ザ・グレート・展開予測ショー

栄光の手・目覚めの時!(3)


投稿者名:aki
投稿日時:(06/ 7/25)

美神令子除霊事務所。
GS業界はそう広い世界ではないが、その中で随一の実力と実績を誇り、実働戦力も多彩。
その建物にすら力を持つ魂を宿し、住人も普通ではないという、ある種の人外魔境。
そこに今日も元気な声が響いた。

「ちわ〜っす」

「ああ、おはよう、横島クン」

ただの挨拶であるのに、あでやかな声が響く。
とは言え、それは彼女にとっては普通の声に過ぎないが。

事務所所長、美神令子。
その美貌、強さ、悪辣さ。
様々な評価があるが、業界に咲いた美しき華である事は間違いない。

ここ最近、険がとれ、より美しくなったとの評価も一部で上がっている。
その理由がどこにあるのか、本人は決して認めはしないが、先の挨拶に
含まれた感情こそが答えなのだろう。

「今、すぐにやる事はありますか?」

「ん〜、今は私が書く書類があるだけね。
いつものように待機していてくれればいいわ」

「うい、了解っす」

出勤後、横島は所長の令子らと気持ちの良い挨拶をする。
その日の仕事の確認をまず行うようになった横島に対して、令子は待機を命じる。
いくら気易い関係とはいえ、ここは職場。
これが当たり前になった事は、あの横島からしてみれば奇跡だろう。
セクハラという名のおちゃらけが少なくなった事が何より奇跡だが。

「書類仕事でお疲れのようですし、なんなら肩でもお揉みしましょうか」

「いいわよ別に」

にこにこと言うより、ニヤニヤとしながら揉み手をする男に肩を揉ませる程令子も甘くはないが
こういったやりとりの時も令子は優しく微笑みながら断るだけである。
場合によっては抓ったり、パンチが飛ぶ時もあったが、それもコミュニケーションの一環と
呼べる程度のものだ。
おキヌやシロは、このどこかしら甘い雰囲気に反応してしまいたくもなるが
無理に介入する程でも無いので均衡が保たれていた。

しかし、今日はその平和な常とは少し異なっていた。

「あれ、おキヌちゃんとシロは出掛けているんですか?」

「ええ、おキヌちゃんは買い物、シロは散歩よ」

その疑問に答えたのは令子ではなくタマモだった。
壁に寄りかかりながら何か雑誌を読んでいたようだが、横島が来室しても興味を示さないどころか
全く動きを見せなかったので、そこにいきなり現れたかのようだ。

「そうか。じゃあ美神さん、こっちは適当に暇を潰しています」

「私も居間で遊んでいるわ」

「ん、わかったわ」

互いに目配せをし、廊下へと出ていく二人。
書類に没頭する令子は当然、そんな様子には気がつかない。

おキヌは買い物、シロは散歩。つまり、機会は今。

そう思いつつも、タマモは黙って横島の手を握り、居間へと連れ込んだ。

「さて、必要な話をする前に、まずは文珠を1個出して」

「いきなりだな。…っと、ほい」

タマモは受け取った文珠を掌に握り込み、しばし念じた。

「で、これをこうして」

【眠】と刻まれた文珠が、その白く細い手で床に叩き付けられる。
それは館を管理する霊魂へと効果を及ぼした。

「おやすみなさい、人工幽霊」

そして館に宿る魂は声を立てる暇すらなく沈黙させられる。
以後、しばらくは目を覚ます事はないだろう。

「そうくるか。確かに、人工幽霊に見張られていちゃあ何もできないけど
それにしたってやりすぎじゃないのか?」

「そうは言うけど、横島はこういう方面だったらやる気になるでしょ。
逆に真面目な修行なんか似合わないわよ」

「まー、そうかも知れんがな」

タマモからの提案。それは、覗きを利用した霊視の修行である。

最近は横島の覗きは皆無と言っていい。
しかしそれは、何も彼が良識に目覚めたからではない。
いや、多少は大人になったのは確かであるが。
事実、覗きはしていなくても言葉、あるいは身体接触によるセクハラは
内容がソフトになり、回数こそ減ったものの止めていない。

何故覗きが減ったのか、その答えは単純だ。
覗きを行って毎度のように瀕死になる横島を哀れに思ったのか
人工幽霊が事前に横島を妨害するようになったのである。

扉を開けない、窓の鎧戸を閉める、屋上を封鎖する。
そういったごく当たり前の手段ではあるが
建物に妨害されては、さすがの横島とて覗く事は難しい。

「で、お前、俺に本当に覗きをやらせる気か?
最近はやってなかったというのに、俺に火をつけてどうする。
自分で言うのもなんだが、俺の煩悩は筋金入りなんだぞ」

過去、文珠で透視するなどの手段は、可能であるのに行った事は無い。
彼にとって覗く事そのものも大事だが、それに付随したスリルも重要だからだ。
令子を覗く場合には、折檻される事によるスキンシップのおまけも付く。

