ザ・グレート・展開予測ショー

栄光の手・目覚めの時!


投稿者名:aki
投稿日時:(06/ 6/27)





キィィィン!

甲高い金属音が、早朝の公園に響き渡る。

キン!ガッ!ガキン!

連続して響き渡る音は、細い鉄パイプを打ち合う音にも似ていた。

「さすが先生、やるでござるな!」

「く、この!素早いな、くそ!」

爽やかな朝の空気を切り裂く音源は、横島とシロであった。

二人の撃ち合いはしばらく中間距離を保っていたが、距離を詰めると勝負の様相はがらりと変わった。

ガリガリッ

シロの霊波刀が、栄光の手と交叉し鍔迫り合いとなるが、双方とも鍔を持たない。
刃が辷り、双方の手元へと迫るが、こうなってしまうと腕の差がそのまま現れる。
身を引いて攻撃を避けようとした横島に追撃が迫る。

ギィン!

シロの霊波刀が栄光の手を打ち落とし、大きく空いた上半身に向けて、返す刀で水平に斬る。

ズシャア!!

「ぐおっ!?」

結果、そのままシロの霊波刀は横島の胸板に炸裂。
横島は地面に打ち倒され、倒れ込む羽目になった。




「お、おまえなー…。もうちょい手加減とかできねーのかよ?」

今日は横島とシロの修行、それも剣術の修行が行われていた。
なかなか見られない光景であるが、本来は師弟関係のはずの二人。
ならば、これもまた自然な光景であるはずだが、この二人にしては珍しかった。

「も、申し訳ありませぬ。しかし先生が本気で来いと言ったから、拙者本気で打ちかかっただけでござるよぉ」

ノリで、本気で来いなどと言ってしまった事を後悔する暇すら無かった。

「それにしたってなっ、いてて…」

しかし、双方とも手加減はしていた。特に、剣術の技術面においてシロの方は
気を使っていたつもりだった。
また、殺し合いではないのだから、当然殺気もなければ斬る気も無い。
霊波刀に『斬る』という念を込めず、謂わば模擬刀のように扱い訓練を行っていたので
横島に大した怪我など無い。無論、横島とて栄光の手を木刀の形にし、殴っていただけだ。

しかし、『斬る』という念を意識的に込めないようにしていた訳ではないのだ。
シロの霊波刀は、しっかりと刃の形を保ったままだったのだから。
横島、シロ双方とも、そんな事すら知らず訓練していたのだから、危ない事この上ない。

「ああっ。痛みますか?では、早速ヒーリングを!拙者の身命を賭して!」

シロがガバチョと襲いかかる。
寧ろ先程の修行よりも勢いがあるように見えるのは致し方あるまい。
(実は怪我をさせてヒーリングをするのが目的なのか〜!)
と横島は一瞬思ったが、そんな考えはすぐに霧散させられる事になる。

「ちょっと待てー!そこまで怪我はしとらん!」

横島は必死になって逃げるが、本気になった狼から逃げるのは難しい。
あっけなく組み敷かれてしまう。

「や、やめんかー!朝から野外はイヤー!」

…この光景は、別の意味で危ない事この上ないのだが。
やはりシロは気がついていないようだ。








〜栄光の手・目覚めの時!〜








さて、修行嫌いのはずの横島が、何故、よりにもよって霊波刀の修行なぞする羽目になったか。
今より、少し時間を遡る。




こんこんっ

オンボロアパートの扉が慎ましやかにノックされる。

ガチャ

程なく、扉が開けられ、室内へと入ってくる人物。

そろそろっ

眠る横島に静かに迫る白い影、言わずと知れたシロである。

ぴとっ

「せんせー…起きてくだされー」

自分も身体を横たえ、横島に擦り寄っておきながら、起きても何も無いものだが
このような起こし方はシロにとって最早自然な事となっていた。

昔から横島はアパートの鍵を掛け忘れる事が多かった。
それを利用して忍び入り、直接起こせば早かったのだが、以前のシロはそれを良しとしなかった。

以前は扉の外で大声を上げ、また扉を激しくノックしたのだが
近所からの苦情に師弟揃って頭を下げて以来、やさしく起こす事にしたのである。

ちなみに、起こし方の参考書には、おキヌ所蔵のアレな本を用いている。
何やら淫靡な雰囲気の漂う本を所有者にも秘密で見る事は、シロに大きな影響を
与えてしまった事は想像に容易い。

