ザ・グレート・展開予測ショー

魂刃の錬丹術師 [4] 


投稿者名:夢酔
投稿日時:(06/ 7/26)

−1−


「是の故に百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。故に上兵は謀を伐つ。其の次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。攻城の法は、已むを得ざるが為めなり」――「孫子」――


 何処とも知れぬ閉鎖空間で、秘かにトップ会談が行われていた。

「こちらの方では、『神明真人』の登場が上手い具合に疑心暗鬼を生んだようです。暫くは、他勢力の出方を窺うべく様子見だけになるでしょう」

「こちらも似たようなもんやな。さすがに第三勢力の横槍は御免ちゅうことやろ。おまけに、『彼女』の『里帰り』のお陰で『残党』どもは大慌てや。蛍の嬢ちゃんを『古き方々』が認めたとなったら、彼らと縁が深い『魔神』たちの手前、迂闊に手え出す訳にはいかへんようになったしな」

 だが、楽しそうな二柱に比べて、道士服姿の老人は苦々しい空気を漂わせていた。

「私は、ここまで大きな話とは窺ってませんでしたよ、お二方?」

「そないに怒らんでもええやんか、タっちゃん。ほら、昔から言うやろ?」

「「『敵を欺くには、まず味方から』、と」や」

 老人の鋭い視線に怯むことなく、「イイ笑顔」を浮かべた神魔の最高指導者たちの言葉がハモる。

「分かりました。だが、ブラフは何時までも保ちませんよ? 『命数』が尽きてない以上、こちらの『不干渉』は変わりませんから」

 溜息をつきながら了承するも、老人はきっちりと釘を刺した。

「それは大丈夫です。今回の動きで『残党』の人脈や資金の流れなどは大体掴めましたから…」

「後は、適当な口実をでっち上げて、『正規軍』を動かせば済む話や」

 それに答えたのは、二柱の酷薄な笑み。「デタント」という綱渡りじみた政治運営を実現させた、冷徹な指導者としての辣腕ぶりを窺わせるものだ。

「出汁に使われるこちらのことも少しは考えて頂きたいですがね。では、『神明真人』については、『こちらは関知せず』で良いですな?」

「結構です」

「勿論や」

 苦笑交じりに念押しする老人に、本来は対極に位置する筈の二柱が仲良く頷いた。 
「そう言えば、『件の少年』の扱いはどうするんですかな? 『地仙』や『菩薩』など、人界残留を望む者達については『放任』が原則でしたし、彼は『欧州魔王』の『正式な弟子』でもあると聞き及んでおりますが?」

 だが、老人もただでは済ませない。『言及されなかった問題点』を挙げて、やんわりと二柱を牽制する。こちらの『不干渉』を盾に取るなら、そちらも相応の『誠意』を見せろという皮肉も篭めて。

