ザ・グレート・展開予測ショー

ある夏の暑い日


投稿者名:とおり
投稿日時:(06/ 7/10)

かんこんかん、と階段を登る。
2階の廊下は鉄で出来ていて、歩くたびに音が響く。
暑さに流れる汗を、手でぬぐう。
見上げれば、入道雲が青い空を白い姿で覆い隠そうとしている。
蝉も、木々も、街も、濃い夏に覆われていた。

「今日はおキヌちゃん来るんだったっけなあ」

照りつける日差しから早く逃れようとポケットから鍵を出そうとして、キッチンの窓が開いていることに気付く。
出るときには閉めたはずのそれが空いているという事は、合鍵をつかっておキヌちゃんが来たって事だ。

「おキヌちゃん、いるの? 」

鍵を閉めていなかった扉をすっと引いて、俺は部屋に足を入れる。
太陽の光が差し込んで明るい部屋にいたのは、おキヌちゃんだった。
だけど、おキヌちゃんはしどけなく寝そべっていて、俺を驚かせる。

「ううん…」

扇風機は回っているが、あまり効果がないのか。
熱を吸って暑いのだろう、寝転がりながらも髪を右手でかきあげるおキヌちゃんに、俺はつい見ほれる。
普段はあまり見ない彼女の白い首筋、それとうなじがはっきりと見えて、どぎまぎとして立ち尽くす。
外から聞こえる蝉の音が劈くようにして、開きっぱなしのドアから飛び込んでくる。

「えっと…」

どうしよう。
部屋に入って、窓を空け放して風通しを良くするべきか。
それとも、肩をゆすって起こしてあげるべきか。
見なかった事にして、ドアを閉めるべきか。
迷っているうち、どうしても視線を外せなかったうなじにぽつぽつとした水滴が、そう汗が染みでて肌を濡らす。
うなじに絡む汗が、夏の日差しを受けてきらりと光る。
ほんのりとした甘み、とでも言えばいいのか。
乱れ髪がやけに綺麗で、俺は結局何も出来ないでいた。
その時。
じりりりりりりと目覚ましの音が鳴り、同時に玄関から部屋に風が吹き込み暑気を払う。
はっと我に返った俺は、思わず玄関から飛び出してしまう。

「何やってんだ、俺」

階段下まで駆け下りた俺は、持っていた買い物袋を庭の土の上に下ろすと、大きく深呼吸をした。
部屋から目覚ましの音は、もう聞こえてこない。
きっとおキヌちゃんが止めたのだろう。
空いていた玄関を、どう思うだろうか。
閉め忘れたと思ってくれるだろうか、それともいぶかしがるだろうか。
先ほどまで、彼女の寝姿を断りもなしに見てしまっていた俺は、どうにも居心地が悪かった。

「あーでもなー。色っぽかったなー、おキヌちゃん…」

そう。
Tシャツにショートパンツという夏の暑さをしのぐには良い、でもおキヌちゃんにはちょっと過激な装いは、それだけでも十分に俺には刺激的なのに。
俺の部屋でまどろみ休んでいた彼女は、夏のけだるさを閉じ込めたみたいに、ゆったりとしていて。

「どんな顔して入っていこうかなあ…」

呟く俺に、上からかぶさる聞き慣れた声。

「どんな顔もなにも、横島さん、汗かいてますよ? 」

「えっ? 」

おキヌちゃんがサンダルをつっかけてかつかつ、と白いペンキ塗りの階段を下りてきた。
見上げた先に、やっぱり少し汗の浮いたふとももがあって、なにかまたいけないものを見てしまったようで目を伏せる。

「はい、汗はちゃんとふかないと」

そう言って、おキヌちゃんはポケットから取り出した水色と白の網掛け模様のハンカチを、そっと頬にあててくれた。
頬から額に、そして耳の後ろに。
幾度かぽんぽんと、吸わせる様に叩いた後で、おキヌちゃんは微笑んで言った。 

