ザ・グレート・展開予測ショー

魂刃の錬丹術師


投稿者名:夢酔
投稿日時:(06/ 7/ 6)

魂刃の錬丹術師−起− 


「技術によって生み出された彼らは先天的に技術そのもので、何も教える必要がなく、むしろ教える資格がある。彼らは人間以上のもので精霊に近い」――パラケルスス「物性について」――


 古臭いが、それなりに整頓されたアパートの一室。裸電灯に照らされた室内には、老人と少年が卓袱台を挟んで向かい合っていた。老人の脇には、無言の少女が銅像のように微動だにせず控えている。
「結論から言おう。それだけでは蛍の嬢ちゃんの復活は無理じゃ」
 普段の様子からは信じられない真剣な口調でカオスが告げた。
「そうか…」
 期待していただけに、横島忠夫の落胆ぶりは凄まじく、彼の持ち味である底抜けの明るさも能天気さも影を潜めていた。
「待て、待て! 人の話は最後まで聞くもんじゃ。わしは『それだけ』ではと言ったぞ?」
「じゃ、じゃあ!」
「然様。アイデアそのものは悪くない。むしろ、小僧にしては上出来じゃ」
 カオスが唇の端だけを軽く持ち上げて見せる。その姿は『ヨーロッパの魔王』の呼び名に恥じない貫禄と不敵さを帯びていた。
「確かに、そのアプローチなら、霊基構造の不足も補うことができるじゃろう。何より、他人の手を煩わさずに済むしな?」
「な、何を言ってるのか、ぼ、僕には分かりかねると言いますか…」
 カオスの親愛の篭ったからかい口調に、額に汗を浮かべて必死に誤魔化そうとする横島。一人称が「俺」から「僕」になっている辺り、その動揺の大きさが窺われる。
「まあ、それは良いとしよう」
「あ、ああ…」
 カオスがあっさりと話題を変えたため、横島は安堵の溜息を漏らした。
「さて、アイデアは良いが、実現するとなると問題は山積みじゃ。生憎、その方面はわしも専門外じゃから、今すぐどうこうと言う訳にもいかん。そもそも、今のわしでは機材も資金も全然足らんわい」
「そ、そうなのか?」
「当たり前じゃ。元々、その手の設備は金も手間も掛かるもんじゃ。何と言ったか、ほれ、蛸の魔族がおったじゃろう?」
「蛸の魔族? ああ、居たな、そんなのが」
 カオスの指摘に、ようやくといった感じで横島がおぼろげな記憶を思い出す。だが、両者とも名前すら思い出さない辺り、その魔族の影の薄さを物語っていると言えなくもない。 
「って、おい。まさか、あんなでっかい施設が要るってんじゃないだろうな?」
 横島が施設の規模を思い返し、冷や汗を浮かべる。あの工場のような施設は、とても個人で用意ができるものではない。多少は上がったとは言え、彼の給料ではとても無理な相談だ。
「そのまさかじゃ」
「な、なんだって? それは、遠まわしに無理って言ってるのか? 糞! 期待して損した! みんな貧乏が悪いんじゃ〜!」
 今までのシリアスな雰囲気をぶち壊しにするように、目の幅大の血涙を流しながら、横島が咆哮を挙げる。
「ま、待て。落ち着け、小僧! それに、そんな大声を出したら…」
「ミス大家の・折檻を・受ける可能性・98%…」
 カオスが泡を食ったように横島を止めようとし、今まで無言で控えていた少女−マリアの言葉が終わる間もなく、
「一体、今、何時だと思ってんだい? 人様の迷惑を考えな!」
老婆とは思えない雷声のような叱責と共に、大家が振るう薙刀が白刃の暴風と化して来襲し、実力で三人を沈黙させた。


