ザ・グレート・展開予測ショー

空に近いあの場所で


投稿者名:長岐栄
投稿日時:(06/ 7/25)

 町並みが紅を基調に染まっていく。

 僅かひと時の幻想的な風景。地平線のかなたへと陽は沈み行く。

 何故だろう? 吸い込まれるような、切ない衝動。

「またここに来ちまったなぁ……」

 斜陽に身をさらし、何処ともなしに町並みを見下ろす。

 東京を象徴するタワー、その展望台の更に上、屋根のヘリに両足を垂らして、ぼんやり景色を眺めていた。

 都会の喧騒を離れたその場所で少年は佇む。

 大分くたびれた青のジーパンとジージャンという何処にでもありそうな服装と跳ねたクセ毛を取り押さえる赤いバンダナ、何よりどこか遠くを見る瞳が印象的で……
 
「やっぱ来ちまうよ、物足りないのに」

 彼は時折、ふらりと来てしまう。

 夕陽に紅く染まった景色。しかし、少年にはその風景はひどく色褪せて見えた。

「おまえはもう居ないのにな」

 おどけた調子で心持見上げた虚空に独白する。

 雲の無い空は朱に染まって、ひと時だけの輝きを放ち心に沁みる。

 しかし、響かない。
 
 違う何かが少年の心を奪ってしまうから……

『昼と夜の一瞬の隙間……短時間しか見れないからよけい美しいのね』

 記憶のかなたには黒髪のショートボブを揺らす少女。

 夕陽が好きだといった少女、魔神の下僕として産まれながら、少年への想いゆえに人を守る側に寝返った少女。

「俺は俺らしく……か」

 あの日、誓ったはずだった。彼女が守りたかったのはきっと……、

 明るい少年、優しい少年、あけすけでバカやって大騒ぎして、煩悩に対して貪欲で……

「俺は相変わらず、だと思うよ。毎日のように美神さんにセクハラしちゃぁひっぱたかれたり、シロにはサンポという名の鉄人レースに参戦させられたり、美人が居たらナンパしたりさ」

