嗜める。

 その言葉に、ようやく落ち着いたのか、「宝珠」の「黄色い瞳」が周囲を見回した。

「『此処』は…!?」

「ったく、すぐに気づけよ。『馳せ参じる』必要なんざない。『此処』はあいつの『中』なんだからな…」

 驚愕の余り、「黄色い瞳」を大きく広げる「宝珠」に、やや疲れた口調で青年が呟いた。

「さて、寝起きのところ悪いが、協力してもらう。何、大事な『主』であるあいつのためなんだ、まさか嫌とは言わねえよな〜?」

 邪まな笑みを浮かべる青年を前に、哀れな「宝珠」には拒否権が存在しなかった。



−2−


「気は風に乗れば則ち散り、水に界せられば則ち止る。古人はこれを聚めて散らせしめず、これを行かせて止るを有らしむ。故にこれを風水と謂う」――郭璞「葬書」――


 唐代に書かれた「撼龍経」によると、地球上の最も巨大な龍は、崑崙山脈より発し、東西南北に四つの支流、即ち「四大龍脈」が流れているという。

 東へ流れる龍脈は、中国本土へ。

 西に流れる龍脈は、ヨーロッパのアルプス山脈へ。

 南へ流れる龍脈は、台湾から東南アジアへ。

 そして、北へ流れる龍脈は、モンゴルからロシアの最東端へと流れ、カムチャッカ半島を通って日本列島へと流れるという。

 この「北大龍脈」の日本列島における「要」が、「富嶽」とも呼ばれる日本最高峰の富士山である。

 日本列島に限ってみれば、富士山は最も重要な「太祖山」、即ち「龍脈の起点」であり、日本の龍脈は、富士山を中心とするネットワークを形成していることになる。

 その富士山の麓には、「風穴」と呼ばれる大小さまざまな洞窟がある。

 今から千年以上も遡る貞観6年、富士山の側火山である長尾山が爆発し、迸り出た灼熱の溶岩が冷えて固まって出来たものである。樹海に囲まれ、日差しの射さない「風穴」の中は涼しく、天然の氷室となっており、夏でも氷柱が見られるものもある。

 その「風穴」の一つで、老人が瞑想に耽っていた。

 薄暗い洞窟の奥に陣取り、結跏趺坐・蓮華座などと呼ばれる両足とも腿に乗せた姿で、ゆっくりと呼吸を行っている。

 吸気に合わせて龍脈から膨大な「気」を吸い上げ、止息によって「丹田」に収め、「経絡」に巡らし、呼気とともに大地と大気に還流する。

「お加減は如何ですか、師父?」

 何処からともなく少女の声が響く。

「問題ない。ほぼ傷は癒えた。さすがは『北大龍脈』よ」

 瞳を閉じたまま、身じろぎもせずに老人が答える。

「これから如何します?」

「ふむ。傷は癒えたとはいえ、さすがに本調子とは言い難い。それに、あれだけ『派手に姿を見せた』のに、『連中』が全く動きを見せん…」

「上手く嵌められましたか?」

「そのようだ…」

 少女の問いに、老人が苦々しく言葉を漏らす。

 彼とて何の考えもなしに人界を騒がせたのではない。わざと自分の姿を見せることで、自らに注意を引き付け、相手の出方を誘うつもりだったのだ。

 だが、あれほど露骨に姿を見せて各地を走り回ったにも関らず、因縁浅からぬ者達は沈黙を保ったままだ。

 時折、神魔の監視の「視線」を感じることはあっても、それ以上の干渉は全くない。

「『山篭り』に戻りますか?」

「いや、あの小僧が『面白い素材』なのには変わりない。『連中』や神魔の意図がどうあれ、静観するというなら、わしの好きにさせて貰う」

 少女の確認に、老人が獰猛な笑みを浮かべる。それは獲物を見つけた肉食獣の表情だった。





 「風水」は中国大陸の概念であるが、「大地の力」を神聖視する考えは世界各地に散見される。

 イギリスのストーンヘンジ、フランスのカルナック列石なども、「レイライン」と呼ばれるルート状に配置されているという仮説は有名である。

 日本において、「大地の力」は、「蛇」に仮託されることが多いと言われる。

 記紀神話に登場する「八岐大蛇」は、「荒ぶる大地の力」たる「火山」の象徴と解釈されているし、「神体山」として有名な三輪山は、「三重にとぐろを巻いた巨大な蛇神が山となった」という伝承が伝えられている。