「あ〜、死ぬかと思った」
「確かにのう…」
 常人なら三度死んでもおつりがくる『お仕置き』から、お馴染みの台詞と共に横島とカオスが復活する。ちなみに、アンドロイドのマリアには自己修復機能が搭載されていないため、床に転がったままだったりする。
「話を戻すぞ」
「あ、ああ」
「先ほど例に挙げたのは大量生産を前提にした施設じゃったから、あれほどの規模を必要としたと言える」
「だったら…」
「じゃが、少なくとも企業か大学の小規模な研究室と同程度のシロモノは要るぞ? 『錬金術』と『科学』だけを使うならば、じゃがな」
「どういう意味だ?」
 何かを含んだカオスの物言いに、横島が怪訝な表情を浮かべる。
「そのままの意味じゃよ。わしが専門とする『錬金術』と『科学』をベースにする限り、それなりの施設と設備は絶対に必要になる。だが、『それ以外のもの』を加えれば、その限りではない、ということじゃ」
「おい! まだるっこしいぞ! 『それ以外のもの』って何だよ?」
「『錬丹術』、より正確に言えば、『内丹法』じゃ」
 焦れた横島の質問に、カオスが自信たっぷりに答える。
「って、何だそりゃ?」
 横島の無知っぷりに、カオスが卓袱台に顔からダイブする。
「小僧! おぬし、それでもGSか? しかも、おぬしは、あの『斉天大聖』の弟子じゃろうが!」
「いや、んなこと言われても、俺って、そういう知識方面はさっぱりだし…」
「ったく、呆れた奴じゃ。無知にも程があるぞ…」
「仕方ないやんか〜 美神さんは何も教えてくれんし、猿爺の修行かて、極限状況に追い込むだけのスパルタやったんや〜」
 さすがに大家が怖いのか、小声で叫ぶという器用な真似を披露する横島。
「やれやれじゃのう。せっかくじゃからわしが教えてやるわい」
「手短に頼む」
 講義をするのが楽しいのか、妙に上機嫌なカオスに、横島が釘を刺す。
「まあ、良い。『錬丹術』とは、中国の『錬金術』のことじゃ」
「どう違うんだ?」
「基本は同じじゃよ。『錬金術』における究極目標とは何じゃ?」
「え〜と、『金を作り出すこと』?」
「50点じゃな。『卑金属の貴金属への昇華』や『不老不死』を可能にする『賢者の石』の創造じゃ。『黄金の生成』にせよ、『不老不死の薬』にせよ、そのための副産物に過ぎん。そして、『錬丹術』は『人の仙人への昇華』、即ち『昇仙』を可能にする『金丹』の創造を目指す」
「へ? だったら、何も違わねえじゃね〜か」
 カオスの説明に、横島が不服を述べる。
「『目標』はな。だが、『錬丹術』には、『錬金術』にはない独自のアプローチがある」
「それが、『内丹法』だってか?」
 横島の言葉に、カオスが嬉しそうな笑みを浮かべる。それは、生徒の意外な優秀さを目の当たりにした教師に似ていた。
「その通りじゃ。小僧にしては、良い推測じゃな」
「余計なお世話だ! で?」
「『錬金術』にせよ、『錬丹術』にせよ、普通は、植物や鉱物を様々に加工することで『賢者の石』や『金丹』を作る。このようなアプローチを、『錬丹術』では『外丹法』と呼ぶ。ここまでは良いか?」
「あ、ああ、まだ何とか…」
「しかし、『内丹法』は全く違うアプローチを取るんじゃ。」
「どんな?」
「自らの『気』を極限まで収束し、それを体内で徹底的に練り上げることで『金丹』を作る…」
 そこで、カオスは不自然に言葉を切った。カオスが無言で自分を見つめてくる。鷹のような鋭い眼光が、途轍もないプレッシャーとなって横島に重くのしかかる。
 突然、横島に天啓が訪れた。
「それって、つまり… 俺の…」
「然様。おぬしになら、いや、おぬしにしか出来ぬ方法じゃ。じゃが、生半可な覚悟では達成出来ぬ。おぬしにそれだけの覚悟はあるか?」
「勿論だ!」
 『ヨーロッパの魔王』の問いに、『魔神殺し』が答えた。それが、『魂刃の錬丹術師』誕生の瞬間だった。 




