ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(45)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 7/10)

 ピュリリリリ、ピィイイイイイ―――――!!

「ネクロマンサーの笛!?そんな、どこから・・・!!」
突然動きが鈍くなった蝙蝠達により強い魔力を放ち、陣形が崩れないように必死で制御しながら、加奈江は、辺りの森を見回した。
現在、近くに感じている霊気は、エミと雪之丞のもの二つだけ―――普通に吹いて笛の音が聞こえる範囲に、他の人間の霊気は感知出来ない。
「無駄だぜ。あんたが攻撃出来る範囲に、おキヌはいねーよ!!」
どうにか残ったカラスや蝙蝠達にガードをさせながら、辺りをきょろきょろと見回している加奈江の意図に気付いて、雪之丞はきっぱりと教えてやった。
「タイガーの精神感応力と、横島の文珠を使って霊力を増幅―――笛の効果範囲を広げてるんだ。おキヌは安全な場所から俺達の手助けをしてくれてる・・・ま、あんたにとっちゃ妨害か」
ニッと、少し意地悪く―――ある意味、いたずらっぽく笑って、雪之丞は遥かに広がる森の向こうの、西条達がいる方向を見つめた。


   ―――ピュリリリリ・・・ピイイイッ・・・
「―――・・・ぷはっ!!」
霊力を音色に変換しているとはいえ、やはり笛は「吹く」ものである。
まだ成長途上の少女の細い体に一杯の空気を詰め込み、白い顔を高潮させて肺活量の限界まで吹き続けていたキヌは、とうとう、酸欠で目の前がクラクラし始めたのを自覚して、笛の吹き口から唇を離した。
「おキヌちゃん、大丈夫か!?」
よほど頑張っていたのか、その弾みに足をもつれさせ、ぺたんと倒れそうになったキヌを、後ろにいた横島が支える。
「は、はい・・・」
横島が背中を支えてくれた事で、どうにか転ばずにすんだキヌは、荒い呼吸に舌をもつれさせながらも気丈にそう答えたが、ゼエゼエと喘息のような呼吸音を立てて息をするキヌの額は汗で濡れ、繊細で艶やかな黒い髪が、頬や額に張り付いていた。
吹き始めてから、すでに十分。
酸欠で倒れるギリギリまで吹いては吸い、吹いては吸いを断続的に繰り返し、キヌは少し参ってきていた。十分という時間は、普通に考えれば短いものかも知れないが、立て続けに潜水しているような状態が十分間、断続的に続いているのである。
最初は一度深呼吸すれば戻っていた呼吸の乱れが、次第に一、二回の深呼吸ではおさまらなくなっているのを見て、唐巣神父の結界の方に手を貸していた西条は、後ろのパトカーを目で示して横島に言った。
「横島君、酸素ボンベを使え。パトカーの救急箱の中に、携帯用の小型ボンベがある」
「わかった。おキヌちゃん、ちょっと待ってて」
「はい・・・。あの、タイガーさんは大丈夫なんですか・・・?」
横島に、座って待っているように促されて、その場に腰を下ろすと、キヌは、そばに立っているタイガーを見上げた。
もともと、彼はキヌの二倍近い上背があるので、地べたに座って見上げていると、まるで、大きな壁が立ち塞がっているような感じである。しかも今は、精神感応力をフルに発動しているので虎の姿に変じているため、振り向いて上から見下ろされると、何とも言えない迫力があるが―――しかし、怖いとは思えない。
虎の姿形に見えているとはいえ、キヌに話しかけられて振り向いたタイガーの表情は、落ち着いた優しいものだった。
「ワッシは大丈夫ですケエ。これこの通り、横島サンの文珠がちゃんと効いてますからノー」
片手に持った横島の文珠を見せて、まだ荒い息をついているキヌを、いたわるように笑う。
タイガーが見せた二個の文珠には、それぞれ、『制』と『御』の文字が記されていた。
キヌが吹くネクロマンサーの笛の音を広範囲に広げ、キヌが息継ぎをしている間にも音が響き続けるように、タイガーを増幅器にしているのだ。
そして、エミの笛が無いとすぐに暴走してしまうと言うタイガーの能力の欠点は、横島の『制御』の文珠でカバー。
屋敷を包囲した時、加奈江の使い魔達にこちらの作戦を滅茶苦茶にされた経験から、まずは加奈江の使い魔をどうにかしようと、西条が考えついた作戦である。
(これで・・・加奈江の戦闘力は半減する筈だ。雪之丞君も向かったし・・・あとは・・・)
「ねえ、西条さん。私も行っちゃいけないの?」
神父の結界に霊力を注ぎ込みながら、さらなる致命打を与えられる方法は、と考えていた西条に、同じように結界に霊力を注いでいる令子の不満そうな声がかけられる。
「エミのやつ、ピートの事だからって暴走して・・・ったく、あの女の腕で、一人で勝てるわけないじゃない!雪之丞だって、まだまだ駆け出しなんだし―――」
「いや・・・君に限らず、僕達生身の人間が下手に向かっても、いたずらに怪我人を増やす事になるだけだ。エミ君が行ってしまったのは仕方が無いが、なるべく雪之丞君やマリアに任せた方が良い。それよりも、結界の維持に回って、犯人を閉じ込めておくんだ」
「・・・ったく・・・!」
不満そうに口を尖らせるが、こちらの言いたい事は分かってくれたらしく、結界に注ぐ力が強まる。
その令子達の手前―――崖の一番端に立って、唐巣は静かに―――しかし、その外観の静かな様子とは裏腹な、大きな空気のうねりさえ感じられる強い霊気を放射して、結界を維持し続けていた。
時折唇が動き、聖書の文を詠唱する以外は何も喋らず、何も聞かない。
美智恵達との連絡、周囲の警戒に忙しく走り回っている警官達や、他の場所で結界を展開している部隊との通信に対応する西条達の中で、唐巣だけが、微動だにせず眼下に広がる森を見つめ、霊気を結界に放ち続けている。
前に差し伸べた右手から放たれる霊気の、その発光現象の照り返しを受けて、彼のトレードマークである丸眼鏡のレンズはただ真っ白に光っており、その下の表情は誰にも伺えなかった。
(ピートさん・・・)
横島が取って来てくれた酸素ボンベのマスクに口を当てながら、キヌは、そんな唐巣の横顔を見つめて心の中で呟いた。
唐巣は結界を維持し続けた体勢のまま、何も語らない。しかし、無表情にさえ見えるその横顔が、何を思っているのか―――感受性の強いキヌは、唐巣が作業に没頭する事で打ち消そうとしている不安の正体を、一目で見抜いてしまっていた。
加奈江が屋敷を逃走してから、約一時間。
―――つまり、屋敷の中で、ピートの捜索が始まってから、約一時間。
いくら大きな屋敷とはいえ、美智恵達を含めて総勢数十名もの捜査員が捜しているのだから、一時間もすれば、何か連絡があって良さそうなものだが―――
(早く―――無事で―――)
酸素を吸い、息が落ち着いたキヌは、ギュッと目を閉じると、また笛を取り出して唇に当てた。
リップなど塗らなくても、可愛らしい桃色に色づいた唇が吹き口に当てられ―――キヌは、深く息を吸うと、渾身の霊力を込め―――そして、心からの祈りを込めて、笛を吹いた。

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