しかし人工幽霊の優しい妨害により、結果として覗かなくなった横島に令子も優しく
接するようになり、それに横島も満足した事で、今の平穏が築かれたのだ。

さすがの横島にも、その平穏を崩す事や、スリルが足りない点から言っても
今回の提案はデメリットが大きいように思えた。

「大丈夫だって。ちゃんと幻術でフォローするから。
それに、さすがに私もいきなりシャワーを覗けとは言わないわよ」

ここまで乗り気なタマモに不穏な空気を感じなくもないが、協力すると言うのなら
やぶさかではない。

「ふう、じゃあ、やってみるか。それで何をどうすればいいんだ?」

「そうね、今日の美神さんの服装は?」

「いつものボディコンだな」

「じゃあ、それを下から覗いたとしたら、どうかしら」

「まさか、触手の先に目でもつけろと?」

横島の脳裏に、ゲームで見たモンスターが浮かぶ。
どう考えてもイメージが悪い。今更かも知れないが。

「別にそこまで変な力に目覚めなくてもいいわよ…。
そうじゃなくって、触手の先から覗く事に集中すればいいだけ」

「どういうことだ?」

「霊能は、それを認識する事から始まるわ。霊視なら、霊を見る事。
攻撃能力なら、攻撃意志の発露。遠視なら、遠くの景色をイメージする事。
全て強いイメージから始まるのよ。もちろん、才能が無いなら駄目だけど」

「うーん。いつも土壇場で目覚めた力ばかりだからなあ。
座禅やらの精神集中法も教わったが、どうも苦手だし」

「だからこそよ。横島だからこその修行。これほど優れた方法は他にないわ。
触手を用いるから遠視とまでは言えないけれど、これができるようになれば
攻撃範囲も飛躍的に増えるし、やって損はないはずよ?」

「霊能は、感じる事から始まる、か。納得できそうで、どうもその説明は胡散臭く感じるが…」

「そんなことないわよ。私がちゃんと考えてあげたのに、不満?」

下から覗き込むような目線を受け、ぐっ、と言葉に詰まる横島。
さすがにこれだけの美少女が行えば、必殺の威力になる。

「ううっ、わかったよ…」




こうして、事務所の平穏を乱すタマモの悪戯は始まった。










〜栄光の手・目覚めの時!(3)〜










令子のいる執務室のドアがゆっくりと開く。
当然令子はそれに気付き顔を上げるが、タマモの姿しかない。

「あら?横島クンは?」

「ん、なんか調べ物するとか言ってたわ」

「ふふっ、感心感心。最近はいい感じじゃない」

横島は最近ようやく自分から基礎的な知識――といっても未だおキヌが以前使っていた
教科書を読む程度だが――を吸収する姿勢を見せるようになった。

雇用主としてもそうだが、以前から横島を見守ってきた令子としては嬉しい限り。
この調子なら、いずれは本当に共同経営者になってもいいかも知れない。
そんな事を思いながら嬉しそうに微笑む令子であった。

しかし、幸せな思いを台無しにするものが、背後から迫っていた。

床を這うように進む触手はそれほど強い霊波を発している訳ではないが
かといって超一流の霊能力者である令子が気がつかない筈はない。

タマモが幻術で触手を隠していたために、未だ令子は気付かないのだ。
霊波も隠す高度な幻術であるが、あまりにも無駄な使用方法である。
部屋の入り口から覗き込み、触手を操る横島の姿も、令子には当然見えていない。

「今日は仕事はまだないの?」

「今のところはね。ただ、もうすぐ突発で入るかも知れないわ。
さっきから、何かが起こるような霊感を感じているのよ」

「ふ〜ん」

さすがと言うべきか。
何が起こるかまでは予想できなくても、幻術で隠されたものに気がつかなくても、何かを感じている。
タマモは自らの大家への警戒レベルを改めて設定し直した。

「まあ、私と横島クンだけで済むような、ちょっとした仕事だと思うけどね。
念のためだけど、特に用事がないなら、事務所に居てくれると助かるわ」

「そう。じゃ、私は居間に戻るわね」

そう伝え、部屋から立ち去るついでに、触手が通るだけの隙間を残した入り口を
しっかりと閉じたように見せる幻術も仕掛け、横島と共に居間へと戻っていった。




「本当に気がつかれないものなんだな…」

「まあ、せこい幻術だと逆に気がつかれないものよ。命に関わるようなものじゃないし。
いくら相手が美神さんだって油断しているなら平気よ。霊視ゴーグルでも使われたら
話は別だけどね」