魂刃の錬丹術師−承− 
 

「太乙とは、それに勝るものがない者の呼び名である。生命の丹術の秘法は、無為を達成するために有為を用いることにある。金華とは光である」――呂厳「太乙金華宗旨」――


 カオスのアパートを訪れてから、表面上は、横島の生活に大きな変化はなかった。生活費を稼ぐためにGS見習いとしてバイトに精を出すことも、高校に顔を出したところで真面目に授業を受けることがないのも、いつも通りであると言えた。
 しかし、些細な変化が幾つか見られた。 
 まず、きちんと自炊をするようになり、コンビニの惣菜やインスタント食品の類を口にすることがほとんどなくなった。とは言え、偶に訪れる悪友や妖狐の少女のためにカップラーメンやカップうどんのストックを欠かさない辺り、彼の人柄が窺えた。
 次に、夜型から昼型へ生活サイクルを切り替えた。彼の一番弟子が散歩を強請りに来る前に起きだし、近所の公園で、何やら踊りとも体操ともつかないものを欠かさず行うようになった。勿論、その後できちんと「散歩」にもつきあっているのは言うまでもない。
 最後に、毎週とは言わないけれど、バイトの合間を縫って、足繁く妙神山へ通うようになった。しかも、秋葉原で発掘した往年の名作ゲームや、あらゆる伝手を使って手に入れた新作ゲームの限定版などを手土産に。もっとも、訪問の度に、義妹の遊びだけでなく、剣術の稽古等にも付き合うようになったため、管理人の好感度が着実に上昇しているのに気づくことが出来ないのも、彼が彼たる所以なのかもしれなかった。
 勿論、異変に気づいた者が居なかった訳ではない。
 彼の一番弟子たる人狼の少女、彼の同僚たる巫女の少女、彼の雇用主たる世界屈指のGS、その保護下にある妖狐の少女などは、彼の言動や素振りに違和感と何とも表現しがたい危機感を感じていた。何も考えずに直接に尋ねる者、遠まわしに探りを入れる者など、方法は違えども彼女たちの追求は、彼のことを本気で心配する真摯な想いに溢れたものだった。
 しかし、あるいは、それだからこそ、何かを決意した横島の瞳が、静かに夕日を見つめる彼の背中が、
「俺は大丈夫っすよ。でも、心配して貰えるってのは、嬉しいもんっすね…」
という言葉と共に滲み出た本当に嬉しそうな彼の微笑みが、彼女達を思いとどまらせたのだった。
 こうして、僅かな変化は見過ごされ、波紋は静かに、だが確実に広がっていった。