 そして、中には「蛇」の名をそのまま冠された霊峰も存在する。

 オロチ岳。

 人骨温泉という鄙びた湯治場を有する休火山で、江戸時代には何度も噴火を繰り返したという記録が伝えられている。

 最近の温泉ブームも手伝い、観光地として徐々に名を知られつつあるようだ。

 だが、その中腹に、「噴火を鎮める神」とされ、日本最高峰の霊峰たる富士山にも祀られている「木花開耶姫命」(このはなさくやひめのみこと)を祭神とする「氷室神社」があることを知る人は少ない。

 さらに、富士山の「富岳風穴」にも匹敵する巨大な風穴が存在することは、一般には秘密とされており、「氷室神社」の関係者にしか知らされていない。

 その風穴に三つの人影があった。

 一つは、白い着物を着た神主。

 一つは、黒い道服を纏った道士。

 一つは、白い布を巻いただけの角笛を持った髭面の青年。

「どういうことです、『初代様』? 貴方は役目を終えて眠りにつかれた筈では? それに、『山神様』までお越しとは、一体何事です?」

 神主が道士と青年に問いただす。

「その筈だったが、そうもいかなくなったのだ、『当代』。どうやらこの国の『太祖山』たる『芙蓉峰』に何者かが居座ったようなのだ。かの『地霊』のような邪気も悪意も感じられぬが、次々と『龍脈』が抑えられている…」

「そのせいで、各地の『山神』も次々と休眠状態に追い込まれてるんすよ。ここは場所が離れているせいで、まだ影響が少ないっすが、このままではオレも長くは保たないかと…」

 道士と青年の言葉に、神主の顔が蒼白になる。

「そ、そんな… 私はどうすれば…?」

「事態は一刻を争う。『彼女達』に連絡を…」

「わ、分かりました!」

 道士の要請に叫ぶように返すと、神主はそのまま駆け出していく。

 その様子を二つの影が無言で見送った。





 美神除霊事務所。

 「日本最高のGS」の誉れも高い美神令子所長を筆頭に、「文珠使い」・「ネクロマンサー」など稀有な霊能を有する所員を擁し、「犬神」から「妖精」まで従える日本でも有数の除霊事務所である。

 だが、その執務室は、とある神主からの一本の電話によって、異様な緊張に包まれていた。

「分かりました。ええ、オカルトGメンへは私の方から。何か動きがありましたら、その都度連絡を。はい。よろしくお願いします。それでは、また」

 電話に応じる美神の表情は硬く、口調も重かった。

 それだけで所員達は事の重要性を理解し、固唾を呑んで所長の言葉を待っていた。

「お義父さん達に何かあったんですか、美神さん?」

 皆を代表して、おキヌが問いただす。

「貴女の家族は無事よ。その点は安心して良いわ、おキヌちゃん」

「でも…」

「ただ事ではないのでござろう?」

「どんな厄介ごとなの、美神さん?」

 おキヌに家族の無事を伝える美神に、所員の少女たちが次々と尋ねる。

「氷室さんの話は、地脈の異常についてだったわ」

「地脈?」

「どういうことでござるか?」

「まさか…」

 今一つ要領を得ないおキヌやシロとは違い、タマモの直観が警告を発する。

「ええ、あの『はぐれ仙人』の手がかりが見つかったわ…」

 美神の言葉に、その場の全員が顔色を変えた。


−3−


「イエスはヘロデ王の時、ユダヤのベツレヘムに生れ給いしが、視よ、東の博士たちエルサレムに来たりて言う。『ユダヤ人の王とて生れ給える者は、何処に在すか。我ら東にてその星を見たれば、拝せんために来たれり』。ヘロデ王これを聞きて惱み惑う。エルサレムも皆然り」――「新約聖書」『マタイによる福音書』――

