わたし
投稿者名:えび団子
投稿日時:(06/ 7/15)
―――――――――わたしの世界は、暗闇のなか―――――――――
遮るものもなければ、果てもない。
確かに感じるものは何もないという暗闇のみ。
そここそ私の世界であり全てであり、分かりうる限界だった。
分かりうる、というのには語弊があるかもしれない。
なぜなら、わたしには五感などありもしないのだから。
ありもしない感覚を、さもあるように感じるのにはわけがある。
生前のわたし、この言葉には偽りはないが、とにかく生きていたころは、
視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚がわたしにも備わっていたのだから。
じゃあ、なぜ何もないことが分かるのかと聞かれればわたしには説明できない。
ただ、漠然と分かる。としか言えないのだ。
いつからわたしはここにいて、いつまでいるのか。
わたしは、どこから来て、どこに帰ればいいのか。
そんなことすら、わたしには分からない。
そもそも帰る場所など、わたしにあるのかさえも分からない。
このまま永久にこの暗闇の中で漂い続けるのだろう。
何も見えず聞こえず感覚すべてが麻痺した世界で、わたしは。
ただ、ここにいる。
ただ、ここにいるだけの存在なんだろう。
わたしを取り巻く世界があるのかさえ分からないが、もしあるとしたら。
その世界が終わったとしても、わたしはここにいるだろう。
果てなき暗闇で時間の止まった世界で、わたしは泳ぎ続ける。
きっと。
―――――しかし―――――
暗闇がくれる優しさと切なさの中、目覚めたわたしは異変に気がついた。
変化は突然だった。
わたしの頭(あるかないか分からないが)の中に一枚の風景が流れ込んできた。
どこかの山中だと思われる映像。
はっきりとした映像ではないが直感的にわたしの記憶から溢れ出てきたものだと分かった。
わたしは息を呑んだ。
そしてそれらは少しずつ鮮明な映像へと姿を変えていった。
最初の頃こそ靄がかかり一昔前のフィルムで見る映画のようだったが、
次々に浮かんでは消える映像を眺めるうちに、今では細部まではっきりと分かる。
どうやら、わたしは山の中にいるようだった。
周りは薄暗くて、どこか洞窟を思わせる場所にわたしはいた。
前方に見えるのは土色の山肌で、そこから覗く僅かな草木が山の中だと認識させた。
わたしのいる場所は、かなり辺鄙なところらしい。
その山は車が通れるように道路が作られているが、わたしのいる場所は
そこから脇道にそれていったところにある。
しかも、勾配のきつい山肌をほぼ直角に降りたところにあるらしく、
人の目にはつかないし第一、降りることが出来ない。
そんな場所に、小さな洞窟造りの中にわたしはいた。
世界が暗闇に戻る。
溢れ出す映像が止まったのだった。
時間という概念があるのかないのか分からないが、溢れ出す映像は規則性がない。
突然溢れ、消える。また、映像にも一枚一枚には関連性がないことが多い。
この不思議な体験はいつまで続くんだろう。
ふと、そんなことを考える。
今までずっと無の世界で生きてきた。
だから何も考えなくてよかったし何も感じなくてよかった。
ところが、最近になって初めて知った刺激。
少しずつではあるが、わたし自身が何者なのかが分かりかけている。
知りたい。
わたしは求めていたのだった、わたし自身を。
映像が溢れ出す。
わたしは凍てつく氷の中で眠っていた。
そこで初めて自分の姿を見た。
わたしは巫女だった。
透き通るような白い肌に腰まで伸びた長い黒髪。
年のころは十五、六といった風貌で若い。
幼い顔立ちをしているが、意思の強さをもった娘だということが想像できた。
なかなか可愛らしい。
それが、わたし自身がわたし自身に抱いた初めての感想だった。
わたしがわたしを見たのは今までになかったことだし、
これからも、そんなことはないだろうと思っていた。
ずっと暗闇のなかで生きてきて、思考のみが許される世界だった。
というより、思考という感覚があったのかも疑わしい。
わたしは驚きと嬉しさが入り混じった複雑な気持ちだった。
そして、悲しくもあった。
初めて見る自分の姿は、わたしが思っているよりも若かった。
時間という概念がないこの暗闇では、正確なことは分からないが、
わたしがこの空間にいることを意識してから随分経つ。
少なくとも、こんなに若くはないと思っていたのだ。
だから驚いた。
また、わたし自身が現実と呼べる世界に確かに存在している嬉しさ。
今見ている映像が、わたしの妄想かもしれない可能性はあった。
しかも、わたしは現実の世界とやらを知らないのだ。
それでも何故か、これは現実なんだと確信していた。
かつてまだ、わたしが生きていた頃の記憶が蘇りつつあるからだ。
とても曖昧で頼りない記憶だけど。
これは、きっとわたしの記憶なのだ。
わたしは約三百年前からここにいる。
どうやら、何か悪いものを鎮めるために人身御供とされたらしい。
だけど、わたしはそれを望んでいたし後悔なんてしていない。
みんなが助かったのだから。
こんなわたしでも誰かの役に立つことが出来たのだから。
友達もいた、名前は思い出せない。
一番新しい記憶では、わたしは何処かの事務所らしき場所にいた。
宙に浮き、体に火の玉を引き連れて。
わたしの周りには、とても綺麗で自信の溢れた女の人がいた。
その人は背が高く亜麻色の髪をしていた。