「そういうもんなのか」

横島は、タマモが仕事で幻術を活用している場面を思い浮かべようとしたが
思い当たらなかった。せいぜい、狐火で牽制する程度だ。
なんでこんなに強い力を持っているのに、仕事で手を抜くのか?
と思いつつ、まあタマモだからと納得する。

会話しつつも、令子の下方に配置した触手に集中し、ローアングルからの霊視を試みていた。

「んじゃまあ、ちょっとやる気を出してみますか…煩悩集中!」

凄まじい霊波が横島の身体から、触手から放たれる。

「そうだ。手の先端から感じるんだ!秘境を!魅惑のバミューダを!」

高まる霊波。ぼんやりと横島の脳裏に浮かぶ令子の姿形。その足、その先の秘境。

「むうぅぅぅ、いまいちよくわからんっ」

その時、タマモから大きな声がかかった。

「横島、それはっ!?」

そのタマモの目線と指先を追うと、そこには懐かしいものがあった。

「これは…心眼!?」

栄光の手の小手にある宝玉に、目が浮かんでいる。
それはまるで猫目石のように輝いていた。
横島の師であり、GS資格試験を共に闘った戦友。
自らを守り、消滅したはずの姿がそこにあった。

しかし、驚いている間に心眼は消えてしまった。
栄光の手を消して、また出現させてみるが、今度はただの宝玉のままだ。

「あっ、消えちゃったわね。で、今の何?」

「あれは心眼って言って、GS試験の時に力を貸してくれた師匠、いや
戦友だったんだよ。小竜姫様が俺のバンダナに竜気を注いで生まれたんだ。
俺を守って消えてしまったんだけどな」

「ん?じゃあ、今のはそいつの幽霊?でもそういう感じじゃないわね」

「あいつは式神みたいなもんじゃないかと思っていたんだけどな。
それなのに幽霊ってのも変だろう?」

しばらく米神に指を当てて考えていたタマモだったが、答えを見つけたようだ。

「ああ、要するに横島の一部だったってことでしょ、最初から」

「へ?」

「つまりね、横島の能力に、龍神の力で一時的に人格を与えていたようなものよ」

「そうか…」

どこか遠い目をする横島だったが、そんな顔など似合わないとばかりに
タマモから痛烈な突っ込みが入る。

「それにしても…触手の根本に目玉まで付いたら、まんま烏賊よねえ?」

「って、おまえなあ。人がせっかく思い出に浸っていたのに」

見た目のイメージの悪さは横島本人が一番気になっているだけに
心眼も含めて烏賊などと言われては二重に落ち込まされる。

「まあそれはともかくとして、成果はどうだったの?」

「うすぼんやりと、形はなんとなくわかったかも」

「それじゃあ弱いでしょ。それが本当に見たかったもの?違うでしょ。
求めるものはもっと高みにあるはずだわ」

「うーん。そうだなあ」

なんでこいつはこんなにやる気に満ちているんだ、と横島は疑問に思ったが
その答えはすぐ背後にあった。

「それで横島クン?なんの形がわかったのかしら?」

「それは魅惑の三角地帯…って、うわぁ!」

先程の煩悩集中によって高まった霊力、それを令子は感知していた。
触手からの霊波はタマモが隠していても、居間にいる横島の霊波は隠されて
いなかったのだから当然だ。

何か異常を感じればすぐに人工幽霊に確認を取るが、その人工幽霊からの反応が無ければ
ますます異常を感じて調査に入るのも当然。

つまり、この状態は起こるべくして起きた事。
それらが誰の仕業、というより、本当は誰の演出によるものなのかは
令子も横島も気がついていなかったが。

「わざわざ人工幽霊を眠らせてまでなんて…ずいぶんと手の込んだ話ねえ?」

バチバチと霊波が火花を上げる音を立てながら、ゆっくりと近づく。
顔は笑っているが、明らかに笑っていない。なにより全身から放つ霊波が危険だ。
久しぶりに味わう恐怖にさらされ、横島は蛇に睨まれた蛙のように動きを止めていた。

ちなみにタマモは瞬時に幻術で自分の姿を消している。もう逃亡しているだろう。
人工幽霊は未だ睡眠中、おキヌも、シロも居ない。
まさに孤立無援、誰からのフォローも入らないのも久しぶりだった。

