ザ・グレート・展開予測ショー

珈琲


投稿者名:NATO
投稿日時:(06/ 7/10)

久しぶりに、自分で珈琲を淹れた。

家ではキヨが淹れてくれるし、ここでは先生が淹れてくれるか、飲みたくなれば一階の自販機に足を伸ばす。

いつもは何も入れない。

目に止まったから以上の意味はないが、今日はクリームを入れてみることにした。

CMやドラマで流れる、渦状の白を見てみたくなったのだ。

小さなスプーンで流れを作る。

容器のふたを剥がす。つめが引っかからず、一度やり直した。

心なし高めの位置から、ゆっくり傾ける。

滴、それから小さな線となって、カップの上に落ちていく。

くるくると。細い線が、真黒の液の上を這い回る。

いつものスーツより、さらに高いものを選んだ。

もしかしたら、彼のタキシードよりも高価かもしれない。

精一杯の、嫌味だった。

涙は出ない。それはそうだ。僕は彼女の身内ではない。

妹のような少女。ふと、彼女の笑顔が浮かんだ。邪気の無い、精一杯の。

僕が彼女を知っているのは母親が居なくなる前と、彼女がひとり立ちした後だ。

だから、僕は彼女の可愛らしさと美しさしか知らない。あるいはそれが、僕の敗因だったのかもしれない。

左腕に、まだ熱の篭った痛みがある。

昨日のこと。思い出して、苦笑する。

僕ともあろうものが。随分と子供じみたことをしたものだ。

とっくに決まっている勝敗に、形をつけようとするなど。

思ったよりクリームの渦は綺麗ではなくて、僕はスプーンでかき回す。

湯気を立てる珈琲、僕は猫舌だ。考える時間はまだある。

ポケットに突っ込んだ疼く左腕、なぜか心地よい。

悔しいのに、それでも、楽しかった。

「僕の負けだ。横島君」

楽しい。それでも、おめでとうという言葉は出てこない。

勝者を祝福できるほど、余裕がある戦いではなかったということだろう。

だからこそ、その敗北が無性に楽しい。

珈琲は、そろそろ僕でも飲める温度だ。それでも、かき混ぜる。

ぬるい珈琲をまずいなどというが、そんなやつは因縁をつけたいだけだ。

本当に美味い珈琲は、ぬるくなっても美味い。

あまりかき混ぜすぎて、酸化すれば流石に味は落ちる。

スプーンをおいた。

僕以外誰も居ないのに煌々とつく明かりの下で、その音はやけに強く響く。

持ち上げる。重い。口に運ぶ前にちょっと考え、なんとなく一度カップを掲げた。

思い浮かぶ、はにかんだ笑顔。あの笑顔は、どちらかというと少女の頃のそれに近い。

清楚な白を纏う彼女を、僕はもう愛しいとは思わなかった。

思えない。それは既に負けたという証で、こうしてここに居る僕は最後に残った未練なのだろう。

液面を見つめる。白が混じった黒。黒のままのほうが、綺麗だった。

毒杯か、極上の美酒か。一気にあおる。




――珈琲を苦いと思ったのは、どのくらいぶりだろう。

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