 
 天文博士。

 各種占星術に基づき、星々の運行や天候の変化などから「兆し」を読み取り、国家の運営に関る助言を行う役職である。

 その起源は、律令体制下にあった古代日本において、天皇の補佐や、詔勅の宣下や叙位など、朝廷に関する職務の全般を担っていた「中務省」の下に「陰陽寮」が属していた頃にまで遡る。

 当時、「陰陽寮」は、呪術に限らず、技術全般を管轄する部署であった。

 長官である「陰陽頭」を筆頭に、陰陽道に基づく呪術を管理する「陰陽博士」、占星術を行使・教授する「天文博士」、暦の編纂・暦作成を教授する「暦博士」、水時計を管理して時報を告げていた「漏刻博士」が設置され、その下で学生・得業生が学ぶ。

 所謂、「陰陽師」とは、「陰陽頭」の指揮下で呪術を行う「役職」の一つであり、陰陽道に基づく呪術を行使する呪術師一般を指す普通名詞ではなかったのだ。

 さらに、国家を脅かす予兆が現れた際には、「天文博士」が「陰陽頭」に報告し、「危急」と判断されれば、「中務省」の長官たる「中務卿」に奏上するとされていた。

 この危機管理体制は、明治に入って「陰陽寮」が廃止されても、一般には巧妙に隠されつつも、秘かに継続されることになる。

 そして、現代。

 表向きには「陰陽寮」は存在しないが、その業務を秘かに引き継ぐ部署が存在する。

 内閣情報調査室。

 内閣の重要政策に関する情報の収集及び分析その他の調査に関する事務を担当しており、内閣情報官のもとで、総務部門、国内部門、国際部門、経済部門、内閣情報集約センター並びに内閣衛星情報センターで業務を分担し、莫大な情報を処理している。

 その一部門である内閣衛星情報センターは、人工衛星からの探査映像を基に、国家の安全保障、大規模災害等に関する画像情報の収集分析等に関することを担当業務とするとされている。

 だが、それは表向きの説明に過ぎない。 

 内閣衛星情報センターこそ、現代の「天文博士」である。





「衛星画像入ります」

 オペレーターの声と共に、スクリーン上に富士山を中心とする衛星画像が投影される。

「これに、各観測所の地脈計や見鬼レーダーの測定結果を重ねます」

 内閣情報官の説明と共に、葉脈のように大地に張り巡らされた黄色の線が浮かび上がる。

「富士観測所で微細な地脈の揺らぎを計測したのが一週間前です。その後、軽度の地脈震が散発的に各地で確認されるようになり…」

「専門的な話は結構だ。要点を言いたまえ!」

 淡々と説明を続ける内閣情報官の言葉を、官房長官が苛立たしげに遮った。

「分かりました。結論から言いますと、我が国の地脈の要、『太祖山』たる富士山が何者かに乗っ取られたものと思われます」

 だが、顔色一つ変えることなく、右手の中指で眼鏡を押し上げながら、内閣情報官が結論を告げる。   

「何だと! よりにもよって、この微妙な時期に…」

「ですが、地脈の状況に目立った変化は見られません。各地の霊場にも異変はなく、懸念されていた為替や株価も好調を保ったままです」

 激昂しかけた官房長官を、内閣情報官が冷静な声音で宥める。

「どういうことだ?」

「富士山を乗っ取った何者かによる『地脈への干渉』が最小限であるため、悪影響が何も出ていないものと推測されます」 

「正体や目的については?」

「調査に全力を尽くしておりますが、残念ながら、目下のところは不明です」

「オカルトGメンの見解は?」

「あちらも調査中との回答です。非公式な情報ですが、式神等による遠隔偵察は全て失敗したらしく、調査隊の派遣準備を急いでいるとのことです」

「あの『女狐』め! 肝心な時には役に立たん!」

 八つ当たり気味に官房長官が毒づくが、不安や怯えの色は隠しきれないようだ。

「どうされますか? 前回同様、オカルトGメンとの『共同体制』でよろしいですか?」

 内閣情報官の顔には何の表情も浮かんでおらず、事務的な口調には小波ほどの揺るぎもない。

 官房長官が押し黙る。気忙しげに何度も汗を拭きながら、言葉にならない小声を呟き続ける。様々な利害や感情が渦巻き、自分にとって最も有利な状況へ導こうと懊悩しているようだった。

