ザ・グレート・展開予測ショー

先生を待って


投稿者名:とおり
投稿日時:(06/ 7/18)




「つまらないでござる」

シロはばたんとうつぶせに、体をベッドに投げ出す。
ちょっとだけ枕もとの雑誌が弾む。
昨日干したばかりのシーツには、まだ日の匂いが残っている。
顔を枕に擦り付けてみて、それから転がって仰向けになると天井が視界に入った。
屋根裏の、少し斜めになった天井が今日はやけに近い。
いくつかの染みが目に付くが、別に顔に見えたりはしない。
そのままベッドから出るでもなく、ぱらぱらと雑誌をめくってみても面白い記事もなく、また放り出す。
おキヌなら、顔を真っ赤にしてきゃーきゃーと騒ぐのかもしれないが、シロが特に興味を持つ話題もない。
横の小机に用意して置いていた林檎をつまみ、食べた。
その後で、林檎の果汁をお茶で一気に流す。
窓からの日でベッドも暖かくなり、うとうと薄ぼんやりと寝転がる。
そんな事を何度か繰り返して、結局深くは眠れずに時間ばかりが過ぎていった。

「いつ頃帰ってくるのでござろう」

部屋の中にかちこちと響く時計の音だけが存在を主張している。
つい、先ほど食べた林檎の残りが匂いを増した様な気がして、なぜだかばつの悪い心持ちになって、上半身だけ体を起こし、部屋を見渡す。
とは言っても自分を入れてもう一人の同居人で丁度良い広さの部屋で、なにがあるわけでもない。
わずかばかりの服や雑貨を入れた箪笥、ならびに置いたベッド、その間にある小机、大きめの窓があるだけ。
光を背にした自分の影が部屋に端まで斜めに伸びて、同じ様に上半身を起こしている。

「お前も退屈なのでござるか? 」

声をかけても、もちろん返事は無い。
窓の外を見やれば、最近めっきり見なくなったカラスがすぐ近くにとまっていた。
電線の上に何羽か、それぞれの間を取っている。
今日の様な日は黒ばかりの羽根が暑いでござろうに。
そうシロは思ったが、カラスがカーとくちばしを突き出して抗議の声を上げる。
すると、カラスは一斉に羽ばたいてどこかに行ってしまった。

「余計なお世話でござったか」

短く笑う。
投げ出していた足を平たく組んで、前にきた左足の足首を両手で持つ。
まるで起き上がりこぼしの様にゆらゆらとしてみるが、ただベッドがきしむ音がするだけで、視線を上下にしてみても同じだった。
ふと、ドアに目がとまる。
茶褐色の少し重たいドアが今日は一層しゃんとしている。
思えば今日は一度開けたきりでそのままだが、考えてみれば普段と変わりないのかもしれない。
ただそれは部屋の内にいるか外にいるかの違いでしかない。

「かちゃ、かちゃ…」

ひんやりとする、ノブをひねる真似をする。
手前に引いたり、押し込んだり。
この部屋のドアが閉まる時には、音が立つ。
ばねが利いているのか、ノブの留めがしっかりと閉まる音だ。
それが今日は、一度きりしか聞いていない。
いや、普段は気にもしていないが、なぜだろうか今日は殊更に聞いていない気がする。
出入りする者は決まっている。
何度も繰り返し、ぱたぱたと開けては閉める。
その度に、音はしていたのだろう。
足を解き、両の手と足を大の字にしてあおむけに寝転がる。
こういう時は、おしりの尻尾がもうちょっとだけ収納が良くならないか、とも思う。

「ドア、開かないでござるかな…」

代わり映えのしない天井を眺めつつ、ため息を付く。
ぐずぐずとベッドの上にばかりいるのが悪かったのかもしれないが、さりとて階下に用事がある訳でもない。
そもそも、降りなくていい様に色々と準備をして部屋に入ったのだから。
頭の側にある、冷めたお茶や少し色の変わった林檎がやけに恨めしく見える。
まだ暖かさの残るタオルケットを頭からかぶると、また少しうとうととする。

意識が戻ると、日も暮れて部屋に低く西日が差し込んでいた。
湿り気のある空気が漂う。
あれからしばらくたったのだろうか、寝ぼける頭に、かちゃりと音が聞こえた気がした。
どうせまだ誰も帰ってこない。
改めてタオルケットを引っ張ろうとしたが、出来ない。
横になったまま頭を出してみれば、自分の師匠でもあるバンダナの少年が引っ張っていた。

「おい、いつまで寝てるんだよ。起きて下にきな」

それだけ言うと、ドアを開けて部屋から出て行った。
横になったまま右手で頬をかく。
タオルケットを左手で跳ね除け、足を折りたたむ様に顔の近くに持ってくると、反動をつけて一気にベッドから飛び降りる。

「せんせー、冷たいでござるよっ」

廊下の先にいた、横島に向かって歩きを早める。
ぴんとしたドアを開け、ちょっと勢いをつけて閉める。
はっきり、かちゃりと音が聞こえた。
早めた足で、やっと前に飛ぶ。
なにをやってるんだと、横島が笑った。


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