ザ・グレート・展開予測ショー

その息子。


投稿者名:トンプソン
投稿日時:(06/ 6/25)

「そういえば・・。美神の事務所は・・・。まさかのぉ」
欧州の魔王ドクターカオスが過去を思い出して口にした。
手には古いボヘミアングラスが握られて、琥珀色の酒が残っていた。

あやつが生きた時代は今より六十と余年、遡る必要がある。
あやつが生きた場所は日本海を超え隣の大国まで向かわねばならぬ。
今の歴史では過ちであったとされる満州国。
その大都市大連。当時のカオスは其処にいた。
欧州の魔王が何故この街に来たのかは忘れている。
少なくともあやつに会う為ではなかった。
手には態々ラテン語で書かれた手紙に地図が添えられている。
『貴方様の事を知り勝手ながらお伺いしたい儀有り、
  是非とも来訪を願う物なり、追伸・交通費は当方負担・渋』
と書かれている。
その場所は大連。
かつて満州国の首都の機能を持ち、中国人最後の皇帝が居住した街である。
大連は中華的でも日本のそれとも違っていた。
かつての入植者はロシア人が多くその為ロシア風の街であった。
ゴテゴテとした造形にタマネギに似た塔が乱立している地区も有る。
その中でも最も高級な地区にそやつの家が有る。
「ふん。このロシアの街に英国のビクトリア式か」
どんな改築状況であったのか。想像するだけで苦笑するカオスであった。
つばひろ帽で小雪を凌ぎ、びいどろの外套がなんとか雨粒を弾いていた。
この時代ではインターホンがドアについている訳が無い。扉の上部に紐が垂れ下がっている。
呼び鈴も優雅なビクトリア式であった。
金属がぶつかり合って澄んだ音が家の中に響いた。
そのあやつ、日本人なのに、ボヘミアングラスにウイスキー、マイセンにコールドチキンを乗せていた。
「本当に来たのか。1000年の孤独に耐えた奴が」
口の悪い軍人はあやつの事をこう評する。
曰く「笑顔を失った男」と。
口の良い軍人はあやつの事をこう評する。
曰く「稀に見る呪術の天才」と。
そのあやつが不自然にも見える笑顔で扉を開けた。
「よく来てくれた!最強の錬金術師、ドクターカオス!」
「『最強の錬金術師?』・・・その名は好かん。今は欧州の魔王と名乗っている、そちらで願いたいのじゃがな。渋鯖の男爵よ」
「了解した。我が家にようこそ、欧州の魔王よ」
渋鯖男爵、この男は独自に魔法科学を習得し、幾つかの奇跡を見せてきた。
時は戦争に突入しようかという時代。軍部がこの男に目を付けぬ訳がなかった。
かねてから人嫌いの毛はあったが、まだ自らが死を望んでいない比較的若い頃の話である。
我慢して軍部に協力していた時代であった。
「それにしてもこの街も寒いのぉ。池の氷が凍っておったわ」
家の中はそれなりに温かいが、身体の芯に寒さが残っていたのか、ぶるっと体を振るわせるカオス。
「そうだな。あと少しもすれば餓鬼共がスケートを始めるだろうさ」
「ほぅ。この街の風物詩の用じゃな」
「俺はこの街に来て数年経ったけど、ニ、三度目にしたな」
「ちぃと偏屈な奴じゃのぉ」
「褒め言葉として受け取っておこうか」
こやつもどこか他人と違うのぉと感想を心で述べた。
あまり人を家に呼ばない独身男、パーティに出たのも10代の頃が最後という事もあって人をもてなすという事が出来ない渋鯖男爵。
「とりあえず、酒とツマミだけは用意してある。適当に食ってくれ」
と言われ、カオスとしても決して嫌いな方ではないのだが。
「いや要らぬわ。それよりも椅子をもらいたいのじゃが」
「椅子?すまないが我が家には椅子は無いが、必要とあれば借りてこようか?」
「ちぃと、では無いな。かなりの変人じゃな、お主」
カオスの言葉を聞いてもけろっとした顔の渋鯖男爵であった。
「まぁ、欲しい物が無いのは謝ろうか・・と言いたいトコだが。丁度いいな」
「?」
椅子が欲しくて丁度良いとはいかなる事であろうか、カオスも聞き間違えたかと一瞬思ってたが。
「我が息子の能力を持ってすれば何とかなるかもな。紹介しよう。我が息子を!」
そういって窓を指差す渋鯖男爵。こやつ狂ったかと思わざるを得ない。
