ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦9 『LAST MISSION 聖夜の黄昏 13(終)』


投稿者名:丸々
投稿日時:(06/ 7/16)


魔界に建造された真新しい建造物。
造られてまだ殆ど時間が経っていないらしく、内部に入ると新築の建物特有のペンキのような匂いが漂っている。
外観は中世の欧州の屋敷にも似た造りとなっており、魔界にある他の建造物とあまり変わりが無かった。
高い煉瓦の壁が敷地をぐるりと囲い込み、少々物々しい雰囲気を醸し出している。

――――その建物の一室。


「隊長――――おっと、今は長官でしたね。
次の書類をお持ちしました。」


書類の山に囲まれたデスクにワルキューレが突っ伏していた。
追加の書類の山を運んできた豹頭の副官に恨めしそうな視線を送る。


「駄目だ、もう限界だ。私はこういう作業に向いていないんだ。
代わってくれ……判子を押すだけなんだから誰がやっても同じだろう。」


「ソーリー、サー。
残念ながら、これから訓練の時間なので。」


いつもの事務的な態度であっさり拒否する副官に、恨めしそうな視線を送る。


「せっかく新しい力を手に入れたというのに、訓練が出来ないのでは何時使えと言うのだ!」


声を上げるワルキューレにも怯まず、副官は冷静に言葉を返す。


「お言葉ですが、長官。
仮に訓練に参加される事があったとしても、グングニルの使用は控えて下さい。
普通に死人が出てしまいますので。」


書類の山に追加で持ってきた物を積み重ねると、それでは、と断りを入れ、踵を返して逃げるように部屋から出て行ってしまった。
一人になったワルキューレは諦めたように体を起こし、判子を片手に書類にペタペタと押し始めた。


ここは新しく増設された魔界第7軍の本部。
あの任務を成功させた事と、最高指導者と第二軍の長官の推薦もあり、ワルキューレが第7軍の長官に任命されていた。
少佐から一軍の長官への出世など前代未聞だったが、特に異議を唱える者は出なかった。

そもそも増設された理由が『人間界で悪事を働く魔族の逮捕』という、魔族の軍人にとっては閑職としか思えない理由なのだから無理も無い。
ワルキューレ自身、散々嫌がった末に押し付けられた地位なのだが、ここだけの話とサタンから内密の話を聞いた後では一応納得していた。
だが、納得してはいても、やはりこの単調な作業は苦痛でしかなかった。


「ああああ……ジーク、戻ってきてくれぇ……」


ここに彼が居てくれれば、こんな面倒な事は全て押し付けて自分も訓練に精を出すことが出来るのに。
またも机に突っ伏し、作業を中断する。こういう単調な事務作業はジークのようなタイプがやるべきなのだ。
だが、ジークは既に除隊処分を下され、軍を後にしていた。

あの任務でバルムンクを失った事により、ジークの霊力は下級魔族以下に低下してしまったのだ。
それに比例して身体能力や戦闘技術も衰えてしまい、とても軍務を務められる身体ではなくなってしまった。


「まぁ、あいつに軍は向いてないと思ってたが……」


今はまだ隊員を揃える段階で、他の軍から余っている人材を回してもらう話を進めている最中だった。
そのため、この本部にはまだワルキューレの部隊しか駐留していない。
軍の増員は重要事項なので、そう簡単には処理が進まない。
なので、今のところ事務作業は決済の権限を持つ彼女の役割であった。

増員の際には何としてでも事務職の連中を増やそう。
そう心に誓うワルキューレだった。



















「わ!駄目ですルシオラさん。
それじゃお砂糖入れすぎですよー。」


「え、そ、そうかな?」


エプロン姿のおキヌとルシオラが台所で料理を作っていた。
今まで砂糖くらいしか必要としなかったのだが、カオス特製の義体は人間と同じ食べ物が必要なのだ。
料理なんて兵鬼製造に比べれば簡単なものよ♪と一度料理を作ってみたのだが、それを食べた横島は一週間入院した。
その反省から、事務所で一番料理が上手なおキヌに料理を習っているのだが、まだまだ先は長そうだ。


(ううう、ルシオラさんはライバルなのに、私ってやっぱりお人好しなのかなぁ……)


自分の性分におキヌがとほほ、と肩を落としていた。
だが、危なっかしい手つきで包丁を握るルシオラの横顔を窺いながら、ふとおキヌは疑問に思う。


(ルシオラさん……どうして横島さんを取り合うような提案をしたんだろう……)


自分で言っていたように、自信があるからだろうか?