「防衛庁長官を呼び出してくれ! それと、こういった『状況』に長けた霊能者のリストを!」

 長い逡巡の後、官房長官は決断を下した。

 その決断の成否は、間もなく明らかにされることになる。



−4−


「三体は天・地・人の三才の象なり。拳法の中にあっては頭・手・脚が是れなり。三体はまたそれぞれ三節に分かれ、而して内外相合す。頭を根節となすに、外に在るを頭となし、内に在るは泥丸が是れなり。脊背を中節となすに、内に在るは心が是れなり。腰を梢節となすに、外に在るを腰となし、内に在るは丹田が是れなり」――凌桂ヨ「形意拳図説」


 富士山麓に広がる青木ヶ原は、山梨県富士河口湖町、鳴沢村にまたがって広がる原野である。原野と言うよりは深い森であることから、青木ヶ原樹海とも呼ばれる。

 一般には、あたかもジャングルであるかのような広大なイメージがあるが、実際には直線距離で2、3キロ程度でしかない。

 溶岩の上にできたので地中に磁鉄鉱を多く含むことから、方位磁針に狂いを生じさせる、電子機器に異常が発生するなどと言われているが、科学的な根拠に乏しく、都市伝説の域を出ないものが多い。

 同様なものとして、無線やGPSが使えなくなるというものがあるが、これは密生した樹木に電波が遮られるためであり、磁鉄鉱とは無関係である。

 従って、高出力の無線であれば通信することは可能であるし、高性能のGPSであれば問題なく機能する。

「こちら『デルタ』、配置完了。指示を求む」

『「エコー」と「フォックストロット」が移動中。全班の配置が完了次第、「状況」開始』

「『デルタ』了解」

 班長である陸士長が配置完了を告げると、作戦司令部から待機の指示が下される。

「お聞きの通り、俺たちの出番はまだ先だ、坊主」

「おいおい、目標は目と鼻の先だぜ? ちんたらしてないで、さっさと行こうぜ!」

 苦笑交じりに自動小銃を抱えた迷彩服の男が告げるが、黒尽くめの小柄な男はいらいらしたように反論する。

「落ち着けって。今回はただの偵察任務だ。お前さんは、オブザーバーを兼ねた予備兵力だ。何も起こってない間はこちらの指示に従ってもらう。契約にもそうある筈だ」

「ちっ! 分かったよ。だが、『緊急事態』には、好きに動いていいんだよな?」

「その通りだが、早々、そんな破目には…」

 男の言葉を遮るように、爆音が轟いた。

 続いて、叩きつけるような突風が吹き荒れる。

「へっ! 早速、来たぜ! 『緊急事態』って奴が!」

 そう叫ぶと、黒尽くめの男が音の方向へ向けて駆け出す。

 同時に、男―伊達雪乃丞の体が一瞬で真紅の鎧に包まれる。

「ま、待て! 先走るな、坊主!」

「安心しな。こう見えても、俺は場数を踏んでるんだ!」

 呼びかける声に振返ることすらせず、雪乃丞は戦場を目指した。





 それは、「人型の台風」だった。

 拳の一閃だけで木の葉のように人が吹き飛び、掌を突き出しただけで弾丸の雨が吹き散らされる。

 功夫着を纏った老人が、近代兵器で武装した空挺部隊の精鋭達を素手で圧倒していた。

 だが、それ以上に異様な現象が起こっていた。

 突きが繰り出されると、雷を帯びた突風が吹き荒れる。

 拳が炎に覆われ、衝突と同時に爆発する。

 大地を踏みしめると、地面が鳴動して土砂崩れが起こる。

 手刀が純白に輝き、刃と化して鋼鉄で出来た自動小銃を切り裂く。

 触れられた所から熱が奪われ、瞬時に凍りつく。

 しかも、老人は何かの道具を使う訳でも、呪文を唱える訳でもない。無造作に拳を振るい、蹴りを繰り出しているだけにしか見えなかった。

「糞! 何なんだよ、あの爺は?」

「道具の支援も、詠唱もなしに『方術』を発動させるだと!」

「駄目だ! 出力が出鱈目すぎて、妨害どころか軽減すら出来ん!」