 傍目にはそれほど変わらず過ごしていると思う、だからこそ、周りの人間はあのときのことを敢えて話題にすることは無い。

 もう、何も無かったかのように……日々は積み重なる。

『でもさ』

 少年は……やはり、変わっていたのかもしれない。

 想いは過去に囚われる。

 ここで一緒に夕陽を見た……あの最期のときも、ここに居た。その思い出に、

『おまえはここに居たんだ、間違いなく』

 すでに季節は暖かくなり始めていた。あの戦いも一日一日経るごとに、人々の記憶から遠い歴史へと変わっていく。

「でもさ、俺のナンパっておまえの時みたいに上手くいかないんだよなぁ。俺ってやっぱモテないんかなぁ」

 くーっ、とばかりに自嘲的に口の端をゆがめて天を仰ぐ。

「つくづくお前みたいな美人が……よく惚れてくれたよな。でも、俺はおまえの想いに応えてやれたんかな?」

 ここへ来て何度と無く繰り返した言葉をまた繰り返してしまう。

「ルシオラ」

 もう居ない少女に……語りかけている少年は自身の女々しさが骨身にしみて。

 届くはずなど無い。彼女の魂は個人を保つ転生には足りず保管されている。残りの大半は少年の魂に混ざってしまっているのだ……。

 少年を守るために、少年が居る世界を守るために、彼女はその身を捧げた。

 どうにもならない想いの中で、ただ夕陽だけ眺めている。

 締め付けられそうな、狂おしさにさらされながら、

「なぁ……」

 曖昧なベクトルの呟きが、少年の今を現していた。吹けば飛びそうな頼りなさ、見る者が見れば危うさを禁じえないことだろう。

「横島さん」

 と、背中から声がかかった。柔らかな温かみのある少女の声、それは思い出の少女では無いけれど、

「……っ」

 聞きなれた声に驚きを伴って振り返る。
 
 ひゅぅぅ……っ
 
 長い黒髪が吹き抜ける風を孕み、サラサラと舞い上がる。
 
 その容姿から見て取れる、清楚可憐が似合う可愛い少女。
 
 細身の身体を巫女服に包み込んでいる良く見知った顔。年のころは15、6歳くらいか? 付き合いは結構長かった。
 
 なんせ彼女が幽霊やってた頃からずっとバイト仲間だったから、

「お、おキヌちゃんっ」

 いつも傍に居る、眩しいほどの日常を司る少女。

「ど、どうして、どうやって、ここへっ」

 上ずった声が思わず口をついて出る。

「横島さんが居ると思ったから来ちゃいました」

 夕焼けで朱色に染まった微笑みがそこにあった。

「お、俺が?」

「はい」

 屈託の無い笑顔。思わず納得しそうになる……。

「いや、そうじゃなくて、いやいや、そうでもあるんだけど、そうなんだけどそうじゃない……ってどうなんだよっ!!」

 自分で自分にツッコみながら思わず頭を抱えていた。ここは東京タワーの展望台……ではない。

「だからさ、まずは……どうやってここにっ」

 東京タワー展望台の屋根、すなわち地上ン百メートルの入り口なき屋外なのだ。

 おキヌちゃんの運動神経はとてもじゃないが優秀とはいえない。ここまで上ってこれるわけが……

「私、幽霊だったとき良くここに来てたんですよ。景色が綺麗で凄く好きだったんです。だから、今でも時々幽体離脱してここに来るんです」

「あ……」

 言われてようやく目の前の少女が幽体離脱した、いわゆる生霊であることに気づく。

 そうか、幽体なら高度何百メートルでも問題ではない。横島なんぞは幽体離脱で宇宙にまで行ったことさえある。

 鳩が豆鉄砲食らったような顔でたたずむ横島を見て、おキヌちゃんは無邪気にくすくす笑う。

「そりゃびっくりしますよね。私の運動神経じゃとてもここまで来られません♪」

「あ、いや、むしろ、幽体になってることに気づいてない自分が結構情けないんだけど」

 片手で痛む頭を抱える。仮にもゴーストスイーパー資格を持つ助手がこれで良いのだろうか?

「しょうがないですよ。横島さんは幽霊時代からの長い付き合いですから、私が幽体でも違和感を感じないんだと思いますよ」

「そういう問題でええんかなぁ」

 ……まずいに決まっている。

「隣、いいですか?」

 ふよふよと空を泳ぐように傍まで飛んできて、

「え? あ、うん」

 横島に倣って屋根のヘリに足を垂らし、少年の隣に腰を下ろす。

「で、でも、おキヌちゃん身体はどうしたんだよ。下手な場所に……」

「事務所の私の部屋で横になっていますよ。人工幽霊さんの結界が守ってくれてますから少しの間なら心配ありません。あ、でも、こんな事横島さんに教えたら幽体離脱中に変な事されちゃいそうですね♪」

