ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(11)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(00/ 7/11)

壁に設置されているランタンの様な照明器具――錬金術による発明の一つだろう――から発せられている、ナトリウムランプに似た柔かい光に包まれた、濃紺色のカーペットが延々と敷かれたこの人気の無い回廊の向こう側から、足音が徐々に近付いて来る。
カオスを除いた美神たち一行は、初めてこの城に通された時と同じように、執事ヴィットーリオに導かれるまま、長い回廊をただひたすらに歩いていた。
この執事、銀色の頭髪を後方に撫で付けているお陰で、瞳の上に覆い被さっている立派な眉毛が必要以上に強調されている。顔の上をさらに南下すると、これまた雄々しい口髭と顎鬚が口元を完全に覆い隠してしまっている。南欧系のやや浅黒い肌の色が、きっちりと身嗜みの整った黒系列の衣裳と相俟って、わざとらしい位にその白銀の毛髪を際立たせていた。
頭髪や声色から判断するに、妙齢の老人である事には間違いは無い筈なのだが、先程横島に衣服を剥ぎ取られた際に計らずも披露された肉体は肌の色艶も肉付きもそこそこ保たれており、外見からの年齢判断を難しくしている。現に今こうして一行を先導しているこの老人の歩く姿は実にしっかりとしており、堂々と胸を張るその歩調は聊かの衰えも感じさせない。
「あの、執事さん、ちょっと宜しいかしら?」
「はい、何か御用でしょうか、美神様。」
やや速歩き気味の歩調の美神が執事の背中にそう呼び掛けると、執事はちらりと彼女の方に目を向けただけで歩速を落とさず、しかし丁寧に返事をした。
「幾ら夜中だとは云っても、さっきから一人の使用人にも擦れ違わないわね。」
「あの、私めが、居りますが?」
「……勿論、あんたを除いて、だっての。それにさっきのテレサ様のお話で、伯爵様がご不在とかなんとか……。」
漸く、執事と美神の肩が横に並んだ。
「ああ、その事でございますか。……お館様は現在、多くの腕の立つ側近と強者を従えて、イタリアにて貴族のお勤めを果たしていらっしゃいます。」
「貴族の……お勤め?」
聞き慣れない単語の前に、美神は僅かに眉を寄せた。
「戦でございますよ。無論、ご存知でございますね?」
「ええ、勿論ですわ。かの戦の噂はこのユーラシアの遥か彼方、遠く極東の地にまで知れ渡っておりますのよ、おほほほ……」
美神は相変わらずの、しれっとした態度でそう答える。こう云う状況に於いて、この女は異常な程にこの手のアドリブに強い。
心持ち眉を持ち上げると、執事は言葉を続ける。
「その為、この城に残ったのは奥方様の身の周りの世話をする者たちばかり。使用人たちも夕方には帰らせているので、夜にもなれば……まあご覧の通りでごさいます。」
「それにしても、随分不用心ではありません? 部屋の前を通り過ぎても、一人の見張りも見掛けませんでしたわよ?」
料理人や庭師など、伯爵家の家政を支える者たちはとうに出払っているとしても、最低限の兵隊位はいるものだという認識が、美神にはあった。
「ああ、それでしたなら……」
そろりと後方を振り向いた執事と美神の20メートル先には、まだ気分の優れない様子のピートと、彼を気遣うキヌ、美神のアッパァカットをもろに食らった顎を痛そうにさすっている横島と、彼のズボンを掴んで放さないピエッラの姿がある。
「ねえ、横島くん、どうかその扉をあけてみてくれない?」
「……へっ、俺ッスか!?」
執事が何か言いあぐねている内に、美神が横島に呼び掛けた。
横島は唐突に名指しされて幾分驚いた様子だったが、『その扉』と云うのが自分のすぐ傍らにある、何の変哲の無い扉である事には容易に想像が付いた。それに加えて、こんな時の美神の命令に従うとロクな事にはならない事もまた、同じ位容易に想像が付いた。
「……何か、気が乗らないなぁ。」
「もぉ・しぃ・もぉ、言う事聞いてくれてらぁ……ちゅっ(はーと)」
いかにも面倒臭そうに頭を掻いく横島に対し、美神は悟すように言うと、左目を軽く瞑り、唇に付けた人差指と中指を音高く横島の方へと投げ掛けた。
まあいわゆる、投げキッスというやつである。
「はいはいはい、やります、いや、行かせて戴きます。」
瞬間的に弛緩した口元を袖で拭うと、たちまち横島はその表情を引き締める。そしてその両開きの扉の取手を掴むと、何ら躊躇う事も無く手前側へ一気に引き広げた。