 中華なデザインを基本に、多様な文化圏の要素が入り混じった無国籍風味の修行場。言わずと知れた、神族の人界駐留所の一つであり、日本で唯一と言ってもいい神族から直接指導を受けることの出来る妙神山である。
 その妙神山の最深部、普段は空間ごと閉ざされている斉天大聖の私室に横島は居た。より正確に言えば、彼と彼の師匠である斉天大聖老師の肉体は、老師の術により、格闘ゲームで白熱した対戦を繰り広げていた。
 そして、本体であるところの彼らの魂魄は、老師が生み出した閉鎖された加速空間の中に居た。最高指導者に匹敵する老師の超高圧霊力を浴びながら、横島は部屋の中央に座禅のような格好で座っている。
まず、横島は「文珠」をさらに圧縮し、所謂、「丹田」と呼ばれる「霊的中枢」に霊気の高密度収束体である「丹」を生み出した。次に、その「丹」を、「霊的中枢」同士を結ぶ霊力のルートである「経絡」に沿って、ゆっくりと何周も巡らせる。勿論、ただ動かすのではなく、「丹」を巡らせながら、どんどんと霊力を注いでいき、ひたすら「丹」を高密度に圧縮させ続けるという地道な修行である。ちなみに、この行法は、仙術でいうところの「小周天」と呼ばれるものを老師の指導の下、彼なりにアレンジしたものである。
「ふむ、大分『丹』が練れてきたようじゃな、小僧」
 老師が弟子の成長ぶりを賞賛した。横島が老師に仙術の修行を乞うてから、妙神山を訪れる度に、この閉鎖加速空間で人知れず修行を続けてきた。今や、彼の「丹」は、通常の「文珠」十個分相当の霊力を収束させるようにまでなっている。
「いや〜、まだまだっすよ。せめて『文珠』二十個分くらいは収束させられるようにならんと、話になんないすから」
 驚くことに、かなりの精神集中を要する筈の「丹」の練成を続けながら、こうして軽口を叩いても集中を乱すことはない。
「ふむ。確かに、『陰神』程度ならこれでも十分じゃが、『陽神』にはまだ足りぬか」
「そういうことらしいっす。俺もよう分からんのですが、カオスのじいさんが言うには、『丹』の精度に応じて必要な機材が変わるってことらしいっすから…」
「ほう、そういうもんか。まあ、わしも『宝貝』の類は詳しくないから何とも言えんが、『身外身法』と比べると、色々と面倒なものなんじゃな…」
 老師が何気なく呟いた。 
「ええ…… 食い物は制限されるわ、生活サイクルは正さにゃならんわ。何より、『煩悩魔人』とすら呼ばれたこの俺が、『き・ん・よ・く』を強いられてるんすよ? 霊力を極限まで研ぎ澄まして、限界まで練り上げなきゃならないんすから……」
 歯軋りをし、血涙を流しながら、それでも「丹」を練り続ける横島の姿は、何処か鬼気迫るものがあった。と言うか、瞬間的にとは言え、彼の霊圧が、最高指導者に匹敵する老師に比肩するくらい高まったのは、彼の出鱈目振りをよく表していた。
「ま、まあ、わしも出来る限りの協力はしよう…」
 横島の気迫に冷や汗を感じながら、老師は彼の魂魄と肉体を結ぶ霊力路に対し、厳重な封印を施す。これによって、横島の肉体には一定量以上の霊力が供給されないようになる。従って、肉体からの霊波放出量によってしか霊格を測ることの出来ない存在には、彼の本当の霊力は隠されることになる。当然、好奇心旺盛で覗きを趣味とする某神族は、老師が説得(脅迫?)済である。
「では、戻るぞ」
「へ〜い」
 横島の返事を合図に、両者の魂魄は肉体に戻った。
ちなみに、格闘ゲームの対戦成績は、肉体が勝手に反応して最適な操作を繰り出すくらいにやり込んでいる老師の圧勝だったことは言うまでもない。



魂刃の錬丹術師−転− 


「男子の精液を蒸留器の中に40日間密封する。液はやがて腐敗し生動し始め、人間の形に似たものがあらわれる。これは透明で実体がほとんどない」――パラケルスス「物性について」――