むにむに。

頬を指先でつつく。

ぺろぺろ。

さらに頬を舐める。

さすがに、それ以上をする度胸はまだ無い。
今はまだ、これくらいが精一杯と思いながら、シロはひたすら頬を舐めていた。

「う、うー…」

その時、横島が寝返りをうった。よりにもよって、シロの方に。
当然、頬を舐めるはずが違う所を舐め上げてしまうことになる。

「………」

シロは赤面しながら、それでも舐める事をやめなかった。

「…あー、おはよう」

ようやく横島が目覚める。当然、目覚める時には気配を察し、素早く身を起こして
いるので、横島は顔を舐められて起こされている程度の認識しか無い。

横島が気怠そうに起きる様からは、傍目には相当まずい行為をされているにも関わらず
慌てる様子は伺えない。

美少女に顔を舐められるという、特定の趣味の人ならずともドキドキな状況も
慣れてしまえば冷静になる、という事だろう。

「さ、先生、サンポに行くでござるよ♪」

先程までの行為を微塵も感じさせない、爽やかな調子で語りかけるシロ。
横島からすれば幼く思えても、そこは女性である故か。この程度の誤魔化しはお手の物だ。

「はあ〜」

横島は怠そうにしながらも顔を洗い、歯を磨き、一応は出掛ける準備を進める。

「なあ、シロよ。今日は気持ちのいい、日曜の朝だ。仕事もない」

一応シロに後ろを向いてもらい、着替えながらいかにも面倒そうに語り出す。

「そうでござったな。なれば、今日は少々遠出してみたく…」

「それだ」

「は?」

「あのな、あまり遠くに行ったらせっかくの休みが潰れるだろうが!
たまにはな、休みの日にゆったりとグータラしたいんだっての!」

こういったやりとりも、またいつもの事ではある。
大抵はシロが横島をそのまま連れ出して終わりなのだが、今日は少し違った。

「先生、それはあまりにも若さがないというもの。
遠出をせぬというなら、何か他の事をするのが健全でござろう?」

(シロのサンポに付き合う、その時点で時間も体力も、下手したら命すら削られる。
それなら、何か他の手段でこいつを満足させれば誤魔化せるか?今日は地獄の散歩道は遠慮したい。
とにかく誤魔化そう。他の金のかからない遊びでなんとか…そうか、この手でいこう)

そう考え、横島は口を開いた。

「よし、修行だ。すげえ久しぶりだが、霊波刀の修行をやるぞ」

「ほ、本当ですか!?…くぅっ、弟子となって幾星霜、やっと、やっと先生がまともに!
こんなに嬉しい事はありませぬ。では、早速相応しい場所へとお連れします!」

しかし、馬鹿な考え休むに似たり、その結果を考慮するまでは至らなかった。

「そんなに弟子人生は長くもないだろ、って、ちょっと、まてぇ〜〜〜!」

口に靴をくわえ、男を肩に担いで爆走する美少女。
早朝ゆえに、目撃者がほとんど居なかった事が幸いし、街の噂に上る事は無かった。




過程や動機に問題がありつつも、こうして、公園での修行が開始されたのである。




「あー、わかっちゃいたけどボロ負けだな、くそっ」

唾液で濡れたシャツを摘みながら、悔しそうに呟く。
さすがに横島とて男、いかに相手が人狼とはいえ、年下の美少女に負けた事は悔しいようだ。

(そもそも師弟関係であるはずなのに、これじゃ逆だよなあ)
そう自問自答するも、横島はこれまでに武術の修行などした事はない。
せいぜい中学・高校の体育の授業で柔道や剣道に触れた事がある、そんな程度だ。

GSの仕事での主な相手は悪霊だ。悪霊と戦うにあたり、戦闘技術は確かに必要だが
何よりも相手を圧倒する霊力や道具、さらにそれを用いる戦術が物を言う。
戦術面においては、美神令子直伝…門前の小僧ではあるが…の技を持つ。
さらに、強い霊力と、応用の利く使い勝手の良い霊能を有する横島は、武を磨く必要が無かった。
これまでに潜り抜けてきた実戦で得た、文字通りの叩き上げの技術で充分だったのである。