「お帰りなさい、横島さん」

「あ、えっと、その。…ただいま」

出てきたのは間抜けな声で、でもおキヌちゃんは、可笑しそうに笑ってくれる。 

「どうしたんですか? 変な横島さん」

降りてきた階段をまた足早に登ると、踊り場でくるりとこちらを振り返る。
長い綺麗な髪が、たわんで揺れる。

「先にお部屋で待たせてもらってたんですけど。横島さん調度良いところに帰ってきたから、一緒にお掃除しましょう。それが終わったら、今日は実家から送ってきたお蕎麦を、ざるで頂きましょう。ね? 」

「お、いいね」

俺もその声につられる様に階段を登って、おキヌちゃんの後から部屋に入る。
もわっとした暑さは、屋根にたまった熱が部屋に下りてくるからだ。
でも、さっきまで身にまとっていた気だるさはどこへやら、おキヌちゃんはまた、いつもの様に元気一杯で、無意識なのだろうけど腕まくりしようとしてる。
「おキヌちゃん、Tシャツで袖まくってもあんまり意味ないんじゃない? 」

「えっ? …やだ、もう」

改めて気付いたように、ばっと脇を抱え込むおキヌちゃんの顔は真っ赤で、俺は一層可笑しい。
でも、抱え込んだ脇のせいで背中にTシャツが張り付く。
元々小さめだし汗が浮かんでいたのだろう、Tシャツが透けはしないが、ぴっちりとしている。

「もう。バカな事言ってないで、お掃除しますよっ! 」

「はいはい」

「むー。いいですもん、襖の奥にしまってる洋物はーどこあ、ふんじばって捨てちゃいますからー」

そっぽを向きながら、俺にはとても重大な事を、さらっと宣言する。

「あー。ごめんなさい」

右手で頭を抱えて、下げる。

「…分かればよろしい」

つんとすましたおキヌちゃんを、ゆっくりと上目遣いに見つめて、目が合う。

「ふふふっ」

「あはははっ」

どちらともなく笑い出して、声が大きくなっていく。
傾き始めた太陽はまだ胸をそらして、俺たちから少しでも汗を搾り取ろうと輝いている。

「じゃ、いい加減始めますか」

「そうだね、やっちゃおうか」

二人して、部屋に入る。風通しを良くしようと、色んな所をあけて、埃も舞わない様にして。
その時、足元の畳が少しだけ熱を持って湿っているのが分かった。
ここは、さっきおキヌちゃんが寝ていた所で、ちょっと足が止まる。

「どうしたんですか、横島さん? 」

「あ、いや、別に。なんでもないよ」

俺はキッチンに逃げるようにして、台所のスポンジを取る。
蛇口をきゅっと開いて、多めに水を出す。
跳ねる水が俺をぬらして、顔に、腕に、掛かる。

「ふう。さて、じゃあ本当にやりますか」

一人ごちると、溜めていた食器から洗い流していく。
脇の乾燥箱に手際よく入れていくと、それもすぐに終わる。
トイレに、上の棚、板張りの床、冷蔵庫の下。
お風呂は無いから、キッチンでなにかしようと思っても、対して時間もかからず終わってしまう。
大体手を入れて、動きを止めた時、ぶわっと汗が噴出す。

「うわ、あっちー…。おキヌちゃん、こっちは終わったから」

畳敷きの部屋に戻ると、おキヌちゃんもまた体中から汗を噴出していた。
さっきから張り付いていたTシャツが気持ち悪いのか、胸の前を指でつっかけて手をぱたぱた、風を送っていた。

「きゃっ、やだ横島さんっ」

また慌てて、さっきと同じようにして今度は胸を隠す。屈み込みがちになっているせいか、胸元が強調されて余計に刺激的なのを絶対分かって無いよな、おキヌちゃん。










「あの、えと、その。…こっちも終わりましたから」

ちょっと距離を置いて窓辺に座ったおキヌちゃんは、さっき俺の汗をぬぐってくれたハンカチで、額の汗を取りながら言う。
張り付いた髪も直して、通り抜ける風にさらされるのが気持ち良いのか、落ち着いた顔をしてる。 