「小竜姫よ。人界の情報収集の一環として、ここにもインターネットを導入してはどうじゃろうか?」
朝食の際に、斉天大聖老師は、本当にさりげなくそう切り出した。
「は? 『いんたーねっと』ですか? それはどういったものでしょうか?」
 よく言えば質実剛健、悪く言えば世間知らずの妙神山の管理人である小竜姫は、当然の如く、人界における情報技術革命の産物を知らなかった。 
「インターネットも知らないんでちゅか? やっぱり、小竜姫は遅れてまちゅね」
 『滅び』を許された魔神アシュタロスの眷族にして、潜在能力だけは上級魔族に匹敵する蝶の化身たるパピリオの突っ込みは、実に容赦がなかった。小竜姫が指導する普段の修行で、彼女も色々とストレスが溜まっているのかもしれない。
「ふむ。文字・音声・動画を、世界中の相手と双方向でやり取りできる、人界の最新技術の一つじゃ。上手く使えば、反デタント派の人界での活動を早い段階で察知できるやも知れぬ」
 大真面目に、「業務目的」であることを老師は強調した。
「確かに、そういう便利なものであれば、前向きに検討したいですね」
 そういう話であればと、仕事に熱心な小竜姫もすぐさま賛成する。
「でも、サルのおじいちゃんは、オンラインゲームがしたいんじゃないでちゅか?」
 だが、そこで幼いパピリオの素朴な疑問が炸裂した。
「老師?」
 普通の人間であれば、その視線だけで即死出来そうな殺気を篭めて、小竜姫が老師を睨み付ける。既に彼女の右手は腰の神剣の柄を握っており、返答次第では、老師の首めがけて即座に鞘走ることは間違いない。
「ま、待て! 確かに、そういう『余禄』を全く考えてないとは言わん! じゃが、『情報収集』というのも本当じゃ! ほれ、『孫子』曰く、『彼を知り、己を知れば、百戦危からず』とあるじゃろ? な? じゃから、落ち着け、小竜姫!」
 大慌てで老師は弁解を始め、兵学の古典たる「孫子」を引用してまで、自分の正当性を主張する。それは、本当に普段通りの「ゲーム猿」らしい言動であり、情報収集の重要性を滔々と述べる様子にも、仕事を利用して自分の趣味も満足させようという、三界を騒がせたかつてのやんちゃぶりを彷彿とさせるものだった。
 それ故に、口角泡を飛ばす激論の末、ようやく小竜姫が譲歩し、インターネットの導入が決まった際に老師が微笑を浮かべたのも、「オンラインゲーム」が出来るようになる喜びからとしか思われなかった。当然、インターネットの導入を、Dr.カオスに依頼すると決まったのも、単なる話の成り行きという以上の印象を与えなかった。

「設定は終了じゃ。これでネットに常時接続となる。セキュリティは万全にしたつもりじゃが、ウイルスやそれを寄り代とする雑霊の類には注意してくれ」
 各種のゲーム機本体と数多のゲームソフトが堆く積み上げられた斉天大聖の私室。魔窟とも呼べるそこに、今日、パソコンの端末と無線LANを初めとする各種設備が加えられた。
「うむ。感謝するぞ、『ヨーロッパの魔王』」
 人界駐留神族中最強の圧倒的な霊圧にも濃密なオタク趣味にも全く臆することなく説明するカオスに、老師が本当に「いい笑顔」を浮かべて謝礼を述べる。
「礼には及ばん。それに、本題が控えとるしの」
 そう言って、カオスが居住まいを正す。さらに、含みのある視線を老師に向けた。
「ふむ」
 老師が一言頷くと同時に、世界が入れ替わる。一瞬で、老師が生み出した閉鎖加速空間に、その場の全員が転移したのだ。老師、カオス、その助手のマリア、そして簀巻きにされた横島。
「って、何で、俺は簀巻きにされとるんじゃ〜! 糞! 人道的な取扱を要求する〜!」
 閉鎖加速空間の中央、幾重にも同心円や正多角形が重ねられ、不可思議な文字や印形が綴られた魔方陣の脇に横島が転がされていた。その傍らには、何故か看護師のような格好をしたマリアが控えている。
「しかし、予定より早くはないか? 小僧の『丹』の練りはまだ不十分だと聞いたのじゃが?」
「仕方ないんじゃよ。小僧なりに頑張ったが、あやつの周りが怪しみだし、色々と探りを入れだしたのでな。変な横槍が入る前に、とっとと『既成事実』を作ってしまった方が良いと思ってのう…」
「成る程。そういうことなら仕方あるまいて…」
 当事者である筈の横島の絶叫を無視して、淡々と『ヨーロッパの魔王』は『最強の武神』に説明を続けていた。
「うう、あんまりや…」
「大丈夫・ですか? 横島さん?」
 目の幅涙を流しながら不貞腐れる横島を慰めながらも、仰向けになった彼を押さえつけるように、彼に背を向け、彼の腹の上にマリアが座る。
「あの? マリアさん? 貴女は何をされようとしてるんでしょうか?」
「Dr.カオスの・命で、『原材料の採取』を・実行します」
 横島が大量の脂汗を流しながら尋ねると、人造人間の少女は淡々とそう答えた。
「へ?」
 横島の思考が空白になり、彼の抵抗が止んだ。
その隙に、マリアは手早く透明の手袋を嵌めると、横島のズボンのチャックを開いた。何時の間にか、老師は横島に何らかの札を貼り付けて彼を呪縛しており、カオスも怪しげな『採取装置』を用意してスタンバイを終えている。
「いや〜! お婿に行けなくなる〜!」
 再起動した横島の叫びも空しく、『原材料の採取』は恙無く終了した。