「怒らないから、正直に、言ってごらんなさい?何をしていたのか」

「え、えっと、新技の練習ですっ」

「それで?新技ってのは何かしらね?」

「れ、霊視です」

「ふ〜ん。その対象は?」

「み、みみみ美神さんの…」

「私の何を霊視しようとしたのかしらねえ?」

「そ、それは」

ふぅ、と令子は溜息一つ。
それと共に、先程までの霊波、いや殺気が霧散した。

「横島クン、最近はこういう事しないし…
頼りになってきたと思っていたのに…
その矢先にあんたって奴は…」

ボソボソと俯いて喋る令子の声は横島に届いていない。

「え、なんです?」

「ちょっといい感じなんて思ってた私が馬鹿だったわ!」

「えっ、それってひょっとして、グハッ」

令子は瞬時に先程の霊波を身に纏い、それを拳に集中させ横島の鳩尾を一閃する。
令子からの折檻の際には、多少は急所をずらして身を守っていた横島だったが
台詞に動揺したのか、まともに喰らってしまった。

ああ、でも、昔みたいなこういうのも幸せかも知れない。

消失しかかる意識の淵でまでそんな事を思う横島は、確かに幸せだろう。




「はっ!?」

横島がようやく意識を取り戻してみれば、あきれ顔で自分を見下ろす令子の顔。

「す、すいませんでした〜!」

すかさず寝ていたソファーから降りて土下座に入る横島を生暖かい目で見つめながら
殊更事務的な態度で令子は話し始めた。

「あんたが寝ている間に、仕事が入ったわ。それも三件。
うち二つはちょっと遠いから後日に回すとして、もう一つは近場、報酬も安いから
今夜中に片付けるわよ」

「は、はいっ、了解です。荷物はいつものようにまとめてあるのですぐにでも出られます」

それでも令子は動かず、じっと横島を見つめたままだ。

「美神さん?」

「…大したことない仕事だけど、一応身を清めてから出発するつもりよ」

「すんません、覗きませんからっ」

またまた土下座に入る横島を見て、溜息をつきつつも何か閃いてしまう。

「さっき、霊視の修行とか言っていたわね。
栄光の手を伸ばして、そこから霊視するって意味でしょう?」

「は、はい、そうっす。形がわかるかわからないか程度っすけど」

「ちょっとそれ、ここで見せてみなさい」

「はい」

そして発動する栄光の手、触手バージョン。略して栄光の触手。
それを見た令子の表情は、何とも言い難いものだった。

「なっ…なんとも微妙な見た目ねえ、それ…」

「これで敵を捕らえて、攻撃もできます。かなりの距離まで伸ばせるし。
だから、霊視も出来たら完璧じゃないかと思いまして…」

横島は自信がなさげに話している。
でも。
栄光の手から伸びる、金色に輝く5本の触手。
令子の目からしてみると、さらなる変化が訪れるようにも見える。

さっきの霊感は、仕事なんかじゃなくてこれか。
文珠にばかり目がいくが、彼の能力の真髄はこの変幻自在さにあるのかも知れない。
もしかしたら、さらに化けるかも。そう期待させられる。

「ふぅん…。いいわ。浴室まで栄光の手を伸ばしても」

「へっ?」

「私の裸を拝もうなんて10年早いと言いたいところだけどね。
霊視で挑戦する姿勢は気に入ったわ。やれるもんなら、やってみなさい」

「い、いいんすか?」

「ほら、行くわよ」

令子が閃いたのは、月から還ってきた時の事件の顛末。
あの時、横島は意外な、ある意味妥当なきっかけで失った記憶を取り戻したのだ。

…彼女の裸で。

自分が関わる事で、新たに霊視に目覚めたら面白い。
今回は直接見せる訳でもないし、ヒャクメのような正確無比で強力な遠視など
到底無理だろうが、もしかしたら。それに、自分をきっかけに新たな霊能に目覚めて欲しい。
そんな期待を持っていた。

横島の霊能の前に身体を晒す理由はそれだけではなかったが、それを口にする事はない。
彼女の肌の色だけが、それを物語っていた。




「さ、まずはこの中に栄光の手を伸ばしてね。
そしたら、居間で待機してなさい」

令子は浴室の入り口に横島を立たせ、指示した通りに動かさせる。
浴室の床、天井など、四方に触手を配置させた。
栄光の手がうにうにと伸びる様を見て先程の決断を少し後悔したが
今更後に引くような性格はしていない。

「言うまでもないけれど…こっちには入るんじゃないわよ?
もちろん肉眼での覗きも禁止。もし守れなかったら…」

令子は先程の怒りのオーラを一瞬纏う。

「わかっております、マム!」

そこから逃げるように、いそいそと廊下に出る横島の背中を見つめながら見送った後
令子は素早く服を脱ぎ去り浴室へと入っていった。




「ふう…しかし美神さん公認か。なんでこうなるんだ?
ま、まさか、誘惑されているのか俺!すげえぞ俺!
…って、そんな訳ないよなあ」

この場合は、彼の妄想や欲望のまま突き進む方が正解だったかも知れない。
何しろ、今は横島と令子二人っきりなのだから。
しかし、突き進んだ所で男女の機微など弁えない彼ではどのみち上手くいかないだろう。
先程令子にノックアウトされた後に目覚めた時、何故かソファーに寝ていた事に気がつかない
ようでは絶望的だ。