しかし、さすがに剣術となると話は別だった。
単純に、総力戦となれば横島とて遅れを取るものではないのだが。

「シロ相手に、サイキック猫騙しや文珠を使うのはなあ…」

「それじゃ剣術の修行にならないでござろう?」

ぼんやりと物思いに耽りながら呟いた独り言に、シロからの突っ込みが入る。

「いや、あのな…。そもそも霊波刀の修行であって剣術の修行じゃないぞ?」

ここで、ようやく横島は気がついた。
修行とは言ったが、剣術の修行のつもりなど全く無かった。

実は、フリスビーを投げて犬に取ってこさせる遊び程度の認識だったのだが。

霊波刀の出力、威力、収束度、それらをシロに修行させている間に
自分はのんびりしていようと考えていたが、勢いに負けていつの間にか
霊波刀を武器として扱う技術、すなわち剣術修行になっていたのである。

「俺が本来やりたかったのは、こっちだよ」

と言いつつ、座りながら栄光の手を発動。
霊波刀の形状にした上で、刀身の長さを自由自在に伸縮させる。
0から10mを超える長さまで、不規則に伸縮する輝く刀。ビームサーベルも真っ青な自由度だ。

「そういうことでござったか。では、拙者もやってみるでござる」

シロは立ちあがり気合一閃、霊波刀を出すが…

「あれ、あれ?」

長さを短くする事は出来ても、一定以上には長くならない。
伸縮させる時間も、普通の人間には目にも止まらない早さの横島と比べれば芋虫のようだ。

横島とシロが出会った時ですら、素晴らしい完成度を持っていた霊波刀であるが
現在は当時をはるかに上回る。
さらにその長さを素早く、かつ自由に変える事は本来ならば難しい。
さすがに霊波刀が得意な人狼族とはいえ、栄光の手の自由度には敵うはずがなかった。

「なんでこんなのが出来ないんだ?ほれほれ」

今度は霊波刀ではなく、手の形のまま伸ばしてシロの頭を撫でる。

「うーっ」

馬鹿にされたように思い、霊波の手を霊波刀で払いのけ、顔を真っ赤にし唸りながら
しばらく努力を続けていたが、さほど変化は訪れなかった。

「な、なんとか多少伸ばす事はできるようになりました…」

ヘロヘロになりながら、横島の隣に腰を落とす。
気分的にもかなり落ち込んだようだ。

「おう、頑張ったなあ」

そんな事にはおかまいなしに、横島は栄光の手で遊んでいた。
指の一本一本を長く伸ばした姿は、手から紐が5本伸びているように見える。
しかしその紐は自由に動き、指の延長として用いる事が出来ていた。

それを手近な木に伸ばし、名前のわからない小さな木の実をちぎって鳥の巣の中に置いていた。
巣に親鳥が帰ってきたが、肝を冷やして飛び去ってしまったのを見て、ようやく横島は
遊ぶのを止め、栄光の手を元に戻した。

「なんでそんなに器用に扱えるのやら、拙者には真似できませぬ」

「なんでって…だってこれ、俺の手だからな。そりゃ器用に使えるさ」

何でもない事のように横島は言うが、霊力を収束し変幻自在に形を成し、かつ物理的な力として
行使できる霊能者は意外なほど少ないのだ。

「手…でござるか?でも先生は霊波刀を扱うではござらぬか?」

「うーん、どっちかって言うと刀とかより、手刀の延長…あれだ、手甲に武器を付けたような」

「そういえば、忍者の武器にそういったものがありましたな」

「そうそう、それだ」

横島は漫画から、シロは人狼の里で学んだ知識からの連想だったが、奇しくも同じものを
イメージできたようだ。

「でも先生、いつもの除霊では霊波刀以外の使い方をしていませんな」

「そういや、そうだなあ。うーん。多分、最初にこの能力に目覚めた時に
武器として、剣として使う事を覚えたから、そのせいじゃないかな」

「では、霊波刀を指から出して5本にする事はできませぬか?」

「え?あー、こういう感じか?…なんだか、でかい熊手みたいで格好悪いな…」

「た、たしかに…」

(ひょっとしてこうすれば八房の相手も楽だった、のか?)

今更な事を考えつつ、指を順番に折り曲げる要領で5本の霊波刀を次々に振るう。

「おおっ、一度に5回の斬撃が可能になりますな」

「まあ、一応試してみるか。構えてみろ、シロ。ゆっくり振るから受け止めてくれ」

「はい、でござる!」

キキキキキン!