――――違う。


それはおキヌにも、いやむしろ、おキヌだからこそ理解できた。
勝ち逃げで横島を手に入れるのならともかく、真っ向から美神を相手にして、『自信がある』などと言える筈が無いのだ。
あの二人が深い所で結びついている事は、誰よりもおキヌが知っているのだから。

しかし、それを直接聞く勇気はおキヌには無かった。
だが、せめて自分にも巡ってきたチャンスを無駄にしたくはなかった。
それなのに、ルシオラの手助けをするような事をしている自分の性分がちょっと恨めしかったが。

だがきっとこれは無駄にはならない筈だ。
何故なら、一番の強敵を出し抜くには、共闘も視野に入れる必要があるのだから……


鍋が煮えるのを待つ間に、ルシオラがおキヌに質問する。


「ねえ、おキヌちゃん。ヨコシマと美神さんは?」


「……二人は除霊に行っちゃってて、戻るのは明日ですね。」


しばし沈黙が流れる。


「……『また』、二人だけで行ってるの?」


「……ええ、今回『も』二人だけで行っちゃいましたね。」


カタカタと鍋の蓋が音を立てる。


「先ずは、協力して美神さんを何とかしないとね……」


「ですね……」


エプロン姿の美女が並ぶ、まるで男の浪漫を体現したような空間に、どす黒い何かが漂っていた。

















「――――これで良し、なのねー」


キーボードを叩いていたヒャクメが打ち込んだ内容を保存する。
その内容は、あの聖夜の事件を纏め上げたものだった。
表向きは何も無かった事になっていたので、報告書を作成する必要は無い。
これは、自分が関わった事件を記録しておくという、ただの彼女の趣味だった。
もっとも、これがもしバレたりでもすれば厳罰ものなのだが、そのスリルもまた退屈な日常には心地良かった。


「はぁ……また公開できないファイルが増えちゃったのねー」


幾重にもロックを施してあるフォルダのファイルを眺めながら、ヒャクメが溜め息をつく。
『聖夜の降臨』と名付けられたファイルの他にも、色々と興味深そうなタイトルのフォルダが並んでいる。


――――美形魔界軍士官、新宿二丁目のホットな夜!!


――――ロリコン疑惑浮上!幼女魔族と添い寝をする美形魔界軍士官!!


――――非道!身内をマグロ漁船に売り飛ばす鬼軍人!!


――――意外な性癖!実はブラコンだった鬼軍人!!


――――妙神山の真実!ゲーム猿へと堕落した神界の武神!!


――――etc...etc...


「はあ……いつの日か写真週刊誌でも創刊しようと思ってたのに、こんなの公表したら殺されちゃうのねー」


誰がどう見てもワイドショー的なタイトルだが、問題はその内容だ。
こんなものをもし公表でもしようものなら、その日の内に輪廻の輪をくぐる破目になるのは間違いない。


「他のは、まあ引き続き保管しておくとして……これは、どうしよう。」


件の『聖夜の降臨』をクリックし、ゴミ箱へと移動させるべきか頭を悩ませる。
そして、彼女の思考はあの夜へと遡っていった。

















――――遥かな過去。

まだ、北欧の神々が魔へと堕ちる以前の話。

そもそも、彼らに神と魔という概念は存在しなかった。
そういう定義を持ち込んだのは、外来のキリスト教の宗教観だった。
一神教である彼らにとって、北欧の神々は邪神と認識されていた。

最初の頃は、各々の縄張りを侵さず、無干渉を保つ事が出来ていた。
だが、北欧の人々にまでキリスト教が広まっていく頃には、干渉をせずにすませるのは困難になっていた。
このままでは、いずれ近い内にキリスト教の神々と北欧の神々が武力で衝突する事になりそうだった。
自分達の領域にまで布教されて黙っているほど、彼らは力の無い神々ではないのだから。

しかし、北欧の頂点に君臨する神は武力衝突を避けたかった。
己の身内を何よりも大切に思う彼にとって、争いで仲間を失うのは耐えられなかったのだ。
何とか争いを起こさずにすませる方法に頭を悩ませる彼の元に、一人の神が訪れた。

長い金色の髪を後ろで縛り、純白のローブに身を包んだ、まだあどけない少年のような姿。
だがその姿は仮のものでしかなく、あらゆるものへと姿を変えられる彼には真の姿など存在しないも同然だった。


「やあ、オーディン。スレイは役に立ってるかい?」


「ああ、あの子は良くやってくれているよ、ロキ。
それにしても、君が私の所に顔を出すとは珍しいな。」


少し警戒気味に、久しぶりに顔を出した友人の様子を窺う。
彼の使い魔を務めるスレイの親でもあるこの友人は、悪人ではないのだろうが、善人とも言い切れなかったからだ。
この友人は自分の好奇心を満足させる事を最優先に行動するため、時折、周囲に甚大な被害をもたらす事があった。


「今日は君に良い話を持ってきたのさ。
君は今、あの異教の連中とやりあわなくても済む方法を探しているんだろう?」


「ああ。もしかして、何か良い案があるのか?」


「その通り。取り敢えず、僕の話を聞いてもらえるかな。」


北欧の神々の中でも上位に位置する彼の元に、なんとキリスト教の使者が訪れたというのだ。
そして、彼らと北欧の神々が上手くやっていくために、ある提案をしたのだと。

その提案とは、属性的に中立に位置する北欧の神々に、魔に属してくれないかというものだった。
そうすれば、キリスト教の概念に取り込むことが出来るため、調和の取れた対立という構図に当て嵌める事が出来るのだという。