「まあいいや、今度は本気でやるか。…煩悩全開っ!!」

先程煩悩を集中した時をはるかに上回る霊波が横島の全身、そして栄光の触手から
放たれる。

「…きた、きたきたきたきた〜!」

令子を下から見た時よりもはるかに鮮明なイメージが脳裏に現れる。
しかし結果は、横島の求めていたものとは大幅に異なるものだった。

「く、くうっ、だめだ、鮮明な画像で詳細なデータのはずなのにっ。
求めているのと違うっ」

脳裏に映る映像は、白・赤・橙・黄・緑・青・紫・黒で構成されていた。
わかりやすく言えば、サーモグラフィーとそっくりだった。

「苦労しておいてこれかー!」

実際の所、大した苦労はしていないのだが、降って湧いたチャンスを
棒に振ったショックは大きかったようだ。

「チクショー。なんだかとってもチクショー!」

横島の叫びはまるで怨嗟の声であったが、その影響を受けてしまったモノがあった。
その事に横島は気がつく事もなく、ただ地団駄を踏んでいた。




令子は浴室内に張り巡らされた触手を目に入れないようにしながらシャワーを浴びていた。

「うーん…やっぱり、あまり気持ちのいいものでもないわねえ…」

やはり見た目のイメージは大切だ。
この手のモノに嫌悪感を抱くのは普通である。
令子の場合は怪異に慣れているので、口で言うほど気にはなっていなかったが。

突如、浴室全体が光に包まれたかのように輝く。
咄嗟に令子は身構えたが、それが横島の霊波である事にすぐさま気がつき、気を緩めた。

「どうやら始めたみたいね。それにしても、凄い霊波…。
冥子も超えちゃっているんじゃないかしら」

人類最凶、もとい最強の霊力を誇る六道冥子にも勝る霊波。
常に出せる力ではないにせよ、ここ一番でこれだけの霊波を出せるのならば文句はない。

「さて、どの程度見えるもんかしらね。
あいつの事だから、上手くいかなくて泣くのがオチじゃないかと思うけど」

令子の独り言は彼女の本音ではなかったが、実情をよく表していた。
しかし、その幸せな独り言は長くは続かない。

「ッ!」

突如、自分の周囲にあった栄光の手が絡みつく。
両手、両足、胴体。身体の各所へと。

「な、なんだってのよっ!」

その動きは制御された動きではなかった。
全てが令子へと向かった訳ではなく、シャワーヘッドにも絡みつく所を見ると
横島の意志ではないようだ。

「まさか暴走だというの?っく、あのバカ!」

なんとか振り解こうとするも、武器も無ければ足場も悪い。
さすがの令子といえども、分が悪かった。

「助けを…って、駄目か」

人工幽霊は未だ睡眠中。
おキヌもシロもタマモも居ない。
横島を呼ぶと、まずい事になりそうな気がする。

そうこうしているうちに、ますます栄光の手が絡みついてくる。
特に身体の特定の部分を狙っている訳ではないが、全身を這うように
絡みついている以上、そのうちまずい事になるかも知れない。

いや、既にまずい事にはなっていた。

「うっ、くっ、うぅっ…何よこれ…」

身体に巻き付く触手は、荒々しく自分の身体を触る横島の手を連想させた。
しかも全身を拘束され、動けない状態にある。
それはまるで、横島に強く抱きすくめられているかのようにも思える。
そう思った瞬間、ますます力が抜けていくように感じてしまう。

「くっ、ま、まずい。これはまずいわっ」

霊力が奪われている訳でも無いのに力が抜ける状態は、令子にとって
未知の恐怖にも近いものがあった。

顔を真っ赤にしながらも、気合一閃、なんとか抜け出そうと試みる。

「はあっ!!」

霊波を全身から放ち、触手がわずかに身体から離れた隙に浴室内から脱出した。
素早くバスローブを回収するのも忘れない。

息をつく間もなく、バスローブを纏っただけの姿で脱衣所から駆けだし、浴室から
居間へと続く触手を踏みつけながら居間へと駆け込んだ。

「このバカ横島っ!あんたねえっ!」

「ああ〜もったいねえぇぇ!せっかくのチャンスなのにー!」

そのまま令子は横島を殴ろうとしたが、ゴロゴロと転がりながら叫んでいる横島の姿を見て
そんな気も失せてしまった。
かといって言葉で説得するのも面倒なので、横島の頭を小突いて正気を取り戻させる。