「当然、彼には『中立』を維持して貰います。混乱が収まりきらない時点で、彼が神魔何れかの陣営につくのは好ましくありませんから」

「それに、『デタント』を進める上で、そういう『動かしやすい人材』が居てくれた方が、色々と都合が良えやろし」

 淀みなく答える二柱だが、何処か残念そうだったのは、楽しい玩具、もとい得がたい人材を自陣営に取り込めないことによるものだったろうか。

「そうですか。では、私はこれにて」

 納得し切れていないようだったが、敢えて何も言わずに、老人が一礼して姿を消す。

 暫しの沈黙。

「食えない老人ですね。あの戦乱では静観を決め込んでいたくせに、彼に関する権利はきっちり主張して来ましたか…」

「まあ、あの『仙骨』を知ってもうたら、仕方ないちゃあ仕方ないんやけどな…」

「何れにせよ、『彼の意思を尊重する』ということで異存はありませんね、サっちゃん?」

「当り前や。横っちが誰を選んでも、恨みっこなしやで、キーやん?」

「それはこちらの台詞です」

「よう言うた。その言葉、忘れんなや?」

 一頻り愚痴りあった後、創造と破壊を司る二柱の存在は、一人の少年の行く末を巡って、和やかに笑い合いながらも、水面下では激しい火花を散らすのだった。





 機械警備による万全の体制を敷かれた村枝商事本社ビルにも、幾つか死角になる場所が存在する。

 その一つである非常階段の踊り場に、若い男の姿があった。眼鏡のレンズが陽光を受けて輝き、逆光になっているため、その表情を窺うことはできない。

「はい。ご指示通り、税務署や社会保険庁等の諸官庁の関係書類は入手済みです。口座情報などは調査中ですが、近日中には揃うかと…」

 淡々と報告する声には全く淀みがなく、彼の明晰さと有能ぶりを感じさせる。

「そちらに関しては、『大使館』を通じて外務省に申し入れをしました。恐らく、総務省経由で話が通るかと。必要であれば、戸籍だけでなく、住民票の方も便宜を図るよう手配させて頂きますが?」

 ずれかけた眼鏡を中指で直す仕草も堂に入っており、只者ではない雰囲気を漂わせていた。

「分かりました。その件に関しては、早急に手配することとします。いえ、この程度ならば、お安い御用です。はい、支社長にもよろしくお伝えください」

 電話越しにも係らず、丁寧に頭を下げてから電話を切る。電話の相手に対して、並々ならぬ敬意を彼は抱いているようだった。

「まずは、法務局を回る必要があるな…」

 そう呟いて、彼は踊り場を後にした。彼が敬愛してやまない『上司の妻』の『依頼』を果たすために。

 




 オカルトGメン日本支部長執務室。

 その肩書きの割には、質素な上、機能性を重視した部屋で、その部屋の主が電話の応対をしていた。

「はい。そういうことでよろしくお願いします。正式な報告は、こちらから後日に。ええ、それでは…」

 ゆっくりと受話器を置くと、溜息をついて椅子の背にもたれる。

 一般市民の安全を優先する為とは言え、ごり押しに近い形で各所に応援を要請した以上は、相応の手続きは欠かせない。

 報告書の作成、関係機関への連絡、各担当者との打ち合わせなど、主だったものだけでも枚挙に暇がない程だ。

 そんな慌しい激務の中にあっても、美智恵の直観は健在だった。あるいは、これこそが「美神家の女」というものなのかもしれない。

「それで、御用件は一体何かしら?」

 書類を確認する手を止め、僅かな笑みすら浮かべて、部屋の虚空を見据える。

「あら〜、やっぱり分かっちゃうのね〜」

「多忙な所を失礼します」

 神族の調査官と魔界軍の情報士官が姿を現した。

「ルシオラさんと、『エステル』様の件ですか?」

 機先を制すように、美智恵が本題へと切り込む。

「それらに関連して、人界とも色々調整しておかなくちゃならないのね〜」

「実務は我々が担当しますが、この訪問は神魔の最高指導者の意思に基づくものとご理解下さい」

 任務の重要性を理解しているとは思えないヒャクメのノリを遮って、ジークが重々しく告げる。

「分かりました。人界を代表して、お二方の訪問を歓迎します」

 居住まいを正し、真剣な表情で美智恵が歓迎の意を表明する。

「では、早速ですが…」

 ジークもそれに負けないくらい真摯な口調で用件を告げる。

「そ、そんな…!」

 衝撃の内容を告げられた美智恵は、顔を青ざめさせたまま、暫くは言葉もなかった。



−2−


「故に曰わく、彼れを知りて己を知れば、百戦して殆[あや]うからず。彼れを知らずして己を知れば、一勝一負す。彼れを知らず己を知らざれば、戦う毎[ごと]に必らず殆うし」――「孫子」――


 オカルトGメン日本支部ミーティングルーム。

 見た目は地味ながら、防音や電磁・霊波遮蔽などの盗聴・霊視対策から、耐火・耐爆・防弾・防刃などの強固な防御対策まで、最新技術の結晶たちが惜しげもなく施された一種の要塞である。

 照明を落とされた室内の正面にはスクリーンがあり、哨戒機や巡視艇から望遠で撮影された映像が投影されている。

 一言で言えば、功夫着姿の老人だ。だが、髪も髭も白く染まっているにも関らず、その肉体には溢れるような精気が充ちていた。

 何より、彼は、海上を地上のように疾駆し、最高速度で巡航する巡視船ですら追いつけない速度を出しながらも、汗一つ掻いていなかった。

「これが先日の『目標』の映像です。美神除霊事務所を初めとする民間GSの協力を得て、辛うじて撃退に成功しました」

 バインダーに挟んだ資料を読み上げながら、西条が事務的な説明を続ける。

「この男は何者だね? また、その目的や危険性についてのオカルトGメンの見解は?」

 防衛庁の職員が質問する。無表情を装いながらも、微かな苛立ちと怯えが透けて見える。その周囲に座る海上保安庁や警察庁、消防庁、総務省などの各官庁を代表して出席する職員達も、一様に似たような硬い表情を浮かべている。