「随分と、汗かいちゃったね」

「そうですね、ちょっと体も拭きたいかも」 

確かに俺も背中に汗が落ちるくらいで、シャワーを浴びたい所だけども、事務所と違って俺の部屋にはお風呂が無いから、それも出来ない。

「あ、じゃあ銭湯に行こうか。3時過ぎからやってるんだよね。この時間は人もいないし、落ち着いて汗をながせるよ」

「あ、いいですねっ」 

俺は箪笥からタオルを何枚か取り出すと、それを洗面器と一緒におキヌちゃんに渡す。 

「じゃあさ、それ使ってよ。俺は風呂屋の奴を使うから」

「はい、ありがとうございます」 

洗面器を抱えて、腰掛けていた窓辺からおキヌちゃんはゆっくりと立ち上がる。
風にのって、彼女の匂いが鼻にふうわりと届く。
また少し耳から髪をかきあげる仕草が、そうさせた様だ。
どきどきとした心臓を押さえ切れなくて、背を向けて、俺は道具一式を掻っ攫うように部屋を飛び出す。
後ろからは、おキヌちゃんの待ってくださいよーという声が聞こえてくるけど、俺はとりあえず動悸が治まるまでは走ってみた。
サンダル一つで飛び出した俺を、おキヌちゃんはつっかけをからんころんと鳴らして追いかけてくる。
ひどいじゃないですか、置いてけぼりなんて。
口を尖らせて抗議するおキヌちゃんに、俺はようやく息を整える事が出来て、ごめんごめんと謝った。






「近いんですか、銭湯って」

おキヌちゃんは両手で洗面器を胸元で抱えていた。このあたりには珍しく直線で伸びた道路の先、少しだけ続く坂の先には陽炎が浮かんで、並んで歩いて登ってもいつまでもたどり着かないんじゃないかなと思った。

「うん、もうすぐだよ。坂の途中のわき道に入れば、お城の屋根みたいな門構えの建物がすぐ目に入るから」

「へえっ。あたし、銭湯って行った事ないから、楽しみです」

「広くて気持ち良いよ、きっと。温泉みたいじゃあないけど、風情があって好きなんだ」

「そうですか」

「あ、あれがそうですねっ」

おキヌちゃんはようやく汗を流せるとばかりに、嬉しそうな声を上げた。
銭湯は言った通りにわき道に入ってすぐ、白い漆喰の門構えが立派で、古く昭和からあるのだという歴史を誇示している様で、なぜか微笑ましい。 

「いらっしゃいまし」 

入り口で靴入れに履物を入れた俺たちは、男湯と女湯の前でいつもの番頭さんに400円を渡す。
番頭さんと入っても、もう初老といって良いおばあさんだ。 

「はい、おばちゃん。今日は二人分ね」

「おや、珍しいね。早い時間に来たかと思えば、彼女連れかい」

「彼女じゃねーっての」

「おや、そうかい。そっちの彼女は暑さにあてられたのかいねえ。真っ赤っかだよ」 

落ち着いてしっとりとした声で、でもしっかりからかうおばちゃんに、おキヌちゃんは耳まで真っ赤にしてうつむいてしまっている。

「ったく、長生きするよ、おばちゃん」

「わたしゃ、100まで生きるさね。ほらほら、入り口で突っ立ってないで、入った入った」

脱衣室で服を脱ぎ、かららららと、仕切りのガラス戸をあけて、まだあまりあったまっていない浴室に入る。
重ねられた椅子から一番上の奴を引き抜いて、同じ様に桶も取る。
蛇口を押し込んでからお湯を出し、軽くかけると俺は椅子に腰を下ろした。
桶にたっぷり温めの湯を取り、一気に頭からかけ流す。

