ザ・グレート・展開予測ショー

マンガを読む(絶対可憐チルドレン)


投稿者名:ジャン・バルジャン
投稿日時:(06/ 7/30)



    「マンガを読む」









「………」
「………」
「………」
「……初音」
「ん?」
「重たいんだが」
「ん」
何かを納得したような声に聞こえなくもないが付き合いの長い明には生返事だということが手に取るようにわかる。
「………」
「………」
「……はっきり言わんとわからんようだから言うがお前が重たいんだ。お前が。お前がのっかってるせいで重いうえに暑苦しい。冬ならともかく、今は夏真っ盛りなんだ」
「うん」
「『うん』じゃない、暑いし重いからどいてくれ、といっとるんだ」
「ヤダ」
明確な拒絶。ベッドの横にある扇風機の首がこちらを向き明の顔に心地よい風を当てる。でも上からの重圧と熱源で快適さは皆無だ。
「なんで」
「どいたら、明の持ってるマンガが読めないから」
「俺の後で読めばいいだろ」
「待てない」
動物か、お前は。と言おうとしてやめた。うっかり『うん』という返事が返ってきかねない。
 初音は親亀の上に載る子亀のようにベッドの上にうつぶせに寝転んだ明の上に重なるように乗っかっている。明からしてみればうっとうしいことこの上ない。
「せめてあごを頭の上からどけてくれ。痛くてかなわん」
「わかった」
今度は素直にうなずく。明の背中でもぞもぞと動く感覚があり、ややあって顔の右側から初音がひょっこりと顔を出した。
「あ、勝手にページ進めないでよ」
そう言ってページをめくりかえす。
「ん」
今度はすでに『少年サタデー』に神経を集中させていた明が生返事を返した。
「………」
「………」
ぺらっ
「………」
「………」
ぺらっ
「明、めくるの早すぎ」
「そうか?」
「うん」
「………………」
「………………」
ぺらっ
「………………」
「………………」
ぺらっ
「………」
「………」
ぺらっ
「早いって」
「待て。今のところ、ほとんど読む場所ないだろ」
「そんなことない。『ズガァァァァッ!』とかあった。絵もちゃんと見たいし」
「わかったわかった。てゆーか擬態語までしっかり読んでるのか、お前」
「まぁね」
「………………」
「………………」
ぺらっ
「………………」
「………………」
ぺらっ
「………………」
「………………」
ぺらっ
「………………」
「………………」
ぺらぺらぺらぺらぺらっ
「あーっ、飛ばさないでよそれ」
「なんだ、お前こんなのまで読んでるのか」
「『こんなの』って何よ? 面白いわよ」
「そぅかぁ?」
「あ、無視して進める気ね。そういうつもりなら……」
「イタタタタ、痛い痛い。わかったわかったわかったから。ちゃんと巻き戻すからあごで背中をぐりぐりするのはよせ。痛いんだよ、お前のあごは」
「それでいいの。最初から素直に従いなさいよ」
「何様のつもりだ、お前は」
そういう明の声色には文字ほどの棘はない。だから、初音も特にそれに返答しようとは思わず、マンガを読むことに専念する。
 再び、明はゆっくりとページを繰り始めた。このマンガはすこしせりふが多いので(そこが明がこのマンガを読まない原因なのだが)ページをめくるのは少しゆっくり目で。
「……………?」
やがて背後の気配が変わったことに気づいた。一言で言うと動作が落ち着いた、というか規則正しいというか、そんな感じに。
「初音?」
「くー」
初音は寝ていた。
「こいつは……おい、初音!!」
「ん、にゃに?」
「寝てただろ」
「……寝てない」
「つまらん強情を張りやがって」
まあいいか、と思い直し、ページをめくる。
「とばしてない、ページ?」
「とばしてないぞ。お前が寝てたからそう見えるだけだ」
「寝てないって」
「なら先に進めても問題ないだろ」
「ごめん、寝てた。戻して」
「……誠意がまったく感じられないな」
そうぶつくさ言いつつも戻してあげる。
「明、戻しすぎ」
「お前本当にわがままだな」
「いちいちうるさい」
「………………」
「………………」
ぺらっ
「………………」
「………………」
ぺらっ
「………………」
「………………」
ぺらっ
「………………?」
「………………」
「………………」
ぺらぺらぺらぺらっ
「………………」
「………………くー」
「……結局ねてんじゃねぇか」
明は不機嫌そうにぶーたれる。初音はご丁寧に自分の上にのっかったまま目を閉じて寝ていた。呼吸のためかゆっくりと律動している。
「おい、初音!」
「……スピー」
「こんのバカは……」
どうやら本格的に寝てしまったらしい。肩にあごが乗っかったままなので痛くてしょうがなかった。
「ったく」
観念してマンガに向き直る。と、
「……明ぁ……」
ろれつのまわってない初音の声が響いた。
「なんだ」
寝言かもしれない、とも思いながら律儀に返事をする。
「明ぁ。おなかすいた……」
確信する。寝言だ。こいつはいっつも同じ寝言を言うので間違いない。なぜいつも俺なんだ。たまには別の人間に作ってもらえ。朧さんなんかどうだ? たぶん、自分よりずっとうまいものを作ってくれる。カンだけど。
「めし作ってほしいんなら、そこをどけ」
「ハンバーグがいい……ハンバーグ、好き」
会話が続かないことに気づき、明はさすがに無視して目の前のマンガ雑誌に集中する。だが次の瞬間、

 がぶり

「イテテテテ、バカ! 人の耳、噛んでんじゃねぇよ!!」
大声で抗議するが、初音には起きる気配がない。実際には我慢できる範囲内だが、跡が残ると何かと面倒だ。
「おいひい」
「くっそ、このバカ。何がおいしいだ。人の体かじっといて」
抵抗しようと右腕を伸ばし初音の頭をつかむと体を回す。初音の頭は案外あっさりはなれた。殴ってでも起こす。そんな強い決意を秘めて明は振り返ったが……
「………………」
「くー」
扇風機のブーンという声がやけに大きく感じられた。ジージーと窓の外のセミの声まで聞こえてくる。
「…………ったく、しょうがねぇなあ。もうかむんじゃねぇぞ。あーあー、よだれまでたらしやがって」
明は初音の頭を少し後方に移動させてから、ゆっくりと体を元の位置に戻した。それから器用に肩を動かすと耳についた唾液をTシャツでふきとってから、もう一度マンガに向き直る。
「……初音ぇ」
念のため呼びかけてみるが、帰ってくるのは寝息のみ。
「まったく、本格的に寝入りやがって。ゆさぶって無理にでも起こしてやろうか」
そうはいいつつもそこで実行しないのが宿木明が宿木明たるゆえんでなのだろう。
「ふにゅ〜ん」
明の仏頂面とは裏腹に、背中からはどこまでも幸せそうな初音の声が聞こえる。








 結局、彼が雑誌の隅から隅まで読んだ後で初音はようやく起き出したが、なぜか明が読み終わったマンガには興味を示すことはなかった。気まぐれにも程がある、とは明の弁。

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