「それらの点に関しましては、オブザーバーを呼んであります。ドクター・カオス?」

 西条が名前を呼ぶと、東欧系の顔立ちをした黒尽くめの老人が立ち上がる。

「今、紹介に与ったドクター・カオスじゃ。『ヨーロッパの魔王』と呼ぶ者もおる。一応、オカルトGメンの技術顧問をしておる。見知りおき願おう」

 一礼すらしない不遜な態度で名を告げるカオスに、眉を顰める者も居たが、表立っては誰も何も言わなかった。

「説明をお願いします、ドクター」

 西条も非礼を咎めず、説明を促すに止めた。

「おお、そうじゃった。あやつの名は『神明真人』。武術修行の果てに『道』(Tao)を悟った者。『仙人』と言った方がおぬし達には分かりやすいかの?」

 カオスが楽しげに告げると、室内に衝撃が走った。

「な、何ですと!?」

「そ、そんな存在が我が国に!?」

「こうしては居れん!」

「至急、幹部を招集して、緊急対策会議を!」

 蜂の巣を突いた様な騒ぎとなり、中には慌てて退室しようとするものまで出る始末。

「お待ち下さい! 話はまだ終わってません!」

 扉の前に陣取ったオカルトGメン日本支部長が一喝すると、渋々ながらも一同は席に戻った。

「やれやれ、人の話は最後まで聞くもんじゃぞ? さて、こやつの目的と危険性じゃったか? だったら、心配することはない。こやつの目的は『弟子探し』。しかも、既に『目的』は果たしておる。おまけに、『背後関係』も一切なしじゃ。危険性は全くないと考えてよいぞ」

 だが、カオスの言葉に素直に頷く者は皆無だった。

「『弟子探し』とは、どういう意味です」

「文字通りじゃよ。見込みのある男を鍛え上げるのが、こやつの『趣味』じゃからな」

「『目的』を果たしたとは?」

「『弟子』候補を既に見つけたということじゃ」

「その根拠は?」

「『大人しく退いた』というのが、その証拠じゃ。大方、こやつと戦ったGSの誰かに目星をつけたのじゃろう」

「それだけでは危険性がないとは言えないのでは?」

「一度覚えた『気』を見誤るような奴ではないわ。狙われるのは『弟子』候補だけじゃ」

「しかし、周囲に被害が出ないとは…」

「『弟子』候補たるGS達を隔離すれば良い。人里離れた場所なら問題あるまい」

「本当に『背後関係』はないのですか? 『残党』のテロの可能性も…」

「こやつは『地仙』。神魔の何れにも従わず、『昇天』すら拒む『逸れ者』じゃ。そんな心配は要らんわい」

「そこまで言い切るからには、責任はオカルトGメンが引き受けると理解してもよろしいのでしょうね?」

「そうです! 一般市民に被害が出てからでは遅いのですぞ!」

 再び紛糾する一同を鎮め、一応の納得を勝ち取るには、かなりの時間を要したのだった。



 