だが、彼らの概念に『魔』というものは存在しなかった。
そのため、ロキには自分達が『魔』に属したからといってどうなるのか、想像もつかなかった。


「魔に属する……?
それはいったい、何を指しているんだ?」


ロキ同様、オーディンも耳慣れない言葉に首を捻る。
全能の存在といって良い彼らでさえ、未知の存在だけは流石に理解できなかった。
ロキは好奇心に目を輝かせながら、懐から数枚の紙切れを取り出す。
それは、魔に属すための道具として使者が置いていったものだった。


「魔に属したとすればいったいどうなるのか?
僕はそれが気になって仕方ないんだ。」


数枚の内の一枚を手に取る。
それは、恐ろしく高度で複雑な呪式が施された、契約書の一種だった。


「だから、率先して僕が『魔』とやらになってみようと思ってね。」


「しかし……危険は無いのか?」


「さあ、どうだろうね?
だけど、もし仮に危険があったとしても、僕の好奇心が満たされるのなら気にしないさ。」


指先を傷つけ、躊躇せずに契約書に己の血で署名を済ませる。
契約書はふわりと浮き上がると、二人の目の前で黒い炎に包まれ、そのまま灰へと変わってしまう。
そして、続いてロキの姿が黒い光に包まれた。


「おい、大丈夫なのか!」


思わず声を上げるが、すぐに黒い光は消え去り、先程と変わらぬロキの姿が現れた。


「……あれ、これで終わり?何も変わってないじゃないか。
という事は、どうやら形式的なものみたいだね……つまらない。」


もっと何か変化するものと期待していたロキはつまらなさそうに呟く。
だが、彼らは気付いていなかった。

まるで先程の黒い光を中和するかのように、ロキの身体が輝いていた事に。


「これにサインして、我々が『魔』とやらに属すれば、少なくとも武力衝突は避けられるんだな?」


「ああ、何だか良くわからないけど、それが『デタント』とやらに繋がるらしいんだ。
『デタント』って言葉も初めて聞いたんだけど、調和の取れた対立とかいう意味らしいね。」


もう一枚の契約書を手に取りながら、オーディンがロキに問い掛けた。
この契約書にも、ロキがサインした物と同種の呪式が施されていた。


「まあ……よそ者の頼みを素直に聞くのは気が進まないが……
それで何の犠牲も出ないのなら、決して悪い話ではないな。」


ただの形式的なやり取りで全て解決するのなら、余計なプライドはこの際捨てるべきだと考えていた。
決心すると、自分の指先を傷つけ、北欧最高神の名の下に魔に属する事を宣誓する。
契約書は先程と同様に、黒い炎と共に燃え上がり、北欧の全土が黒い光に包まれた。
オーディンも黒い光に包まれるが、ロキ同様、変わらぬ姿で現れた。


「……良くわからないが、これで問題事は解決したのか?」


「そうなんじゃない?
僕としちゃ、少々つまらないけどさ。」


だがその時、紫陽花色の髪の少年が血相を変えて飛び込んできた。


「どうかしたのか、スレイ?随分慌てているようだが。」


「た、大変です!皆の姿が突然!!」





































「神話クラスの力を持つ彼らには呪が適用されなかった……強力な防御能力が無意識の内に呪を無効化していたからだ。
だが、それ以外の神々は、その姿を闇の住人のものへと変えてしまった。
金色の髪は闇色へ、赤き血は紫へと変質し、肌の色も褐色へと変化した……
閣下が呪の効力を知った時にはもう手遅れだった。」


「……知ってたのねー?」


「さっき、別れ際に閣下が教えて下さった。
それを聞いた時、私は閣下を止める事ができなかった……
だが、その結果……ジークを犠牲にしてしまったのなら話は別だ……!」


魔界への転送装置の前で、ヒャクメとワルキューレが対峙していた。
ただでさえ戦闘力は雲泥の差だというのに、今のワルキューレは殲滅戦用の装備に身を包んでいた。
ワルキューレがその気になれば、一瞬でその存在を消滅させられるだろう。


「ジークには悪いけど……彼の犠牲くらいで本当に神話クラスを退けられると思ってる?」


「……なんだと?」


「退けたのではなく、向こうが退いてくれたのね……
だけど、退いてくれたというのなら、それは一体何故……?
ここまで入念な準備をしておきながら、何故土壇場で引き返すのね……?」


ヒャクメの言葉にワルキューレが眉をひそめる。
確かに、キリストの目と鼻の先まで侵攻していながら、何もせずに引き返すのは妙だ。
一撃必滅のグングニルなら、確実に葬る事が出来た筈だというのに。


「相手は、ジークの記憶を見て気付いたのね。
この世界がどういう構造になっているのかを……」


そしてヒャクメは語り始める。
あの男の心を覗き見て知った、この世界の構造を。






この世界は、どういう筋道を辿るかあらかじめ決められている。
その筋道は微妙にズレる事はあれど、決して大幅に外れる事は無い。
そして、それこそが『デタント』という、不完全ながらも調和の取れた世界だった。