「ひゃー、気持ち良いっ」

べたついた汗が一気に流れ落ちていくのが分かる。
二度三度、繰り返しかけ終わる頃には、すっかり落ちきっていた。
人がいる時間帯には出せない大きな声で喜んでいると、隣からも声が聞こえてきた。

「あたしも、気持ち良いですー」

男湯と女湯を仕切る、2m半くらいの壁。
そこには水道や鏡が並んで体を洗えるようにはなっているが、高い天上までは続いてはいなかった。
おキヌちゃんは、この壁の反対側で体を洗ってたのかな。

「そっかー、良かったよ」

タオルを桶につけて、石鹸を取ろうとした時、手元に無いことに気が付いた。
そうだ、おキヌちゃんに渡した奴しかなかったんだっけ。
番台で買ってもいいんだけど、100円ちょっともして結構高い。

「あ、ごめんおキヌちゃん。お願いがあるんだけど」

「なんですかー、横島さん? 」 

壁の向こうから、声が返って天井に反響する。 

「石鹸使い終わったら、貸してくれないかなー」

「あ、じゃあ先に使ってくださいー。あたし今、髪を流してましたからー。あれ、でもどうやって渡せばいいですかー? 」 

くぐもった湯気の向こうから、戸惑ったおキヌちゃんの声が聞こえる。 

「上から投げてくれればいいよ」 

俺がそういうと、わかりました、じゃあ行きますーと穏やかに投げられた石鹸が壁を飛び越えてきた。 

「ありがとう、おキヌちゃん。すぐに返すねー」

「あたし髪洗うの長いですから、ゆっくりどうぞー」

俺はすぐにタオルに石鹸をこすりつけあわ立たせると、おキヌちゃんに石鹸を返した。 
きゃ、なんて声が聞こえたから、もしかしたら足を滑らせちゃったも知れない。
 
「大丈夫ー? 」

「あ、大丈夫ですー。髪をまとめたタオルがばらけちゃって、ちょっとびっくりしただけですからー」

「じゃ、ごゆっくりー」

「はい、ありがとうございますー」

嬉しそうな声が聞こえたかと思うと、少ししたら鼻歌が聞こえてきた。
女の子って、本当にお風呂が好きだよな。





体を洗い終えて、泡を流してたっぷりの湯につかる。
蛇口と同じで、この時間はまだ湯が暖まりきっていないから、この季節にはむしろちょうどいい湯加減になっている。 

「ふう…」 

ゆっくりと息をはいて、また吸い込む。
湯気が気管を潤すのが分かる。
泡風呂や電気風呂とかも楽しんで、20分ばかりつかると俺は湯から上がった。 

「おキヌちゃん、俺とりあえず上がるからー。待ってるから、ゆっくりしてってねー」

壁の向こうに声をかけると、のんびりとしたおキヌちゃんの声が聞こえる。

「はーいー…」 

やっぱり部屋の中で暑かったのか、大分お風呂を楽しんでるのが声で分かる。
それなら、とおばちゃんにお金を渡してお願いをする。 

「これで、冷えた奴を渡してあげて」

「なんだい、珍しいね。ちょっと待ちな」

そういうと、ひとり分しかお金を渡さなかったのに、おばちゃんは冷蔵庫からコーヒー牛乳を出してきてくれた。 

「ほれ、飲みな」

「あれ、いいの? 」

「なあに、今は他のお客さんもいないしね。普段から良く来てくれる常連さんには、サービスするさ」

そう言うと、おばちゃんはまた番台に戻ってTVを見始めた。

「んじゃ、頂きます」

腰に手を当てて、ぐいぐいと一気に飲み干す。
お風呂上りに飲むコーヒー牛乳はなんでこんなに美味しいのか、研究に値するかもしれないなーなんてくだらない事を考えて、ビンをかごに戻す。