魂刃の錬丹術師−結− 


「この物体を人間の血で養い40週間、馬の胎内に等しい一定の温度に保てば女性から生まれたのと全く変わらない生きた子供になる。ただし極めて小さい。これはファウヌスやニンフといった生成物の祖先で、彼らのあるものは成年に達すると巨人や小人になる」――パラケルスス「物性について」――


 斉天大聖が生み出した閉鎖加速空間の中央で、巨大な魔方陣が唸りを上げていた。
幾重にも重ねられた同心円や多角形は極彩色に輝き、不可思議な文字や印形は点滅を繰り返しながら、電光掲示板の文字ニュースのように刻々と内容を変えていた。
 魔方陣の中央には地球儀大の「透明の球体」が据え付けられていて、その内部は真珠色の液体と葡萄酒色の液体が充たされていた。両者は互いに混ざり合うことなく、「紅白の太極図」を形成しながら、ゆっくりと回転していた。
 「ヨーロッパの魔王」と呼ばれる老人―カオスは、その球体の正面に陣取り、瑠璃色に輝く野球ボール大の「宝珠」を両腕で高く掲げ、覇気に満ちた力強い声で朗々と「力ある言葉」を詠っていた。
「人は大地の塵より形作られ、命の息を吹き込まれて生を受ける。やがては、命の息を吐き終えて死を迎え、大地の塵に還る…」
 紡がれた「言霊」が周囲の霊力に方向性を与え、一定の性質を付与された霊力が巨大な魔方陣を縦横無尽に駆け巡る。霊圧はどんどんと高まっていき、僅かに漏れただけの霊気が暴風のように周囲を吹き荒れる。
「…即ち、命の息は流転し、気が凝れば生となり、気が散ずれば死となるものなり。されば、ここに『丹』を以って命の息を吹き込まん!!」
 カオスが「瑠璃色の宝珠」を「透明の球体」目掛けて投げながら、雷鳴のような「宣言」を発した。
 「宝珠」と「球体」が重なる。魔方陣全体から白光が迸り、巨大な「光柱」が立ち上る。呆然と儀式を眺めていた横島の体から「輝く蛍」が現れ、「光柱」に飛び込む。
 全てが刹那の出来事だった。
 何時の間にか、光の奔流は収まり、魔方陣も沈黙していた。我に返った横島が、魔法陣の中央に鎮座する「透明の球体」目掛けて、脱兎の如く駆け出す。
 しかし、その目前で彼の足が滑った。そのまま宙を舞い、「透明の球体」に頭からダイブする。反射的に「透明の球体」を胸に抱え、大地との激突から庇う。激痛に悶えながらも、「球体」を決して手放さないのはさすがと言える。
 ゆっくりと身を起こし、地面に座ったまま、恐る恐るといった様子で「透明の球体」を覗き込む。
 「透明の球体」の中には、一糸纏わぬ女性が顕現していた。
「ただいま、ヨコシマ」
その女性は少しはにかんだような柔らかな微笑を浮かべると、万感の想いを込めて告げた。
 だが、少年は沈黙したままだった。俯いて地面を見つめ、何かを堪えるように打ち震えていた。それは零れようとする涙を必死で押し止めようとしているようにも見えた。
「我慢することはないぞ、小僧。こういう時は、思う存分、泣いても良いんじゃからのう」
 大仕事を終えた満足感を抱きながら、カオスが満面の笑みを浮かべて横島の背中を叩く。
「その通りじゃ。せっかくの再会なんじゃから、素直に喜ぶが良い」