「ああああああぁぁぁぁぁぁ…………」

「何よ、これ。」
美神が執事に問う。
「ご覧の通り、落とし穴でございますが。」
「いえ、そういう意味では無くて……」
ピートが指摘する。
「ああ、仕掛けは防犯上お教えできませんが。」
「だから、そうでも無くて!!」
キヌも堪らず、叫ぶ。
「ああ、ああ。横島様なら今頃、海の中でしょうか。」
「……ぜい、ぜい……あ、あのな、死ぬかと思ったぞ!!」
横島が立っていた位置に忽然と現われた、横島の身体の幅と全く同じ大きさの穴の縁から出て来た横島の右手には、微かに光る「助」の文珠が握られていた。
その傍らには、きょとんとした顔のピエッラが、床の上に座り込んでいた。
「このように、家人は平気なのです。流石は奥様の錬金術の賜物。」
執事は、静かに告げた。

勇敢にも城の謎に挑んだ横島に対する美神からの褒美は、何とも厚いねぎらいの言葉だった。
「はい、ごくろーさん。」
「あの、美神さん、何か忘れちゃいませんか? 確か約束じゃ……」
「あら、何か不満? 特別に何かしてあげるなんて、私一言も言ってないわよ。」
「……あ、悪魔……」
全く、懲りない二人である。


「さて、こちらが寝室でございます。」
どこか事務的な案内と共に、執事が立ち止まった。廊下の左右に凡そ5メートルの間隔で扉が並んでいる。
「部屋割の方はご自由に。尤も、いずれの部屋も内装と設備は全く同じでございます。何か不都合があえいましたら、寝台の枕元の呼び鈴でお知らせ下さいませ。……それではお嬢様、参りましょう。」
「………………。」
差し延べられた執事の右手に対して、ピエッラは横島の陰に隠れるように、後ろに廻り込む。握っている横島のズボンの裾に包まるような格好で、そのブルーの瞳は執事の事をじっと睨み返している。
「お嬢様、どうか言う事をお聞きになって戴かないと、私が奥方様に叱られてしまいます。」
「………………。」
その様に言われてみれば、困っている様にも視える顔の執事が、ピエッラの方へとゆっくり近付いて来る。足音が一歩一歩響く度に、ズボンを握るその手に力が込められるのが、横島には分かった。
「たく、しょうが無いなぁ、このお姫様は……。」
そう言うと横島は、多少無礼とは思いながら、自分の足に纏わり付いた子供のの頭をくしゃくしゃと撫で回した。ピエッラはそれでも大人しく、じっとしていた。
「なあ執事さん。この子はこの俺が寝かしつけといてやるよ。良いだろう?」
「いや、しかし、お客人にその様な事は……」
「大方、まだ眠りたくないんだろう、この子は? そー言や、俺のガキん時もそうだったんだよなぁ……結局、おかんに無理矢理寝かされるんだけど。」
そう呟く様に言うと、横島は片膝を折って、足元に噛りついている小さなシンデレラの頬を抓んで軽く横に引っ張る。ひんやりとしているが、柔かくて何とも心地良い肌触りだった。
「な、兄ちゃんと一緒に、部屋に帰ろうな?」
ピエッラは借りてきた猫みたいに、俯き加減のまま少しはにかんだ表情で、こくり、と小さく頷いてみせた。
「あの、私も付いて行っていいですか?」
先程から何やら小声で美神と話していたキヌが、横島に声を掛ける。
「うん、それは別に構わないけど。じゃ、執事の爺さん、お姫さまの寝室まで、案内してくれよ。」
「畏まりました。」
執事はその場で踵を返し、相変らずのハイピッチな歩きで廊下の奥に消える。
慌てて立ち上がった横島はその後を追い掛ける為、つんのめりそうになりながらも、ピエッラの右手をどうにか握りしめた。
二人に追い付いたキヌが、ピエッラの左手の方を掴む。
大人二人にぶら下がる様な格好になったピエッラは、ピンクのフリルをひらひらさせながら、空中でその足をぱたぱたさせていた。

執事たちの姿が、薄明かりの灯る廊下の闇の中に消えたのを確認すると、美神はピートの方を振り向いて、薄く笑った。
「さてと、さっきから随分と調子が悪そうだけど、……私が診察してあげましょうか?」
「へっ!?」
オレンジ色の光の下、美神の挑発的な微笑みを前に、ピートの背中に悪寒が走った。

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