 クスクスと笑顔を絶やさぬまま、つむがれた言葉は横島のハートにさっくりと刺さっていた。

「そんなん言わんでくれぇっ、おキヌちゃんにセクハラしたら、俺、本気で悪者やんか」

 ダクダクと目の幅に涙流しながら必死で訴えていた。

 そんな横島の反応を見てまた楽しそうにくすくす笑って、

「分かってます。横島さんは絶対そういう本当に悪意のあることはしない人だって、私は知ってますから……それに」

 じっと横島を見つめる。

「横島さんだったら、イヤじゃないですよ」

 ズキ……ッ



 ……夕陽に染まる姿とその言葉が、鮮明にショートカットのあの少女を思い起こさせた。
 
 呆れた顔の後、

『……いやなわけないでしょ、ぜんぜん♪』
 
 飛びっきりの愛しげな瞳を見つめて……唇を重ねたあの日が……。



 ハッと現在に気持ちを戻す。

「た、たはは、『イヤじゃない』とか『俺が居ると思ったから』だなんて、おキヌちゃんも冗談きついよ」

 いいながらも幾分少年は及び腰になっていた。気づかれたくないことに……気づかれそうで、

「ホントですよ」

 そんな横島をまっすぐな瞳が射抜いた。

「え?」

「横島さんに……会いたくてここに来たんです。この時間の、ここに居る横島さんに」

 申し訳なさそうで、それで居てある種の決意のこもった瞳がじっと横島を見つめていた。

「ルシオラさんのこと……考えてたんですよね?」

 ギクリッと思わず身じろぎする。

 ……意外だった。周囲の人間は彼女のことに触れようとしない。

 少年の心の傷に触れまいとする。いつしか生まれたタブー……。

 そして、少年自身もそのキズを気にしないように以前のように振舞っていたはずだった。

『おキヌちゃんには、やっぱ見抜かれてたんだな、いや、多分みんなにも……』

 最もタブーを犯しそうに無く、それで居て、もし最初に言うなら彼女だという確信が、少なからずあったかもしれない。

「……」

 肯定を意味する沈黙。

「私、ずっとどうすればいいか考えてきました。横島さんが感じている本当の悲しさは私には分からないから……」

「……」

 『恋人の死』と『世界の破滅』を天秤にかけた少年の気持ちなど、余人には分からない。

「想像しても……それは想像の域を出ることはありませんから」

「……そっか」

 安易な気休めで『気持ちは分かるから』と言われるより、ずっと素直に受け入れることが出来た。

「でも、ルシオラさんの気持ちだったら……私にも分かるような気がします」

「え?」

 少女の言葉に一瞬色めき立ってしまう。予想外の角度からの攻撃だった。

「……横島さん私の300年前のこと、もう忘れちゃいました?」

 くすっと小さく笑う。彼女らしい優しさと意外な悪戯っぽさの同居した微笑み。

「あ……」

 目の前の少女が己の身を、妖魔・死津喪比女を倒す生贄としたことを思い出していた。

 そう、確かに……目の前の少女は、誰かを守るために犠牲になったことがあるのだ。

 それは紛れも無い過去の事実だった。

「私、家族に愛される女華姫様や寺の子供たち、村のみんな、死んだお父さんやお母さんのこと考えたら……私みたいに悲しむ人を増やしたくなかった」

 その姿を、かつての映像として横島も見た……これ以上誰も悲しませたくないからと、人身御供となる事を甘んじて受け入れた少女。

 ……少年のために命を削った蛍の化身の少女と重なって見えた。

「おキヌちゃん」

「私、孤児でした。幼い内にお父さんもお母さんも亡くして、恋人も居ませんでしたから……あの頃は私のことを『大切な友達』だって言ってくれた女華姫様を一番守りたかった」

「……」

「何としても守りたいって気持ち、少しは分かるつもりです。横島さんを助けたいって、思ったルシオラさんの気持ちが。だから、ルシオラさんは決して不満なんて無かったって思います。だって、大切な人を、守ることが出来たんだから……」