「ごっそーさん」

「あいよ。まあ、ゆっくりと待ってやりな」 

ぶっきらぼうに、おばちゃんは言った。
それから、少しばかり新聞を読んで、クーラーの利いた脱衣室でソファーに座って待っていると、おばちゃんが声をかけてくれた。

「ほれ、彼女上がったよ」

「だから彼女じゃないっての」

おや、そうなのかいとまたつまらなそうに言うおばちゃんは、ちょっと待ってから番台を降りていく。
どうやら、コーヒー牛乳を渡してくれたみたいだ。

「ありがとうございますー」

番台の向こうから、おキヌちゃんの声が聞こえる。
おばちゃんはどっかと腰を下ろして、タバコに火をつけた。 

「ありがとね、おばちゃん」

「いや、大したことじゃないよ。まああれだね、随分と可愛い子だね。大事にしてやんな」

ふーと白い煙を吐きながら、おばちゃんが嬉しそうに微笑む。
もう俺は諦めてしまって、おばちゃんに大事にするよと苦笑いで返す。
ようやく納得してくれたみたいに、おばちゃんはそうかいと言うと、またタバコをくゆらせた。 

「横島さん、準備できましたー」 

すっかりと声色も明るくなったおキヌちゃんが、番台の向こうに顔をひょこっと出した。 

「あ、じゃあ行こうか」

「はい」

おばちゃんを挟んで声を交わすと、おばちゃんは一層大きな声を上げて、笑った。

「良いお風呂でした」

「また」

俺たちはそう言って、銭湯を後にした。










「さっぱりしましたー」

「そりゃ良かった」

帰り道、さっきよりもぐっと傾いた日は色を帯びていて、下る坂道に影を長く伸ばしている。
夕日は案外と愛想が無いから暮れるときはあっという間だけど、夏の長い日はまだまだじっと留まっていたい様だった。 

「風が気持ち良い」 

さあ、と日中からの風が吹き抜ける。
街の熱を吸ったそれも、お風呂上りのほてった体にはありがたい。 

「気持ち良いね」 

からころ、かたこと。
おキヌちゃんのつっかけが、行きがけとは違った音をかもし出す。
隣の、右手を伸ばせば届きそうな距離にいるおキヌちゃんの、でもやっぱり手は握らずに。
肌に汗はもう浮かんでいない。
桜色の彼女が夕日に照らされてなお綺麗で、俺をどぎまぎとさせる。
今日一日、おキヌちゃんといい銭湯のおばちゃんといい、なんだってこうなんだか。
心の中でぶつくさとしていると、右手が暖かいものにかする。
視線を落としてみると、おキヌちゃんもまたはっとして、手を体に引き寄せいていた。
髪は左にまとめて、肩口にたらしている。 

「あ、ごめんね」

「…いえ」 

立ち止まり、またすぐに歩き出す。
焼けたアスファルトのせいだろうか、かあっとまた熱くなる。
だけども、なんでだろうか、昼間の様な不快さは全然無い。
俺は走って、風を全身に受ける。お風呂に入る前に聞いたような、おキヌちゃんのすねた声が聞こえる。 

「ほら、走ると気持ち良いよっ」

「もう、待ってくださいってば」 

止まった所で振り返ると、西日が目に飛び込む。
手をかざすすと、おキヌちゃんが髪を揺らして小走りに近づいてくる。
夕日を受けた髪は深い蒼に見え、青いTシャツと、濃紺のショートパンツに栄えていた。 

「もう、何度もいじわるするんですから」

「あははっ、でもこれでお蕎麦が美味しく食べられるんじゃない? 」

「ふーんだ、横島さんの分はあっつい掛け蕎麦にしてあげますからっ」

「えー、それイヤだなあ」

「駄目ですっ」 

おキヌちゃんは言うが早いか、今度は俺を置いてきぼりにして駆け出した。
からころころ、こんからころ。
俺のアパートに、音が近づいていく。 

「あっつーいのを、食べさせちゃうんですからっ」

いたずらっ子の笑顔で、おキヌちゃんが言った。

「冷ましてなんか、あげませんからねー」

遅れた俺は、急いで走る。
風がまた通り抜けて、髪を撫でた。
夕暮れは、とても穏やかで騒がしい時間だった。




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