「横島クン!もう、いい加減正気に戻りなさい!」

「あ、あれ?美神さん?」

「まったくもう…今、あんたの能力が暴走していたのよ。
冥子ほどじゃないにしても傍迷惑だから気をつけなさい」

「ええっ!?暴走ですか?一体何があったんです?」

と聞かれても、濡れ場を演じかけたとは言えない。

「…いいわ、気にしなくて。とにかく栄光の手はもう引っ込めなさい」

顔を真っ赤にしている令子を見ると、横島としては反射的に謝罪してしまう。
怒りとは違う理由で顔を赤くしていたのだが、そこも誤解してしまった。
もしここでその理由に切り込んでいたら、また違う結果もあったかも知れない。

「うっ。なんだかよくわかりませんが、すいませんでしたっ」

本日三度目の土下座を行う横島を見ると、なぜか殴りたくなってしまったが
令子はなんとか自省し、自らの中に渦巻く様々な感情を抑え込んだ。

「ふう。仕事の開始時間は遅らせましょう。しばらく頭を冷やしていなさい。
私ももう一回シャワー浴びてくるから」




いそいそと浴室へと戻り、先程の事を思い出しながらシャワーを浴びていたが
思い出すとどうにも身体が火照る。いや、思い出すまでもなく身体は火照りっぱなしだった。

「責任…って、そんな事言える訳…うーん」

何事か独り言を言いながらシャワーを浴びていたが、ますます身体は火照っていく。
結局、火照りきった身体を冷ますために、冷水のシャワーを浴びる羽目になった。

「私が頭を冷やさなきゃ。はあ」




「なんだかんだで上手くいったみたいじゃない」

令子が居間から出て行った直後、いきなり後ろから声がかかる。

「なっ、タマモ?お前、まさかずっとそこに居たのか?」

驚いた横島が後ろを振り返ると、微笑む女狐の姿。
幻術で姿を隠しながら、様子を窺っていたのだろう。

「だって、私まで殴られたくないもの」

「いや、助けてくれたっていいだろうに」

がっくりと肩を落とす横島へ向けて、にっこりと気持ちいい笑顔を魅せるタマモ。
もちろん、裏ではロクな事を考えていなかったが。

ふふっ、本当にいろいろと良い物を見せてもらえたわ。
計画通り、いえ計画以上ね。
特に殴り倒した横島を寝かせる美神さんの表情なんてもう最高!
…ああ、カメラを準備しておくんだったわ!

そんな事を考えている様子など微塵も見せないのはさすがと言うべきか。

「そう落ち込まないの。私が今度はシロと同じようにしてみるから」

「ん?なんだ、また修行しろってか?」

「そうよ。さあ、さっさと始めるわよ」

そう言ってタマモは事務所の庭まで横島を引き摺っていった。

「じゃ、早速いくわよ」

「おいおい…」

既にタマモは幻術で隠れてしまったようだ。
普通にしていると全く感じられない。
おまけに、周囲は夕闇。
普通に隠れただけでも見つけるのは難しそうな状況だった。

「全く、人が落ち込んでいる時に」

文句を言いながらも横島は栄光の手を出し、触手形態にする。

「だいたいなあ、全くわからないのにどうやって…って、あれ?」

しかし栄光の触手を周囲に展開させると、木の陰に身を隠す
タマモの姿が、そこだけ輝いているかのようにはっきりと認識できた。

「そこか?」

疑問に思いながらも、木の陰に触手を回すと、目には見えないが脳裏に浮かぶ
タマモの姿が動いていくのがわかる。

「うりゃっ!」

本気を出して触手を操り、タマモの全身を捉えた。
すると、幻術が解けたのか、自分で解いたのかはわからないが、タマモの姿が現れた。

「はあ。思った以上の性能なのね、それ」

捕まっておきながらもタマモは余裕の笑みを崩さない。
それを見て、横島も悪戯心が湧いてくる。

「そういえば、さっきもそうだが、いつもいつも世話になってるよなあ?」

「は?」

「もちろん、悪戯のお礼をしないといけないなって話だよ。どうしてくれようか?うーん」

くっくっく、と笑う横島を見て、冗談だとは思いながらも、状況が状況だけに
さすがのタマモも少し顔色が悪くなる。
顔色が悪くなりつつも、目が輝いているのはご愛敬か。

「先生!?何をしているんでござるか!?」

その時、タマモにとっての救世主、かどうかはわからないが、相棒の声が響き渡った。

「シ、シロ、助けて〜。汚されるぅ〜」

「人聞きの悪い事を言うなー!」

実情はともかく、見た目はいかにもまずい。

「は、はははは。先生はそんな事しないに決まっておりまする。
拙者は信じているでござるよ」

と言いつつも、シロの目は横島とタマモ双方を威嚇しているかに見える。
タマモがわざわざ低レベルに抑えた演技をしていなければ、いくらシロとて
愛しの先生に天誅を下していたかも知れない。