「……ルシオラは俺の事、許してくれるかな?」

 守られた人間の……切なる声。

「許すも許さないも……横島さんが苦しむほうが悲しいんじゃないでしょうか?」

「……」

「だから、横島さんが落ち込んだままだったら許してくれないと思いますよ」

「……手厳しいなぁ……」

 互いに苦笑しあっていた。

「ルシオラさんは横島さんの真っ白な未来を守ったんだと思います。……横島さんが未来に色をつけていくことを……望んでいたって思います。私はそう思います」

『同じ人を好きになった女の子の勘ですけどね……』

「私は……横島さんが私のことでずっと悲しんだままだったら悲しいと思いますから」

 ふと、黙していた少年が、引き締まった表情でおキヌちゃんをじっと見る。

「ど、どうしたんですか? 横島さん」

 あわあわと、動揺まじりに問いかけて、

「死津喪比女で思い出した……」

 半眼でおキヌちゃんを見る横島がいる。

「は、はい?」

「おキヌちゃん……あの時、俺がもうちょっとで『呪いの弾丸』持っていけたのに、あいつの本体に特攻しただろ?」

「あっ」

 思わず口に手を当てて、声を上げていた。

「あの時は、おキヌちゃん生き返れるってわかるまで、俺も美神さんもめちゃめちゃ辛かったんだぞ」

 口を尖らせる横島が、なんと言うか、

「あ、あの、その……」

「どーして、後ちょっと待ってくれなかったんだよ……本気で泣いたんだからな」

 そう言い終えると、やや悲しげな瞳でおキヌちゃんを見ていた。

「……トランシーバーから横島さんの声が聞こえて、横島さんが死津喪比女に襲われてるって思ったら……もう居ても立っても居られなくてっ」

 申し訳なさそうだが、それでも、それでも彼女にとって彼の安否は譲れないものだった。

「俺だって同じだよ。おキヌちゃんを救う方法がって思ったら、居ても立っても居られなかったよ。だから、必死でライフル持って駆けつけたんだ」

「え?」

 思わず目を見合わせる。

「……」

「……」

 しばし、互いの視線が交錯して、

「「……プッ」」

 同時に吹き出していた。

「くくく、あはははははっ」

「うふふふ、だったらお互い様じゃないですか?」

「はははは、そうだよな、お互い様だよな」

「……でも、あの時……死津喪比女に向かっていく途中で少しだけ後悔したんです」

 言いながらおキヌちゃんは虚空を見上げ、

「え?」

 横島の様子を伺う上目遣いで

「……道士様は未来に私は生き返ることができるって言ってくれました。でも、何百年も経ってから生き返っても」

 じっと横島を見つめる相貌に吸い込まれそうだった。

「もう横島さんが……居ません」

「おキヌちゃん……」

「最初に横島さんと出会った場所覚えてますか?」

「あ、あぁ」

 落石注意の看板が印象的な絶壁道路。

 バカらしいほどド派手に飾られた。シャクの薬置き場が脳裏をよぎった。

「死津喪比女に向かう途中に、あの場所の下を通ったんです。横島さんと出会った日の事を思い出しちゃいました」


−大丈夫ですかっ!? おケガは!? 私ったらドジで……!

−今、『えいっ』と言わんかったか、コラーッ!? 


「クリスマスにお洋服くれたことや……」


−ありがとうございますっ

 バタッ

−『さ、寒いのは嫌だ。ババァはもっと嫌だ……』


「不良少女さんに憑依してたのに、すぐ私だって気づいてくれたことや……」


−おキヌちゃん……おキヌちゃんだろ!?

−え……


「色んな事を思い出していくうちに、もう横島さんに会えないんだって思ったら……」

 うつむいて瞳が潤んでいく、溢れた雫がポロポロとこぼれて

「どうしようもなく切なくて泣きたくなっちゃいました」

「おキヌちゃん……」

「でも、何よりも横島さんに生きて欲しかったんです」

 遠く夕陽を眺める少女は美しかった。

「だから、ルシオラさんの気持ち……近いものが分かると思います。ただルシオラさんが少し羨ましかったりもしますけど」

「え? あの、それってどういうこと……?」

 心底?マークをうかべる横島におキヌちゃんは軽く頬を膨らませた。

『もぉっ、横島さん鈍感なんだからっ』

「横島さんにそこまで想われるルシオラさんが羨ましいんですっ」

 拗ねたように、プイッとそっぽを向く

「え? えぇっ!」

 おキヌちゃんは伺うように、ゆっくりと振り返りながら

「……気づいてないんですか? 私だって、横島さんのことが大好きなんですよ。だから、ルシオラさんの気持ちなら分かる気がするって言えるんですっ」

 呆れたようで、少し熱に浮かされたような……告白。

 おキヌちゃんは横島の肩に自分の頬を預ける……幽体だから、そこに重さの感覚は無い。

 けれど、横島の脈拍を跳ね上げるには十分効果があった。

『だ、大好きって、いや確かに前にも言われたけどそれってどっちかっていうとそういう意味じゃなかったんじゃ……?』

 二人の顔が朱色なのは斜陽にさらされているせいだけではなかった。

「ルシオラさんが事務所にいたとき、私、まだまだ自分の気持ちがどういうものか確信が持てませんでした。でも……はっきり分かっちゃいました」

 一直線に真横にある横島の瞳を捕らえ、

「大好きです。横島さん」

 斜陽に染まる巫女服姿の少女は、横島でも理解できる明確な言葉を紡ぎだした。

 この言葉を言ったら後戻りは出来ない……それでも、時計の針を進めることは出来る。横島の心の中で止まってしまった時計の針を、

 それはここに来ると決めたときから、並んで夕陽を見るときにと誓っていたから少女は迷わなかった。

「あ、えっとその、あの……」

 逆に全く覚悟していない横島は完全な不意打ちくらった状態。
 
 誰が見てもはっきり分かるくらいの狼狽ぶりが実に横島らしい。

「あ、ありがとう」

 とっさに意味不明な受け答えをしていた。

 おキヌちゃんは一瞬目をパチクリさせて、頬を赤らめて微笑む、

 クスクスと可愛らしく微笑っていた。

 十分だった。横島に誤解無く気持ちが伝わったことが確信できたから。

「私は横島さんが好きです。あけすけで正直なところも底抜けに明るいところも誰よりも優しいところも……ちょっぴりエッチなところは……その、ほどほどにして欲しいんですけど、テレ屋さんなところも全部です」

