ザ・グレート・展開予測ショー

澪、その日 (絶対可憐チルドレン)


投稿者名:とおり
投稿日時:(06/ 7/13)

アナタが誰だか、私は知らない。
知る必要も無いし、知りたくも無い。
どうせ、私にあるのはいたぶられるだけの毎日だから。










−澪、その日−









生意気。
わからない。
いらない。
恐ろしい。
憎らしい。
どれだけの言葉を聞かせられたか、いちいち覚えてもいない。
覚える必要も無かった。
どうせここからは出られないのだから。

「どうして生まれてきたの。どうして。どうして、私たちの子供に生まれてきたの。生まなければ良かった、生まれてこなければ良かった。多くは望みはしない。ただ、健やかでいてさえくれば良かったのに。なんで、なんで、なんで。あなたみたいな―」
   
放り投げだされる食事、正確にはエサといった方がいいかもしれないそれを出される度に、私に投げつけられる言葉。
私を生んだというだけで、殺すだけの度胸も無いモノが、吐き出す言葉。
今はもうただの雑音としか捉えられない程に、聞き慣れた。

「あなたは私の子なんかじゃない。人様にとても見せられない。いえ、見せてはいけないの。そう、だってヒトじゃないのだから」

窓の隙間からかすかに光が入る程度のじとついた、暗い部屋を、そう言ってあいつは閉じる。
静かな部屋。
目を閉じる以上に、目を開けている時の方が暗い部屋で、私はがさがさと毛羽立った熊を手に取る。
フォークを目に刺してみる。
ぬぷりと綿を突き通す。
つまらない。
どうして何も言わないの。
どうしてもっと痛がらないの。
どうして血を出さないの。
左足を引っ張ると、呆れるほど簡単に取れた。
詰まっていた綿が落ちる。
やっぱり、血は出ない。
どうして熊は血が出ないのだろう。
私はあんなにすぐに血を出すのに。
熊だから、人形だから、生きていないから?
私だって、たいして変わりはないのに。
つまらない。
つまらない。
つまらない。
ゴロンと寝転んでみても、ただ木の板が冷たくていたいだけ。
天井を見上げてみても、ただ真っ暗なだけ。
鼻の側に、臭いエサがあるだけ。
手をエサに突っ込んでみる。
ぬるくて、べちゃべちゃとしてる。
気持ち悪い、やらなければ良かった。
服でぬぐおうとして擦り付けても、ぬめり気が取れない。
あ、そうか。
やけにかさかさしているのは、ああ。
これはこの前の血が固まった奴か。
取れるはずもない。
手に付いたそれを嘗めてみても、やっぱり味もしない。
ただ妙な臭みと塩っけがキツイだけ。
わずかに分かる皿の形から縁を持って、口に流し込む。
端からこぼれて髪に服にかかるが、気になりはしない。
どうせ私はこの部屋にずっといるのだし、風呂にだって入れては貰えないのだから。
小も大も、ただバケツに流し込むだけの部屋をあいつが鼻が曲がるほど臭いと言い出したらば、まれにはそういう時もある。
だから、部屋にエサを撒き散らすのも悪くは無い。
流し込み終わった皿を、あいつが消えた所に放り出す。
こうしてやれば、あいつの金切り声を聞かずにすむ。
くわんくわん…。
皿が止まって、音が消えた。
またいつもの通りだ。
何も変わりはしない。
また少しすれば、あそこをあいつが空けて雑音を出した後に、私をいたぶるのだ。
同じ様に、繰り返し、何度も。

一度あいつの目を見てやった事がある。
一瞬大きく見開いて、またすぐに閉じた。
なにが気に入らなかったのか、叩きつける手に力が入った。
右に左に打ちすえられながら、早く終われば良いのにと考えていた。
どうせ殺す度胸も無いのだから時間の無駄だ、と。
バカバカしかった。

あたしは体を壁に投げ出して、手足をだらんとたらす。
板が冷たくて、痛い。





びくんと体が跳ねて、起きる。
なんだろう。
息が荒い。
血の気が引いて、汗が噴出す。
心臓が破裂しそうに早い。
部屋は澱んでほの暗い。
いつもと変わりない。
湿って据えた空気、イタイほどの臭気、なにかがはいずり廻る音。
ここは、あたしの部屋だ。
どのくらい時間が経ったのかは、分からない。
だけど、分かる。
もうすぐ、あいつが扉を開けて、この部屋に入ってくる。
汚いわね、臭いわねとわめき散らしながら、髪を引っ張ってあたしを引きずりまわす時間だ。
ぎい。
ああ、やっぱり。
このつまらない部屋で、一番つまらない時間が始まるんだ。
ゆっくりと開いていく扉は、あたしにそれを教えてくれる。
だけれども、入ってきたのは見たことも無いヤツだった。
扉の向こうから入る光を背にしてゆっくりと近づくソイツは、白い髪をしていて、黒尽くめの服を着ている。
ああ、そうか。
コイツが、コイツがあたしを殺してくれるんだ。
このつまらない時間を、終わらせてくれるんだ。
あたしはいつかの様に、目を見た。
こうすれば、より力を込めてあたしをいたぶるだろう。
じっとソイツの黒い目を、見た。
早く終わらせて。
そう、願いを込めて、じっと見た。
ソイツは近くに立ったまま、動かない。
あたしを見下ろして、静かに立ち尽くしている。
なんだろう。
ことり。
こぼしたエサの上に、ソイツは膝を下ろした。
なに、こいつ?
アタシを捉えたままの目は、じっと動かない。
手が伸びる。
ああ、ようやく始まる。
ようやく終わる。
だけども、あたしの期待は裏切られた。
あたしの背中へと当てられた右手、腰に当てられた左手、そしてソイツの胸にあたしを引き寄せた両手は、かすかに震えていた。
なんで、こいつが震えるの。
訳がわからない。

「出よう」

確かにソイツは言った。
出る? 
どこへ? 
あたしの部屋はここ。
いらないあたしの部屋はここ。
恐ろしいあたしの部屋はここ。
憎らしいあたしの…言いかけて、ソイツはあたしの口をそっと右手で閉じる。

「大丈夫、出るんだ。出られるんだ」

それだけ言うとソイツは、あたしの口から手を離しまた背中に手をまわす。
ゆっくりと立ち上がって、そして扉の方へ歩いていく。
出る、出てどこへ行くの? 
どうするの? 
あたしはソイツに聞いた。
ソイツはぽつりと、こう言った。

「心配しなくて良い。君はこれから、どこへだって行けるんだ」

ソイツがそう言い終えた時、あたしは扉の向こう側にいた。





アナタが誰だか、私は知らない。
これからどこへ行くのか知る必要も無いし、知りたくも無い。
どうせ、私にあるのはいたぶられるだけの毎日だから。
のっぺらぼうの、繰り返しの毎日だから。
部屋の外で、眩しくて目を開けられないほどの光の中で、胸の中で。
あたしはそう、思っていた。

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