「そうかそうか。うん、可愛い奴だなあ。お前は良い弟子だ」

そう言いながら横島は栄光の手を消してシロを撫でる。

「くぅん」

どうも横島の台詞も態とらしいが、ここ最近ますます飼い慣らされた感のある
シロとしては、細かい台詞などよりも今撫でられている方が重要だった。

タマモとしては、こうした光景もまた見ていて楽しめるものであるので、特に何か言う事もない。

そんなシロの幸せなひとときも、唐突に響いた声に中断された。

「横島さん、美神オーナーが仕事の件でお呼びです。執務室へといらして下さい」

どうやら人工幽霊も目覚めたようだ。

「それから、文珠を使って眠らせられるのは以後やめて下さいね」

「すまんすまん。ほら、タマモもあやまっとけ」

「ごめんね、人工幽霊」

「それじゃ俺は美神さんの所に行ってるからな」

横島は素早く立ち去っていく。
仕事に関する打ち合わせとなると彼の行動は早かった。




「タマモ」

「…なによ?」

「いちいち細かい事まで聞こうとは思わぬし、お主が先生を認めてくれたのは嬉しく思うが…
渡さないでござるよ?」

「誰も盗りゃしないわよ。むしろ協力してあげたっていいのよ?わかっていると思うけど
美神さんは強敵よ?今日なんてね、けっこう凄かったんだから」

「…そうでござるか」

横島が立ち去った後の庭で、シロは若干歪められた情報を伝えられていた。
どこが歪められていたかは、無論タマモが関与していた事を省いている点に関してである。
シロとて違和感は感じているものの、最大の強敵についての情報収集を優先していた。

こうして、事務所内の恋愛模様は昏迷を深めていく。




同時刻、事務所近隣の商店街では、長い黒髪の美少女が鼻歌を歌いながら
買い物を楽しんでいた。

「今日の晩ご飯はなににしようかな〜♪」

おキヌは未だ事務所の空気が変わった事を知らない。




夕食後、さっさと仕事を終わらせる事を選択した令子は横島を伴い
事務所から程近い現場へと到達していた。

廃ビルに潜む悪霊の除霊が今回の目的であるが、弱い悪霊が数体いる程度である。
依頼料も令子にとっては安く、難易度も低い。本来なら横島一人でもいいような仕事であった。

それなのに何故か令子と横島の二人がかりで行うという令子の選択に、他の職員から
非難の声があがったが、それらを黙殺し強行採決したのだ。

そこまでして二人だけになった理由は、横島の能力を実地で確認するため。
本来は師弟関係のはずの令子と横島であるので、余人を交えずに実戦で訓練するのは間違っては
いないのだが、令子には横島の新たな能力を他の連中に見せたくない、まずは自分の目で確かたい
という思いもあった。

実際は、手遅れもいい所であったが。

廃ビルの周囲に結界を張り、ビルの中に入り込むと、令子は周囲の安全を確認してから
横島へと向き直った。

「さて、仕事を始める前に能力を確認させてもらうわよ。
今度は、目の前にいる私を霊視してみて」

「でも、変な映像で役に立つのかよくわからないっす。
サーモグラフィーみたいな感じなんですよ」

「ふぅん。仮に霊力じゃなくて熱源の探知ができるとしたら…。
使用できる場面は限定されるけど、どっちにしろ役に立たないって事はないわ。
いいから、試しにやってみなさい」

「はい」

横島は栄光の手を発動し、触手形態に変えて周囲へと張り巡らせた。

「で、どんなふうに見えてる?」

「ん…、美神さんだけ明るい色に輝いているような感じです」

「じゃあ、こうしたらどう?」

令子は霊力を全身に漲らせ、徐々に高めていく。

「あれ、今度は身体の真ん中にいくつか強い光が見えます」

横島の認識では、強く輝く令子の身体、その正中線上に、周囲よりもさらに明るい色に
輝く光点が7つ感じられた。

「それ、ただのサーモグラフィーじゃないわね。明らかに、霊力を感知してる。
しかもチャクラの位置がわかるって事はかなりの精度のはずよ」

「へえ〜。じゃあこれってかなり使えますね」

でも、そこまでの霊視能力なんて何時の間に?
妙に勘が良い時もあるけれど、そこまでの能力ではなかったはず。

そう疑問に思っていた時、令子の目に映る物があった。
横島の栄光の手にある輝く宝玉、その中に開いた目。
懐かしい心眼、その姿が一瞬だったが見えたのだ。

そう。バンダナ…いえ、心眼。あんたはずっとそこに居たのね。

ふっ、と優しく微笑みながら、横島の肩を叩いて令子は命じた。

「さあ、見鬼くんは使わないから、あんたが悪霊を探してみなさい」

「ういっす。やってみます」

するすると触手が伸び、たちまち廃ビル全体へと張り巡らされる。
しばらく横島は目を瞑り、難しい顔をしていたが、突如目を見開く。
同時に栄光の手の宝玉が輝くと、ビルから霊の気配が消えていた。