もう一人は冴えないジーパンを履き、額にバンダナを巻いている男の人。
その人は、とってもエッチで何をやっても駄目だった。
わたしはと言うと、そんな二人に囲まれて電話番をしていたり。
女の人に紅茶を淹れていたり。
頭から血を流した男の人を手当てしていたり。
今日の晩御飯は何にしようかと考えながら、スーパーをうろついたり。
深夜に浮遊霊さん達とパーティーしたり。
一人ぶらっと空を飛んでいたり。
なかなか楽しくやっていた。
しかし、どうやらその世界でも、わたしは死んでいて幽体というやつだった。
わたしは急に面白くなった。
きっと今の自分は殻なのだ。
幽体という彼女が帰るべき体であるのだ。
いつ帰るのかは分からない。
分からないことだらけだった。
それでも、分かったことがある。
わたしは抜け殻で、いつか彼女が戻ってくる体であること。
生前のわたしも、幽体のわたしも幸せなんだということ。
わたしは事務所の男の人が、控えめに・・・ちょっぴり好きだということ。
わたしは何者で何という名前なのかと。
悲しいこともある。
分かったことだが今のわたしは氷の中にいる。
きっと、冷たいのだろう。
こんな凍える場所に、一人で何百年もいるのは寂しいだろう。
いつか、わたしがわたしに体を返す時。
寒くないだろうか。
それが気がかりだった。
ごめんね。
さあ、そろそろお別れみたい。
わかるの。
最近、意識が薄れてきている。
たぶん、わたしがわたしに体を返す時が近づいているのだ。
わたしは感謝している。
わたしに。
そもそも今の、体だけの私が意識を持てたのだって奇跡だし。
わたしにも訳がわからないのだけど。
とにかく、もう時間がないみたい。
ありがとね。
じゃあ、返すね。
わたしがわたしに。
―――――わたしの名前は、おキヌ―――――
FIN
今までの
コメント:
- はじめまして、こんばんは。
えび団子です。
知らない人が多いと思いますが、ずっと前に生息してましたw
とりあえず試験的に書いた作品ですが、新たな視線で書けたと思います。
えーと、呼んでくださった方々ありがとうございます。
長期連載や未完の作品をぼちぼちアップしていけたらな、と思う今日この頃です。 (えび団子)
- すいません訂正です。読んでの間違いでした。 (えび団子)
- 浮遊霊として地脈から切り離されているが、どこかで繋がっていた
魂と肉体が起こした不可思議な現象。
あるいは、おキヌの肉体に残っていた魂のかけら、その思い。
といった所でしょうか。
どちらにしろ、本人にすら気がつかれずに消えた意識ですね。
こういった原作の隙間を考えてみるのも面白いものです。 (aki)
- 氷に閉じ込められ保存されていたおキヌちゃんの身体の意識…とゆー発想がいいですね。
身体のほうもちゃんと氷の中で生きていて、幽霊になって漂っていた彼女の魂としっかりと繋がっていたその証…とゆうことなのでしょうか。
面白かったです。 (偽バルタン)
- コメント返しです。
akiさん、コメントありがとうございます!
原作の隙間を創るのは自分的にも好きだし、新しい切り口でお話を作りたいです。
おもしろく感じてくれれば幸いです。
偽バルタンさん、コメントありがとうございます!
おもしろく感じてくれてありがとうございます!
氷の中の彼女と幽霊の彼女の二人が存在する奇妙な話なんですが、魂は繋がってるってことです。 (えび団子)
- 面白い視点だな―って思いました。
全てのものに魂が宿るという価値観の国だから、
魂の抜けた身体に魂があってもおかしくないですね。
でもそれは、ふよふよ人魂浮かべてる彼女とは別で。
でも同一で。
ある種の悟り的な他と自己の揺らぎ。
こういうのもいいですね。 (ししぃ)
- 見事に騙されました!
なるほど、こう言う視点もあるんだなぁ……と感服するとともに、身体の側のおキヌちゃんの意識もまたおキヌちゃんだなぁ、とじんわりとあったかくなってくるストーリーでした。
ついつい顔をほころばせつつの、賛成票で……。 (すがたけ)
- コメント返しです〜。
ししぃさん、コメントありがとうございます!
今までになかった視点をコンセプトに書いたので面白いと思って頂き感謝です。
結局、魂ってなんだろう?的な話なわけで、彼女が彼女自身なわけで・・・
え〜、つまり彼女は彼女ということですw
すがたけさん、コメントありがとうございます!
騙されましたか!やったw
ほんわかな話なのか切ない話なのか書いてる自分では分からないものです。
じんわり、あったかくなられたのなら書き手として幸いです。 (えび団子)
- 亀レスすみません(汗)
いや、良い雰囲気ですね。物を使い続けると持ち主の意志が宿るとか、GSでは普通の価値観ですからこういうのもありですよね。
それに『もう1人の私』も、同じように優しい子で良かったです(^^
ほんわかあったかくなる話、ありがとうございました。 (ちくわぶ)
- 眠っていた身体の方に時を経て宿るもう一人(?)のおキヌ。幽霊の彼女とも生き返った後の彼女とも違う、だけど紛れもない彼女。
誰の事だろうと引き込まれる様に読み、発想の斬新さを感じさせられました。
“彼女”の独白は氷の中で眠る彼女のイメージに、そのまま結び付く雰囲気があったと思えます。 (フル・サークル)
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