 見上げる空は星一つない暗闇で、見渡す限りの荒野には生き物の影が全くない異界。

 臆病な者ならば、その場に留まるだけで神経を磨り減らしてしまい、抵抗力の弱い者ならば、魂すら何かに浸食されてしまう<領域>。

 しかし、そんな雰囲気に飲まれるような神経の細い者は、その場には一人も居なかった。

「はい、鈴女ちゃん」

「ありがとう、おキヌちゃん」

「タ、タンパク質じゃ〜!」

「ああ、その肉は拙者のでござる〜!」

「このお揚げは、あの幻と謳われた…!」

「はい、ピート。私が食べさせてあげるワケ」

「いえ、自分で食べられますから…」

「主よ、今日の糧を与えて頂いたことに感謝します…」

「令子ちゃ〜ん、何処〜〜?」

「まだたくさんありますから、皆さん、遠慮しないでどんどん食べてくださいね〜」

 ホストたる魔鈴の言葉を聞いているのかいないのか、参加者たちは食事や会話やその他に忙しく、本日の宴の目的すら念頭にあるかどうかも怪しかった。

 そんな喧騒から少し離れた、建物の裏手にある「魔法陣」を前に、少年は静かに佇んでいた。

「主役の一人が浮かない顔ね」

「美神さん…」

 亜麻色の髪を靡かせた美神が、ごく自然に横島の隣に並ぶ。

「素直にもっと喜んだら? 念願の『再会』が叶ったんでしょ?」

 とても優しいのに、何処か寂しさを感じさせる微笑。

「そりゃ、ルシオラが『復活』したのは嬉しいっすよ? でも、俺はそのことだけに目を奪われて、何も考えちゃいなかった。周りのことも、自分のことも。何より、俺の行為が周囲に何をもたらすのか…」

 血が出るくらいに強く右手を握り締めながら、横島が呻くように言葉を搾り出す。

「『これ』のことなら気にしないで良いわよ。私が勝手にやったことだし、役に立ったといえるかどうかは微妙なとこだし…」

 黄金に輝く『首飾り』を弄びながら、美神が苦笑を浮かべる。色とりどりの宝石に飾られたそれの中央には、透明な『結晶』が収まっている。

「でも、俺が勝手に先走ったせいで…」

 だが、横島の言葉が紡がれるよりも早く、乾いた音が大気を振るわせた。

「思い上がるのもいい加減にしなさい!」

「み、美神さん…」

 美神の剣幕に、右頬を赤く染めた横島が思わず後退る。

「私はあんたの『何』!」

「え?」

「私はあんたの『師匠』でしょ? だったら、もっと頼りなさいよ! 今後は、変に隠さずに、何でも相談すること。分かった!」

「は、はい!」

 美神の問いに、横島が勢いよく返事する。そこには、条件反射だけではない、確かな喜びと感謝が含まれていた。

「あんたも変な遠慮はなしよ、ルシオラ! これで『条件は対等』になったんだから!」

「勿論よ、美神さん。『勝負』はこれからよ!」

 僅かに頬を赤めながらの美神の『宣戦布告』を、横島の頭上に出現したミニミニサイズのルシオラが楽しげに『受諾』した。

「『条件』? 『対等』? 『勝負』って、一体何のことっすか、美神さん? ルシオラ?」

 煩悩に関しては時に神魔すら凌ぐが、女心の機微にはとことん疎い少年の問いには答えず、『女神』の『祝福』を受けた二人の『娘』は不敵に笑い合う。

「ちょ、ちょっと美神さん? その神通棍は一体? って、ルシオラ? その洒落になってない輝きは何?」

「この!」

「甘い!」

「のわ〜!」

 勇ましい声と共に爆発音が飛び交い、『女の戦い』に巻き込まれた少年の悲鳴が響く。

「私の『祝福』を受けるに値する『娘』は他にも居るみたいなんだけど?」

 生憎ながら、溜息まじりの『女神』の呟きは、誰の耳にも届かなかった。

  

−3−


「兵とは詭道なり。故に、能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓[みだ]す。其の無備を攻め、その不意に出ず。此れ兵家の勝にして、先きには伝うべからざるなり」――「孫子」――