「終わったみたいです。あれ、美神さん?」

令子は、横島が一瞬、とまでは言わないが、かなり簡単に片付けてしまった事に驚いていた。

「あ、ああ、お疲れ様。文珠も使わないのにすぐに終わったもんだから、ちょっと驚いていたのよ」

「ははは。これで、美神さんに文珠をほいほい使うなって怒られずに済みますね」

「調子に乗らないの。あんたは力だけは一人前だけど、まだ教えることは沢山あるんだから。
これからも油断しちゃだめよ?」

「へーい」

「もう、こういう時は真面目に聞きなさい?…ま、いいわ。
一応、自分の足でビルを回って確認して見ましょう。場を清めないといけないしね」




仕事を終え、車での帰路にて、令子も横島も珍しく無言だった。
令子は横島の仕事ぶりや新たな能力などについて考えており
横島はそんな令子の様子を見て、何となく話そびれていただけだったが。

「横島クン、次の仕事は山奥の森にいるらしい妖怪退治よ」

令子が唐突に話し出すが、横島も普通に受け答えをする。

「妖怪ですか?どんな奴かはわかっていないんですか?」

「ええ。山に開発の手が入る事になったんだけど、邪魔する奴がいる。
具体的にどんな奴かを調べながら戦う事になるわ」

「そうっすか。じゃあ、いつもの通り行きますか?」

「いえ、今回はあんたとおキヌちゃんだけよ。三件仕事が入ったって言ったでしょ?
その内一件はもう片付けた。残り二件は期日も近いし、二手に別れるわ」

「はあ、でも俺とおキヌちゃんだけですか。珍しいですね」

完全に二手に別れて別件の仕事に向かう場合も多いのだが
令子は誰かもう一人と組み横島は他の二人と組む。
つまり、令子側は二人、横島側は三人で仕事にあたる事が大部分であった。

「あんたの能力は最近安定しているし、それにさっきの新しい能力もかなりのものよ。
もっと自信を持ちなさい」

そろそろ横島とて独り立ちを考えてもかまわない時期に来ている。
未だ足りない知識と自信、それさえ持たせればもう一人前だ。
次の仕事は様々な意味で勉強になるだろう。

無論、令子には横島を事務所から独立させようなどという発想は微塵もない。
ただ、導きたいだけであった。

次の仕事ではおキヌが横島を支える。
おキヌによるサポートは、横島にとって自分の導きと同じくらいの価値はあるはずだ。
そう考えるとどこか寂しくもなったが、それでもかまなわいだろう。

そう思いながら、令子は真剣な目を向けて語りかけた。

「おキヌちゃんをしっかり守ってあげなさい。いいわね?」

「了解です」

そんな令子の意図をどこまで気付いたかはわからないが、横島も真摯な態度で肯く。
それを見て満足した令子は、雰囲気を変えて気楽に話し出した。

「さ、仕事の話はお終い。今夜はおごってあげるから、飲みに行きましょう」

「おおっ。いいっすね。どこに行きますか?」

「最高級ホテルのラウンジよ」

「え、それって!?」

横島の期待が高まる。
令子と二人で飲む事はあっても、ホテルのラウンジバーなど行った事は無かったからだ。
せいぜい、自分の父親と令子を邪魔した時に潜り込んだ程度だ。

「馬鹿ね。そっちはあんたには五年早いわよ」

「ちぇっ」

しかし、いかに令子とて飲酒後に車を乗り回す事など無い。
…非常時は別として。
そんな隠された意図になど、横島が気付く事はなかった。

「それじゃあ、俺のおごりで居酒屋にでも行きませんか?たまにはいいもんですよ」

「そう…。そうね、たまにはそんなのもいいわね」

令子は一瞬表情を隠した後、爽やかな笑顔を横島へと向けた。




事務所まで戻り、二人は徒歩で繁華街へと向かう。
令子はぽんと横島の背中を叩き、並んで歩く。
叩いたまま、彼の背中に優しく手を添えて、それを隠すように背中を強く押しながら。

以前よりも高い位置になった、彼の横顔を見ながら、令子は再度繰り返した。

「おキヌちゃんをしっかり守ってあげなさい。いいわね?」

「…?はい。わかってますよ」




こうして令子は、彼女らしい態度で、横島との仲を一歩進める。

しかし、横島とおキヌ、その旅先で何が起きるのか。

神ならぬ令子には予想もつかなかった。









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