その『デタント』を乱そうとする者は、この世界から排除される。
その排除の方法は非常に巧妙で、最初からそういうものだと想定していなければまず気付く者はいないだろう。
直接何らかの力が排除するのではなく、邪魔な存在へのカウンターを配置する事で排除する。
魂の結晶を持つ美神令子の側に、横島忠夫という存在が配置され、その結果アシュタロスが倒されたように。

この流れは遥か昔から幾度と無く繰り返されており、デタントを乱そうとする者はすべからく排除されていた。
最近でも悪魔デミアンが原始風水盤を使ってデタントを崩壊させようとした事があった。
その際も、デミアンの存在を暴ける人間の能力者がオカルトGメンに配置されており、結果デタントは守られた。
デミアンの件のように、たとえ犠牲者が出たとしても、デタントだけは守られる。
この世界はそういう風に出来ているのだ。

逆に言えば、この世に存在する全てはデタントを存続させるために生かされているという事になる。
自分の意志で行っていると本人は思っていても、それが成功するという事は、どこかでデタントに影響が無い事を意味する。

あの男もジークの記憶からデミアンの件の詳細を知り、その事に気付いてしまった。
彼にとって、自分が排除される事は恐ろしい事ではなかった。
だが、自分を止めるために仲間を犠牲にされる事だけは避けたかった。
だから、これ以上の犠牲が出てしまう前に、素早く身を退いたのだ。




「馬鹿な!
そんな馬鹿な話が信じられるものか!!
そもそも、貴様程度の力で閣下の心を読む事など出来るものかッ!」


「たしかに、その通りなのね……
でも、ジークがあの男が纏う力場に亀裂を入れてくれたから……
だから、見る事くらいなら出来たのね……」


魂を賭したジークの全力の一撃はグングニルを打ち破る事はできなかった。
だが、その全てを懸けたバルムンクの刃は、グングニルに一筋の亀裂を走らせていた。
そしてその僅かな隙間から、ヒャクメは心を読み取る事に成功したのだ。


「認め、られるものかッ……!」


拳を壁に打ちつけ歯を食いしばる。
だが、言葉とは裏腹に、ワルキューレもその話を受け入れていた。
デミアンの件を今考え直してみれば、あれはあまりにも出来すぎていた。

犠牲になったあの霊能者が原始風水盤の存在を暴き、西条とピートが破壊する。
強力な魔族であるデミアンの正体を暴くため、ジークと自分が配置される。
不死身に近い性質を持つデミアンを確実に滅ぼすために、パピリオとべスパはアシュタロスの事件の後も処分される事無く生き続ける。
こうして考え直してみれば、気味が悪いほどに全てのピースがぴたりと当て嵌まる。

しかし、その話を認めるという事は、ジークの犠牲にも何らかの理由があり、理由があるなら報復は叶わないという事になってしまう。


「でも、ジークが力を失ったのは本当に犠牲なの?
もしかしたら、力を失う事で得る物があるのかも知らないのねー」


「それで、納得しろとでも言うのか……!」


ぎりぎりと拳を握り締めているが、彼女自身、それを認めるしかない事はわかっていた。
元々争いを好まない温厚な性格のジークからすれば、力を失った事はむしろ幸運なのかもしれない。

















「これって、もし公表したとしたら確実にデタントに影響が出ちゃう訳よねー」


という事は、あの理屈から考えると、これを公表しようとすると確実に何らかのトラブルに見舞われる事になる。
トラブル程度で済めばいいが、下手をすればこの世界から排除される可能性すらあるだろう。

はあ、と溜め息をつくと、ヒャクメはマウスをクリックしせっかく纏め上げたファイルを消去してしまった。


「これを公表できたら役立たずの汚名を返上出来ると思ったんだけど……やっぱり身の安全が第一なのよねー」


『役立たず』とか『給料泥棒』とか陰口を叩かれる生活を脱出する好機を失い、ヒャクメは頭を垂れながら端末の電源を落とすのであった。


















「ねえ、令子。明日って除霊の予定入ってなかったわよね。」


「うん、明日は特に予定入ってないけど。どうかしたの、ママ?
……あ!違う違う!明日は大事な用事が――――」


「わざとらしい芝居は止めなさい。
心配しなくてもやっかいな除霊を押し付けたりしないわよ。」


「あ、あらそう?
あは、あはははははは……」


何もかもお見通しの母親に、ひきつった笑みを浮かべる。


「実は今Gメンの一番上の階ってほとんど使ってないんだけど、そこを貸し出す事になったのよ。
それで、明日あなた達にも受け入れ作業を手伝って欲しいの。」


「や、やっぱり面倒な事を押しつけるんじゃない。」


心底嫌そうな顔の娘に、美智恵はそれなら仕方ないわね、と優しく微笑む。


「そうそう、実はこの前、あなた名義の口座を発見したのよ。
税務署に申告するのを忘れてるみたいだから、明日私が申告しておいてあげるわね。
もう、令子ってば意外とうっかりさんよね〜♪」