妙に軽い音が響く。シロの霊波刀に触れた瞬間、5本の霊波刀はあっけなく弾かれてしまった。

「え?」

これには逆にシロの方が驚いた。

「あー、やっぱりな…。5本に分けると、一本一本の威力が弱いんだよ。
刀として使うとなると、工夫しないと駄目だな」

「むぅ、残念でござるが、仕方ありますまい」

自分の事のように残念がるシロを見て、何か使い方は無いかと考えてみる。
その時、横島の脳裏に閃いた。

「いや、これはこれで使い方もあるぞ、うん。よし、これで少し組み手をやろう」

「え、また剣術の稽古をつけて頂けるのでござるか?」

「まあまあ…とにかく、始めるぞ」

にやにやと笑いながら立ち上がる横島に疑問を感じつつも、シロも立ちあがり構えを取る。
しかし横島は、いつもとは逆の左手を前にした半身に構えたまま、動こうとしない。

「…来ないのでござるか?ならば、こちらから…!!」

素早く動こうとしたシロの足が、地面から離れない。
慌てて周囲を見回すと、横島の背後から伸びた栄光の手が5本、遠回りをしてシロの背後に
纏わりつき、驚いている間に両手首、両足首、さらには首に絡みついていた。

「なっ!こ、これは!反則、反則でござろう!」

シロは必死になって訴えるも、

「ん〜、シロ。実戦で反則なんて事、侍なら言わないよなあ?」

と、横島は何処吹く風。反則御免は美神令子除霊事務所のお家芸。今更気にもしない。

「うーっ。」

と唸るも、さすがに全身を固められては動きようがない。
武器としては軽くても、拘束するには充分な威力を持つようだ。

「仕切り直しをお願い致す!」

「わかった、わかったよ」

涙目になってまで頼むシロに負け、拘束を解く横島。
態とらしく溜息をつきながら、である。彼の悪辣さはまだ終わらないようだ。

「それじゃ、今度は普通にやるぞ。いいか?」

「わかったでござるよ!」

「じゃ、始めるぞ!」

しかしシロはわかっていなかった。
横島の言う『普通』の意味を。

「ウォォォォン!」

シロの吠え声が雄々しく響き渡り、真正面から突貫するが横島は不敵に笑って両手を構えた。

「サイキック猫騙し〜!」

バァァン!
強烈な光と爆音が周囲を満たす。

「ギャン!」

それを正面から喰らったシロは踏鞴を踏み、身体の動きを止めてしまう。
光と音は一瞬であったが、鋭敏な感覚を持つ人狼には殊の外良く効いたようだ。
シロが我を取り戻し、周囲を見渡すも横島の姿が見えない。

「く、一体何処に!?」

その時、後ろから首を掴まれる。いや、首を上から吊り上げられているかのようだ。
慌てて上を見ると、横島は先程遊んでいた鳥の巣の横に座り、栄光の手をシロへと伸ばしていた。

「せ、先生…ずるいでござるよぉ…」

「甘い、甘いぞシロ!俺に砂糖でも吐かせるつもりか?
俺は普通にやるって言ったんだから、真正面からやるはずなかろうが!」

大威張りで言う事では決してないのだが、見事に隙を突かれ、周囲の環境を利用した不意打ちを
受けた事も事実。
少々納得がいかないが、これもまた自分に足りない部分の修行であると納得しようとしていた
シロであったが、そこに、さらなる不意打ちが襲う。
栄光の手が、先程と同じように両手首・足首を掴み、持ち上げようとしているではないか。

「な、なにを!?」

「ああ、せっかくだから持ち上げてやるよ。パワーのテストも兼ねて」

「そんなもの、そこらの石でも使えば良いではござらんかー!」

横島はまるで猫の子でも持ち上げるかのような気楽さだ。
愛弟子を何かのついでのように扱う様子に、さすがのシロも怒りを覚える。
真っ赤になって怒りながら藻掻いて脱出しようとするが、やはり脱出は出来なかった。

「そう怒るなって…。俺だって、コレでここに登ったんだし。
それにここ、眺めがいいからさ。隣に来いよ」

その言葉で、仕方あるまいと諦め大人しくする。
すると、両手、両足、首に巻き付いていた栄光の手がシロの両手足と胴体にさらに巻き付いた。

(こ、これは…!)