 その圧倒的なまでの実力差を前に、モグリとは言え、それなりに腕利きの霊能者たちも手が出せないでいた。

「泣き言を言ってんじゃねえ! 戦わねぇなら、そこをどけぇえええ!」

 咆哮を上げながら、「人型の台風」に「紅蓮の旋風」が襲い掛かった。

 全身の重さを載せ、爆発的な霊力を篭めた「右拳」が打ち出される。

 だが、老人の「左掌」が蛇のように巻きついた途端、霊波の奔流が逸らされ、両腕とも撥ね上げられる。

 重心を立て直す間もなく、雷と暴風を纏った老人の「右拳」が、がら空きとなった雪乃丞の鳩尾を貫いた。

「ぐぶぅ!」

 鮮血混じりの胃液を撒き散らしながら、雪乃丞が派手に吹き飛ぶ。

 そのまま空中で身を捻って着地しようとした時には、老人が一瞬で間合いを詰めていた。

「何だと?」

 驚愕の叫びを上げるが、雪乃丞の体は「戦闘狂」の呼び名に相応しい反応を見せる。

 両手から霊波砲を打ち出し、その反動で強引に空中で体勢を捻じ曲げ、霊力を篭めた蹴りを放つ。

 老人が蹴りを躱した隙に着地し、転がるようにして距離を取る。

「動きは荒いが、光るモノを持っておる。おまけに、その『紅蓮仙鎧』は自前か…」

「やるじゃねぇか、爺さん。訳分からねぇ御託は良いから、とっとと掛かってきな!」

 老人の呟きを無視し、雪乃丞が闘志を剥き出しにして挑発する。

「その気性の激しさも悪くない…」

 呟きながら、構えすら見せずに、無造作に老人が歩み寄ってくる。

 一見すると隙だらけだが、雪乃丞には何十もの大砲を向けられてるような圧倒的なプレッシャーだ。

 常人ならば、それだけで意識どころか、命すら奪われていてもおかしくない。

 だが、彼は、伊達雪乃丞。

 自他共に認める「バトル・ジャンキー」だ。

「舐めるなぁああ!」

 歓喜すら篭った獰猛な咆哮を上げ、牽制の霊波砲を左手から打ち出すと同時に加速。

 その閃光が生む死角も利用して、自分から見て右、老人の左側面に回り込む。

「食らぇええ!」

 溢れ出す霊力で紅蓮に燃え上がる「右拳」を叩きつけようとした刹那。

「じゃが、『聴勁』が甘いわ!」

 突然、雪乃丞の後頭部に衝撃が走る。

 「魔装術」で生み出した「霊気の鎧」を無視し、「気の振動」が雪乃丞の「泥丸」―頭部にある「霊的中枢」を揺さぶり、意識を刈り取った。

「目や霊感に頼り過ぎじゃ。『虚実』を見分けられぬようでは、まだまだじゃな」

 右拳を突き出したまま、雪乃丞がゆっくりと前のめりに倒れる。

「「「ひぃいいい!」」」

 腰を抜かした霊能者たちは、くぐもった悲鳴を上げることしかできない。

「美星!」

「はい、師父」

 老人が呼ぶと、虚空からお団子頭の美少女が現れる。

「こやつらの治療と運搬を頼む。麓にでも放り出しておけ」

「分かりました!」

 老人の命令に可愛らしく答えると、少女は地面に散乱した男たちに何かを振り掛け、小石でも持ち上げるようにして軽々と運び出す。

「さて、おぬし達に伝言を頼みたい」

 呆けたようにその光景を眺めていた霊能者たちが、慌てて首を縦に振る。

「降りかかる火の粉は払うが、わしはこの国に害なすつもりはない。放っておいてくれれば、こちらから手出しはせんし、龍脈も無事じゃ…」

 そこで、老人が言葉を切る。その意味がしっかりと浸透するのを待つように。

「じゃが、何度もわしの手を煩わすなら、話は別になる」

 その意味を悟った霊能者達の顔から血の気が一気に引いた。

「それと、もう一つ。『一対一の勝負』なら、何時でも受けてやる。腕に覚えがあるなら、正々堂々と訪れよ、とな」

 そう言って、老人は実に晴れやな笑顔を浮かべたのだった。

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