 好々爺の雰囲気を滲ませて、老師が横島の髪をいささか乱暴にかき混ぜる。
「な…な…」
 溢れる想いに舌が麻痺したのか、横島の口はまともな言葉を紡ぐことができないようだった。
「横島さん・何故・泣いている・ですか?」
「マリアよ。人は嬉しい時にも泣くものなんじゃ…」
 人造人間の少女マリアの素朴な問いに、創造主たるカオスが優しく新たな知識を授けた。
 その時だった。
「な、何で、ルシオラがミニミニサイズなんだ〜!!!」
 目の幅大の血涙を流し、天を仰いで横島が絶叫した。彼が震えていたのは、再会の感動からではなく、復活した「最愛の恋人」が手乗りサイズに縮んでいたという残酷な事実が引き起こした衝撃のせいだった。
「何を言っとるんじゃ、小僧? おぬしの精液を原料とすれば、遺伝子的にも霊的にも『娘』に等しいから、他の女性を煩わす必要もない。だから、ホムンクルスとして蛍の嬢ちゃんの復活を試してみたい、そう言って、わしにこの話を持ちかけたのはおぬしじゃろうが。そもそも、誕生直後のホムンクルスが小人なのは常識じゃぞ?」
 心底理解できぬという風にカオスが説明する。
 だが、ここに悲劇の理由があった。オカルト知識が乏しい横島にとって、「ホムンクルス=オカルト技術による人造人間」という曖昧なイメージしかなく、錬金術師にとっては常識である「ホムンクルス=小人」という事実を知らなかったのである。
「ヤレると思ったのに… ヤレると思ったのに…」
 狂ったように地面に頭を打ちつけながら、横島が怨嗟の声を上げる。
理性を失った結果、「丹」を練り上げるためにひたすら「禁欲」していた反動から、横島の煩悩が暴走を始めた。その勢いは凄まじく、老師が施した肉体への霊力供給を制限する封印を紙切れのように切り裂いた。数ヶ月以上も溜まりに溜まった煩悩は、そのはけ口を求めて肉体へと殺到する。
「む、不味い!」
 焦った老師が取り押さえるよりも速く、『それ』が顕現した。
 『それ』は、「霊波刀」と呼ぶには、大きく、厚く、何より大雑把過ぎた。正六角形を無造作に張り合わせ、適当に組上げただけの巨大な光柱。彼の喜びや怒りや哀しみなどが綯い交ぜになった魂の具現。
 たが、その「魂刃」が振るわれるよりも早く、飛来するものがあった。
「感動の再会を何だと思ってるのよ、ヨコシマの馬鹿〜!」
 せっかくの感動の再会に水を指されたばかりか、余りにもムードを考えない恋人の言葉に、怒り心頭の蛍の化身が、渾身の飛び蹴りを食らわした。
「へぐぅ!」
 間抜けな悲鳴を上げて横島が宙を舞う。何時の間にか、「魂刃」は霧散していた。
「だから、あれほどムードを弁えなさいと…」
「堪忍や〜 仕方なかったんや〜」
 横島の頭上を飛び回りながら、蛍の化身の少女は説教を続ける。土下座した頭を地面に擦りながらも、叱られている少年は何処か幸せそうだった。
「何とも出鱈目な小僧じゃ」
「まあ、横島じゃからのう」
「イエス。横島さん・ですから」
 そして、ミニミニサイズの恋人に説教を食らう少年を、皆が生暖かい目で見守っていた。

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