「オッケー、ママ!
じゃ、明日は事務所総出で手伝いに行くわね!
それじゃ、また明日!!」


逃げるように飛び出していった娘の後ろ姿を見送りながら、美智恵はくすくすと笑っていた。










「なーんで仕事オフの日に力仕事なんかせにゃならんのですかー。」


「仕方ないでしょ……ママには逆らえないのよ……」


「また何か弱みでも握られたんですか?
まったく、日頃の行いが悪いからこんな事になるんで――――」


「あんたが日頃の行いとか言うな!」


――――ゴシャァッ!!


「ああ!先生!!」


「相変わらず、よく飛ぶわねー」


迂闊な発言に横島が天高く宙を舞う。


「まあまあ、お隣さんになるんだからこの機会にご挨拶しておきましょうよ。
きっと……ご迷惑かけちゃう事になると思いますし……」


「そうよねぇ、この事務所の隣だなんて、何に巻き込まれるかわかったもんじゃないし……」


「さ、さあ、さっさと終わらせて解散するわよッ!!」


おキヌとルシオラがしみじみと呟いているが、聞こえないフリを決め込みGメンに乗り込んでいった。






「あら、早いわね。」


ずかずかと乗り込んできた一同を美智恵が出迎える。
どうやら、まだ荷物は届いてないようだ。


「さっき西条君から、もうすぐ到着するって連絡があったんだけど……」


「おや、もしかしたらあのトラックではござらんか?」


「あの馬鹿みたいに長い髪は間違いないわね。」


何時の間にか事務所の前に大型トラックが停車しており、長髪の男が荷台のコンテナの扉を開いていた。


「それじゃあ皆、作業を始めてもらえるかしら。」


パンパンと拍手を打つ美智恵の号令を合図に、皆は階段を降りていった。








「あ、そう言えば、誰が引っ越ししてくるんですかね?
さっき美智恵さんに聞いときゃ良かったなぁ。」


「うーん、Gメンの上の階に越してくるようなヤツだしね、多分どっかの国の領事館とかそんな感じだと思うわよ。」


へー、と相槌を打つ間に、一向は階下に到着していた。

大型トラックから降りていた西条に、横島がいつものように軽口を叩く。


「お前がそんなもん運転してるなんて、トラックの運ちゃんにでも転職したのか?」


いつもの憎まれ口なので、西条は少しむっとするが、大人の余裕を崩さない。
相変わらず、いつでも女性に囲まれているのに、何時までたっても進展しない横島を見下すように鼻で笑う。


「ふん、君には関係ないだろう。
君の方こそ相変わらずふらふらしているようだな。
せいぜい、後ろから刺されないように気をつけたまえ。」


「お前にだけは言われたくないわ!」


いつもの挨拶がすんだのを見届け、美神が声をかける。


「西条さんが運転してるなんて、引っ越し業者に頼まなかったの?」


「ああ、まだ資金的に苦しいらしくてね。
今日の引っ越しも、本当は彼らだけでするつもりだったらしいよ。」


「ふーん、随分貧乏なのね……まあそれは良いとして、いったい何の事務所が引っ越してくるの?」


「あれ、先生から聞いてなかったのかい?
今コンテナから備品を下ろそうとしてるんだけど、君達もよく知ってる――――」


とその時、コンテナの中から、何か重い物がぶつかる鈍い音が響いた。


「ああ……だからよそ見しちゃ駄目だって言ったのに……」


「むぅー、背が低いからよく見えなかったんでちゅ。」


「ちょっと二人とも、さっさと終わらせないと日が暮れちゃうよ。」


疲れた様子の若い男の声と活発そうな女の子の声、そして二人をたしなめる若い女性の声がコンテナから聞こえてきた。
そのどこかで聞いたような声に、一同は顔を見合わせる。


「あ、しまった……この机って階段から運べるのかな。」


「通れなかったら窓から入れればいいでちゅ。」


「窓ってそんなにでかかったっけ。
先に間取り確認しといた方がいいんじゃない?」


若い女性の言葉に、女の子が不満をこぼす。


「まったく、段取りが悪い上司を持つと苦労するでちゅ。」


「くっ……まさか君に駄目出しされようとは……」


がやがやと話しながら、薄い緑色の作業服に身を包んだ三人組がコンテナから降りてきた。
まるで引越し業者のような姿の、良く見知った三人を目にし、驚きのあまり横島が大声を上げた。


「パピリオ!!ジーク!!それにベスパまで!!
お前ら、こんな所で何やってるんだよ!?」


「やあ、久しぶりだな横島君。」


褐色の肌に銀髪の青年が作業帽を取りながら横島と固く握手を交わした。
横島はあのクリスマスの夜の後、ジークに礼を言おうと妙神山に向かったのだが、その頃には既にジークは妙神山から姿を消してしまっていた。