 「深山幽谷」という言葉を具現したような秘境。言わずと知れた、「日本最難関の修行場」の呼び声も高い妙神山である。

「『神明真人』か。おぬしも、つくづくやっかいな奴に見込まれたものじゃ…」

「すんません…」

 斉天大聖老師の言葉に、条件反射のように横島が頭を下げる。

「いや、おぬしが悪い訳ではないのじゃから、謝ることはない。厄介なのは確かじゃがな」

「へ? 老師でもあいつに梃子摺るんですか?」

「本気を出せば何のことはない相手じゃ。じゃが、人界ではわしの力も行動も制限される。その範囲でということになれば、油断はできんの」

「はあ…」

 老師の説明に、余り納得のいかない様子の横島。

「日本列島ごと吹き飛ばしても良いのなら、話は簡単なのじゃがな…」

「って、ちょっと待ってくださいよ! そんなに強いんだったら、俺はとっくに殺されてるんじゃあ?」

 老師の物騒な仮定に、横島が鳥肌を立てながら問い返す。

「あやつは何と言っていた?」

「え〜と、俺が『拝師』に値する男がどうとか、次までに『宝貝』を扱えるようになっておけとか…」

「やはりな。あやつはほとんど本気を出さずにおぬしを試し、おぬしは辛うじてあやつの眼鏡に適ったというところか」

「ええ!? ってことは…」

「うむ。あやつの本気はあんなものではないし、近いうちにおぬしの所を訪れるじゃろうな」

「ちっとも嬉しくね〜!」

 老師の解説に、横島が本気で嫌がる。

「落ち着け、小僧。」

「あだ!」

 老師が軽くこづくと、横島が頭を抑えて蹲る。

「とは言え、あやつも此処には手が出せん筈じゃ。少なくとも、問答無用で襲ってくることはあるまい。仮にも、『神族の人界駐留地』じゃからな」

「そうっすね。美神さんや隊長なんかとも相談したら、暫くは街中に居るのは不味いって話になりまして、それで此処へ…」

「避難しに来た、という訳じゃな」

 頬を掻きながら事情を説明する横島の言葉を、老師が先取りする。

 だが、横島はそれを否定した。

「いや、避難つうよりか、俺としては老師に『修行』をお願いに…』

「「ええ〜!?」」

 一世一代の決意を篭めた横島の言葉は、驚愕と恐怖の絶叫に遮られた。話の内容から、今まで大人しく傍で控えていた竜神の姫君と蝶の化身たる幼女のものである。

「あの横島さんが自分から『修行』を!?」

「こんなのヨコシマじゃありまちぇん。偽者でちゅ!」

 天を仰いで両手を祈るように合わせながら感動に打ち震える小竜姫と、その背後に隠れていやいやと首を振るパピリオ。相反する態度ながら、彼の普段の言動がどういったものかが窺える反応であると言える。

 だが、横島は挫けなかった。敬愛する「姉弟子」と可愛い「義妹」の余りと言えば余りな態度に怯むことなく、倒れこむように膝をつき、勢いよく頭を下げる。

「この通りです、老師! 俺に『修行』をつけてください!」

 それは、惚れ惚れするような見事な『土下座』だった。

「良かろう! ついて来い、小僧!」

「はい!」

 牙を剥き出して物騒な笑みを浮かべた老師が快諾すると、飛び上がるようにして横島が立ち上がる。

 師弟が連れ立って奥へ向かうのを、竜神の姫君と蝶の化身たる幼女は言葉もなく見送った。何時の間にかとても大きくなった少年の逞しい背中へ、無自覚な熱い視線を向けながら。





 どこまでも続く荒野の中に、環状列石のようなオブジェが囲む円形の石畳がある。
老師が生み出したのか、元々存在するのかは不明だが、妙神山の修行場の一つに横島は連れてこられていた。