先程は必死になって気がつかなかったが、横島の霊能…それも、「手」によって拘束されている。
それはまるで、横島の手に強く抱きすくめられ、動けなくなっているかのように感じられた。
その暖かさは、朝、横島の横に寄り添った時の比ではなかった。

先程とは違う意味で赤くなりながら、妙に大人しくなったシロを横島は木の上まで引っ張り上げ
器用にも座らせる姿勢を取らせた後に、自分の隣に座らせる。

「なんだ?まだ怒っているのか?お前を持ち上げるんだから、ゆっくりと丁寧にやったつもり
なんだけど…どっか痛かったか?」

全くもって方向性が異なるものの、シロには、その心遣いが全身に…
今や、身体の奥にまで染み渡るように感じられた。

「いえ…拙者、まだまだ先生には勝てないと考えていたんでござるよ」

さすがに正直な感想を述べる訳にもいかず、シロは誤魔化さざるを得ない。。

「まあ、真正面から勝てないなら工夫をするってのは大事だな。
俺の場合、ずっとそうやって生き残って来たんだし」

と、またも横島は尤もらしい事を言うが、シロは実はそれどころではなかった。

(せんせぇ…)

自分の中に生まれた、いや、これまでにもあった何かが急速に、外へと洩れ出そうとしている
のを必死に押さえていたのである。




先程のように横島の「手」によって地上に降ろされたシロは、続いて降りてきた横島へと
向き直り、じっと彼を見つめ、口を開いた。

「先生、もう一度、その技をもって組み手をお願いします」

シロの真っ直ぐな、真剣な瞳に…しかしどこか、違う瞳に圧倒されつつも
何か血の滾りを感じてしまう。そう、出てきてしまったのだ。煩悩の芽が。

「う。まあいいけど、またこれでやるのか?」

そんな内心を悟られまいと冷静に話すが、栄光の手は彼の内情を如実に表してしまっていた。

「先生…凄まじい霊波でござる…」

栄光の手から伸びる5本の紐は、紐というよりは、蛇。
いや、根本から先端まで同じ太さであるので、ロープであろうか。
このような生物的な動きをするロープがあれば、だが…

「やべえな、これ…触手じゃねえかよ…」

横島はついに、出してはいけない答えを、言葉を、出してしまった。

言葉は力を持つ。言霊によって力の在り方を定められてしまったのか。
それとも、横島の煩悩が形を取っただけなのか。
何にせよ、触手はより太くなり、栄光の手の宝玉も強く輝きだす始末。

「ああっ、な、なんでっ!?」

「くぅっ、なんと力強い動きと霊波。これは拙者も気合を入れねば!」

まるで獲物を見るような目を、横島ではなく栄光の手へと向けたシロが吠える。

「ウォォォォォォン!」

「ちぃっ、来るか!」

しかしシロは先程とは違い、真正面から来ない。横島の周囲を駆け回るだけだ。

「なんだ、隙でも狙っているのか?甘いぞ!」

5方向から凄まじい速度で、触手と化した栄光の手がシロへと迫る。
シロはさらに速度を上げるが、あっけなく手の中へ捕らえられてしまった。

「おいおい、さっきの気合の割には妙にあっけないぞ。どうした?」

確かに、凄まじい速度で5方向から襲われたなら、簡単には避けられない。
しかし、シロの力はこんなものではないはずなのだが…

「きゅーん…」

捕らえられ、全身を拘束されたシロの声は…どことなく切なく聞こえるものだった。




その後、何度か同じ事が繰り返されたが、結果は全て同じ。
いつも振り回されているシロをやり込める事は、横島にとってどこか爽快な
気分を齎したが、他の感情も抑える事が困難になってきていた。

「もう一度、もう一度お願いします、先生!」

何時になく必死なシロの願いも、横島には届かない。
というより、彼ももう限界なのだ。色々な意味で。

「いや、もう疲れた。帰るぞ、シロ」

栄光の手を刀状にし、普段と同じように使える事を確認して安堵した横島は
シロの様子に気付きもせず、横島はさっさと先を歩いていってしまう。

いつもなら、師匠を追い越す勢いで走り出す弟子は、この時ばかりは走らなかった。
いや、走れなかった。

「くぅん、せんせぇ…」

シロの熱い吐息が、零れた。




新たな活用法、というよりは本来可能であった霊能にようやく目覚めたとも言える栄光の手。

それを目の当たりにしたシロこそが何かに目覚めたというのにも関わらず…

横島本人の、新たな目覚めは、まだ、訪れない。




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