「ベスパ!」


髪を切ってまで自分をこの世界に戻してくれた妹の姿を見つけ、ルシオラが歓喜の声を上げる。
だが、ベスパは慌てて作業帽を目深にかぶり、ルシオラに背を向ける。
小声でジークに何やら告げ、ジークが頷くのを確かめると上空に飛び上がり、そのまま何処かに飛んで行ってしまった。


「ベスパ……」


逃げるように、と言うか文字通り逃げてしまった妹に、ルシオラが呆然と呟く。
困ったように頭をかきながら、ジークがルシオラに話しかけた。


「その、まあ、何だ……まだ彼女は気持ちの整理が付いてないんだ。
しばらくギクシャクするとは思うが、出来れば気にしないでやってくれないか。」


「気持ちの整理って……?」


察してくれよ、と内心泣きそうになりながらも、ジークがやんわりと説明する。


「いや、まあ、元々こういう事態になったのは……彼女が君を、なあ。」


「そんな……あれは、あのコが気にする事じゃ……」


「僕もそう言ったんだが、理屈じゃないんだろうな……こういう事は。」


それきり考え込むように黙ってしまったルシオラは置いておき、横島達の方に向き直る。
冷たいようだが、そもそも今日はちゃんと他に用件があるのだ。


「これから色々と世話になる事もあると思うけど、宜しく頼む。」


「は?
世話って、何が?」


真面目な顔で頭を下げるジークに、ぽかんと口を開ける横島。
どうにも話が伝わってない事に気付き、ジークは上の階から自分たちの様子を見下ろしていた美智恵の方に視線を上げる。


「あー、そう言えばまだ話てないのよね〜。
でもそんな所で詳しい話をするのも何だし、飲み物用意しておくから先に荷物を片付けた方が良いんじゃない?」


くすくすと笑っている美智恵の表情から確信犯だとわかり、力無く溜め息をついた。
怪訝な表情でこっちを見ている美神達に向き直り、頭を下げる。


「えー、それじゃあ詳しい話はまた後という事で、取り敢えず荷物の搬入を先に済ませましょう。
重量があるものはパピリオがやりますので、皆さんは小物の方を担当してください。」


皆、はーいと返事をすると素直にトラックのコンテナに上がり作業に取り掛かる。
若干一名、美神は思いっきり問い詰めたそうにしていたが、上から注がれる視線の主を恐れたのだろうか。
後でキッチリ説明してもらうわよ、と釘を刺し、不承不承といった様子ながらも作業に取り掛かるのだった。




作業自体は至極短時間で終了した。
一番手こずったであろう、本棚や机など重い備品をパピリオがひょいひょいと片付けてしまったからだ。
ジークの指示もそれなりに的確で、何とか2時間程度で作業を終了させる事ができた。




そして、何故ジークがこんな所に居るのか、その説明を聞くためにオカルトGメンの会議室に皆集合していた。
殺風景な会議室は堅苦しい雰囲気だったが、ふわりと漂う美智恵が淹れた紅茶の香りがそれを和らげている。


「実は軍人から外交官に異動になったんです。」


ジークが上着から名刺入れを取り出し、スッとその中の一枚を美神達に手渡した。
興味津々と言った様子で皆が見つめるそれには、今のジークの肩書きが書かれていた。


「魔界大使館駐日大使、ジークフリートぉ?」


眉をひそめ、胡散臭いものを見るかのような目で美神がジークを見やる。
美神以外の面子は気付いてないが、魔族が人間界で大手を振って行動するなど、本来有り得ないのだからこの反応は当然だった。


「あら、令子は何か文句でもあるの?」


「文句って言うか……こんな事、ありえないじゃない。」


ブスッとしている娘に、美智恵は首を傾げながら困った娘ねーと苦笑している。
ジークは頷くと、美神に自分の役割を簡単に説明し始めた。


「話の前に聞きますが、魔族ってイメージ悪いですよね。」


「まあ、あんた達は別として、大抵ロクな奴がいないわね。
バイパーとかナイトメアとかメドーサとか、やり合うとなると面倒臭いのよね。」


代わりに報酬は美味しいけど、などと内心考えている事はおくびにも出さず、美神が答える。


「確かに、人間界で悪事を働くような連中はロクでも無い奴が殆どです。
しかし、だからと言って、魔族も全部が全部、彼らのように自分から進んで悪事を働く訳ではないのです。
それに意外かも知れませんが、悪事を働く者の中にも、魔界に還る事が出来ず、生きるために悪事を働く者もいるんですよ。」


「それは、まあ、そんなに簡単に魔界へのゲートは開けないだろうけど……」


今まで自分が倒してきた魔族の中にも、ジークが今言ったような『難民』がいたのかも知れない。
メドーサのような上級魔族はともかくとして、大した力も無いショボイ下級魔族などは還りたくても還れないだけなのかも知れない。
自分が報酬目当てで倒してきた魔族の中にも、もしかしたらそんな哀れな魔族がいたのかも……
そう考えると、流石の美神も少しバツが悪かった。