すると、窓のガラスが波を打ち始め、なんとも耳障りな音を出してはいるが。
『ハ・ジ・メ・マ・シ・テ・【「オウ・シュ・ウ」・ノ・「マ・オウ」】サ・マ』
声、音は空気が震えて始めて人間の耳に情報として伝達する仕組みである。
物理に加え霊的な力によって音を残す技術は世の東西を問わず存在しているのが。
「・・・これは!人工的な魂による物かっ!」
「おぉ!流石は欧州の魔王、一聴で理解したか!」
「む、むぅ」
カオスにとっては既にアンドロイド『マリア』を娘が如く傍にいる状況であるので、
渋鯖男爵の造った『人工的な魂』はまだ幼い・・
例えるに大学の研究班が作った二足歩行のロボットと、小学生の工作程の・・。
違いがある状況なのだが、
「ここまでこのカオスに近づいたのは貴様が初めてじゃよ」
奇人渋鯖男爵をこう評するしかなかった。
そしてこの時、人生最後の笑顔を見せた渋鯖男爵であった。
「でだ。欧州の魔王よ。この人工的な魂は今の所我が家を仮の体にしている。だがら・・」
「霊的な力を放出し、イメージをすれば物質が変化する・・か」
「流石!」
試しにと扉に手を当ててカオス。
「男爵の子息よ。我が力に答えこの扉を変形させよ!」
ばん!と大音量が部屋を支配したその直後。
「・・・むぅ。見事!」
カオスも人工幽霊を物体に憑依させる事で、便利なツールに仕立てる事は思いも寄らぬ方向であった。
「で、コイツを、人工の魂をどうしたいのじゃ?」
「無論。戦争に使う。最高の兵器になるじゃないか!なぁ」
今まで驚いたとしても比較的ポーカーフェイスを演じていたカオスの顔に怒りが込められた。
「・・・貴様、息子を戦争に行かす事を嬉しく思うのか?」
この時代の答えは。
「無論!」
答えを聞くやカオスの右手が渋鯖男爵を襲う。
「な、なにしやがる!」
見た目は老人のカオスも文字通り歴戦の覇者である。
そして戦争の悲劇を知っている、いや知りすぎて感情すら麻痺していたと自分でも思っていたのだが。
「。貴様は奇人などと可愛い物では無いわ!我が子を戦争に連れてくを是じゃと!」
「・・あぁ!そうさ。爆弾では死なない息子、その偉大さが判らぬ・・。ぐっ!」
殴られた時、思わずしりもちをついた渋鯖男爵が頭を起こしながら反論しようとしたが、その頭を握られ。
「・・・やりたくはないがのぉ、ちぃと性格を曲げさせてもらおうかのぉ」
ふうと一息をついて。
『男爵の子息よ。我が力に答え、父渋鯖の性格を変えよ』
今度はまばゆいばかりの光が部屋を支配した。
男爵の目も光から通常に戻る。目の前には男がいる。
「ひっ!ひ、人っ。わ、悪いが帰ってくれ、帰ってくれ」
「あぁ、帰るとも・・じゃが足代をもらいたいのじゃが」
手紙にも交通費は持つとあった
「そ、そ、そこにあるボヘミアングラスを・・もも、持っていけ!」
あぁ、とだけ言ってカオスがグラスを懐に入れた。
玄関に出るとき、呼び鈴に霊力が集まって。
『ア・リ・ガ・トウ・デ・ス・ボク・戦争・二・イカナク・テ』
と、聞こえてくる。
「・・・気にするでない。むしろワシはお主に詫びなければならぬかもしれぬ身よ」
じゃあ、二度と会うこともなかろうとカオスは付け足していた。
以前から人嫌いの毛があった渋鯖男爵がある日よりまったく人を寄せ付けなくなった理由がここにある。
何処かは忘れてしまったが、マリアの待つ場所に向かうカオスがふと気が付いた。
「ネズミが居ない。・・この街は戦争のど真ん中になるようじゃな・・」
幾つもの報告がある。戦争が始まる直前、ネズミや野良猫が一斉に居なくなる事が。
混乱が直ぐ其処までやってきていた時代であった。
渋鯖男爵がどうやって本土に戻ってきたのか、今となっては誰もわからない。
しかし、息子と呼んだ人工幽霊一号を渋鯖男爵は彼なりに愛していたのかもしれない。
当時はまだ幼すぎた人工幽霊一号が再びカオスと会ったとしても、覚えていないのも
道理であった。



FIN

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