「おキヌちゃん……」

 心が震える。こんな近くに……これ程自分を想ってくれる少女の存在が、

「俺……」

 少年の胸の凍てつきに、温かい何かを

「横島さんが大好きなんです。胸が苦しくなるくらい」

 強く吹き込む。

「そうだ、俺……」

「……?」

「おキヌちゃんがさ、幽霊だったとき……バレンタインだったかな? そうだ、隣に小鳩ちゃんが引っ越してきたときだ」

「それがどうかしたんですか」

 温厚なおキヌちゃんもさすがにムッとしていた。
 
 そりゃムッとするだろう。せっかくの告白中に別の女性の名前が出たら。

「いや、あの日さ。おキヌちゃんのチョコをおかずにご飯食おうとしたら、おキヌちゃん苦笑しながら、おかず探しに行ってくれたろ?」

「あ、はい。そう言えば……」

「あの時さ、いい娘だよなぁ、おキヌちゃんに身体が有ったら最高だよなぁ、とか思ったんだよ、俺」

「え?」

「ホントすごい性格よくて可愛くて家事堪能なのに幽霊? ちくしょーって感じでさ」

 思い出しながら、実に横島らしい、ちくしょーな感じの苦笑い。

「あ、あのそれって……」

「俺んとっておキヌちゃんは特別だって事思い出せたわ」

 関西弁のイントネーションでニカッと笑う、

 この場所では出来なかった久しぶりの笑顔。

「なっ、おキヌちゃん……」

 横島忠夫という少年らしい笑顔で、それでいて、何か乗り越えたそんな深みのある瞳を向けて、

「は、はい……っ」

「ずっと俺と一緒に居てくんないかな?」

「……」

 斜陽に染まった風景の時間が止まる。

「……はい、喜んでっ」

 たおやかな笑顔で巫女服姿の少女は応えた。

「横島さんが横島さんだから……私はずっと傍に居ます」

「たはは」

 ちょいとばかし困ったように、ひとしきり苦笑して、

「……だよな、俺は俺らしく、か、でなきゃルシオラもがっかりだ」

「私も」

「?」

「がっかりしちゃいますから」

 小さな上目遣いに、なんというか、対抗意識というか、微妙なニュアンスが含まれていることだけはなんとなく横島にも分かった。

「そ、そっか」

 ひとしきり冷や汗を流し、

 ややあって、立ち上がり、横島はスゥッと胸いっぱいに空気を吸い込む、

「よっしゃ、いっちょいくかっ」

 今にも沈みそうな夕陽に向けて声を上げる。

「ルシオラッ、ありがとうな、俺を好きになってくれて、俺を助けてくれてっ!! 俺、目いっぱい生きるよ。そんで、生きてるうちにもう一度おまえに会って見せるからなぁっ!! 両手に花が俺の好みだしなっ!!」

 遠い空に向けて、今は亡き少女に届けとばかりに吼えた。

 夕焼けの空にルシオラの笑顔が瞬いたような気がした。

 ただの気のせいだろう……けれど、実際にルシオラが居ても微笑んでくれたと思う。

 重苦しさは吹き飛んで、晴れやかで、それで一さじくらいテレを含んで隣の少女をじっと見つめた。

「ありがとうおキヌちゃん」

「どういたしまして」

 にっこりと満面の笑顔でおキヌちゃん。

「ところで、横島さん」

 全く変わらない笑顔で

「ん?」

「『両手に花が俺の好み』ってどういう意味ですか?」

 ビキィッ

 笑顔のままなのに、幽体のはずなのにこめかみに青筋浮かべたおキヌちゃんが、まっすぐ横島を見据えていた。

「いやあの、それは……」

 ダラダラとまとわり付くような脂汗が、横島の全身を濡らす。

 おキヌちゃんがジリと迫れば、横島が少し後退って、

「両手……ってことは私一人じゃ不満ってことですか?」

 ジリと迫り……後退り、繰り返すうちに後一歩で空中散歩だ。横島にはもう後は無い。

「いや、ちょっと待っておキヌちゃんホンの少しのボタンのかけ違いというか、ただ単に言葉のあやというか、なんと言うかだな」

「横島さんの」

 右手を振りかぶる

「バカァァアァァァァァッ!!」

 ズバシィィィィッ!!

「はぶらぁぁっ!!」

 平手が横島の左頬に炸裂し、

「え?」

「あ……」

 バランスを崩した横島の身体は綺麗に虚空に踊っていた。

「はぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「あぁぁぁぁっ!? よ、横島さはーんっ!!」

 万有引力の法則に従って、コードレスバンジージャンプを敢行した横島の絶叫が夕焼け空に木霊していた。

 きっと、横島なので「あー死ぬかと思った」とか言って無傷で現れるだろうが、

 とにかく……きっと、以前の横島だろう。


 そんな情景に、夕陽が笑っているように見えたのは気のせいだろうか?

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