とは言っても、依頼があれば今後も引き受けるだろう。
何故なら、相手の状況を哀れみ、犯した罪を赦すほど、GSという業種は甘くない。


「そもそも、そんな事が起こってしまうのは、妙神山のような魔界の出張所が無いからなのです。
今まではグレーゾーンとして扱われていましたが、デタントの面から見ても、魔界の出張所が人間界に無いのは不公平でしょう。」


なるほど、それで性格的にも温厚そうなジークに白羽の矢が立ったのか。
そこまで考え、ふと美神の脳裏に不安にも似た疑問がよぎる。


「……ちょっと待って、アンタ達の仕事って何をする訳なの?」


美神の変化に気付かず、ジークは胸を張り、誇らしげに自分の新しい職務を説明する。


「魔界の難民の送還や、悪事を働く魔族を魔界へ強制送還する事などですね。
なので、もしも魔族絡みで何かトラブルが起こった場合は、是非僕に相談してください。」


先程脳裏をよぎった疑問は確信に変わりつつあった。
ゆらりと揺らめきながら、美神が最後の、そして何より重要な質問をする。


「ちょぉっと気になったんだけど、アンタ達に頼んだ場合って依頼料はどうなるのかしら……?」


美神の言わんとしている事に真っ先に気付いた横島が、慌ててジークの返答を制止しようとする。


「待て、ジーク早まるな――――!」


だが、横島の制止は間に合わず、ジークは実にイイ笑顔で自爆装置のスイッチを押してしまった。


「もちろん、無償ですよ。
今はまだ資金のやりくりが上手くいってませんが、報酬を出してくれる日本政府には既に話を通してますから。」



――無償ですよ



――――無償ですよ



――――――無償ですよ



――――――――無償ですよ



エコーのように、今の言葉が美神の頭に響き渡る。


――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


ぷるぷると身を震わせながら、霊圧が凄まじい勢いで高まっていく。


「あかん!皆逃げろ!!」


「え、何でどんどん美神さんの霊圧が上昇してるんですか?
僕が何かマズイ事でも?」


「お前はアホか!
地雷原で何も考えずタップダンスするのと同じくらい、マズイ事言ったんだよ!!」

















「ダンピング業者は私の縄張りから出てけーーーーーーーーーーーーー!!」


魔鈴の時の苦い思い出が蘇ったのか、遂に爆発してしまった美神を止める事が出来たかどうかは、また別のお話。





















「よう、オーちん。元気にやっとるかー?」


「……その呼び方はやめろ、といったはずだが。」


突然アポ無しで執務室に乗り込んできた珍客を男がじろりと睨みつける。
今日は真面目に仕事をしているのか、机の上にあまり書類をため込んでいなかった。
神々しい輝きを放つ12枚の翼をはやした来客は、見る者を萎縮させる威圧感を身に纏っている。
同格の存在であるこの男はともかく、男の使い魔の少年は部屋の隅で小さくなっていた。


「おい……何だそれは?」


来客が腰にぶら下げているある物に気付き、男の眉間が険しくなる。


「そんなもん、見たらわかるやろ。
たまには一杯付き合ってーな。」


どん、と重たそうな音を立て、男の机にそれが置かれた。
それは人の頭ほどの徳利で、でかでかと『どぶろく神話』と書かれている。


「おい、お前と違って私は忙しいんだ。
さっさと出ていってくれ。」


露骨に嫌そうな態度で客を追い返そうとするが、客は素知らぬ顔でお猪口に酒を注ぎ始めている。


「まー、そう言いなや。
お前さんがキリスト教系の神魔を嫌っとるのは知ってるけど、たまには付き合ってーな。」


「断る。出ていけ。」


頑なな態度の男に、客はやれやれと首を振る。
くいっと濁り酒を飲み干すと、いつもの親しげな態度で男に話しかけた。


「そんなにツンツンせんといてや。
今日はあんさんが悩んどるんちゃうかと思って来たったのにー」


ぴくりと男の眉が動いた。

その反応を確かめつつ、話を続ける。


「ジークが力を失ってもうたから、これからどうせなあかんか考えて不機嫌になっとるんやろ?」


男は書類から目を離そうとはしないが、かといって反論もしない。
ただ黙々と書類を片づけている。


「まあ、ハッキリ言うなら、クビにするしかないわなあ。
任務中に起こった事ならともかく、軍務外でのアクシデントやからな。
自己管理が出来てないからやと批判されるんは間違いない。
もしも運良く批判されんかったとしても、力のない奴が上に立つ事を認めるほど、兵達は温厚やないからなあ。」


――――ベキッ!