「さて、修行の前に確認しておこう。今回の修行は、以前のような潜在能力を引き出すことを目的としたものではない」

「どういうことっすか?」

「死地に追いやることで『覚醒』を促すのではなく、既に身につけたものを効率よく扱う方法を『修得』して貰うということじゃ」

「おお!」

「じゃが、楽という訳でも、安全という訳でもない。油断すれば、命を落とす危険があるのは同じことじゃ」

 喜色を浮かべて気を緩めそうになる横島へ、老師がきっちりと釘を刺す。

「ええ!?」

「じゃから、おぬしも本気を出せ。出し惜しみをしている余裕はないぞ!」

 老師が自らを封じる「拘束術式」の一部を解除する。

 虚空から『如意禁錮棒』が掌中に現れ、老師の体が三倍以上の大きさに膨れ上がる。

「行くぞ!」

「くっ!」

 大上段から振り下ろされた打撃を、刀状に伸ばした「栄光の手」で受け流す。

 横薙ぎ、袈裟懸け、逆袈裟等と次々に繰り出される神鉄の暴風を、サイキック・ソーサーも駆使して躱す。

 牽制に投げた『爆』の文珠は、発動する前に霧散させられてしまう。

「うぞ〜!?」

「これが戦闘における文珠の欠点じゃ。『構え』、『投げ』、『発動』の三動作を要するため、隙が大きい。威力が大きくても、当たらなければ無意味じゃ!」

 丁寧に説明しながらも、老師は攻撃の手を全く緩めない。横島はどんどんと追い詰められ、防戦一方になる。

「ゴキブリのように逃げる!」

 老師の股下を掻い潜り、四足で駆けるように距離を稼ぐ。

「そして、蜂のように刺〜す!」 

 老師目掛けて、横島が「栄光の手」を伸ばした刹那、老師の手刀が唸りを上げる。

 「栄光の手」は、その中ほどから切り飛ばされ、霊力供給の途絶えた先端部が大気に溶けた。

「んな!?」

「そして、これが戦闘における『栄光の手』の弱点じゃ。変幻自在に形状を変えるのは優れた利点と言えるが、それは強度を伴ってこその話。伸張した時に収束率が下がるようでは使い物にはならん!」

 勢いよく伸びる『如意禁錮棒』が鳩尾に突き刺さり、横島が水平に吹き飛ぶ。

 環状列石の一つに叩きつけられ、そのまま地面にずり落ちる。

「どうした、小僧? ここまでか?」

 老師が仁王立ちして尋ねるが、横島は身じろぎすらしない。

「ふむ?」

 やや訝りながら、老師が横島に近づく。

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 それでも横島は動かない。いや、既に動く力を残していないように見えた。

 老師が倒れた横島に『如意禁錮棒』を突き込む。

 その瞬間だった。

 地面と背中の間に出現させたサイキック・ソーサーが爆発し、横島の体が老師へ向けて射出される。

 「栄光の手」の甲にある宝珠のような部分に『装填』され、「砕」と刻まれた文珠が眩い閃光を発する。

 「栄光の手」の『拳』が老師の胸を捕らえる。

「……!」

 裂帛の気合の篭った無音の呼気が響いた。

 続いて、弾丸を発射するような破裂音。

「ぐぅ…」

 「栄光の手」の先端から一点へ迸る爆発的な霊力が、僅かに老師を揺らがせる。

「ぶろば!」

 そして、その反動を受けた横島の体が、とんでもない速度で環状列石に叩きつけられた。体中から何かが砕ける鈍い音が響き、手足がありえない角度で曲がる。

「アイデアは良い。威力も大したものじゃ。じゃが、使いこなすには、更なる工夫が必要じゃな」

 溜息を零しながら、老師が通常サイズに縮み、普段の人民服姿に戻る。その口許は、僅かに歪んでいた。

 老師が痙攣する横島に近づき、懐から取り出した何かを振り掛けると、折れた手足が復元され、傷口は瞬く間に塞がった。

「さて、と…」

 呼吸が安定したのを確認すると、老師が横島の胸元に手を置き、無造作に何かを引き抜いた。

「い、いきなり何やねん? 何が起こったんや!?」

 道化師の帽子を被った和服姿のシャドウが、慌てたように左右を見回す。

「道化芝居はそこまでじゃ、『高島』」

 だが、老師はにべもない。一言でシャドウの韜晦を切り捨てる。

「何時から気づいてたんだ?」

 「シャドウ」の姿が揺らめくと、烏帽子を被った狩衣姿の青年が現れる。

「ほぼ最初からじゃ。『シャドウ』に自我があることなど滅多にない上、小竜姫の『超加速』に追いつくなぞ規格外も良いところじゃ。それに、小僧ほどの霊能者が『前世』の記憶を全く思い出せんというのは、不自然極まりないからのう」

 青年の問いに、老師が呆れたように答えを返す。

「って、俺の努力は全く無駄かよ!?」

「そうでもない。小竜姫も違和感を抱いたが、疑問を抱くまでには至らなかったようじゃしの。小僧自身も、その周りの者も気づいておらん。その意味では、中々の役者ぶりと言えるじゃろうな」

 拗ねたような青年を、年長者の余裕で老師が慰める。

「で、わざわざ呼び出したってことは、俺に用があるんだろ?」

「無論じゃ。まあ、小僧が目覚めるまで、暫く時間はある。そう急くな」

 幸せそうに眠る少年の寝息を聞きながら、老師と青年の密談が続けられたのだった。

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