かわいそうになあ、と客が呟くと同時に、男が持っていたペンを握りつぶした。
そのアクアマリンのような瞳にありありと殺気を漲らせ、とぼけた様子で酒を飲む客を睨みつける。
それだけで命を奪われそうな恐ろしく密度の高い殺意にさらされていながら、客はひらひらと手を振りながら話を続ける。


「それで、や。
ここまでが建前上の話やな。
お前さんも同じ事考えて不機嫌になっとるんやろうけど。」


ジークはバルムンクを砕かれた事で、自身の能力の大半を失っていた。
霊格こそ上級魔族だが、その力は下級魔族以下にまで低下してしまっていた。
ジークの所属する情報部は、本来前線で戦うような部署ではない。
だがそれでも、軍人である以上、最低限の戦闘力は必要だった。

あの夜の任務は無かった事にされているため、誰もジークを弁護できなかった。
そのため、力を失ったジークへの風当たりは冷たいものだった。


「……わかっているのならさっさと出て行くことだ。
これ以上無駄話を続けるつもりなら、無理にでも叩き出すぞ。」


その言葉は本気なのだろう、高まる霊圧と殺意で男の周囲がゆらりと陽炎のように歪んだ。


「さて、前置きはこんくらいにしといて、や。
叩き出される前にこの話を聞いてもらおうかな。」


「断る。帰れ。」


男の鋭い言葉に、残念そうにため息をつく。


「そっかー、ジークの再就職先の話やってんけどなあ。
聞いてくれへんみたいやし、そろそろ失礼――――」


「ちょっと待った。
話を……聞かせてくれ。」


失礼させてもらうわ、と続けようとしたが、男に引き留められた。
過去の確執よりも部下の身を案じるその姿に、客は予想通りとばかりに笑顔を浮かべる。


「実は結構前からキーやんと話してた事やねんけどな。
人間界に神界の妙神山みたいな感じの魔界の出張所を作ろうと思っとったんよ。」


「ちょっと待て、そんな話は初耳だぞ!」


声を上げる男を、まあ最後まで聞いてぇな、と宥める。


「それでな、ある程度の霊格を持った奴を派遣しようと計画しとってんけど、ウチの連中は破壊衝動抱えてるような奴が大半やろ?
上級魔族ともなれば尚更や。
デタントへの悪影響も考慮してたら、なかなか良い人材がおらんくてなあ。頓挫しとったんよ。」


「……なかなか興味深い話だとは思う。
だが、そんな事をすれば神界の連中が騒ぎ立てるんじゃないのか?」


「いやいや、よう考えてみてや。
割と神界は人間界と交流しとるのに、こっちは殆ど交流なしや。
デタント的にはウチらももっと人間達と触れ合わなあかん、ってのがウチとキーやんの考えなんよ。」


確かに言われてみればその通りかもしれない。
しかし、だからと言ってそう簡単に話が進むとも思えない。


「だが、人間達にも宗教的な確執があるはずだ。
魔族が打ち解けようとしても、向こうが信用しない可能性が高い。
その点はどうするつもりだ?」


「それがやね、昔じゃ考えられん程に宗教的に大らかな国があるんよ。
人間界の中でも割と大きい国やし、先ずはそこから始めて実績を積んでいこうかなーと。」


相手の言わんとしている事を理解し、もっと詳しい話を聞こうと男が身を乗り出した。
男の態度が変わりつつあるのに内心喜びながらも、客はそれに気付かない振りをしている。


「なるほどな、たしかにジークの性格を考えれば適任だろう。
だが今のあいつの力は下級魔族以下だ……下手をすれば、魔族を良く思っていない人間のスイーパーに狙われるかもしれない。」


「それはウチらも心配やねん。
だから、二人ほど護衛をまわしてやろうと思っとるんよ。
候補としては、霊格がそれほど高くなくて、戦闘力は高い人材。
そんな便利なヤツがおればなー」


霊格の高さが戦闘能力に直結するとは限らない。
上級神族でありながら、遠視や透視ぐらいしか能がない者もいるのだから。
逆に神話クラスの存在の眷属は能力こそ段違いだが、その霊格自体は決して高くない。


「お前、まさか全部計算して――――」


「ま、難しく考えるのはやめようや。
考えすぎたらアシュタロスのヤツみたいに鬱になってまうで?」


相変わらず軽い調子で話しているが、男は直感的に理解した。
相手はあの夜何があったか知っていると。

自分が人間界に侵攻した事を知らぬ振りをしつつ、力を失ったジークのフォローをしてくれている。


――――感謝、するべきなのだろうな。


ふっとため息をつく男の口元は微かに緩んでいた。


「どうせデタントはそう簡単に崩れへんのやから、心の赴くままに楽しんだらええねん。
――――さて、そろそろウチは失礼させてもらうわ。ジークの異動についてはまた連絡するって事で。」


席を立ち、部屋を後にしようとしている来客に男が声をかけた。


「ちょっと待った。」


男に呼び止められ、帰ろうとしていた足を止め、振り返る。


「せっかく来たんだ。一杯くらいなら付き合おう。
スレイ、何か酒の肴になりそうなものを取ってきてくれ。」


「はい、マスター!」


ようやく主人が笑顔を見せてくれた事が嬉しくて、使い魔の少年が元気良く返事をしていた。

















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